ガイン
細部にいたるまで命を吹き込まれた大広間には、死の予感が漂っていた。
煌びやかなシャンデリア、何もない壁を覆い尽くす金の細工、埃一つなく外からの輝きを辺り一面に照らす玉座の間は、人が複数人いるとは思えないほどの静けさに満ちている。
レイはまだ自分の目を信じられなかった。
目の前に広がる豪奢さは、何かの教科書で見ただけの、紙の上だけでだ。
それがまさか、本物の宮殿、それも展示などではなく本来の目的でまだ使われている間に、そこで生活しているお姫様と入ることになるとは……。
確実に自分の表情がおかしくなっていると自覚しているが、変な力はレイでも抜くことができずにいる。
イデアがまるで自分の部屋のようにカツカツとヒールを鳴らし、沈んだ話声の中を突っ切った。
玉座の間をこんな風に歩くなんて独りではさすがにできない。冷や汗がさっきから手に滲んでいる。
「帰りました」
淀んだ空気を澄み切った清水で押し流すようにイデアが声をかけると、全員が示し合わせていたかのように振り向く。
その声は、レイにかけていたものより格式ばったものだった。
ひそやかだった空気も驚嘆で一気に静まり返る。
「姫! ご無事でしたか!」
手前で跪いていた男が目をカッと開く。
顔には驚き、手元は震えており、声色には困惑が浮かんでいる。
相当驚いているようだが、それは段々と喜色に変わっている。
「ガイン! どうしてこんなところにいるのですか!」
イデアが吼える。
「姫よ、お許しを……」
ガインは震えながら、跪く。
「あれだけの魔物、報告さえもせずに死んでしまえば我が国さえも危うかったでしょう……実は開戦直後、戦士長が死に……」
「だから、副戦士長のあなたが危機を知らせに戻った、という訳ですか?」
こいつ、思い出した。
レイを見捨てていった男だ。
ガインという筋骨隆々な戦士は、なにも悪意からレイを見捨てたわけではなかったということだろうか。
納得がいかない原因は自分勝手なものか。
ガインは首肯する。
「姫、恐れながら、今後は自ら群衆の真っただ中に行くのはお止め下さい」
「私に、前に出るなと?」
「はい。あなたはれっきとした国王のたった一人の御息女、即ち姫君なのですから」
「……私に、国を守るな、と?」
「そういうことではありません。あなたは姫なのです。どうかわかっていただきたく」
だんだんと険を帯びていく会話が続く。
あくまでも姫を守りたいガイン、自分を捨てて国を守りたいイデア。
レイは口をはさみたい気持ちをぐっとこらえる。
この会話に突っ込んでいい展開に持って行けるとは思えないからだ。
「それで、娘よ、お前はそこの男と自力で抜け出してきたのか?」
会話を諫めるように、後ろからしわがれた声が問いかける。
声の主は玉座に深く腰掛けた王だった。
「はい、正確には彼が魔物を全て全滅させてきたのです」
そんなバカなと驚きの声が上がった。
その意見は当然だが、レイはそれをやってきた張本人だ。レイ自身は否定できない。
「姫、今なんと仰いました?」
ガインが苦笑いで尋ねる。自分の耳がおかしかったのかイデアがおかしくなってしまったのかわかりかねているようだ。
「私の横の彼、レイが魔物を全て打ち滅ぼしたのです……それも、魔法で」
魔法?
魔法と言ったか?
男が魔法を使って、国を滅ぼせる魔物の軍勢をすべて倒した?
姫のわけのわからない妄想をからからの笑い声で飛ばそうとしている。
「信じられないのは当然でしょう。ですが、それはもう魔物が襲ってこないという現実で明らかです」
毅然としたイデアの態度に、玉座の間はしんと静まり返る。
「さ、もう報告はしたのですから行きましょう?」
イデアは一切気にせずに踵を返す。声色が元の少女に戻っている。
レイの手はぐいと引っ張られ、来た道を戻る。
「ど、どこ行くんだ?」
「あら、あなたがギルドに行きたいって言ったでしょう?」
だから姫までついてきて良いのだろうか。
イデアの顔には感情はなく、さきよりも強い靴の音が響いている。
「い、イデアよ、どこへ行く」
王の心配そうな声が飛んでくるが、イデアは構わず足を止めない。
「私は数日間、外出していますから!」
伸ばした手を振り払うような声色に、レイは二の句が継げなかった。
ランタイン王城:
まず正門から入ると、豪奢な大広間があなたを出迎える。左右にはそれぞれの部屋へ伸びる扉、目の前には上へ続く階段がある。常時であれば、執政官やメイドたちが行きかうのが見られる。
階段を昇ると、これまた煌びやかな廊下が伸びる。そこの左右に行きたいのを我慢して更に上へ上ると、4階に当たる部分に玉座の間がある。