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2話 あれは神話です。

 今となっては遥か昔、まだ神代の時代。世界はたった一体の魔物の恐怖におびえていました。

 その名もドラゴン。

 伝え残されている絵すがたは、翼の生えたトカゲといったようなものですが、その大きさは人の数十倍もあり、今いるような魔物とはまったく異次元の強さを誇っていました。

 曰く、地上から放たれる弓矢や魔法などが届かぬはるか上空より閃光を放ち、地上に這うもの全ては成すすべもなく蒸発させられてしまいます。

 曰く、たとえ刃がその身に届いても分厚い表皮は鋼鉄よりも硬く、かすり傷すらつけられません。

 曰く、地上に降りたてば体から発せられる瘴気で大地はひび割れ、森は枯れ、湖は干上がり、動物は死に絶えてしまいます。

 曰く、食事の必要も休息も睡眠も必要なく延々と破壊活動をつづけました。


 弱点もなく天敵もいない、全生物の頂点に君臨していたドラゴンは、ある日どこからともなく登場してから幾年物ものあいだ、気まぐれに活動をし続け世界は荒れに荒れました。

 人々は散り散りになり、すこしでも被害の少ない場所を求め旅立ち、また少なくなった資源を人間同士で争うような事もありました。

 なかには果敢にもドラゴンに立ち向かった勇気ある人々もいました。しかし、そのすべてが凄惨な結末に終わり、人々の絶望を濃くするだけだったのです。


 あまりの暴虐さに見かねた神は、地上に自身の使い――天使様をお遣いくださいました。

 天使様は各地をまわり人々を助け、仲裁し力を合わせるように諭し、旅を続けました。そして、旅の途中で増えていった仲間とともに、ついにドラゴンと対峙することになりました。

 その戦いは、苛烈さを極め、三日三晩休むことなく続いたと伝えられています。

 人側に多大な被害を出しつつも、遂に天使様はドラゴンを打ち倒すことに成功したのです。

 まさに奇跡でした。到底人の手だけでは届くことのない強大な怪物を、天使様が人をまとめあげることで遂に地に落とすことが出来たのです。


 息絶えたドラゴンは死してなお瘴気を放ち続け、その周辺は魔法の使えぬ死の大地となってしまいました。しかしそれ以外の土地で人々の復興は進みました。

 特に天使とともにドラゴンとの死線を潜り抜けた人々は、その後も死の大地を監視するように集落を作り、それはいずれ国へと発展し世界の再建に尽力したのです。。

 ドラゴンの討伐という神から与えられた役目を果たした天使様は、とある地上の娘と子供を儲けた後、力を使い果たし天上へとお帰りなさいました。その際、国の長となる妻――聖女ターダラにお言葉を残したのです。


「ドラゴンの脅威を後世に語り継ぎなさい。そしていつか再び、ドラゴンがこの世にあらわれた時に、自分たちの力だけで対処を出来るように研鑽を続けるのです」


 ◆


 子供でも知っている、ルカ・ドラゴチア所長の所属しているターダラ聖国の建国神話である、。

 三千年の歴史を誇るとされているターダラ聖国の正統性をうたうために誇張も比喩もふんだんに盛られた言ってしまえばプロパガンダ用の物語である。ターダラ聖国が存在している以上、実際に建国に関わる何かしらの出来事を元に創られたのだろうが、さすがに天使様やドラゴンなどは架空の存在だ――と、世間の評価はそんなところだ。

 無理もない。天使様はもちろん、ドラゴンなんてこの神話以来、歴史上に現れた記録はないのだから。

 現存する国の中でターダラ聖国が一番古い歴史を持っているのは事実である。それ以前の古代にあったとされる国々が一度滅んでおり、ターダラ聖国が登場するまでの空白期間が確かに存在し、その間に文化レベルが著しく落ち込むほど世の中が荒れていた、というのも記録と照らし合わせて事実だろうとの研究がなされている。

 そのため、神話に出てくるドラゴンとは、実際には世界規模で起きた大戦争のメタファーだというのが有力な説だ。戦争に関する詳細な記録こそ残ってはいないが、古代国家間で大規模な大戦が起こり、一度国々が滅んだのではないか。大国が滅んでも各地で争いは絶えず、世界は荒れ果てる一方だったが、後に天使様と呼ばれる英雄が人々をまとめあげ、戦争に終止符を打ったのではないか。


 ドラゴンに関する描写も、戦争の悲惨さや恐怖や個人の無力さを伝えるものだとして説明できる。ドラゴンという魔物の形で伝わっているのは、一度世界が滅びかけたほど民衆の文明レベルが著しく下がってしまい、文字文化が根付いていない民衆間でもなんとか強く印象を残し、風化させないための策ではないだろうか。

 当時の人々は何としてでも戦争の恐ろしさを後世に伝えなくてはならないと考えたのだ。


 とまあ、ここにあげているのは一説であり、色々な説が存在し細かいところの考察にも様々な派閥があるが、その解説は神話学者にでも譲るとして、概ね神話の解釈はこのようなものである。重要なのは、今の時代にドラゴンの存在を信じているなんて言おうものなら、子供ならまだしも大の大人が大真面目に言ったとしたら、白い目で見られる事だろう。


 とはいえ。幾らドラゴンが架空の存在だとされている、とはいえ。

 聖女ターダラの末裔を聖帝として掲げている国として、偉大なる天使様が残し聖女ターダラから脈々と受け継がれた言葉「ドラゴンを後世に語り継ぐべし」「再び世に現れ死時に、対処できるようになるべし」とは国にとって聖典とも呼べる勅であって、無視することなど出来ようがない。「ドラゴン」とある以上、それは「戦争」でもなくあくまで「ドラゴン」なのだ。


 そのためターダラ聖国には建国の初期段階から設立されたとされる、架空の存在を研究し対処するための冗談のよう公的機関が今も存在する。

 現在、総員一名。「対ドラゴン研究所」。

 白髪の少女、ルカ・ドラゴチアの勤め先だ。

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