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魔女学園

「魔女学園に来ていただけませんか?」


 数日間、実に平和な暮らしをしていた。

 平和と言っても、かなり人員が減ってしまった分、レイが一人で魔物討伐に行くようになっただけだ。


 たまにイデアが様子を見に来たり、お茶を飲みに来たり。

 けれど、レイ独りで黙々と作業のように稼ぐことができるのはありがたい。

 ここには、人との繋がりなんて面倒なものはなかった。

 なのに、ゆっくりと窓の外を眺めていたレイに、イデアがいきなり部屋に来て謎のことを言いだした。

 別に戦う用事はないはずなのだが、いつもの純白の軽装ドレスに身を包み、イデアらしさは忘れていない。


「断る」調子が元に戻ったレイが答える。

「なぜです? レイには問題ないでしょう?」

「大ありだ」


 イデアの目論見は目に見えている。

 魔女学園でさらし物にしようというのはわかっている。

 それに悪意がないにせよ、進んで目立つような真似はしたくない。

 レイは窓の外、森の方角を眺めたままでいる。


「それより、ちゃんとご自分の魔法のことをわかってくれるかもしれない人に、ご相談してはいかがです?」

「……」


 その申し出に一瞬喉を鳴らした。

 どちらかというと願ったり叶ったりだ。

 確かに便利で強力な魔法ではあるが、その詳細を一切聞かされていない。

 ただ「欲しいか?」と聞かれて頂いたに過ぎないこの力は、まるで一度も見たことのない自分の臓器のようで、勝手に働いているのが気味悪くも思う。

 だが、それならそれで、レイを生かすために働いているのだとすれば、別の問題に比べればどうでもいい。


「なぜですか?」ずい、と顔を近づける。

「いや、別に……」

「あの偉大な大魔女、シプトン校長先生にお会いできて、しかも直接魔法のことを手解きしてくれるかもしれないんです! そのチャンスを逃すのですか?」


 目の前で、しかも勢い余って鼻を通り越して唇までくっついてしまいそうな距離に、レイは息が止まった。

 その影響からか、まともに思考ができなくなり、顔も熱くなっていくのがわかる。


「迷っている暇がありますか! ほら、行きましょう!」


 あ、おい、今日はまた依頼をこなしに行くんだ。

 そう言い切る前に、引きずられて馬車へと押し込まれた。

 なんて強引な姫様なんだ。


 舗装されていない道を煌びやかな馬車が走る。

 生活圏が狭すぎるレイには新鮮な景色が窓外で流れていく。

 素朴ながらもしっかりとした家々、いい匂いで鼻をくすぐる屋台、並んで歩く人々。

 特に見る価値もないかと引きこもってはいたが、なかなか良さそうかもしれないと感じる。

 少しだけ馬車内に視線を戻すと、んふふ、とこちらを見て微笑むイデアの姿があった。

 レイはすぐに視線を外へ放り投げる。


 何度もでこぼこ道で浮き上がっていると、イデアが「ほら、着きましたよ」と反対側の小窓を開いた。

 その小窓から覗けた魔女学園は、一瞬城かとも思うような外観に、かなり広い敷地に青々と芝生が城の周りを囲んでいた。


 国が魔法に対してどれほど金をかけているかがよくわかる荘厳さだ。


「さ、こちらです」


 馬車を先に降りたイデアが、レイを先導する。

 こういうのは姫が後に降りるんじゃないのか? と余計な口は挟まない。


 到着した魔女学園は想像していたよりも巨大だった。

 城自体はそれほどではないものの、その敷地が広大だ。

 小窓からも確認したが、実際に降り立つととてつもなく広いことがよくわかる。

 そしてその庭を真っすぐ城へ突っ切り、長い廊下を歩く。

 たまに出くわす女教師や女生徒に少し驚かれながらも、どんどん進んでいく。

 イデアはその間にも、教室の名前や自身の楽し気な記憶を話してくれた。

 そして、ひときわ目立つ、紋章が隅々まで掘られた魔術的な神秘さを放つ部屋まで来た。


「失礼します。イデア・マギアミレス・ランタインです」


 やんわりとした物言いで断ると、イデアはその重厚な扉を開いた。

 中からは不思議な、しかし安らぎを覚える香りが二人を誘う。

 部屋には帽子かけ、奇妙に折れ曲がったローブかけ、壁の代わりに敷き詰められた本棚と当然存在する背表紙の厚い本。

 そして部屋の主は、既に来ることがわかっていたかのようにこちらを凝視している。

 その傍らには、見知った顔がいた。


「あら、レイ! やっと来ましたの?」


 レティは至って気さくに話しかけてくる。


「レティ・アラディア? どうしてここに?」

「私、天才はいつでも師に教えをいただいて成長しますのよ?」


 ふふんっ♪ とレティは自慢げな顔で平たい胸を張る。

 なるほど。確かに先日の魔物討伐で生き残ったとあれば、相当な天才なのかもしれない。

イデアが割り込むように、こほん、と咳ばらいをした。


「シプトン先生、連れてきました」


 先ほどとはまるで別人のイデアが、淑女のようにお辞儀をする。

 シプトン先生、と呼ばれた人は、年と経験を感じさせる幾重にも重なる皺は老婆であることを疑わせないが、しかしその皺が無ければ、彼女を美貌ある聖女か何かだと空目するだろう。

 すらりと伸びる背筋、深く賢者のように見透かす瞳がレイの全身を映していた。


「よく連れてきました」


 声色は年相応の深みがあるが、レイの鼓膜をよく震わせる。


「私はシプトン。この魔女学園の校長を務めています。そしてあなたとは王宮でお会いした以来ですね」


 そうだ。どこかで見覚えがあるとレイは感じていたが、一度目に魔物討伐前の大広場で、二度目にイデアに無理やり連れていかれた先で出会っていた。


「あ、あぁ……」レイも一応の礼儀は忘れずに返す。

「ふむ、どうやら無学という訳でもなさそうですね、魔法はどこかで学びましたか?」

「いえ」

「そうですか」ちらと影が差したかに見えた顔を本棚に逸らす。

「シプトン先生。先にお話があるのですが……」


 イデアが切り出す。


「先日の魔物出没の件ですが、なにかわかりましたか?」


 先日の魔物出没。それはレイたちが死にかけ、レイが魔力を授かったあの討伐の話だ。

 イデアはシプトンにも協力を仰いでいたらしい。だが、レイからもイデアからも逸らした顔色はあまり良くないように思える。


「……残念ですが、みなさん三人を巻き込んだ今回の件について、わかったことは多くありません」


 シプトンの回答を受けて少し気を落とす二人に、ですが、とゆっくり顔を上げる。


「どうやら自然が私たちに牙を剥いたということではないようです。もう少し詳しく調べれば原因も明らかになるでしょう」


 イデアは「任せて申し訳ないですが、よろしくお願いします」と頭を下げる。

 その姿勢は、さながら国のためにと尽力する姫の姿そのものだ。自分を犠牲にし、協力を求めて自国を守る姫君。

 コホン、とシプトンが一度咳ばらいをすると、変わってレイに向き直った。


「それではレイ。魔法について改めて、簡単にお教えしましょう」そう言って、壁際の本棚の近くに歩く。


 魔法は魔物と女だけが使える奇跡の技。暗闇の中で炎を焼べて、乾いた土に水をもたらす。火や水を宙に浮かべて杖で浮かせながら、シプトンはそう説明する。


「私たちはこうした杖に助けを借りて、魔法を外へと具現化させるのです。もっとも、話に聞くところによると、あなたは異なるようですが」

「それに、魔法は個人が持つ魔力を元に、魔法の出来ることや威力が変わりますわ」


 レティが絹を躍らせるように杖を振ると、火が杖の先で揺らめく。

 大きく天井ギリギリまで届くかと思えば、ライターの火ほどに小さくもなる。

 自分で微調整もできるのはなかなかに難しい技術なのではないかと思うが、彼女は天才だからできるのだろうか。


「ミス・レティ、その通りですが、それは見せびらかしていませんか?」


 てへへ、と少し舌を出してレティは笑う。


「まぁ厳密には――」シプトンが続けようとすると、レティが遮る。「命を元にすることもできる! ですよね?」


 はぁ……。シプトンは少し目を細め、レティにお叱りの視線を送る。


「……命を引き換えにすることは可能ですが、そのような事態になることはまずありえませんし、そう多くの魔女が使える術でもありません。魔法の大方の説明はこれくらいです」


 さて、とレイたちに歩み寄る。


「杖も使わず、魔法も唱えず……もちろん、無詠唱という手もありますがなかなかできることではありません。あなたの魔法を拝見しても?」


 はぁ。見世物ではないが、どうしたらいいのかと思案していると、シプトンが両手を突き出してきた。


「手を乗せてください」

「……は?」

「魔法を私に一部、預けてもらいます。私の中に入ってきたあなたの魔力を感じることができれば、見せてもらわずとも魔法の内容はわかります」


 レイは納得した。それなら効率がよさそうだ。


「それじゃ……」手を乗せる。


 同時に、ごくり、と横で誰かの喉が鳴った。

 気を楽に、と言われてできるものではないが、レイはなんとか意識をそらして平静を保つ。

 やがて、ぼおっと白い光が、レイからシプトンへと光が流れ込む。

 体の中からなにか……まるで手の先から血を抜かれているような錯覚に襲われるが、なんとか耐える。

 魔法を使っているときにはあまり意識しなかったが、これが魔法を奪われる、もしくは魔法を受け渡すイメージなのかと逆に感心してしまう。


 やがて光が収まる。


「……それで?」

「…………」


 皺に皺をよせ、難しい目つきでレイの手を睨む。

 やがて、ハッとした表情を見せたかと思うと、また難しい目つきに戻る。


「……なるほど、杖も呪文も唱えなくて良いわけです」

「そ、それはどういうことですか?」レティが食い気味に乗り出す。

「……レティ、あなたがいくら天才の名前を欲しいままにしたところで、これは理解ができないでしょう……これは、人智の超えた力だとしか」

「そ、それはつまり?」今度はイデアがずいと割り込んでくる。

「姫様……わからないのです、一切」


 わからない。

 姫も天才もが尊敬しているらしい大魔女に、レイの魔法をわからないと言われてしまった。

 レイが持つ能力は特別すぎるということに他ならない。

 レイにとっては魔法そのものが特別のようなところがあるが、シプトンも、イデアも、レティも、みな同じように驚くくらいに、レイの方が特別な存在になっている。

魔女学園:

ランタイン国建造、シプトンが三代目校長を務める由緒正しき魔女学園。

才能ある者は身分の差を気にせず、この学園に入ることができる。


広大な敷地には多くの女学生が一度に魔法の鍛錬を行えるだけの設備がある。

この広大さと金のかけ方を見ても、ランタインはそれだけ魔法育成に力を注いでいることがわかる。

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