プロローグ
初投稿の異世界転移&見捨てられモノ小説です。
こんな能力、いらなかった。
簡素なベッドが二つ、武骨な木組みの椅子と丸机だけの質素で落ち着いた宿屋の生活には、一週間ほどで慣れた。
なかなか居心地はよく、ここに根を下ろしてもレイにとっては良いくらいだ。朝の陽射しが薄いカーテンで和らげられて、目と肌に心地いい。
今の季節は何なのかレイは知らないが、元居た日本の春くらいに過ごしやすい。
後ろで優雅に紅茶を口につけたお姫様に、レイの呟きは届かなかったらしく、
「……? なにか言いましたか?」
可愛らしく首を傾げ、絹のような銀髪を肩に流していた。
レイはほっとしたような残念なような気分になり、問いかけには答えなかった。
日の光が溢れる窓際で上品にたたずむ純白の姫君――イデア・マギアミレス・ランタインは、気にせずこちらを覗いて微笑んでいる。レイは無表情を変えない。
「今日はまた随分と早く来たな」
「んふふ、寝顔を見ることができて眼福でしたよ?」
彼女は、あろうことか一人暮らしの男性の部屋に押し入り、レイの許可なくベッドの横でこちらをじっと見つめていたのだ。
しかし、レイは彼女のそういった行動に慣れており、驚きよりも呆れが勝っていた。
「宿の人にはあとで言っとく……姫にも合鍵を渡さないでくれって」
「渡されなくても、開錠の魔法くらいはできますよ?」
「…………鍛錬とか、魔法の勉強は良いのか?」
「午後の予定ですけれど、明日に回しても良いかもしれませんね」
清々しいくらいの笑顔でんふふと微笑む。
鮮やかな金細工の箱を持ってきたのは、元々午後の予定を潰すためだったのだろうか。少し浮かれ気味だった様子も忘れていない。
少しだけ食欲をそそるいい香りがする。
レイは呆れて果ててしまい、ため息をついた。
「イデア……ここに来ることは止めない……いや、あんまり何度もここに来られると困る……」
途中で彼女は二、三日に一回は来ていることを思い出した。
「どうしてですか?」
「……もう少し一人の時間を大切にしたい」
そもそもイデア自身がランタイン国の第一王女であるはずなのに、平民扱いであろうレイの元へ通うのはいかがなものかとも思うが、それはおくびには出さなかった。
「それに、今日は一日依頼をこなすつもりだ」
レイはギルドから仲介されて来る依頼をまとめて受け、報酬を一度に貰って数日だらだら過ごすスタイルで今日まで生きている。
ギルドには、それこそ簡単な駆除の依頼から探し物、護衛、果てには強力な魔物討伐など多種多様な依頼が来るが、レイは駆除やその他雑多な仕事を引き受けている。
護衛は時間が長いし、強力な魔物討伐は以前に一度受けてからそれ以降は、レイが直接指名されてもなるべく断るようにしている。
レイが外へ続くドアへ向かおうすると、イデアは大層ご機嫌斜めそうに頬を膨らませる。体が小さめなので小動物のような可愛らしさがほのかに漂う。
「もう、私が折角お弁当を作りましたのに、台詞はそうじゃないでしょう?」
「……いや、魔物討伐に連れて行かないぞ」
何を常々考えているのか。
元の世界だったら何百年に一人だとかともてはやされるような幼さを残しつつも美少女然とした彼女の顔からは何も伺い取れない。
ただ悪戯っ子のような声がレイの鼓膜に残る。
彼女は一国の姫であるにも関わらず、細身の剣を携えており、そしてさらに戦いやすいようにと、スカートの類ではなくとんでもなく短いホットパンツのようなものを履いていた。短いズボンから覗かせる血色が良く柔肌だと一目で分かるような太ももはレイの目に毒すぎる。
レイはうっかり見てしまった自分を悔やみ、目を逸らした。
「全く……今日も魔物狩りですか」
一転、心配そうな声に、レイは一瞬だけ固まり、しかし何事もなかったかのように歩いていく。レイがイデアに返せる言葉はない。そして期待にも応えられない。
だから、レイは振り返らずに宿を出た。
読んでくださってありがとうございました。
今後もよろしくお願いします。