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5話 あれはお目付け役です。

「あれはドラゴンです」


 立ち上がったルカが放ったその言葉は絶望で閉め切られた会議室で凛と響いた。



 ――一拍の間をおいて、軍服姿の幹部達がそれぞれの反応を示す。


 青ざめた顔のまま失笑するもの。


 赤くなって憤慨するもの。


 頭を抱えてまた絶望へと沈むもの。




 伝令魔法で騒然とした会議は今や別の話題で喧騒のさなかにあった。



「地位だけの小娘が何を言っておる」


「ドラゴンなどと馬鹿なことを」


「そもそも継承魔法の存在すら怪しいものだ」


「黙って寝てればいいものを」




 声を張り上げたくないルカは、いたたまれなくなって座ってしまった。



 ――コン。


 と、響く木槌の音が、大の大人たちを黙らせる。




 議長でもある元帥閣下による静粛にしろとの合図だ。




 つるっぱげな頭とは反対に立派な白髭を口元全体に生やした好々爺じみた元帥は、会場が静まるのを確認すると静かに手を上げていたクローディア軍務調整官に発言を促す。


「すまない、ドラゴチア所長。あれがドラゴンとは面白い冗談――と言いたいところだが、他ならぬ君の立場の主張だ。是非その見解を聞こう」


 声をかけられたルカは慌てて立ち上がる。

「あ、あの、今申し上げた通りです。あれはドラゴンです。私なら、アレへの対処が分かるかもしれません、いえ、わかります!」



「すまないドラゴチア所長……どこがドラゴンなのかね?」


「えっと、見た目、脅威、行動、少なくとも伝令魔法の映像から判断する限り、私が継承魔法で受け継いだドラゴンと同様の脅威といいきれます」



 会議机の上席に位置する将官が、ドンッと下品な音を響かせて机を叩いた。ぴゃっとルカの全身が総毛だつ。


 北方軍第一師団長だ。



「おい、ふざけるなよ。あれのどこがドラゴンなんだよ! ドラゴンは翼の生えたでかいトカゲの魔物なんだろ!? 全く違うじゃねえかよ! クビにされたからっていい加減なこと言うんじゃねえよ」


 至極もっともな怒号が飛ぶ。それに頷くものも多数いる。ルカだってそう思う。ルカは涙目になりながら、だが、今度は座ることなく耐えた。


「あ、あの、師団長殿、お言葉ですが!」

 自分で思ったより大きな声が出てびっくりしたルカは一度深呼吸した。

 視界の端で、クローディアが師団長にたしなめる視線を送っていたが頭に血が登っている師団長は気が付いてないだろう。


「ん、ん、えへん。失礼、その翼の生えたデカいトカゲというものは、ターダラ聖国の神話でのドラゴンを指しているものですよね。この神話に限らずですけど、事実をそのまま伝えるのはとても難しいことです。特に未知のものを描写するときに、身近なもので例えしまい、そしてそれが真の姿のように伝えられてしまうことがあるのです。もし口伝や文章だけで全て正確に伝わるのなら、継承魔法どころか伝令魔法だって必要ないはずです」


「ぐっ」っと師団長が声をつまらせる。


 死期伝令に限らず映像など多くの情報が送れるようになった伝令魔法は比較的新しい魔法だ。その登場で戦争のやり方がガラリと変わってしまったといっても過言ではない。だからその有効性を誰よりも認めている軍人に今の言葉が届かないはずがなかった。


「だからってあの姿は、トカゲと大きく違いすぎるだろ! あれじゃあまるで空飛ぶ足をもぎ取られたクラーケンだ」


「仰る通りです。私にもそう見えます。もし見た目が大事だったら空飛ぶ足無しクラーケンとしてドラゴンが神話に乗っていたかもしれません」


「待ってくれ、意味が分からん。つまり、見た目は無視されたってことか?」


「そう、そうなんです。見た目が普通は一番重要な情報です。でもドラゴンはそうじゃないんです。ドラゴンがドラゴンたるゆえんはあの見た目ではなく、脅威であるあの大きな3つの要因です」


「強力なブレスによる攻撃力。非常に硬い体の防御力。そして、空を飛ぶという機動力……」


「それです。そして、それぞれの脅威に対してこう例えられていたんです。」

 ルカは指折り数えていく。

「サラマンダーをも超える強力なブレス。バジリスクをも超える硬い表皮。ワイバーンをも超える高い機動力」


「――全部、トカゲじゃねえか……」


「そうです。これが偶然なのかわざとなのかは推測しかできません。しかし、こう伝えられた脅威がいつしか見た目へと影響を及ぼしてしまったのです」


「わかった俺も全部説明されるほど馬鹿じゃねえ。そういうことかよ」


 もうほぼ全部説明したあとだ、、とルカはちょっと思った。


「そういうことです」



「念押ししとくが、お前ならアレへの対処がわかるんだな? 対空魔法も極超威力魔法も極長射程魔法も、いままでドラゴン研究所はなにも完成させてこなかったんだよな?」


 師団長がそう詰めてくる。

「俺ぁ本来なら前線にいなきゃいけねえんだよ。だけどお上の予定と大事な大事な予算会議のせいでこうして首都まで出ずっぱることになっちまった。だから今、現場の被害を黙ってみてることしかできねえ。

 わかるか、俺ぁ前線にたいして責任を負わなきゃいけないんだ。てめぇが少しでも可能性があるってんならそれを応援する。だがまた結局、なにもできませんでしただったら無事じゃすまさねぇ」


 ものすごい怖い顔で睨みつけられ、ルカはまた座りそうになったがぐっと耐える。

「ま、任せてください。こっちだって冗談で言ってるんじゃないんです。継承魔法の力であれへの対処できます!」


「ならもう何も言わねえ」

 師団長はすっと自分の椅子に座った。


 どよどよと会場が騒いでいる。今言いくるめられたのは「北方軍第一師団長」である。


 階級こそ少将だが、北方軍が特殊な部隊であり、さらに北方軍団長が欠席しているこの場で言えば元帥の次に発言力があるといっても過言じゃない。

 皆、彼が納得した話を、どう蒸し返すべきか、発言しあぐねているのだ。



 そこに――

「議長、私にも発言権はありますでしょうか?」

 と丁寧な言葉でキツネ目で馬のように面長の男が手を上げた。


 ――新設された監査部隊、先日ルカを詰問した挙げ句クビにした野郎だ。


「もちろんだとも」と議長が許可を出すとともに、資料片手にキツネ目が立ち上がり話し出す。


「対ドラゴン研究所の監査をするにあたって、以前ドラゴンに関する資料をまとめていただきましたね」


 パラララ、と手元の資料のページをめくる。

 そうだ、監査前に資料をくれといわれて、適当にまとめて作ったものを提出したのだった。


「そこに書かれている内容と大きな差異がありますね。神話でもそうですが、資料にもドラゴンはあくまで単体の脅威として描かれています。今回の伝令のように、他に人や魔物のようなもの率いて軍隊のような体をなしているという記載は見当たりませんでした。てん――、天使殿とドラゴンの最終決戦においても、ドラゴンは単体だったとむしろ明記されています。これについてはどうお考えですか?」


 なんといえばいいのかルカは迷った。なぜなら適当に書いたからだ。むしろ神話から引っ張ってきたぐらいだ。

 なんとか矛盾しない言い訳を絞り出す。


「あの、実は継承魔法にも人や魔物のような軍隊は残ってないんです。でも、継承魔法がわかることはドラゴンのすべてじゃないんです」

「たしかに、初代ドラゴチアのパルを継承しているのでしたね」

「そうです。だから、初代ドラゴチアが知らないことは継承魔法にも残ってないんです。たぶん、大昔は軍隊も率いていたけれど、伝令魔法に映ってるように当時の人でも対処できたんです。たぶん長い時間をかけて駆逐したんです。そして初代ドラゴチアの代にはすっかり居なくなったんだと思います。でも、ドラゴンは誰にも勝てなくて残り続けたんです」


「ははあなるほど。しかし、それはあくまであの映像をみてから思いついた推定ですね? そのような考察が過去にされたわけでも記録に残っているわけでもありませんね?」


 ルカはうなずくしかなかった。この様子だと、渡した資料以外にも詳細に目を通しているのかもしれない。


「それだけでドラゴンと決めつけるのは無理がありませんか。たしかにアレはどうやらあなたの仰る通りドラゴンのような3つの脅威を備えているようです。ですが客観的に評価できるのはそれだけです。見た目が似ているというのは、あなたの主観的な判断でしかありません。あなたの感想だけを頼りにあれをドラゴンと同定してしまっていいのでしょうか。本当にあなたの知っている、ドラゴチア家が継承している対処法があれにも通用すると?」


 いやな奴だ。


「……たしかに軍隊に関することは記録にまったく残ってないです。それに私の判断だけで決められないのもその通りです」


 しょうがない。ルカは博打に出ることにした。


「でも……、それじゃあ他に手があるんですか。なにか、あの空を飛ぶ脅威に対して、有効な手段を持っている人はいるのですか」


 現実的な問題に話をそらすのだ。


「腐ってもドラゴンの第一人者である私が、あれをドラゴンだと言っているんです。それを否定するだけの材料があるんですか!」


「……」


 キツネ目の男は、後ろに控えている副官らしき人物たちと一言二言、言葉を交わすと元帥に向き直り、

「わかりました。たしかに私どもチョクト商国予算監査部隊としては、あれをドラゴンとするドラゴチア所長殿の主張を否定できるだけの材料を持ち合わせておりません。今のところは、ですが」


 言い方が相変わらずねちっこい、とルカは思った。先日の会議での件もありルカはこの男が大嫌いだった。


「ですので、ドラゴン研究所への予算廃止を撤回し、さらなる予算の追加および人員の増強を提案します」


「「「!?」」」


 ルカを含めて、会議室中が色めきだった。


 正直なところこの男が味方してくれるとはとてもじゃないが思ってもいなかったのだ。うすら笑いを浮かべながらルカを詰問した先日の様子から憎たらしさだけが印象に残っていたが、今見てもその胡散臭い笑みは顔に貼りついていた。しかし、眼差しだけが真剣だった。


「――クロウド殿。それでは、その分の予算を配分するという話は……」

「当然白紙ですございますね。むしろ、他から予算をかき集めなければならないかと」


 莫大、とはいかないまでも一研究所として十分の予算が配布されていたドラゴン研究所。その実質的な取り潰しが決まり、余った予算を必要各所に割り振るという会議も同時進行でなされていた。その話がなくなったどころか新たなしわ寄せが発生する。余裕が出来たとぬか喜びしていた各軍部がルカを苦々しく睨みつけてくる。


 お門違いではないか。恨むなら、外部の人間なのになぜか予算に関して莫大な発言権を握っているこのキツネ目の男ではないのか。やはりルカはこの男が嫌いだ。


「しかし! まだあれがドラゴンであると――」

「もちろん、私としてもあれをド、ドラ、……ん、失礼、ドラゴンであると全面的に支持するわけではございません。ですが、今のところ現場で全く歯が立たないアレに対して、他に対抗案がこの場で出てこないのも事実です。迅速に動くためにも必要な処置かと思います。それとも、言い損ねただけでどなたか何か意見が?」


 会議室をぐるりとキツネ目がにらみつける。目を合わせようとするものはいない。無理もない、ヘテロニアに派遣されているのは他研究所の成果も集結されている精鋭も精鋭なのだ。他にも魔法の長射程化や高威力化などは研究されている。しかしあくまでそれは、「常識的な範囲内で」である。空を飛ぶ堅牢な相手に有効な魔法など、とっくに諦められているのだ。


「そうでないのなら、少なくともアレをドラゴンと主張して何かしらの対策を打ち出してくれるであろうドラゴン研究所に予算を割り振るのは当然の事ではないでしょうか」


 これに対して、異論を唱える声も出ない。思うことはいくらでもあるだろうが。

「しかし、そうですね――別途、執行監査として私がドラゴチア所長の元で目を光らせましょう。万が一嘘であったり、なにかおかしいことがあったり、また有効な対策を打ち出さないようであれば、すぐさま是正処置を提案する、いかがでしょう?」


「え゛」


「ドラゴチア所長、何か問題でも?」

「あの、い、いえ、そういうわけじゃないですが、クロウド監査部隊長殿は予算監査でお忙しいのじゃないかなーと思いまして――」

「ああ問題ありません。もちろん私に話が回ってくるような事があれば別途対応しますが、ほとんどの事項は調整済みですし、後任に副官を置いておけば問題ないでしょう。所詮は来年の予算のことです。それよりも現状、目前にある未知の脅威のほうを優先するのは当たり前だしょう。それとも、アレは放っておいても問題ないものなのですか?」

 仮にそうだとしてもイエスと言えるわけがない。ここまで主張しておいて緊急性がないと言えば、結局のところ自分の仕事をつぶすだけだ。

「その、そんなことありません。早速すぐにでもお金――予算をいただいて対処に入りたいです」

「ならば、このやり方が一番、効率的かと」


 キツネ目の男は、議長である元帥に向き直る。


「というのが、我々チョクト監査部隊の提案です。認めていただけますかな」


 元帥は、一瞬だけ不愉快そうに顔を険しくした後、「もちろんだとも」と応えた。


 こうして、キツネ目の男――チョクト監査部隊長クロウド大佐がルカのお目付け役として来ることになった。




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