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絶望

 しかし、突然。


 切り裂くように、待ったの怒号が拍手を潰した。


「王よ、今すぐその男から離れてくだされ!」


 声が上から降ってくる。どこだと見上げると、城から落ちてくる影が一つ、レイに向かって物凄い速度で落ちてきた。

 レイは慌てて飛びのいた衝撃で尻もちをつく。

 魔法が得意とはいえ、身のこなしは一切わからない。

 痛む尻を擦りながら、なんとか向かってくる敵に対峙する。


 筋肉の形に合わせて大きく隆起させた形が印象的の鎧をまとった巨体の戦士が、黒色に鈍く光る剣をレイのいる場所に深々と突き刺していた。避けていなければ、肉が飛び散るように潰されていただろう。


 屹立していたのはガイン。


 最初の戦闘で、レイを見捨てていった男だ。ガインは鋭い眼光と憎しみめいた感情を宿して、レイを睨み続けている。


「王よ、お下がりください!」


 毅然とした態度に、王は戸惑いながらも叱咤する。


「ガイン! どういうことだ、英雄を殺そうなどと!」


 ガインは剣を引き抜き、大きくひび割れた穴を睨む。

 ボロボロと崩れ落ちていく地面からは、一切の傷がついた様子もない黒く輝く大剣が顔をのぞかせた。ガインの今の瞳と同じほど暗い。


「あいつこそが! 魔物を大量に引き連れてきた張本人だからだ!」


 その切っ先がレイに向けられる。

 太陽の光を吸い込み反射するその剣はレイに向かって輝き、あらゆる罪を断罪するかのよう。


「なに? 誠か?」


 目を細めた王が、レイの方を見る。

 疑わしいものを見るような瞳が向けられ、周りには動揺が走った。正気に戻ったかのように、静寂が消えていく。


 周囲をぐるりと見てしまった。それがレイの心を抉る。

 みんな、目の色が変わっていた。色は嫌疑。祝福していた明るく優しい色は暗い色に塗り潰され、レイを見透かそうと深淵のそのまた更に奥から覗き込んでいるかのようだ。ざわめきは一度始まったらもう止められない。人の心は炎上しやすい。


「違う! なんで俺がそんなことを!」


 レイは吠えて否定する。

 広がった疑惑を消そうとする。

 そんなことをするメリットは何もない。大量に人を殺すことなどレイにはできない。それに、レイは魔物を操ったこともない。


「ガイン! なんということを言うのですか! レイは私を二度も助けてくれたのですよ?」


 イデアも前に出て、ガインに抗議を飛ばす。

 しかし、ガインは笑い捨てた。


「やった奴ほどやってないというのだ。それに動かぬ証拠もある」


 剣を下に構え、やれやれ、と首を振った。


「わが祖国で弄んでくれたこと、後悔させてやる」


 言い切った途端、黒い軌道を描いてレイの腹へ一直線に突き進む。

 レイは慌てて再度後ろへ飛ぶが、懐に少し入ったらしく、鋭い痛みが走る。

 ガインの本気の目が一体何を言っているのかわからない。

 一体どうして魔物に襲わせた張本人がレイなのか、一体どこからそんな情報を持ってきたのか。

 どういうことなのか一切わからないが、唯一わかっているのは、ガインの瞳に宿っている感情は真黒な敵意だということだけだ。


「俺が一体なにをしたんだ! なんでこの国を襲わせる必要があるんだ!」


 否定しようと叫ぶ。伝播していく疑惑の目を吹き消すように叫ぶ。


「全て貴様自体が答えだ!」


 軽々と大剣をレイに振る。空気を切り裂き、目前に迫る。


「ガイン! やめなさい!」


 イデアの痛切な叫びも空しく、ガインの攻撃は止まらない。

 レイがガインを殺す理由は一切ない。

 だが、このまま黙って殺されるものか。

 レイは地面の土を操り、ガインとの間に防御壁を繰り出す。

 高々とそびえる壁から目を一瞬逸らして傷に手を当てた。

 浅い傷だが、初めての創傷に手が震える。ガインを少しくらい痛めつけても良かったかもしれないと考えがよぎる。


 瞬間、破砕音と共に壁が崩れ落ちた。


「こんなもので俺を止められると思ったのか?」


 マジか。

 ガインの実力を侮っていた。

 壁を紙のように斬ってしまう光景に、レイは全力を出さなければならないと腹をくくる。


「あぁ! 止められると思ったよ!」


 両手を素早くガインに向け、突風を巻き起こす。殴るようにぶつけた風は巨体を持ち上げて天高く舞い上がらせた。しかし悲鳴も狼狽えもしていない。


「俺にこの国を襲うメリットなんか一つもない!」

「あるだろう! とぼけるな!」


 空中だというのに、ガインは体勢を一切崩さずこちらを見据えている。その恐ろしいほどの身体能力にレイは恐れを感じる。喉が奥からひりつく。


「あぁ、そうかよ!」


 彼と対話ができない。一方的な何かが、肌に痛みを走らせる。


 バチ、バチ、という音に、レイは無意識に電気を発生させていたことに気がつく。


 このままでは暴れ出して周囲に散ってしまう。

 体内に無理やりかき集め、手に集中させる。放つ。

 放った電撃は吸い込まれるように空中のガインに吸収され、目を眩ませるような火花を散らせた。


 やり過ぎた?

 動かなくなった体はもくもくと黒煙をあげて下に落ちる。ドン、と激しく地面とぶつかる。だが、体勢は一切崩れていない。


「俺はこの国を救った! 魔物の襲撃を二度も防いだ! それのどこに疑いがあるんだ!」


 最初は傷つきながらも、縦横無尽に駆けまわり魔物を屠った。二度目は誰一人として死なせず、魔物の全滅を成功させた。これのどこに責められるいわれがあるのか?

 魔物に責められるならまだわかるが、同じ国を守る者同士に言われる筋合いも道理もない。しかし目の前の男は、剣を収めず、構えも解かない。


「……お前は、一つ、忘れている」


 ゆっくりと口を開いたその言葉は、低く呪うような音をまとっている。


「お前が魔物を退治するたび……多くの人の称賛を浴びたことだ」


 ぬらりと男が動いた。豪胆な雰囲気を覚えるその体にはそぐわないような、滑らかで目にも止まらない動き。

 レイは動くことができなかった。反応することすらできず、腹に切っ先を受けてしまう。


 体内に何かが入る感触を味わう。

 鋭く冷たい感触がレイの腹に入ってくる。

 強烈な感覚が意識を引き裂く。悲鳴が上がり、群衆がどよめき始める。


「お前の動機は、多くの人の称賛だ!」


 否定するように飛び退る。思考をまとめようと自分を抑えつけるが、意識の中で分裂した自分たちが暴れ出している。ここでは集中できず、傷を塞げない。

 右手で腹を抑え、空気を爆発させレイ自身を宙に浮かせ、近くの建物の屋上に両手をついた。

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