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最後の願い  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
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叶える者

 


 願い……この女はそれを、欲望と言った。

 確かに死の淵に立った時、その人間に失う物は何もない。

 これまでどれだけ善人だったとしても、それは生きていることが大前提だ。

 この世界で生きていく為に、あらゆる誘惑から目を背ける。

 人を憎むこともあるだろう。殺めたくなった時もあるだろう。しかしその気持ちを押し殺す。


 だが、これから死ぬとなれば別だ。

 しかも自分の手を汚す訳ではなく、この女が叶えてくれる。

 これまでかぶっていた偽りの仮面を剥がし、全てをさらけ出す瞬間。

 確かに興味深いだろう。

 その感情は、この女にとって最高のご馳走になるのだろう、そう思った。




「さあ、あなたの願いを教えて。どんな願いでも一つだけ、私が叶えてあげる」


 男の頭に手をやり、息がかかるほどの距離で女が言った。




 やがて男は目を開けると、小さく笑った。


「いや……何もないな」


 その時初めて、女の表情が変わったような気がした。


「どうして?あなたはこれまで、ずっと頑張って来た。人々の幸せを願い、家族の幸せを願い、頑張ってきた。でも彼らはあなたに感謝することもなく、あなたから離れていった。あなたを裏切った。

 恨みはないの?あるはずよ。私なら、その人たちをどのようにすることだって出来る。

 あ、そうか。願いが一つだから迷ったのかしら。大丈夫よ、あなたが望むなら、あなたを裏切った全ての人たちに苦しみを、そういう願いとして引き受けてあげる」


 男は黙って首を振る。


「じゃあ若さは?最後のひと時、あなたはかつての若い肉体を取り戻すの。何をしてもいい。女を抱くもよし、ご馳走を食べてもいい、何なら自分の手で、年老いた裏切り者たちに制裁を加えても構わない。今のあなたがどんなに願っても叶わない若さ。これならどう?」


 再び男が首を振る。


「私にはこの街を消し去ることだって出来る。あなたがそれを望むなら」





 窓から朝日が差し込んできた。


 いくつもの誘惑を男に示したが、男は首を振るだけだった。


 女が小さく息を吐いた。


「……時間切れ。まいったな、こんな人初めて」


「ははっ……すまなかったね」


「あと少しであなたは死ぬ。本当に、何も望まないでよかったの?」


「ああ。でも……そうだな、一つだけ望み、叶ったかもしれないな」


「どういうこと?」


「君とこうして、最後に話すことが出来た……それで十分だ」


「それがあなたの……願い?」


「どうだろう……だがおかげで今、とても穏やかな気持ちだ」


「……」


「ありがとう。いい人生だったよ」


 そう言うと、男は静かに目を閉じた。


 そしてその目は、二度と開くことはなかった。





「なんか……変な人だったな」


 病院の屋上。


 柵にもたれかかり、女がつぶやいた。


「こんな願い、初めてだった。でも……やっぱり人間は面白い」


 そう言うと朝日に向かい、飛び立った。


「次の人は……どんな願いを聞かせてくれるかな」




挿絵(By みてみん)

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[良い点] ∀・)これは感動させる文学なんですけど、最後の最後までまっすぐでしたね。昨今の文学作品だと純粋な人が出来事に応じてねじ曲がっていくものが多いのですが、起承転結で色々ありながらも主人公がくだ…
[良い点] 人生に悔いはあれども、やり直そうとする気力はもはやない。 灰になってしまった男の寂寥を、ひしひしと感じました。 [一言] きっと寡黙な人だったのだろうけど、最期に澱を吐き出せて、救いがあ…
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