レイの過去
レイ。
名前を呼ばれて席を立ち、期待を胸に教師の前まで歩いていく。
レイはいつも通り、テストを受け取る。全てが丸で埋め尽くされた努力の結晶を抱きかかえるようにして席に戻り、一人、喜びを噛み締める。
人一倍努力して得たその功績は、レイの狙い通りだ。
他の生徒も同じように名前を呼ばれて答案用紙を受け取っていく。
うわー惜しかったわ。
あーあまた赤点。
どうでもいいからふけってゲーセンいかね?
いいね、行こう行こう。
レイは一人、自分の答案用紙と会話を続ける。
君がいれば、きっと友達もできる……よね?
「今回のテストも学年一位はレイだ。おめでとう」
教師が賛辞を送ってくれる。教師は鼻が高そうにレイを見つめ、うんうんと頷いている。よかった、期待に応えることができて、なにより。
周囲も、すごいなぁ……と感嘆を漏らしてまばらに手を鳴らしてくれた。周囲も褒めたたえてくれている。レイは努力を思い出し、頬を緩ませる。
学校に通っている皆が一つの物差しで測られている。テストの点数だ。高ければ良く、低ければ悪い。けれどそうやすやすと高得点は取れない。日々のたゆまぬ努力が必要だ。
レイはその中で常に一番を勝ち取り続けていた。その努力も惜しまなかった。一つの物差しで勝つために頑張り続けた。
結果、クラス中から拍手を得る形となった。おめでとう、おめでとう。言葉ではなかったが、レイを祝福してくれる声が聞こえる。
けれど、なぜだろうとレイは首をかしげる。
テストが返却されるたびに教室は喧騒に満たされていく。しかし満たされたはずのレイの心はまだ軽い。何かが足りない。けれど、空いたはずの場所にぴったりはまるピースが見つからない。
騒がしい空気が教師の一喝で一瞬沈み、レイが探そうとしたものも消えていった。
キーン、コーン、かーん、こーん。歪な鐘が鳴った。
帰りの合図に、何も変わらない日常が今日も終わった。
何か変わると思った今日も、何も変わらなかった。レイも帰りの支度をしようと、教室の後ろに備え付けられた自分のロッカーに向かう。
そこで、数人がたむろしていた。
退いてもらうのが面倒だな、と思っていると、その数人は何やらレイのロッカーで何かをしている。
「なぁ……それ、やめてくれないか」
見ると、レイのロッカーでなにやら遊んでいた。どういう遊びをやっているのかはわからないが、遊びか悪ふざけだと思いたいそれは、レイの神経を逆撫でている。
「あ?」
返事が簡潔すぎる。その上、さっきまで楽しそうだった笑顔が歪んでいた。
「いや……やめてくれって」
もう一度言う。
彼らのなにに触れたのかはわからなかった。けれど、みるみるうちに不機嫌になっていく顔から、棘が飛んできた。
「うざいんだよ、なにがやめろだよ」
「なにが」
「そうやってテストで良い点とっていい子ぶってるのがだよ」
テストで良い点を取るのは学生の本分だし、皆も同じ尺度で評価されているはずだ。
「先生だって、その、友達だって、褒めてくれてるじゃないか」
「じゃあ、お前にその友達いるの、ぼっちくん」
急に意識がふらつき、教科書やノートが飛んで離れていった。
お前は報われてなんかいない。そう突きつけられて、勉強なんかやめた。
きっと努力の方向を間違えたんだ。
レイは自分にそう言い聞かせ、勉強に当てていた時間を丸ごと部活に充てた。
初めてではないにしても、周囲からかなり遅れを取って始めた部活は、最初は笑われながらも友人ができた。皆優しく教えてくれたり相手をしてくれたりした。
だから、そんな期待に応えようと努力した。きっとみんな、レイが上手くなることを期待している。
真っ暗になっても、レイが独りきりになっても練習をやめなかった。目標の為ならいくらでも頑張れた。きっと自分に才能があると信じて。そして周囲の期待に応えられるように。
頑張っていくたびに点数は着実に伸びていった。最初はついて行くことすらできなかった練習も余裕でこなせるようになり、教えてくれた同期や先輩には逆に教えることが多くなった気がしたころ。
大会では、しかしチームで勝つことができなかった。レイは大きく貢献できたが、他のチームメイトがそれについてこれなかった。
レイは心底不思議だった。だが、きっとみんながもう少し頑張れば勝てたはずだ。そうすれば、レイもみんなのために頑張ってきた甲斐がある。だから恩返しのつもりでアドバイスをした。
「なぁ、調子に乗ってる?」
レイの助言を遮ったナイフがレイの喉を切り裂いた。レイはそれ以上言葉を出せなかった。
「お前には才能があって、俺たちにもっと努力しろって言ってるよな」
そんなわけがない。俺には才能なんて。
「正直言ってウザいんだよ、俺たちは楽しくやってるの、お前だけガチすぎ」
まるで冷たいその空気は、温度は変わっていないはずだった。変わったのはレイの温度。レイが高温すぎたから、その発言が冷たく感じている。
けれど、凍ったような手に感覚がなくなっていくように、レイの心もマヒしたみたいだった。抉られた喉に、まだ冷たい刃物を押し当てられている気分だった。自分の中のなにかが殺される前に、やらなくては。
その夜。レイは親に叱られていた。
レイが暴れたことに対してだった。けれど、レイが暴れた原因については全く聞く耳を持たなかった。それどころか。
「それも、あなたが悪い」
一蹴された心臓は、ベチャと弾けて血糊を噴いた。レイの胸に、それは二度と戻って来てくれなかった。
周囲に応えるためにしたレイの行動は全て間違っていた。友達も、親もそれを認めてはくれなかった。
そうか。レイは悟った。頑張れば頑張るほど報われないなら……。
レイは努力することをやめた。




