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エピローグ

 広場に面したバルコニーから見上げる青空は、どこまでも透き通って滑らかだ。


 なんの凹凸もなく、見渡す限り祝福の水色が揺蕩う。


 レイの信用回復はかなりの時間を要した。全ての家屋を元通りに戻し、被害に遭わせてしまった人たちを慰めた。それでも空けてしまった穴を塞ぐことは、レイの魔法でも叶わない。


 けれど。レイにはこれからもできることがある。


「レイ。さぁ、こちらへ」


 イデアに促され、前に出ようと足を踏み出す。


 しかし、その前に、王に先を越された。

 王は既に年を負っていた。歩くのもままならないと感じていたらしいが、レイをとどめて前に出たのは一体……。


「イデアよ、この式典の折に言うことではないのは確かだが、そんな私を許してほしい」


 王が、その体に合わないはっきりとした目つきで、イデアを真っすぐ見つめる。


「お前を抱き上げた時、私は嬉しかったのだ。それと同時に、この子に王家の宿命を負わせなければならないという申し訳なさも同時に抱いた」


 空を仰ぎ、まるで感謝をささげるように。


「だから、お前には関わらないようにしたのだ……お前が、王に縛られることなく自由に生きられるようにと」


 溜息はどこまでも長く、積もった塵を吐きとばした。


「だが、お前に関わらないうちにわからなくなってしまった……愚かなことだ、そんなことは初めから分かっていただろうに」


 けれど。


「分かってくれとは言わない、ただ知っていて欲しい。イデア、お前を姫として束縛はしたくなかった。ただ、イデア……私の娘でいて欲しかった」


 イデアの両手を固く握り、離してその場を去ろうとする王を、しかしイデアは涙を流して離さなかった。


「ごめん、なさい……ごめんなさい、私、そんなこと、全然知らなくて……」

「おぉ、イデアよ、泣くんじゃない……申し訳ないのは私だ、すまない、すまなかった、寂しい思いをさせてしまった……」


 二人はいつしか抱き合い、互いを認め合っている。

 そして、王の方から離れた。


「さぁ、お前はいつまでも私に囚われるんじゃない。お前には良い人がいるのだろう?」


 ちらとレイを一瞥する。

 ……王はこのことを誰から聞いたのだろうか。王は黙っていれば知らなかったはずだが……

 ふと、シプトンを見やると、そこには満足げな笑顔が浮かんでいる。

 なるほど。合点がいく。

 それに裏で上手く事が運んでいたのも、シプトンの存在か。まさに彼女は大魔女らしいが、レイが知っている単語では、彼女のような存在を賢者と呼ぶのだろう。


「ほれ、そこで突っ立っていないで、こちらに来なさい」


 王に呼ばれて、慌てて前に歩み出る。

 そこには、前のときよりも明らかに大勢の国民が顔を並べて歓声を上げている。

 レイは酷く罵倒を受ける覚悟できていた。なぜならそれが普通だと考えていたから。しかしこの状況にはレイもあっけなく口を開けているしかない。


「レイ、レイ」イデアが呼ぶ。

「どうやら国民の皆さんには、なにかしらの方法で、レイが英雄だというように広めてくれたそうですよ?」


 レイの眉間にしわが寄る。一体この中でどういう風に……

 すると、視界にダノスとギルド連中、そして少し視線をずらすと、黒いローブに身を包んだ魔女たちが一生懸命に手を振っている。


 まさか……。


 そう思ってイデアを見直すと、ふふ、と笑うばかりだ。

 そして、イデアが喋りはじめる。


 今回の一件、魔物襲来や討伐、国で起きた大災害。丸くまとめて国民に語り掛ける。

 そして、レイの名前が呼ばれる。


「さぁ、皆さん。改めてこの国の英雄とする、レイです!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。


 大歓声が波になってレイを包む。


「そして、この方は……」


 なんだ? 英雄以外になにかあったか。レイはイデアの顔を覗こうとする。


「あら、ちゃんとつけてきてくれるなんて嬉しいです」


 レイの胸元に手を伸ばす。

 なんとなく着けてきたネックレス。そういえば、イデアから貰ったものだ。


「ちゃんと意識してくれましたのね」

「い、いや、そういうわけでは」

「照れると、顔に気持ちが出てしまいますわよ?」


 ぐぅ。口をつぐむ。これ以上突っ込まれたら顔が火傷してしまう。

 それに。イデアが畳みかける。


「それに、受け入れていただいて嬉しいですわ」


 な、なにを。

 レイは逡巡する。なにか言ったか、約束をしたか……。

 困惑していると、笑顔のまま、イデアは民衆に向き直る。


「彼が、私の夫になります」


 は?


 レイは肺の空気を一息に押し出してしまい、むせてしまう。

 しかしその声をかき消す大歓声が鼓膜さえも破りそうになる。


「ど……どういうこと」

「ねぇお父様! 良いですわよね?」


 イデアが満面の笑みで王に振り向いて言う。

 さすがにまずいんじゃないのかとレイも王の顔を見るが、うむ、という満足げな顔しか見せていない。


「あなたは私をイデアとして認めてくださった。私もあなたをレイと認めている……これ以上に、婚姻を結ばない理由がありますか?」


 全く滅茶苦茶な暴論だ。

 だが、そこにはレイでさえも想定していなかった認められ方があった。恐らく、これ以上ないくらいの。


 その想いに、レイの心には心地よくも暖かい空気が充満している。


「い……いや、それは……」


 さすがのレイもたじろぐ。元の感覚ではまだまだ結婚するなんてもっとずっと後の話だ。

 イデアを真っすぐに見つめた。真剣な告白の返事を、ただじっと信じて待つイデアがいた。

 信じていいのだろうか。信じるべきだと学んだじゃないか。

 これが二歩目か。偉く大きな一歩だと、レイはため息をついた。

 だから、答えは一つだ。


「……なら、受ける」


 瞬間、ぱっと一輪の花が咲くように、イデアの顔は笑顔になった。


「良かった!」


 イデアはレイに抱き着き、レイはイデアを危なげなく受け止めた。瀟洒なのかお転婆なのか、わからないな。


 しかしこれがイデアなのだ。


「では、いきますね?」


 なにを。

 その満足そうな笑顔が一気に紅潮し、目を閉じると。


 レイがなにか言う前に、イデアの唇がレイの口を塞いだ。

これでおしまいです。

ありがとうございます。


次回作ができたら、また投稿しますので、よろしくお願いいたします。

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