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力を超えて

「イデア」


 レイが呼ぶ。

 その声に、イデアがぱっと振り返る。

 まるで着飾った彼女は、どこからどう見ても、文句のつけようのない美貌を兼ね備えたお姫様だった。

 そこにイデアがいない。


「レイ……! どうして、ここに……」


 レイは痛む体を抑えつけ、イデアに駆け寄る。ふらつくレイの体を、イデアは優しく受け止めてくれる。


「逃げてくださいと言ったはずです、あなた、処刑されて――」

「構わない……それよりも、イデア……」


 ごくり、と唾をのむ。

 こんなこと、レイの柄でもなんでもない。しかし、もう言わない選択肢はない。


「イデアのことを、助けに来たんだ」


 今度ははっきりとそう認める。変な感情や、過去のしがらみにはもう惑わされない。イデアの手を握り、はっきりと目を捕える。


「ですが、私は……」

「あぁ――だから今、証明する」


 目を瞑り、感覚を思い出す。

 レイがシプトンに魔力を分析してもらう際に、シプトンに魔力を受け渡したあの感覚。レイの隠さない本心と共に、ゆっくりと流す。

 イデアは、戸惑いながらもレイの魔力を受け入れてくれた。レイの心にも、イデアの心が流れてくる気がする。

 もっと早くにこの気持ちに気付けたのかもしれなかった。魔法を通じての無言の対話に、レイの心は洗われて、長年に渡って積もった埃が流されていく。


「……レイの魔力は、魔王のモノではない?」


 あぁ、そうだ。


「だったら、あの魔物の軍勢は……」


 イデアの言葉はドアを開ける音で遮られた。


「……小僧、なぜそこにいる」


 巨躯を悠然と部屋に滑り込ませ、ガインが詰問する。その眉間にはみるみるうちに細かい皺が刻まれていく。


 大丈夫だ。もう負けない。

 自信を胸に、レイは問いをぶち破る。


「お前が魔物をおびき寄せたってことを暴露しに来た」


 言葉を放った瞬間、ガインは剣を抜く。しかしレイは続ける。


「それにその剣、魔王の武器だろ? 魔王の魔力でさえも切り刻む、破魔の剣……」


 シプトンから聞いた話を告げる。

 レイの魔法を切り裂いていたのは同じく魔法の力。魔王が遺した力で、ガインは力を振るい続けている。

 どうやら、既にガインには繕う余裕の感情がなくなっている。


「それが嘘か真かはさておき、そんな戯言を姫の前で話されては――」

「なぜ、魔王の力を嫌っているはずのお前が魔王の剣なんか持っているんだ?」


 さらに畳みかける。


「それに、この世で俺みたいな魔法でも斬れる剣なんか、魔王の剣以外にはないっていうのは明らからしいな、シプトンに聞いたが」


 そこまで言い切ると、もはやとガインは首を振る。

 ガインの答えは簡潔だった。抜いた剣を構え、隙を狙っている。


「……ならば、もう答えは必要ないだろう」


 レイはガインが動き出す前に、真っ白な光球を放つ。まっすぐに飛んだそれは、やはりガインの剣に触れた瞬間真っ二つに割れる。


「イデア! 下がるんだ!」


 レイはとにかく思いついた武具を周囲に浮かびあがらせる。


 魔法が効かないなら直接攻撃してやればいい。剣技はないが、高速で飛ばし意識を削ぐ。


「行け!」


 声を張りあげ、一斉に剣の嵐がガインに切っ先を突き立てる。

 滅茶苦茶に飛んでいく刀剣を前に、しかしガインは微動だにしない。


「舐めるな」


 一言の先に、強い闇をまとった眼がある。

 ガインに剣が突き刺さる。一瞬の剣戟が火花を散らし、周囲に浮力を失った剣が瞬く間に散らばった。レイは次に備えた。


「俺が……俺がどれだけ鍛え上げたか、舐めるんじゃないッ!」


 言葉が届くとともに、ガインはレイの眼前まで迫り剣を振り落とそうとする。煌めきが反射し、レイの魂を食らおうと迫る。

 しかし、レイは落ち着いていた。襲い来る牙も、ガインの迫力にも、一切目を閉じたいと思わなかった。


 ただ、手を振り上げる。


「レイッ!」


 イデアが叫ぶ。

 斬られる。剣が豪速で振り落とされた。

 あがったのはイデアの悲鳴だけ。ガインの剣は物音一つあげずに落ちた。


「な……ッ!」


 しかし、驚きの声をあげたのは巨躯の男の方だった。

 ガインは大剣を振りおろし、その魔剣の鋭さと持ち前の筋肉で、床まで粉砕するはずだった。

だが、床はおろか、レイの上げた腕さえも通り抜けられなかった。


「わかったんだ」


 レイは、今なお剛腕から繰り出される力を受け止めて言う。


「認められるのには痛みが伴う……けれど、目を背けても幸せにはなれないんだと」


 魔法は感情。その魔剣の魔力を上回る魔法ではじき返してやればいい。


 先日に戦ったキングウルフよりも素早いガインに、剣の秘密を見破ったところで魔法を正確に当てることができる気もしない。

 であれば、こちらから受け止めた方が確実だ。


 ぐぬぅぅ……目の前から歯ぎしりが鳴る。


「貴様、何をした⁉」


 目の充血と剣にこもる力がさらに上乗せされていく。だが、レイもそれに抗い魔力を込める。


 しかし、問いに答えるならば。


「俺が……何かしたか?」


 ただ、自分の両手に、魔剣も及ばない防御壁をまとっているだけ。

 レイに武器は扱えない。


 だが、拳なら、ただの自分の体の一部だ。


 ガインは舌を打ち、後方へ飛び退った。


「姫! 反逆者ですぞ! 城の者を集め――」

「私は姫ではありません」


 イデアの発する研ぎ澄まされた刃がガインの言葉を一刀に伏した。

 ガインの顔に傷のような皺が寄り、血のような冷や汗を流させる。


「私はイデア・マギアミレス・ランタイン。知っていましたか?」


 イデアは一息でドレスを破り捨てる。高価な布を容易く引き裂き、姫の象徴を放り投げる。

 身軽になったイデアは、傍に転がった剣を拾い上げる。それはレイが作ったものだ。


 さすがはイデア。


 彼女は尊重しなければならない。姫ではなく、一人の女の子としてではなく、イデアとして。

 なら、彼女には最高の一振りを渡さなければならないはずだ。

 イデアはそして、その剣を撫でる。


「素晴らしい剣です。これからはこの剣を提げますね」


 ふふ、とイデアはレイに微笑みかけた。

 ガインの顔に更に亀裂が走る。レイにかけられた言葉に反応して、一気に距離を詰めた。その顔に浮かぶのは、激しい怒り。ガインの神経を逆撫でたようだ。

 レイが前に立ち、両手で重い斬撃を受け止めた。


「なぜだ! なぜだ、なぜ私ではないッ! 姫ごときがぁ!」


 怒りに任せた斬撃の手数が増す。レイは腕いっぱいにまとった魔力で押し殺すが、受け止めるたびに意識が吹きとばされそうになっていた。

 魔剣に対抗するだけ、ありったけの魔力を拳だけに集中させられる。剣戟を受け止めるたびに衝撃と魔力の消耗で、意識が途絶えそうになりながらも痛みが暴れてすぐに引き戻される。


「それはあなたが一番知っていることでしょう! ガイン!」


 イデアはいつの間にかガインの背後に回り、剣を薙ぐ。


「黙れ! 中途半端なまがい物の姫がぁ!」


 イデアが振った剣を弾き飛ばす。しかしイデアは身をするりと翻す。


「姫、お前はいつまでも好き勝手なことをしているくせに国に愛されるのは、お前が姫であることただそれだけだ! お前が姫でなくなったなら、ただの生意気な小娘だ!」


「違う‼」


 レイは隙を見つけて、ガインが受け止めるのも気に留めずに力を押しやる。


「イデアがイデアでいようとすること、それこそで愛されるんだ! 自分を見失わない確かな自分がいるから、周りが認めてくれるんだ!」


 それはレイも押し殺していた記憶。


「私は! あなたの道具にはなりません!」


 踊るように回避していたイデアがもう一度剣を拾い上げ、杖を振って天井を小さく壊す。ぱらぱらと降り落ちる砂埃がガインを包んで目を眩ませる。


「イデアは剣も魔法も使える個性があるんだよ!」


 イデアの後押しをする。ガインが怒り狂った眼をこちらに向けるが、それはレイの作戦通り。

 野太い呻きが響く。


 イデアがガインの腹を突き刺した。赤い血が滴り落ち、時を止める。


「こ、の……」


 ガインが呻く。さすがに立っていられないだろう。

 やったと思えた。


「この……小娘がぁぁぁぁァァァァァ!」


 王宮中を震わせていると感じる咆哮に思わずレイは腕で顔を覆う。鍛え上げられた巨体から放出された雄たけびは、意識をぐらつかせるのに十分すぎるほどの破壊力があった。


「イデア! 魔力を!」


 レイが叫ぶ。

 イデアが持つ魔力が切れそうなことは見て分かる。足元がおぼつかなくなる感覚なのだ。

 イデアは返事するより先に、左手を向けて魔力を放つ。金色に輝くその玉はイデアにぶつかった瞬間、体に沈んでいく。


「ガイン。あなたはレイの魔力を魔王の力と言いましたね」


 杖を剣に這わせ、輝きを乗せる。


「では、恐ろしい魔王の魔力がなぜこれほど神々しく見えるのでしょう?」


 イデアの所作に、堂々とした断罪者を思わせる。

 イデアの輝きが、ガインをかき消そうとする。


「やめろ……やめろ!」


 ガインが音を切り裂きイデアに斬りかかる。うまくいなしたイデアはくるくるとガインの周りを迂回、隙を見つけて剣を振るう。

 ガインはしかし、負けじと剣を引き戻して金属音を響かせた。


「小細工だ! インチキだ! 俺が、俺が長年積み重ねてきた努力が認められずに終わってなるものかッ!」


 レイもガインに殴りかかる。


「ふざけるな! 国を潰そうとしておいて、何が認められたいだ!」


 歪んだ承認欲求など、レイが認められるはずがない。

 レイの拳はガインの剣で遮られ、イデアの剣はガインの剣でいなされる。

 二人がかりで押しているにも関わらず、手負いのガインの勢いは止まらない。大剣を細やかに操り、ガインは攻撃を全て防いでいる。しかも、反撃までする始末だ。

 レイが万全であれば、魔力を使って圧倒できたはずだ。剣も扱えない今では、ガインの凄まじい剣戟を止められない。


 レイはあることに気付く。しかしどうなるか一切わからない。自分でもできるかどうか、はっきり言って難しい。


「イデア! もう少しで魔力が切れそうか⁉」

「……えぇ! レイ、あなたは大丈夫⁉」

「あぁ! 次渡すぞ!」

「ごちゃごちゃとうるさいぞ馬鹿者どもがぁ!」


 レイとイデアの狭間に剣を突き立て、床を割る。その合間にもレイは拳を、イデアは魔法と剣戟を叩き込む。

 レイの意識はほとんど霞んでいた。イデアの助けが無かったらもうぶっ倒れていてもおかしくない。

 だから、ここで倒れるわけにはいかない。魔力が尽きかけている感覚を無視して拳を剣にかち合わせた。


「さぁどうなんだ? どっちから片づけられるか決めたのか?」


 ガインは胸を張って両者を見やる。見たところ虚勢を張っているようだが、しかしこのままではどうなるかわからない。レイの魔力が尽きても、イデアの魔力が尽きてもおしまいだ。だがガインは自身の膂力だけでこちらに勝っている。まさに化け物だ。

 そうだ、やるしかない。


「イデア! 受け取れ!」


 もう一度、今度は特別な魔力を込めてイデアに放つ。

 うまく届くことを祈って光球を投げ打つ。


 そして、こちらに腕を向けたイデアにそれが飛んでいき、ガインがその光球を掴んだ。


「ガイン!」イデアが叫ぶ。


 巨大な左手が掴んだ光はそのまま巨体の中へと消えていく。

 はは……。ガインの脱力した笑いが霞む。

 今、ガインはレイの魔力を手にした。


「……俺は今まで、大事なものまで犠牲にしてここに立っている。自分の母国も投げ売って、戦士長の座まで上り詰め、じきにこの国の王となれるわけだ」


 黒いオーラがガインを包み込む。どす黒い感情が浮き彫りになり、それは段々と大きく膨れ上がっていく。


「しかし、それは浅ましすぎた」


 レイに向き直り、そして口を開いて笑い出す。


「この力が……貴様に宿るこの力があれば、神として崇められるだろう! そうでもしなければ、この能力が哀れになるだろう?」


 レイを笑い捨て、イデアに振り向く。


「この力があれば、もう貴様など不要だ……危うくガキと結婚してしまうところだ」


 剣を強く握り、イデアを追い詰めていく。

 イデアが、苦悶の顔を浮かべた。

 その瞬間。


「……あぁ?」


 ガインが疑問符を浮かべ、剣を床に落とした。


 カラン、と鳴らしたそれにガインも視線を落とす。


「ははは……どうやら貴様らの攻撃は効いたみたいだな」


 だが、とガインは剣を取ろうとしてかがむ。


「貴様たちと王を殺し、手当てするくらいの余裕は」


 ある、と続けず、ガインが押し黙った。


 ガインが手に収めた剣を持って立ち上がることはなかった。

 なぜだ、なぜだ、どうしたんだ! ガインが焦りはじめる。


「ガイン、俺の能力をちゃんと調べたんだろうな?」


 ガインが強烈な表情で振り向いた。


「強力な魔法は使えるが、ナイフもフォークも持てない体になったんだ……この意味が分かるか」


 ガインは一瞬で気が付いたのか、呻きをあげる。


「それに俺はお前に魔力なんか渡していない。ただ、その呪いだけをお前に投げてよこしたんだ」

「くそ、くそがぁぁぁぁぁ!」

「魔王の力のないお前と、一騎打ちだ! 行くぞ!」


 レイは助走をつけて走る。

 もう魔力はなかった。だがやるしかない。

 レイは魔力が無ければ普通の男子高校生だ。こんな異世界の化け物戦士に渡り合えるほどの筋肉も力もない。

 だから、次は文字通り命を捧げる。

 目を閉じ、心臓に手を置く。心臓が削られる感覚。だが魔力が満ちていくのがわかる。

 全て、ありったけの爆風を生み出させる。滅茶苦茶な圧が稲妻をなびかせ、火花を散りばめていく。


 後ろに突風を叩きつけ、無理に体を押して進む。


 後ろからの爆風で無茶に体を進ませる。


 もう足は回さない。ただ姿勢を取るだけの道具にする。

 ガインは、剣も握れず、ただその場で屈んでこちらを見ている。


 レイは拳を握りしめるだけ。

 硬く硬く握った拳を、顔の高さでただひたすらに待つ。


「お前の言う通り、持ってきてやったぞ! 使える力を‼」


 呆然としたガインの顔面に、真っすぐ、鋭く叩き込む。

 借り物なんかじゃない、自分の拳で捻じ曲がった承認欲求を壊す。

 真っすぐ飛ばした拳がガインの顔を貫き、巨体ごと後方へ吹き飛ばした。

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