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絶望のその先

「逃げるなぁぁぁぁ!」


 声が追いかけて来る。振り返ると、ガインの体が急に大きくなった。ガインが急接近して、レイの目の前で剣を振り落とそうとしていたのだ。


 考えることもできず、体を右へひねって斬撃をかわす。


 人間を傷つけたくはないが、こんな化け物相手に手加減していてはこっちがやられる。

 風を生み出し一気に後方へ距離を取り、ガインに雷を放つ。狙うことすらできず、なんとか放った攻撃は正確さも威力も足りない。焦りのせいで広範囲に煙が立ちのぼった。

 気絶くらいはさせられたか。

 静かな辺りに、鎧の音は聞こえない。あの巨躯が煙の中から現れる様子はない。しかし、いつでも現れていいように、魔法を繰り出す整えはしておく。


 刺された部分をもう一度さする。かなり深く、傷はまだ痛む。なんとか落ち着きを取り戻した意識で集中を効かせ、傷を塞ぐ。もう一度さすり、痛みがないことを確認した。


 もう一度視線を戻すとガインがいるであろう場所の煙が消えていた。よく目を凝らしてガインを探す。場合によってはガインの怪我を治しに行かなければならない。殺してはいないはずだ。

 魔物の群れのように消してもいない。

 だが、そこに影は一つもなく、崩れた瓦礫だけが転がっている。どこだ。左右上下に目を配る。だがどこにも影がない。


「愚か者が」


 聞こえた瞬間、レイの腹からまっすぐ前に剣が生えた。

 驚いた拍子に真っ赤な血が滴り落ち、レイのズボンにシミを作る。


 まずい。その声が頭を埋める。


 痛い。体中が叫びだす。

 レイの口からはうめき声とも悲鳴ともつかない音が漏れ、自分でも何を言おうとしているのかわからない。そして自分で何を考えているのかがわからなくなった。自分で言いたい言葉も見つからない。


 肺を収縮させる筋肉が痙攣し、滅茶苦茶な呼吸を繰り返す。回復させた意識もめちゃくちゃに暴れまわる。


 視界が揺れ、霞む。俺は後ろから刺されているのだ、とようやく理解できた。剣を抜いて、大きく開かれた傷口を塞がないと死んでしまう。

 しかし、足に力が入らない。全身から、ぽたぽたと落ちていく血のように気力が失われていく。レイにできることを少ない自分の意識で考える。一瞬やりたくないと感じたが、死ぬよりましだ。これ以上考えることもできない。痛くて痛くてたまらない。おさえて痛みを我慢することもできない。

 

 無理やり風魔法を背中に押し出し、ガインとの間を空ける。

 体を貫かれた痛みに思考が分裂して暴れている。ろくに受け身もとれず、吹き飛ばされた分だけ血も一緒に落ちていく。


 とにかく左手を傷口に当てて塞ぐ。レイに突き刺さった死の気配はなくなっていたが、血を失った分だけ、レイの思考にもやがかかっている。体が主張する激しい痛みだけがレイの意識を保ってくれていた。


「お前は罪から逃げるのか! どうなんだ!」


 遠くで鳴る怒声。

 痛みに頭が歪み、正常に受け止められない。この痛みは罪によるものなのか。


「お前は自分のために力を使っている! そんな邪悪な力を祖国に置いておけるものか!」


 ガインの剣が、いつのまにか間近で振り下ろされようとしている。それは断罪する黒鎌のように映る。そこには鏡のように、歪んだレイがくっきりと映っている。

 ギリギリで風魔法を打ち出しまた転がった。体に硬い地面を擦り付け、肌を削っていく。しかし生きている。細かい傷をどうにかする暇もなく、立ち上がって正面を向く。

 それを知っていたかのように、ガインは剣をぴたりと止めていた。


「なんだ、英雄様が俺ごときに逃げてばかりか? 自分が正義だと思うのなら俺を倒してみろ!」


 迷いのない瞳に怒りが真っすぐ宿っている。

彼はレイと真っ向勝負を仕掛けている。明らかにレイの力が上なはずなのに、レイが押されている。先ほどの魔法も偶然当たらなかったのか、一切効いている様子もない。


 深呼吸をして無理やり平常心だと言い聞かせる。まだ生きている、まだ大丈夫と口に出す。震える足を気力で抑えつける。だが、血液が足りないと心臓が怒り狂う。感情をうまく保てない。

目の前の男に、気絶させるくらいの雷を確実に直撃させる。そのあと、ゆっくり誤解でもなんでも解けばいい。体力も回復させて、深く眠ればいい。一瞬だけ、自分を騙す。


 脇目もふらずに雷を突き飛ばす。空気を震わせ民衆の悲鳴も飲み込む。ピンと張った裂き跡が確かにガインを覆い尽くす。

 ガインに直撃したはずの黄線は、しかし真っ二つに割れて四方八方へ飛んでいった。

 ガインに当たらずあちこちに飛散したそれは建物を瓦礫に変えて弾き飛ばす。

 悲鳴が煙と共にたちのぼる。


「な、なにをした!」


 レイは困惑した。

 目の前の光景はレイの脳が作り出してしまった嘘か、それとも実は気絶しているレイの悪夢か。今まさに敵に向かって放った一撃が、関係のない人々に降り注いでいる。足の震えが増していく。


「お前こそ何をしたと思っている! 我が国の国民に攻撃するなど、許せるものか!」


 剣を構えながら突っ走ってくる。レイの背中には冷や汗が流れる。

どういうことだ、一体何が起こったのか。しかし焦っている間も敵は向かってくる。殺しに来る。

 なにもかも意味がわからなくなった。英雄として迎え入れられ、褒めたたえられていたはずだった。

 しかし、今目の前にあるのは悲惨だった。家は焼け、悲鳴が上がり、建物は崩れ、レイの心を蝕んでいく。こんな光景を見るはずがない。


 レイを襲う現実を否定するように、右手から炎を吐き出し、左手で押し流す激流で飲み込む。レイの心から何かが出ないよう、抑え込むように魔法を出し続ける。こんなのはありえない。最強の魔法を打ち出せる俺に、こんなことはあり得ない。


 しかし、ガインは黒剣を前に突き出し、炎にも水にも飲みこまれない。レイの魔法は彼を拒絶できずにいる。


「お前がその力を振るうのは、お前自身の欲望の為だ!」


 ガインが叫んだその声が、レイの鼓膜にどろりとこびり付く。


「なぜお前が人を助けた? それは人に感謝され、認められたいからだ!」


 違う。その一言が、喉に張り付いて出てこない。


「あぁ、そうだろうなぁ! 危機的状況で一気に形勢逆転させたのなら、いきなりこの国に現れたとしても注目を浴びて感謝される! さぞ気持ち良かっただろうなぁ⁉」


 ガインに向けて放った魔法は全て当たらず、周囲に飛んで猛威を振るう。ガインに当たらないように避けていく魔法に、レイの焦燥感がはじける。


 はじけたなにかはレイの心を突き破り、周辺に電撃を飛び散らせた。レイの何かでは抑え込めない。炎と水流を一瞬切り離し、爆風を生み出す雷撃をガインに差し向けるほかなかった。


 柱のように重なり太くなった雷が飛んでいく。

 ガインは死ぬだろう。体中を残すことなく焼いて、灰も残さない。


「醜い欲望のために魔法を振るうな、小僧‼」


 ガインに雷の柱がぶつかった途端。

 目の前の光景はあり得なかった。魔物の群れを全て焼き尽くしたときと同じ魔法なのに、それはさっきと変わらずガインを避け、国中に飛び散っていく。


 嘘だ、と力なくつぶやいた。雷の柱を切り裂いたガインは無傷で向かっている。レイの魔法が通じない。レイの魔法が役に立たない。


 レイの全力を乗り越えて、ガインは剣を振るいに来る。死の底よりも恐ろしい黒が走ってくる。


「お前は自分の欲望で町を壊し、国を滅ぼし、感情に任せて破滅をまき散らす!」


 時が間延びして、無限に言葉が貫いていく感覚。レイの心臓を貫くガインの叫びは、レイの心を簡単に引きちぎっていく。


 レイは、違うと反論したかった。けれどできなかった。

レイは感じていた。周囲からの称賛、熱烈な歓迎、感じたことのない優越感。レイの反論は、その感情を否定することになる。


 目の前で切っ先が煌めく。すんでのところで、レイは我に返って防御のための土くれを足元から伸ばす。

 だが、レイの予想は裏切られる。ガインの予想以上の力は土の壁を粉砕し、レイの脇腹に叩きつけられた。斬られることはなかったが、強い衝撃はレイの骨を砕き、打たれたボールのように弧を描いて飛んだ。

 レイの瞳に、赤く燃える景色が映った。家が焼け、人々は逃げている。レイの望んだ景色ではない。しかし、まぎれもなくレイが作った光景だった。


 体にもう一度衝撃が強く走る。

 横に視線だけ動かすと、まばらな人だかりがこちらを見つめている。ここはレイが勲章を授与された場所だ。レイを見つめる視線は、賞賛するものから怪物を見るような目に変わっていた。


 やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。訴えたいが、指一つ動かせない。


「これが英雄の姿か?」


 ガインの声がすぐ傍で聞こえる。その声色には、憎しみが宿っている。純粋な憎しみが宿っているのは、顔を見なくてもわかる。


「この醜くボロボロになった姿こそ、こいつの正体だ!」


 レイには否定できない。声が出せないからではなかった。

 自分のモノではない魔法の力で活躍して信頼を得ていた。自らが何も努力せず、苦労もせず、ただ与えられた武器を子どものように振り回して、その力を誇示していただけだった。レイの力が凄いのではない。貰った魔法の力が素晴らしかっただけだ。

 レイは、全く素晴らしくない。


「こいつの魔法は強大だ……だが、我がその邪悪な力を討ち滅ぼした! 完膚なきまでに悪を叩きのめすことによって!」


 やろうと思えば、回復なんてすぐにできる。今すぐ跳ね起きて、どこか遠くへ逃げることもできる。どこまで魔法でできるかわからないが、この国を抜けだして、他の国でまた最初からやり直すこともできる。

 だが、レイの右手はおろか、左手にも回復しようという気力は尽きていた。炎は消え、水は枯れ果て、雷はなりを潜めてしまう。正確には、使ってはいけないという意思が、レイの体を固く縛り付けていた。

 これ以上、罪を重ねたくなかった。レイは、魔法を使ってはいけなかった。


「勝手な欲望で、我が国は存亡の危機にある! どれだけのことをしでかしたか、よくよく悔い改めよ」


 頭を足で抑えつけられる。ギリギリとざらついた地面に押し付けられ、罪の重さを実感する。

 周囲には誰一人として止める者はいない。レイの放った魔法から逃げ惑い、悲鳴を上げ、広場は既に閑散となっている。建物がまた崩れ落ちる音がする。血が足りず、視界もぼやけてきているが、レイに向けられた痛切な視線は、体と同等に痛みを訴えさせる。


 顔をずらすと、真っ赤に焼ける家が目に映る。


「その証拠に、貴様を助けようとする者など一人もおらんではないか?」


 この瞬間、レイは理解させられてしまった。

 たとえレイがこの国を助けていたという事実があっても、彼らにとっては目の前で起こっていることの方が正しい。レイはこの国の戦士に足蹴にされ、微動だにできずに固まっている悪役だ。暴走する魔法を辺り一面にまき散らし、大災害を起こした張本人だ。そんな男に向けられる表情は、視点が合わなくてもわかりきっている。


「この男の正体は既に掴んでいる……このような魔力、我々はもう既に知っているはずだ!」


 ざわめきが広がる。

 レイも小耳にはさんだ話が頭に浮かぶ。だが、まさかと思う。そんなはずはない。だって誰にも指摘されなかったじゃないか。なんでこんな時に言われなくちゃならないんだ。


「我ら人類が魔王を滅ぼしてより長い月日がたち、忘れてしまったか?」


 一拍置き、剣を地面に鳴らす。


「こいつの魔法はかつての魔王の魔力! そうなら、魔物をおびき寄せるのも合点がいく話だ!」


 ざわめきは一層騒がしさを増し、泣き叫ぶ声と喧騒に混ざり合って渦を巻く。

 その渦の中心に、ぽつりぽつりと雨が降り出すように、何かが飛んできた。


 ……人殺し。

 災厄。

 魔王に取りつかれた者。

 人間を騙した詐欺師。

 平和な国を返せ!

 死んでしまえ!

 死んで詫びろ!


 レイを認めた国民なんて、ここにはもう、誰もいなかった。

 もう一つ、レイの視界に足が見えた。それは真っ白なブーツで、よく見知っていた人の足だった。


「レイを、どうするつもりなのですか」


 イデアの声が聞こえる。それは震える声だった。怖くて怖くて仕方がない。そういう声だ。


「彼をこの場で殺すことは私が認めません……その足をどけなさい」

「イデア姫、しかし彼は大量虐殺者なのですぞ?」


 はは、と吐き捨てながら頭上の男が嗤った。


「私としては、この場で首を切って」そう言い切って、少し待ってから続ける。「……そうですな、まずはこの男が荒らし尽くした後片付けをしてから、改めて処刑をしましょう」


 処刑。その言葉を聞いても、レイは以前のように奮い立つなにかが無かった。体が死を受け入れている、そんな感覚。


「敬愛すべきランタイン王……我が愛する祖国の為、我が王の為、ここに大罪人を捕えました。どうか、ご英断を」


 ガインは恭しく頭を下げた。

 その声色に一切の曇りがない。曇りなく、レイを断罪しようとしている。

 傍から見れば、レイも自分を恐ろしい存在だと思うだろう。目の前に見える瞳と同じ色を浮かべていたかもしれない。

 レイが救世主だという偽りを脱がせられた後なら、尚更だ。


「……うむ、ガインよ、よくぞ悪しき者から救ってくれた。その者を捕えよ」


 衛兵! ガインが叫ぶと、数名が駆け寄りレイを持ち上げる。


「この男を牢へ入れておけ」


 はっ。兵士たちのかけ声で、レイは揺らされながらどこかへと連れていかれる。

レイの瞳には崩れた街並みとすすり泣く人たちがずっと映されていた。

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