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3話 あれは研究所です。

 なにも初めから一人しかいない研究所だったわけではない。

 記録を紐解くと、当初は各分野の専門家で組織された大規模な研究者集団であり、大真面目に研究をしていたのだ。

 一番活発だったのは、対ドラゴン用の極大魔法の研究開発である。伝えられしドラゴンの防御力を上回るために、ひたすら威力と射程を求めた魔報の研究がなされていた。

 しかし、空という領域はもともと魔素が薄く魔法の伝達効率がわるいこともあり、そこまで到達させる強大な魔法というのは目標として少しばかり、いやかなり遠大だった。

 近隣諸国との小競り合いやヘテロニアからあふれる魔物への対処など、現実問題に対処するために使われるような汎用魔法と比較してしまうと、使用コストも研究コストも維持コストも何もかもが桁違いだったのだ。

 まだ聖国に勢いがあるときは良かった。しかし、時が進み、ドラゴンを討伐したという権威だけで統治できた時代が終わりを告げるにつれて、はたして誰も実際には見たことのない神話上の怪物に対してそんな莫大な研究費をつぎ込み続ける意味は果たしてあるのだろうか、という考えが人々を支配し始めた。


 そしていつしか「ドラゴンが再び世に現れた時に対処できるようになるべし」という言葉は「架空の存在であるドラゴンが再び現れる時は永遠に来ないのだから、時間は無限に掛けられる。つまり今現在、無理にコストをかけて研究する必要はない!」と歪んで解釈されるようになっていった。

 しだいに研究は規模をどんどん縮小されていき、最終的にルカ・ドラゴチア一名だけが所属する「研究所」の出来上がりである。


 ◆


 ドラゴチア家は、ターダラ聖国当初から続くとされている由緒正しき一族である。ドラゴチア家の初代である人物はドラゴンとの戦闘自体には参加しなかったとされるが、当時で随一の記憶力を誇っていたとされ、ドラゴンとの闘いや当時の様子の一部始終を語り継ぐ役目に大きな働きを残したとされている。

 その後、継承魔法と呼ばれる、言葉だけではなく思念、映像、感覚や感情まで、とにかく様々な情報を正確に次世代へと伝えることができる魔法を開発し、その魔法の特性上一子相伝でドラゴンに関する情報を劣化させることなく守り続けている。いわば、天使様の言葉の前半部分、「ドラゴンの脅威を後世に語り継ぎなさい」を忠実に実行し続けており、国に手厚く保護されてきた一族でもある。

 ルカも成人した際に、母親から継承の儀式を施されている。


 言ってしまえば『パル』の移植である。パルとは誰しもが生まれた時から持っている精霊のようなもので、魔法の使用や思考・記憶などの精神面を補助してくれる存在だ。

 パルは魂と強固に結びついており、パルの消滅は死を意味し、死はパルの消滅を意味する。そして原則としてパルは1つしか存在しない。

 だが、継承魔法は初代のパルを受け継ぐ魔法である。これによってドラゴチア家の人間は自分のパルと初代のパル、2つのパルを持っていることになる。ドラゴンの事を記憶しているのはこの初代のパルなのだ。


 初代のパルの記憶を覗くことができるのは現在パルを継いでいるものだけなので、継承とともにルカが母親から対ドラゴン研究所長の立場も継いだ。ドラゴチア家は昔から対ドラゴン研究所に所属し続けており、研究が活発だったころから貴重な情報源として貢献していた。研究員がどんどんと少なくなってからも、ドラゴチア家だけは残り続けて、いまや所長である。

 仕事を継いだ、といってもその内容はもはや研究と呼べる実態はない。過去の研究成果や、誰でも読めるようにと長い年月をかけて初代パルから聞き出して紙に起こされた情報、そういった資料の管理といった埃臭い内容である。実をいうと、それすらほとんど実務は無く、たまに、気が向いたときに、気になったところを手直しする程度でいいらしい。

 国として重要なのは「ドラゴチア家を絶えさせないことで、ドラゴンの情報を確実に語り継いでいる」という体裁を維持することであり、「名ばかり研究所」の実態はいまやドラゴチア家を養うための機関でしかない。


 ――つまり。

 ルカは生まれながらにして将来が約束された勝ち組だった。「名ばかり」だろうが腐っても国の公的機関のトップである。国選上級魔法師相応の扱いがされてしかるべきであり、当然収入も一般人のそれとは桁違いである。「安心しなさい、ドラゴチア家が喰いっぱぐれることは無いから!」とはルカの母親の口癖であり、そんな言葉を聞きながらすくすく育ったルカは立派に世の中を舐めきっていた。


 ◆


 そんなルカの横っ面を引っ張多たくような出来事が起きる。ターダラ聖国の財政崩壊である。

 ターダラ聖国は、百年ほど前から国力が急低下しており、特に財政面において顕著だった。昨年からチョクト商国の財政支援をうけることで、ターダラ聖貨の価値を保っているような状態にまで陥っていたのだ。

 しかしそのチョクト商国から、ターダラ聖国が財政回復の兆しが見えないとの指摘を受けて、今年度からチョクト商国の手で構成された監査団の指導を受けることになった。

 様々な分野の「無駄」がどんどんと廃されていき、ついに「対ドラゴン研究所」にまでその魔の手が伸びた。

 ターダラ聖国にとっては聖域とも呼べる「ドラゴン」に関することだが、新興国家で実利主義のチョクト商国の人間にはまったく関係がなかった。

「だって仕事していないんですよね? いや先ほどの話ですと、一度成人の時の儀式でドラゴンに関する継承は済んでいるのでしょう? その時以来、たとえばそのドラゴンの情報を新たにパルから引き出して書き綴ったりとか成果だしてます? してないんですよね? 何もしていないのに毎年こんなに予算がついて、こんなに報酬を受けているのはおかしいでしょう。百歩譲って、たしかにその継承魔法はとても素晴らしいものです。パルを丸々使わないと継承できないほどの情報量を劣化なく次世代に繋ぐことは、毎年それだけの報酬を出す価値があると言えなくもないです。でも、その内容がド、ドラゴン、し、失礼。神話以来あらわれていない、怪物に関する情報ですよ? 今時、そんなに金をかけてまで次世代につなぐ意味はあります? 聞けば一応、資料としてパルの情報を書き出したものが存在するらしいじゃないですか。それをちゃんと保存すれば十分じゃないんですか? それで初代聖女様の言葉をちゃんと守っていることになるでしょうよ。もちろん、資料を保存するだけなら、他の仕事と兼務してできますよね? 特に専門知識を必要としないので所長級の報酬なんて出せるわけありませんし、貴方である必要もないですね。今の、ドラゴンの情報を継承しているだけでこの報酬って明らかに必要性と釣り合っていないというか、無駄と言わざるを得ないというか。いや別に、いきなりクビだって言っているわけじゃないんですよ――」

 とまあ、ルカは散々なことを延々と会議の場で言われてしまった。半分涙目になったルカ自身も反論できなかったが、ターダラ聖国の上層部からも助け船は出なかった。

 結局、ドラゴチア家が必要などと誰も大して思っていなかったのだ。遥か昔から続く慣例であり、財政的に余裕があるからこそ許されていただけであり、「無駄」と言われれば「無駄」と思われていたのだ。

 会議――というより一方的な詰問の結果、「対ドラゴン研究所」は今年度いっぱいで廃止されることが決まった。その所長であるルカは、いったんは他の研究所に所属が移されるものの、その先で活躍できなければクビだろう。そして、将来安泰だとタカをくくって今まで何も勉強してこなかったルカが、国立の一流研究所でまともに働いて功績を残せるわけがないのだ。

 直接クビと言われたようなものである。

 母親が養ってくれるだろうか。しかし「重荷が降りたわー!」といってさっさと他国へと旅立ってしまった母親に連絡が付くだろうか。そんなことを想いながら、ルカは「対ドラゴン研究所」の解体を受け入れた。

 制度上廃止されるのはまだ先である。監査の目があるため、それまではしなくても許されていた所長としての仕事もしなくてはならない。一研究所の所長として、今まで出たこともなかった他所の部署の予算会議にも出席しないと給料が出ないときた。

 急に将来が不安になったことが原因で、夜に良く眠れていない。さらに自分に関係ない部署の予算の話だ。さらにさらに、自分はもうもしかしたら来年には無関係である。退屈なことこの上ない。

 いつしかルカは会議室の一番後ろの席で、うとうととし始めた。


 ◆


 扉の音に起こされたルカは、口の涎を白衣の端で吹きながら、会議の真ん中に照射された伝令魔法の映像をぼんやりと見ていた。事の重大さは理解できたがまだ眠気が抜けていなかった。

 その頭が一気に冴えわたったのは、空飛ぶ異形を見てからである。

 その見覚えのある姿、この世界に存在していては鳴らないもの。こんなところで見ることになるとは思っていなかったため、驚いてガタリ椅子から立ち上がってしまっていた。


 ――あれは戦闘機だ。


 前世の記憶がそう告げていた。


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