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ランタイン

「がっはっはっは! 姫さんもとんでもないことをするもんだなぁ!」


 快活すぎるダノスの笑い声は聞いているだけで、呆れ以外のなにかが吹き飛んでいく気がする。

 彼は自分のギルドを自宅か何かと勘違いしているのか、酒を浴びるようにあおる。


 夜も更け、ギルド内は火で明かりが灯され、男たちが騒いで浮かれて雰囲気がガタついている。

 ここは今朝にレイが訪れたギルドだった。

 イデアに聞かれてここに連れてこられたのだが、外観の特徴を少し言っただけでここへ迷わず連れてこられ、そしてさっさとギルド登録を済ませてしまった。

 もっとごたついたりするものだと思っていたが、イデアが騒いだりダノスがやってきたりで、それほど苦労することなく、レイは立派な戦士になった。

 正確には魔法使いだが。


「自分の身は自分で守れますから」

「いいねぇ! 全く、これで酒も飲めれば最高なんだが」

「んふふ、お上手なんですから」


 本当にお上手だったかは疑問だが、ダノスのおかげでほとんど苦労せずにギルドに登録できたのは間違いない。

 レイは黙って、目の前の水に口を付ける。


「でも、またここに来るたぁ、物好きな野郎だな?」

「レイさんなら、ダノス・ゾイロスの元の方がやりやすいかな、と思いまして」


 ね?

 と、横に座ったイデアに促される。

 その顔色には純粋な善の色しか見えないのが、レイに不確かな気持ちを抱かせる。

 だが、答えが見つからないので、首を縦に振っておいた。


「おぉそうかそうか! 俺もお前みたいにべらぼうに強いやつが来てくれりゃあ、依頼もガンガンお前に振れるし、客の機嫌もよくなるしでお互い好都合だな! がははは!」


 一言も喋っていないのに好感度がうなぎ上りだ。酒の力はかくも恐ろしい。

 散々お世辞を聞いていると、唐突にギルドの扉が開く。


「姫殿下! 姫殿下はおられるか!」


 姫という単語を聞き、レイはそちらに目をやる。

 物々しい雰囲気だったが、本能的な反応には逆らえなかった。

 そこには、五人の甲冑姿の男たちが周囲をけん制するように睨んでいる。その先頭にいる男はこちらを真っすぐ見ていた。

 その男は口もとに細く髭を切り揃え、精悍な顔立ちに目元は細く切っ先を印象付ける。二人の前までやって来て言った。


「おぉ、姫殿下……さぁ、城へお戻りください。陛下が心配しておいでです」

「断ります。父上には言ってあるはずですが?」


 きっぱりと断るイデア。その兵士は動じず、イデアにもう一度言う。


「そう申されましても……いやはや、困りましたな」


 いつの間にか、イデアの周りに他の兵士も集まってきている。有無を言わせるつもりはないらしい。


「我々も大変心配なのです。姫がこのような場所で乱暴を働かれて傷物にされては、我々が責任を問われてしまいますからな」


 ははは……薄ら笑いが浮かぶ。

 段々とこの男たちが纏っている感情が露わになる。


「ロイ、お気遣いなく。私にはこの剣と杖がありますから、あなたたちはあなたたちの仕事に戻ってよろしいですよ」イデアも引かない。

「それは困るのですよ……例えばそう、“不器用姫”などと姫を小ばかにする連中もいるくらいですからな?」


 瞬間、レイの横の雰囲気が一気に冷えた。

 イデアの温和な表情は冷え切り、顔を俯かせて視線を床へ投げている。

 空気を読めないのか、ロイと呼ばれた男も同じく兵士たちは冗談をつまみに笑っている。


 イデアの蔑称を、イデア本人に投げかける神経もさながら、レイにはわからないことがある。それは彼らへではなく、自分にふつふつと沸いた感情にだ。

 そして、ロイは苛立ちまぎれにイデアの細い腕を乱暴に掴む。イデアは抵抗もせず、しかし立ち上がろうともしない。その視線は真っすぐ下におろされ、顔は暗く影が覆っている。

 震え、しかし抵抗できずにその細腕を掴まれたまま。兵士たちは早く立てと急かしている。その顔色には敬意などない。まるで可哀そうな者を見る目。そして見下すような瞳。彼女の尊厳を踏みにじる嘲笑の色だ。


「……やめてやれよ」


 だから、言葉が突き出た時には、レイも兵士たちも同じ、驚いた顔をしていた。


「なんだ貴様は? どこの誰が口出ししているのだ?」


 よくよくロイの目を見つめていると、そこには蔑みの色が見て取れる。声色も先ほどよりもだいぶ低い。邪魔をされたと思っているのだろう。


「悪い。だけどイデアは嫌がっているんじゃないか、お前がそんな名前で呼ぶから」

「貴様……! 姫殿下を呼び捨てなどと、愚弄しているのか!」


 レイに図星を突かれたからなのか、顔がみるみるうちに赤く染まっていく。

 どっちが、とレイは言いたかったが他の兵士が剣を抜いてこちらに向けるので少し黙る。


「侮辱罪でひっ捕らえてやる!」

「待ってください! レイは違います!」


 イデアが慌てて引き留めようとするが、その手の剣はレイに向いたままだ。


「姫! あまり我儘を申されませんよう!」


 そして一人がイデアの前に割り込み、レイに剣を突きつける。


「さ、大人しく来てもらおうか」

「……イデアが違うと言っただろ」

「ふん! それは法廷の場で申せばよい!」


 レイはその表情をよく知っている。

 馬鹿にされたと思って憤る者の目だ。


「じゃあ……お前もイデアに謝れよ」


 レイは低い声でロイを睨んだ。


「貴様、何を言ってる?」


 ふざけるなとでも言いたげな顔で、なおもレイの首に剣を突きつけている。

 今回は、レイだけの問題じゃない。レイだけだったら無視でもしていた。

 だが、努力を嘲るやつは、レイは許せない。相手が兵士でなければと思う。


「少し痛い目に遭わないとわからんか?」


 ロイがレイの頭に掴みかかろうとおもむろに片方の手を伸ばす。あまりやりたくはないが、やられて痛い思いをするのも勘弁だ。はぁと溜息一つ漏らす。

 ロイは、空中で左手をピタと止めた。

 周りの兵士は笑っているが、ロイの表情が曇り出す。


「……? な、なんだ?」


 焦り交じりに怪訝な表情を浮かべ、お前らもひっ捕らえろと命令する。

 周囲の兵士たちも手を伸ばすが、しかしレイには少しも振れることができない。


「な、何をした?」


 くそと悪態をつく兵士たちに、しかしレイは慌てることなく睨む。


「お前が俺に手を出せないようにした……イデアにもだ」


 魔法が自分の思い通りに発動するならと、透明不可侵の防御壁のようなものをレイとイデアの周りに張っただけなのだが、レイも内心これほどのモノなのかと驚いている。

 え、と呟くイデアをよそに、レイは続けた。


「イデアはしっかり俺が見とくから、お前たちは帰れ」

「なッ……! 何をっ!」


 激昂したロイが、剣を振り上げレイの脳天めがけて叩き落す。

 しかし、それは防御壁に受け止められ、それ以上レイに近づくことはない。


「こ、んのっ……!」


 本当なら魔法の一発で殴りこんでやりたいが、しかし国の兵士を姫の前で殴っては、いささか問題になることはレイにでもわかる。

 レイは元の世界でも警察に手をあげるようなバカではない。


 やがて無駄だとわかったのか、醜態をさらしたくないのか、剣をそそくさと収め、


「……姫、ではくれぐれも用心なさってください……侮られませんよう」


 と、捨て台詞を残し、退散していった。

 一瞬、シンと静まり返る酒場内。

 そして、どっといきなり沸き上がった。

 陽気な賛辞がレイに飛ばされ、たちまち沈んだ空気がはどこかへ消え失せ、元通り以上に騒がしくなった。レイは少し耳を塞ぎながら席に座り直した。


「ガッハッハ! 気持ちのいい奴らだ! 今日は俺の奢りだ、もっと飲めや!」


 立ち上がったダノスがバシバシと背中を叩いてくる。

 解除しなければよかったと痛む背中をさすりながらレイは後悔した。


「レイ……なんといっていいか……我が国の兵士がとんだ無礼を……」


 しかし、目の前のイデアは、しかし酷く悲しげで怒りを帯びた顔で謝罪した。

 今にも、一粒涙が零れ落ちそうな勢いだ。レイも目の前の女の子に泣いてほしいわけではない。


「いや、いいんだ……ただ、腹が立っただけだ」


 なんとかなだめる。

 ふと思い返す。今まで抑制されていたはずのレイが憤りを感じることが、ひどく懐かしい感覚がする。


「し、しかし……」

「当然だろ……というより、普通のことをしただけだ」


 そう。困っている人を、自分の力で助けただけ。

 それ以上もそれ以下もしていない。

 なおもなにか言いたげにするが、なんとか制していると、


「全く、レイはお人好し、なんですね」


 ふふ、と微笑みながらイデアはそう言った。

 お人好し。そう言われるのは初めてだったかもしれない。その言葉とイデアの綻んだ笑顔に、次の遠慮が出ずにいると、


「ダノスさん。奢りついでにもう一つお願いがあるんですけれど、よろしいですか?」

「おうなんだ!」


 あおった酒のグラスを景気よくテーブルに打ち付ける。


「こちらで、口も壁も硬くて安心できる、二人で泊まれる宿はありませんか?」

「おい、それって」


 レイが口を挟もうとした途端、ダノスがガンガンテーブルを叩く。


「あぁ! ならこの裏の宿を使うといい! うちのやつらは皆使ってるし、評判もいいぞぉ、なぁ!」


 後ろを振り返って突然振られた男が真っ赤な顔で、「おぉ?」と勢い良く叫んだ。


「それではそちらに泊まらせていただきますね? あら、もうこんな時間。早速休みにいっても?」


「いいのいいの! じゃあまた明日な!」


 姫さんは健康優良児だなぁ!

 陽気な言葉を背に受けて、レイは半ば引っ張られるようにイデアと出た。


「おい、良いのか? 宿に二人きりって」


 心配事を口にすると、何を思ったのか、ぎゅっと腕を絡めてくる。

 姫だの、美少女だの、魔女だのと非現実的すぎる存在なはずなのに、体の感触だけは現実的な女の子のそれだ。腕に当たる双丘が、レイの腕に当たって形を少し崩している。


「あら、あなたが私をよく見てくれるんでしょう? それにあなただって色々、期待しているのでは?」


 まさか姫は酒を飲んでいないだろうな。顔が少し赤い。


「してない」顔を逸らす。

「まぁ? 英雄様には色々と知っておいていただかなければなりませんから、大人しくついてきていただきますよ?」


 その密着する体温にではない。ではないが、イデアを引きはがすだけの気力がわかず、そのままチェックインを済ませ、小ざっぱりとした部屋に二人きりとなってしまった。

 疲れ切っているはずだがベッドに横になる気分にはなれず、向かい合わせに置かれた椅子を鳴らしながら腰をかける。


 このままの方が安心して眠りたい。

 イデアはと言うと、なにやらぶつぶつと言っている。流石に一国の王女が庶民の部屋は汚らしいか。


「……紅茶は、いかが?」

「いや……」

「では、冷めないうちでも、冷めてからでも、ゆっくりお飲みください」


 そういって、レイの目の前に優しく湯気の立つ地味なティーカップが置かれた。

 少し間が空き、お湯には柔らかい緑が張る。


 どちらとも喋り出さず、伸びやかに時間が過ぎていく。

 緊張はするが、黙っていたままの心地よさに身を埋めたくなる。

 そのまま眠れそうなのに、どこか居心地が悪い。

 いや、悪いわけではない。

 悪いのは空気でも彼女でもない。


 その汚れのようなものを拭い去ろうと、レイは閉ざした口を開いた。


「その、イデアは……俺を信用してるのか?」

「助けてくれた方を信用するのは、当然ではなくて?」


 まるでオウム返しのような返答にたじろぐレイ。

 自分でふき取ろうとした汚れを先に片づけられてしまったような感覚。


「そんな方が困っているようにしていますし、私は先ほどの件で感謝もしています。だからこうして、あなたと紅茶を飲みたいのです」

「はぁ……」

「この国のことも、魔法のこともまるで知らないように思えますが?」


 お前の正体を知っているぞ。

 まるでそんな風に言われてしまったかのように思ってしまったから、知らないうちに体が強張っていたらしい。

 イデアが、そっとレイの手に手を重ねる。


「どうか、敵意を持たないでください。私は恩返しがしたいだけなんです」

「……命を救ったのは当然だ」

「恩を感じたら返すのも当然です」


 言っても聞かなそうな強い瞳に圧倒され、はぁ、と肩の力を抜く。


 同時に口の中が渇いていたのを思い出す。

 口に含んだのは紅茶だった。

 恐らくこんな宿で出される紅茶だから不味かろうと身構えていたのに、甘く、優しい味がする。

 まるで、先ほど感じたような優しさ。


 ところで。

 イデアが切り出す。


「私の水で作った紅茶はいかがかしら?」


 何?

 私の水?


 まさかとイデアを凝視する。

 彼女は微笑んだまま。なんだか少し悪戯っ子の雰囲気もある気がする。


 イデアから出る水とは……まさか!


 思わず盛大にむせてしまった。


「何か勘違いしているところを見ると、魔法にあんまり縁がなかったみたいですね?」


 あ、そうか。

 焦って損をしたレイは、やっとの思いでごくりと飲み下す。


「水魔法を火の魔法で一気に熱して淹れたのだけれど、聞こえていませんでしたか?」


 あぁ……するすると記憶が引き戻される。

 ブツブツなにやら言っていたのは、部屋への文句を言っているものだとばかり思っていた。


「これが魔法。私たち魔女はこの杖と呪文によって魔法を使います……お代わり、いりますよね?」


 有無を言わさない勢いで、レイのティーカップに杖を添える。


 囁くようなしぐさで、杖を小さく振る。

 そして、とぽとぽとぽ、と心地の良い音を鳴らしながら、透明な液体がレイのカップを満たしていく。


「できるようになると、杖を振るだけで魔法を使うこともできます」


 同じ手つき、今度は無言で、イデアのカップにもお湯が満たされた。


「杖が無ければ、魔法をこのように扱うことはかないません」


 す、とティーカップを口元につける。

 その所作は、薄汚れたこの部屋の中でもひと際美しさを感じる。さすがは姫様だ。


「このような魔法を我が国ランタインでは魔女学園で学びます。私もそこで学んでいますが、まだまだです」


 カチャリ、とカップを落ち着ける。

 姫として申し分のない礼儀、魔女学園に所属している者の矜持、そして何より、椅子に立てかけられた簡素ながらもしっかりとした作りの剣。


「それで、ランタインっていうのは……」


 まだこの国のことを聞けていない。

 国どころか、この世界のことも。あの老人に剣と魔法の世界と言われて納得してしまっていたが、そもそもそんなのは抽象的にすぎる。

 んふふ、と笑みを浮かべたイデアは立ち上がる。


「そんなに急かさなくても、逃げませんよ」


 逃げる? レイは疑問符を浮かべるが、イデアは目の前までゆっくり近づいてきたかと思うと膝におもむろに座った。軽い。


 そして彼女は勢いのままに顔をグイと近づけてきた。

 先ほど、少しだけ漂っていた彼女のみずみずしくもどこか甘さを感じる香りが、レイの鼻と脳をくすぐる。


「おい、どうして」

「だって、私のことを知りたいんでしょう? イデア・マギアミレス・ランタインのことを」

「そういう意味では」

「だから、全部知ってほしいのですけれど」


 同じくらいの年齢なはずなのに、妙に大人の色気を醸し出している。

 レイにはそういう耐性は一切ない。

 それとも、この世界では女性からぐいぐいと迫るのだろうか?


 待った、そもそもイデアがレイを好いていることこそおかしい。

 まだ会って一日も経っていない。


 レイは近づいてくるイデアの顔をやんわりと手で押し返して立ち上がる。


「……それで、この国はどうして魔物に襲われたんだ?」


 少し残念そうに手を引っ込めるイデアは、佇まいを直して続ける。

 レイはあまりイデアを見つめすぎると先ほどのことを思い出しそうになるので、壁の方を向いた。


「いいえ、わかりません。我が国は魔王の領地からも遠く離れていますから、これほどの魔物の襲撃を受けることなど考えもしませんでした」

「魔王?」

「えぇ……魔王ははるか昔に、絶大な魔力で人間を脅かした王のこと。その存在自体はもう遠い過去のことですけれど、今でも影響は計り知れません。魔物が蔓延っているのもその名残です」


 部屋にしん、と冷気が漂うように心が冷たくなる。

 死んでなお、迷惑をかけ続けて存在を誇示する王。

 はるか未来に生きる少女にも、とんでもない影響があるのか。


 老人に言われたことを思い出した。

 魔物は魔王の影響か。

 なら、当分はそちらの方へ検討を付けて探しに行ってみるか。


 イデアも思うところがあるのか、なにやら落ち着かなそうに衣擦れ音を立たせている。腕をさすっているのだろうか。


「この辺りは弱い魔物がほとんどで、強い魔物が出たとしても滅多に森からは出てきません。いたって安全で、平和な国です」


 それが、今回どん底に落ちかけたということだろう。イデアの話す声色は、少し暗さをまとう。


「これくらいでよろしいですか?」


 レイは頷く。

 魔法についてと、この国の大体の情報。当分生きていくにはこれくらいで良いだろうか。


「それで、明日はどうなさるおつもりですか?」

「……依頼でもこなして、金を稼ぐ」


 それ以外にも目的はあるが、どっちにしろここで生きていくのには金がいるし、レイ自身が稼がなければならない。幸い、稼ぐ方法である魔法がある。


「それでは、今日は早く寝ないとですね」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 寝ようと、ベッドに振り向く。

 なるほど、ベッドは広い。かなり大きなガタイのダノスでも余裕そうな面積だ。

 だが、平坦なはずのそこに、既に一つ山ができているのは納得がいかない。


「……姫がこんなところで寝て良いのか?」

「あら、英雄様が私のお部屋に泊まりに来てくれるのでしたっけ?」


 それは断った。

 王宮には勘違いとはいえ見捨ててきたガインがいるし、あんなところで気持ちが落ち着くわけがない。

 なにより、イデアの部屋に泊まろうが別室で泊まろうが、イデアは確実に襲来することは目に見えている。

 まさか王の娘と同じ部屋で一夜を明かせるほど、レイは豪胆じゃない。


「じゃあ、せめて別の部屋で寝てくれないか」

「今の私を外へ連れ出そうだなんて、英雄は色を好むのですね」


 バサ、と掛布団が投げ出される。う、と思わず呻いてしまう。

 スタイルが良いとはずっと感じていたが、ほとんど裸体と区別がつかないようなネグリジェは、彼女の腕も、足も、ほとんどが映し出されている。ちらと見えていた柔肌がほとんどさらけ出され、レイの目が侵食されている感覚に陥っていく。

 レイは瞬時に目を逸らした。


「わかった……それじゃあ俺は」辺りを見回し「……床で寝る」

「ダメです、しっかりベッドで休まなければ」

「眠れない」

「あら、やっぱり、一晩中寝ないということですか?」

「違う!」


 あぁ! やっぱり魔法なんか貰わなきゃよかった!


 初日からゆっくり眠れないようでは別の意味で生きていける自信がない。


「ほら、ベッドに横になればすぐに天国ですからね」


 頭を抱えるレイの肩をそっと支えながら、ベッドに引きずり込むイデア。

 隣の少女のことも、明日のことも心配になってきた。だが、心労からか、レイはすぐに意識を投げ出した。

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