ーーそして、勝利
レイは、ガインの目の前に立つ。
ガインは呻き、呪いを吐き、必死に生にしがみついていた。
なぜそこまでするのか、理解できないわけではない。ただ、異常なまでに膨れ上がったそれは、取り返しのつかないくらいにまで大きく、醜く、心臓を無理やり動かし続ける暗い欲望と化していた。
こいつは俺と同じだ。ただ、認められたい。
けれどどこかで歪んでしまって。
どこかで歪に育った木が、まるでおどろおどろしい化け物に育ってしまったように大きくなってしまって。
レイは認められる痛みを避けて通ってしまい。
ガインは認められるために頑張った。
俺、おれ、みとめ、……。
虚ろな目に、レイは映っていなかった。ガインが本当に求めていたのは……。
「俺は、お前がしたこと、お前にされた仕打ちは忘れない」
けれど。それでも、ガインから目を背けずに答える。
「お前の強さは本物だった」
その一言が聞こえていたのかはわからない。ただ事切れただけなのかもしれない。
心残りはなくなった。そういう顔で、ガインは一言も喋らなくなった。
レイは、ガインの姿に自分を重ねる。一筋だけ、たったの一滴だけだが、重く冷たい涙が頬を撫でる。
冷たい感触は、やがてレイの体を冷やしていく。
そして緊張の糸が緩んだレイの視界は、いつの間にか横に世界を映し、ぼやけて消えた。
※
「うまくいったようじゃな」
ハッとレイは目を開けた。
そこは忘れかけていたが、一度見ると思い出す。どこまでも暖かい雰囲気は、今の体を優しく包む。痛みも一切感じない。
そして、目の前の老人は満足げに髭を撫でていた。
「あの剣はな、人に渡るはずのないものだったが、どうやら運命は思わぬ形で味方をしたらしい」
それも望まない形で。
あべこべな願いを叶えると、結果は滅茶苦茶らしい。
レイは全身の力を抜いて伸びをする。
まぁまぁ思い返せば楽しかった。自分を認めた今では、死ぬ前に良い思いができた。
背中を強く叩いて笑うギルド長ダノス。天才で高飛車だが、褒めるのが上手いレティ。
そして、レイを信じてくれた、イデア。
最期に別れくらい言っても良かったが、死人に口はない。レイはこういう時になんて言ったら良いのかわからないから、逆に都合が良いかもしれない。
けれど、目の前の老人には言っておこうか。
「……ありがとう」
「なにが?」
「少しだけ生き返らせてくれたこと、認められる体験をさせてくれたこと、くらいか」
それが無ければ、この魂に傷がついて生まれ変わっていたかもしれない。
「魔物に影響を及ぼした元凶は見つけたし、持ち主も倒した」
それが本来、レイがここへとやってきた目的。
だから、はぁと一息ついて。
「これで、俺の役割も終わりだ」
それを聞くと、ゆっくりと老人が笑う。
「それはおかしい話じゃな?」
「?」
「お主はまだ死んでおらんぞ?」
は。
失血していた状態で滅茶苦茶に動き回ったのだから、死んでもいいはずだ。いや、死にたいわけではないが。
「まぁ、すこぉし死にかけている程度で、すぐにでも目覚められる」
さぁ。老人が指さす方を見やると、来た時には気が付かなかったドアがある。
「でも、なぜ……」
レイは、老人にとっても役目を果たした存在なはずだ。
そして、レイがこのままこの能力を持っていても仕方がない。逆に、レイがこの能力を持つことでまた大変な事態に陥らないとも限らない。
そう思案しているのだが、目の前の老人は朗らかだ。
「そもそも聞くが、どうしてお主に魔力を授けたと思う?」
それは……知らない。
「お主が絶対に魔力を悪用しないからじゃ」
わけのわからない老人は、訳のわからない笑い方をする。
「いや、そんな確証は――」
「あるじゃろ? お主、一度でも魔力の悪用を考えたか?」
確かに、それはなかった。しかし……。
「わしとてバカではない。だが魔力を渡せる相手は砂漠の中の一粒だけ。さぁ、これに魔法の才能がなくて何と言える?」
老人の凄まじい説得に、レイは押し黙ってしまった。
「さぁ、そんなことより、行ってはどうかな」
「どこに」
「その先、皆が待ってるようだが?」
皆がレイを待っている。その言葉を口の中で転がすと、甘い気持ちが広がった。
「あぁ、もちろんここでわしの話し相手になってくれてもいいし、安らかな死を選んでも、お主に罰は当たるまい?」
さぁ、どうする?
それはもう既に決まっている。
レイの居場所に、足を進めてドアノブをひねる。
一度立ち止まって、振り返らずに口を開く。
「ありがとう」
今度は本当に感謝を込めて。
うむ、という言葉を背中に受け、レイは足を踏みだした。
※
どこかで呼び声がする。
うるさい上に、滅茶苦茶に世界が揺れている気もする。
レイ。レイ。
「……レイ! 起きて…………起きてくださいっ! レイッ!」
頬に冷たい何かを感じる。
それが何かを確認しようと手をあげようとすると、なにかに触れる。
その柔肌は、どこかに覚えがある。
「レイ……? レイ、生きて……?」
生きてって、勝手に殺さないで欲しいと言いたくなるが、口はなんだか開きにくい。
なんとか目を開けると、そこにはイデア、レティ、ダノスやシプトン、その他にも戦士や魔女が溢れている。
どういう状況なんだ。起き上がる。
「これは、一体……」
「レイ、良かった、よかった……! 本当に、生きていて、良かった……!」
辺りを確認する前に、イデアに抱き着かれ、押し倒されてしまった。
「お、おい、イデア……」
「レイ、心配したんですよ……本当に、本当に……!」
くぐもった声に、涙の色が浮かぶ。レイはそれ以上の何かを言えない。だけど何も言わないのも悪い気がして、レイは散々逡巡した。
「……あぁ…………ごめん」
レイは、イデアの体を抱きしめ返した。
がっはっは! 良かったぜ!
全く、人騒がせなんですから。
こんな大勢の中心で、まさか女の子と抱き合うことになるとは。レイは頭を少し抱えそうになるが、それ以上に満足感を覚えている。
レイが必死につかみ取ろうとしていたものが、ここにあった。
それだけで、ここにいること、そしてイデアの気持ちにこたえるには十分だった。




