表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

4話 あれは前世の記憶です。

 

 ――前世。

 そう、ルカには前世の記憶がある。この世界、ツヴェイラとは異なる、魔法も魔物もない、地球で過ごした記憶だ。妄想と切り捨てるには余りにも生々しく思い起こせる人生。

 物心ついたときから必死に勉強して良い大学に入って必死に就職活動して良い企業に入って――。死に際の記憶は抜けている。まあ覚えていても悪夢でしかないだろう。ただ、人生これからというところで途絶えているのは確かだ。必死に努力したところで結果がでる前に終わるなんてこともあるのだ。


 ところで、ルカがこの世界で唯一の転生者、というわけでもないらしい。


 昔から稀に生まれた環境や血筋に関わらず、幼いころから高い知能を示し、前世の知識だと言って誰も思いつかなかった技術力や魔法や戦術等を産み出しては活躍するものたちの存在が記録されている。

 彼らの産み出した技術革新が歴史を数世紀、進めたと言われたこともあり、一説では聖人、元帥、大商人や賢者など歴史に名を遺した偉人の数割は、転生者だったなどとも言われている。

 そのため、彼ら転生者は歓迎され優遇されていた。


 我がターダラ聖国で、転生者の扱いが一変したのはここ百年ほどの事である。その発端となったのは魂とパルについての研究をしていたとある学者が発表した学説である。


「転生者とは、『別世界の記憶をもって生まれた存在』ではなく、『別世界の魂』であり、この世界に生まれた真なる赤子の魂を喰いつくし、空になったその肉体を乗っ取った存在である」


 この学説は多くの研究者に支持をうけて、瞬く間に広まった。

 そこからの混乱はすさまじいものだった。


 親からしてみれば「大切に育てたつもりの子供は、実は生まれたときに魂を化け物に食われて入れ替わっていた」のだ。この「転生者」に対する衝撃の事実がもたらしたどうしようもない嫌悪感は急速に国中に感染し、今まで歓迎されていた転生者は、半ば化け物扱い、迫害されて当然の「ソウルイーター」であると意識のアップデートがなされた。


 当時、転生者を自称していたものは要職についていたとしても容赦なく叩き落され、なにかしらの罪をでっち揚げられて国外追放や投獄されたもの、私刑で命を落としたものなど、無事で過ごせたものは皆無だろう。もっとも、もとから人知れず目立たずにこっそりと上手く前世の知識を使っていた賢い転生者が居たならば難を逃れたかもしれない。

 転生者は生まれながらにして前世の知識に目覚めているので、非常に早熟で大人びており自分の能力を誇示してくる、との噂が広まると、それに当てはまるような子供が実際に転生者なのか確認もされず親に殺された、なんて悲劇も相次いで起こった。

 もはや迫害対象は転生者相手に留まらなかったのだ。転生者ではなくても、ちょっと進んだ思想をもっていたり突出して優秀な者だったりした者は、まわりの嫉妬もあるのか、化け物扱いされて迫害されることが少なくなかった。

 その結果、優秀な人材ほど自分の才能を隠すようになっていったのは自然な流れだろう。ここ百年におけるターダラ聖国の急速な衰退の一因は明らかにこの迫害であると言い切れる。


 当初、ターダラ聖国はもともと個体数が少なかった転生者に対する迫害には傍観していた。しかしその影響が無視できないほど大きくなり始めたため、遅ればせながら五十年ほど前から慌てるように対処にのりだした。なんとか自体を収めようと転生者への迫害を強く禁じる法をつくり、転生者も「同じ人間」であると説いた。

「転生者」を再び積極的に要職に付ける施策を立ち上げるだとして、なんとか流れを変えようとした成果が出たのか、おおっぴらな迫害は表面上なくなった。ただ民衆の内心まで変えられるわけもなく、根強い差別は今でも残っているのが現状だ。


 国力の衰えは緩やかに収まってきてはいるが、この歪みが残っている限り今もターダラ聖国は静かに滅びつつあるのかもしれない。



 ◆


 ルカがドラゴチア家に生を受けたのは25年前の出来事である。生まれた時から前世の記憶を持った転生者だったが、ドラゴチア家の長女であり将来が約束されているのを早期に察知し、さらに小さいころからとことん甘やかされて過ごした結果、転生者として自分の能力を示すような機会は訪れなかった。

 何しろドラゴチア家は国が保護してくれる勝ち組である。衰えつつあるとは言ってもそこは有数の大国であるターダラ聖国だ。ルカが生きている間はまだまだ安泰だろう――少なくともルカの母親もルカもそう思っていたため、転生者が差別対象であるという常識があろうがなかろうが、前世の記憶を使う気はなかった。そもそも前世では精一杯努力しても何も報われなかったのだから、今世は特に何もしないで、だらだらと美味しいものを食べて良く寝て遊んで、幸せを享受したっていいだろう。

 そんなルカの思惑が幸いして――幼いころに多少大人びていた時期はあったかもしれないが、それだけで「転生者だ!!!」となる時代は終わっており――いまでも転生者であることを疑われたことはない。


 ――もし転生者であることがバレたらどうなるのだろうか。

 あまり考えないようにしていた不安が成人して継承魔法の儀式を終えてから頭をもたげていた。

 ドラゴチア家の継承魔法は、母から娘にドラゴンに関する記憶をもった初代のパルを移す魔法である。母から受けることは成功した。極端な女系なドラゴチア家の肉体であるこの身はきっと将来娘を身籠るだろう。きっと娘に対する継承魔法も成功するだろう。

 だが、実は自分がドラゴチア家のルカ本来の魂を喰らった異世界の化け物だとバレてしまったら、果たして親は、世間は、国は、肉体とパルだけがドラゴチア家の私をドラゴチア家の人間として認めてくれるのだろうか。

 継承魔法が成功したことは当事者間でしか分からない。パルは当人にしか認識できないのだ。

 いままで建国以来絶えることなくドラゴンの伝承が続いていると言われているのはドラゴチア家の血筋――つまりは魂に対する信頼あってのものだ。化け物や、その化け物の魂を継ぐ娘がなにを主張したところで、継承は途絶えたと見なされてしまうのではないか。保護される存在から一変、極刑ものではないだろうか。

 ――誰にもバレるわけにはいかない。誰かに相談することも出来ず、ただ自分の幸せを守るためにルカは静かに生きることを決意を固めていた。


 ◆


 そして現在、ルカは自分の幸せ計画が崩れたことに頭を抱えていた。まさかこんな数年で情勢がここまで変わるとは。

 もはや「対ドラゴン研究所長」として得た報酬でぬくぬく一生を過ごすのは無理であり、なんとか自分の手で稼ぐ方法を探さなくてはならない。ルカとして生まれてからのこの世界ツヴェイラの知識や技術ではまず無理である。

 そもそも、自分――本来ルカだった魂が得るはずだったパルを使った魔法の訓練すらまともにしてきていない。基本的な魔法は使えるが一般人レベルだ。


 最悪、前世の知識を使って何かこの世界で革命的発明でも起こすしかない。

 だが、転生者とバレてタダで済むとも思えない。

 国にとってドラゴチア家が必要ないと判断されても、転生者と疑われない程度に、出来る限り目立たない、おとなしめな、だけど楽して食っていけそうな、そんな使えそうな知識は無いかな、と過去の記憶と向き合ったりしていた。

 そんなこともあり寝不足になって、うたた寝してしまった会議。


 その会議中に見た映像に、前世の記憶が告げている。


 あれは、戦闘機だ。


 伝令魔法によって投影された映像記録。それによって映し出された、天空を駆る巨大な影。別にミリオタだったわけではない。詳しい知識があるわけではない。しかしそれでも、対地ミサイルを打ち出す装甲車や、小銃が配備された歩兵部隊、ミリタリーバイクによる偵察兵、そして戦闘機による空対地攻撃。

 ルカには現代兵器を携えた近代軍による侵攻にしか見えなかった。


 自分なら、地球の知識をもった自分なら、あれに対抗できるのではないか。

 クビになりつつあるとはいえ、ターダラ聖国から給料をもらっていた身として、転生者であることを告げて、地球の知識を使ってこの緊急事態に手を貸す義務があるのではないだろうか。

 この世に生を受けて25年。とっくに前世の享年も超えており、この国に愛着もわいている。だが、転生者だと告げて差別対象になってまで、最悪殺されるような扱いを受けてまで、この国に貢献するべきなのだろうか。

 色々な想いがぐるぐると頭をめぐり、言葉が出なかった。そこに会議室前方から声がかけられた。たしかクローディアとかいう事務方のお偉いさんの一人である。


「ドラゴチア所長……なにか、あるのかね」


 所長。そう、自分は所長だ。「研究所」の所長。なんの研究をしている? そう、「対ドラゴン」だ。

 今となっては誰も見たことのない。どんな姿なのか、どんな強さなのか、どう対抗すればいいのか。継承魔法を受けた今となっては、正確に知ることができるのは自分、ルカ・ドラゴチアのみとなった、ドラゴンという存在。

 自分が、ドラゴンと言えば、あれはドラゴンなのでは?

 ドラゴンということにすれば、転生者だということを隠しながら、前世の知識をつかえるのでは?

 というか、ドラゴン研究所長としてクビにならずに立場を維持できるのでは?

 仕事は増えるけど、まだ安泰なのでは?


 バレてはいけない。なんとか転生者であることがバレずに、戦闘機が戦闘機であることを悟られずに、戦闘機をドラゴンだということにしなくてはならない。そうすれば、自分はクビにならない。

 フラッシュバックのように数瞬でここまで考えをまとめあげると、ルカは意を決してクローディアをまっすぐと見据えて言った。

「あれは、ドラゴンです」

次回から、物語風な語り口になると思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ