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勝鬨を彼女に捧ぐ

※※レイ視点※※


 レイは周囲を見回し、自分と姫の安全を確認したところで自分がしたことを数えてみる。


 都合の良い幻聴だと思って魔法の力をよこせと叫んだら、急に力とやる気が溢れ出した。

 試しに治れと念じたら、体中を支配していた痛みはぴたりと消えてしまった。


 それだけで凄まじい力を手にしてしまったと直感した。


 周囲の戦士も、魔女も、同じように魔物に食い殺されているのに、レイは念じるだけで致命傷が治ってしまう。

 なんてものをくれたんだと老人に悪態をつく一方で、どこか心が落ち着かない自分がいる。


 レイは立ち上がって、再度辺りを見渡す。


 魔物は変わらず人を襲い続けている。

 魔物たちからも異様な匂いが立ち込めているが、それ以上に周囲に重く漂う鉄の香りに顔を歪ませた。

 これが、血の匂い。


 一体どこから手を付けて良いのか逡巡する。

 そもそもこんな強そうな魔物に今しがたもらったばかりの魔法が効くのか。

 しかしやらない事には何もわからない。

 手近にいた魔物に手をかざし、火を思い浮かべる。


 燃え盛る火炎。自分の体の中から燃え上がるような錯覚を覚える。


 いきなり明るくなったかと思うと、魔物の肉と油を燃料に、巨躯さえも余裕で包み込んだ炎が明るく燃える。本当に魔物に火がついた。


 いきなりのことにレイも思わず目を見開いて後ずさりしてしまう。

 魔物も火を消そうとその場で必死に暴れ出した。

 しかし、消えない。

 その炎は魔物の動きにすら微動だにせず、強烈な火力で体を黒へ変えていく。


 数秒、悲鳴に似た泣き声をあげたが、その魔物はやがて呼吸もできず、体を表面から内側まで一気に焼かれて地に倒れた。ぷすぷすと呆気ない音が漏れている。


 これならいける。


 自分でも一瞬恐怖を感じてしまったがそんな暇はない。両手をグッと握りしめる。


 近くで尻もちをついていた魔女の無事を確認し、火をばらまこうかと考えたが、そういえば人がまだ大勢戦っている。

 レイが見たところもう半分も生き残ってはいなさそうだが、だからといって巻き添えにするわけにはいかない。

 人に燃え移らないか心配だ。


 なら、魔物だけを的確に狙って、一気に雷で感電死させる。

 その方が確実に思えた。

 レイが見渡せる範囲の魔物をその場で回転して頭に叩き込む。

 なるべく米粒程度でも雷をそれぞれ落とし込んで忠実に魔物をやっつける。


 集中する。

 目は閉じず、狙った獲物を睨みつけて両手を振りあげる。


 瞬間、レイが投げた火花が散り、空を黄色に裂き乱れる線が迸る。

 線は無理やり破かれた紙をなぞるように飛び、魔物に吸い込まれていく。


 肉の焼ける音と水分が一気に蒸発する音と共に、魔物は我先にと崩れ落ちていった。


 いける!


 レイはさらに敵を倒そうと駆けだす。無我夢中だった。向こうからはまだ、人の悲鳴が聞こえてくる。敵もその向こうだ。走っていては間に合わない。


 くそっ! 歯噛みしたが考える。魔法はこんな出すだけではないはずだ。空を飛んだり強化をしたり……レイは思いつきを試すことにした。

 怪我をしてもすぐに直せる。


 足にグッと力を込め、全身を硬くするように力む。わざわざ飛ぶなんて煩わしいことはしないで一気に走り抜ける。

 縮めた足を一気に伸ばす。空を自分の体で切る感覚に顔が引けたが、なんとか魔物の多い場所によろめきながらも着地を果たす。

 その場はもっと凄惨だった。

 生きながらに食われ、何度も何度も踏みつけられ、まるでボールを打つかのように遠くに飛ばされる人々。


 レイには目を覆い隠す時間も残されていないと自覚し、今度はもっと広い範囲に雷を落とす。

 人の合間を交互にすり抜ける。

 角度を急激に変えて魔物にぶつかる。

 体を貫いたら、また先の魔物めがけて黄色い手を伸ばす。

 人を救うため、まばゆい閃光を四方八方駆け抜けさせた。


 まだ次がいる。

 どこに向かうか見回すと、その先に見知った姿があった。

 あんなに澄み切った純白はこの世界に来て一人しか知らない。清白の姫騎士。


 その先にいる魔物と姫が対峙していた。

 姫は剣を下げ、魔物はいきりたって角を構えている。


 焦燥感が後押しするより先に足に力を入れ、今度は高く跳躍する。

 着地の衝撃を魔法で殺し、目の前の魔物を睨みつける。


 ここあたりの魔物にも魔法を放ったはずだが、目の前の魔物はまだ元気に怒り狂っているようだ。

 手に少しだけ閃光を溜める。電気の密度を高めるイメージを浮かべると、手から漏れ出て暴れ出す。

 そして飛ばし、魔物にぶつけた。

 するとすんなり貫通し、穴が開いた魔物は倒れ伏した。

 良かった。

 そうほっとして、後ろを振り返った。


「大丈夫か?」


 言って、少し後悔した。

 そういえば彼女は一国の姫……イデアといった少女はかなり気の強そうな感じだったから、この場ですぐ処刑されるかも知れない。

 仕方ない、目を見つめていると、


「あり、が、とう」

 

 きょとんとした彼女の言葉に、レイは少し顔を緩ませることができた。


 数時間前は遠目で眺めるだけだったが、近くで見てその美しさにレイは圧倒されてしまった。

 雰囲気と頭に飾られたティアラで姫だとはわかるが、しかし着ている服装はドレスというよりは実践向きの動きやすそうな軽装だ。


 そして長く透き通った髪は彼女の整った顔や体の線の細さを際立たせている。

 衣服も軽装とは言いながらも、彼女自身を姫だと主張するかのような刺繍、それに彼女の美しい肌を露出させている。それに極めつけは、短いズボンにニーソックスを落とさないためのヒモが、逆に彼女を輝かせていた。


 変なところまでじろじろ見てしまった。慌てて目をそらし、そういえば、と思い出す。


「さっき言いかけてた言葉ってなんだ?」


 魔物を止められる気がしなかったのでさっさとやってしまったが、その前に姫が何か叫んでいた気がするのを思い出した。


「あ、あぁ……それは」


 あ、と思い当たってしまう節がある。


「もしかしてこれ、えっと……あんたが飼ってたやつとかじゃないよな?」


 返ってきた返答は、微笑だった。


「いいえ、私を殺そうとしてた魔物で間違いありません」

「そうか、良かった……」


 レイはほっとした。

 気が緩んだせいか、少し気付いた。この異世界に来て、まともな会話ができた初めての相手かも知れない。まさかその相手が、一国の姫だとは思わず、視線をイデアに向けずに漂わせていた。


「あなたこそ、血だらけのようですが……」


 ちらと表情だけ見ると、心の底から心配している様子でこちらに手を伸ばしている。咄嗟の事に反応できずに、脇腹にそっと手が添えられた。


「これは他人の血で……いてっ!」


 女の子に触られるという経験がないレイは、思わず身をよじって避けたところ、違うところも裂けてしまった。

 衝撃で怪我がまだ残っていたことに気付いていないだけなのかもしれない。

 治したと思っていた傷の痛みに顔を酷く歪ませられてしまっていた。


「ほら、やっぱり……あなたも怪我を負っているではないですか。少し我慢していてください」


 笑い呆れながら、イデアは杖の先をレイの脇腹近くに置く。

 ぼぉっと淡く白い光が灯る。光に照らされた部分すべてが暖かく包まれている感覚がする。じんわりと沁み込んでいくような温かさは、目の前の少女に抱きしめられているかのよう。

 少しして、光が消えた。同時にイデアは杖を引っ込める。


「どうですか?」


 痛かった部分に手を当てられた。彼女の細い指が脇腹を撫でていく。くすぐったい。

痛みがあったという感覚はあっても、痛いと騒ぐほどでもない。イデアの白い魔力が、レイの傷を確かに癒していた。


「……助かる」


 魔法は既に見たし自分でも使ったが、一番不思議な光景だったとイデアの顔を見て思う。


「いいえ、礼を言うのはこちらの方です」


 柔らかい笑顔をこちらに向ける。


「私はイデア・マギアミレス・ランタイン。ランタイン国国王の第一王女です。それと、あなたの名前をお聞かせいただいても?」


 わざわざ名乗ってもらったのに既に知っていたことに少し罪悪感を覚えた。


「俺は、レイ」そこで止めた。


「レイ……」


 何度か、自分の名前を口で咀嚼している。


「……良い名前ですね」


 笑顔がぱっと咲いていた。白いながらも、少しだけ赤らんだ花だった。

 その優しい笑顔は、レイの心をそっと撫でている感触がした。


「それは、どうも」


 名前を褒められた返事がわからず、レイは顔をそらす。このまま撫でられ続けていたらこちらまで赤さが伝染してしまいそうだ。

 こちらの様子に微笑んだ様子のイデアは、ふと顔を上げる。


「そういえば……あなたは女の子ではないですよね?」


 レイは素っ頓狂な声を出してしまった。


「い、いえ、あなたが女性らしくないということではなく……確かに髪も凄く短く切りそろえていて、どちらかと言えばやはり男性に見えてしまったといいますか……」


 イデアは訂正、謝りはじめる。

 レイは少し頭を下げたイデアを見てはっと気づく。そういえばと思い出した。


「い、いや、俺は男だ……」

「ですが、それではどうして魔法を……?」


 う、と答えに詰まる。

 この世界では女性しか魔法が使えないらしい。

 それは出陣前にも今も聞いた通り明らかなのだが、問題は唯一魔法が使える男になってしまったということだ。


 死ぬかどうかという場面において、後々こんなことになることを考えている暇はなかった。

 だが、この答えへの完璧な返答もまた考えられていない。

 やはりレイは誤った選択をしたのか、流れるイヤな汗をぬぐえなかった。


「……それは……」沈黙に耐え切れず、しどろもどろに口を動かす。

「……それでも、あなたの力で私たちが救われたことに変わりはありません」


 言いにくいことを察してくれたのか、イデアは残った兵たちに視線を向ける。


「私は、この通り、剣も魔法も中途半端な姫、ですから」


 消え入りそうなその表情には、薄氷が張り付いている。

 削られ、でもその薄い一枚を必死に守っている。今にも割れそうな一枚を。

 “不器用姫”。彼女自身も噂を知っているのだろう。陰口の内容を自分も知っている。

 それでも笑顔を絶やさない彼女の顔は、痛々しくて。


 レイが遠目から見ていた時の戦闘、それは他と一線を画していた。鮮やかに魔法を放ち、しなやかに剣を振るう。並大抵の努力では成し得ないそれに、どこか懐かしい姿を覚えて。


 だからイデアには、そんな表情をして欲しくない。柄でもないはずのことを考えている。

 レイはその表情が映し出す名前を知っている。だからかもしれない。

 普通だったら絶対に言わない言葉が、レイの心から口を突き出した。


「でも、それがイデア、なんだろ?」


 どんなに分厚い面でも、どうでもよければすぐに割れる。けれど、彼女はまだ割らずに大事に守っている。レイとは違って。

 はっとした表情がイデアの顔を覆い尽くす。思いがけず向けられた顔は、しかし一瞬で別の方向へと向けられてしまう。レイにはその表情の名前を思い出せない。

それにつられてレイもそちらを見ると、なにやらこちらに集まってきている。

そうだ。まずい。


 レイは身構え、この場から駆け出したくなる。だが、イデアの前から逃げ出すのは決まりが悪い。レイが悪事を働いたのではとイデアの顔に疑念を抱かせることはしたくない。

 イデアは感謝こそしてくれたが、他の人はどう思っているかわからない。

 疑念、不審、憎悪。

 そういった反応を恐れてしまう。レイは顔を逸らして口をつぐむ。

 やがてイデアを取り囲むように戦士、魔女たちが集う。泥まみれの顔、肩を震わせ泣きじゃくる姿……レイの視線は彷徨い続ける。

 その中に見知った顔がいた。

 レイは思わず、両腕で自分を庇う。


「おい、お前! すげぇじゃねぇか! 助かったぜ!」

 バシバシと野太い声で叩いてくるダノスは、高らかに唾を飛ばしながら笑う。

 がはははは! 明らかにこの場にそぐわない声がすすり泣く声をかき消す。

 レイは庇った腕の隙間から恐る恐る、ダノスを見る。体中泥やら血やらで汚れ切っているが、しかし表情だけは快活だった。


「ちょっと! 一体どういうことですの?」


 笑い声をかき分け、一人の魔女が息を整えレイに向き合う。


「あなた、魔法が使えるんですの?」


 目の前に飛び込んできたのはレティ。先ほどの高潔さはどこへやら行ってしまい、何故か鬼気迫る表情をしている。

 込み入ったことまで聞かれるのか。レティの興奮したその顔に身構えると、


「どこで習ったの? あんな広範囲に強力な魔法を打ち出せる魔法なんて!」


 えっ、と嗚咽のようなものが漏れた。意外な言葉に、返す言葉を用意していなかった。

 レイに投げかけられる言葉はもっと違うものだと想像していた。だから、ダノスやレティのそれを皮切りに、周囲の人々からかけられる声にも固まらざるを得ない。


「ありがとう……おかげで帰ることができるよ」

「私、こんな討伐は初めてだったけれど……でも、死んでしまった友達を弔うことができるわ」


 疲弊を心地の良い脱力に変えている。レイを中心に、レイを讃える声が広がる。

 ダノスの抱擁からなんとか抜け出したときには、周囲の悲壮感は嘘のように消えていた。


 ありがとう、助かった、あなたのおかげ。


 暖かい言葉はレイの前に高く降り積もっていく。

 てっぺんまで見えなくなりそうなくらいの思いを受け取ったことは今までに一度もない。思いの違いはあるけれど、こんなに高まった感情を受け入れる自信がない。


 言葉が出なかった。喉まで出かかっているわけではない。

 ただ、息苦しかった。大量の感情に飲み込まれ溺れそうだ。前にしたときと同じように、逃げ出したい。しかし前と同じように、逃げられない。体が冷えていく。

 息を求めていると、そっと手に暖かいものが宿る。気付いて見ると、イデアの細い手がレイの手を握っている。まるでレイを引き上げてくれるような、レイを導いてくれるたいまつのような、温かさが強張った筋肉をほぐしてくれる。

 さぁ。彼女の声が、レイに受け入れることを促している。


 こんなに受け取って良いのか。まだ迷いがった。


 俺なんかが受け取って良いのか。目の前には受け取ることを期待した目で満ち溢れている。

 イデアは隣で優しく首肯してくれる。

 だから、レイはイデアに譲る。この団体を率いたのは彼女だ。彼女の役目だ。イデアの手を握り返し、レイは一歩だけ下がった。イデアも察してくれたようだ。

 繋いだ手を彼女が挙げた。


「私たちの、勝利です!」


 イデアの勝鬨が響き渡り、大きな歓声が二人を包んだ。

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