03.JKゾンビ、保健室に行く
来た道を引き返しながら、ゾンビになる前のことを思い出していた。
まず、避難した人は体育館に集められた。制服姿が大半だったけど、家族で来ている人もチラホラいた。去年建て替えが完了した体育館は、三階建てでシャワー室も防災用の備蓄品もあり、避難するには最適な場所だった。だけど、一ヶ所に集められ施錠された状態でゾンビが現れたのだから笑えない。ゾンビが見つかったときの叫び声はさながらパニック映画のようだった。
私も冷静だったわけではない。もちろん叫んだし、力の限り走った。
私は、同じクラスの友達グループと一緒に行動していた。みんな家族とは後から合流するということだったので、大人のいないいつも通りの状態だ。
私のグループは、いわゆるスクールカーストの最上位層にいるようなグループだ。その中に漫画やドラマの主人公のような美男美女カップルがいて、その取り巻きがいるというような構造。そしてその取り巻きの一人が私だった。
私は自分が主人公の器ではないことをわかっている。親友とかそういう二番手でもない。あくまで仲間のポジションで、そのことに全く不満はない。
当然だけどカースト上位の恩恵は大きい。グループ付き合いだから多少面倒なこともあるけど、少なくとも私の学校ではメリットの方が多いと思う。だから、そこにいられるだけで十分なので、グループ内で悪目立ちしないように、並の少し上を保つよう自分でコントロールしていた。
しかし、今回はそれが仇になったのかもしれない。だって主人公クラスなら、こんなところでゾンビ化するはずがない。きっと誰かが守ってくれる。
人には役割がある。高校生のグループで最初に被害に遭うのは、取り巻きの一人だ。これもゾンビ映画の定番だった。
避難して、午後になり何もなくて少し退屈してきた頃だっただろうか、突然体育館にゾンビが現れたのは。驚いた私達は急いで校舎へ駆け込んだのだった。
冷静に思い返せば、外に逃げればよかったのかもしれないけど、私達は保健室に立てこもったのだ。保健室は一階にあって何かあったときでも逃げやすいし、なんでも揃っていることを知っているからだ。少人数で過ごすのに、あれほど良い場所は無いと思う。
というわけで、もしかすると保健室には今もみんなが籠城しているかもしれない。一度その場を離れたけど、戻って今度はドアが開かないように机や椅子を動かしているかもしれない。
もうすぐ保健室なので私は一度足を止めた。グループの男子は運動神経が良いから攻撃されたら絶対に負ける。だから、近づくだけでも慎重にならないといけない。こちらに攻撃の意思がないことを伝えたいけど、話すこともできないし、それはたぶん無理だろう。
耳を澄ましてみると、相変わらず声や物音は聞こえてこなかった。五秒、十秒、と待ってみても何も聞こえない。やっぱりみんな学校を離れてしまったのだろうか。それなら安心なんだけど。
もう一度、ゆっくりと歩き始める。息を潜め、なるべく音を立てないように気をつけながら。
……あれ、ドア開いてる?
見えたのは、開きっぱなしのドア。その瞬間、ふぅっと安堵の息が漏れた。立てこもっているならドアが開いているはずがない。
良かったぁ。友達に攻撃されるのはさすがに嫌だもん……って、おっと! 急に力が抜けてよろけてしまった。危ない危ない。倒れたら起き上がるのが大変だ。
私はドアの前へと急いだ。
念のためドアの外から中を覗いてみたけど、やはり誰もいなかった。室内が荒らされた様子もない。ただ、私のカバンが一つポツンと取り残されているを見つけた。
学校指定のカバンに林檎のチャームを付けているからすぐわかる。みんなのカバンを一緒に置いていたはずなのに、私のしか残っていない。やっぱりみんな一回はここに戻って、そして別の場所に移動したんだ。本当にこのゾンビ物語のメインストーリーはもう違う場面に進んじゃってるんだな。
友達に倒されることを心配しなくていいから安心する気持ちも大きいけれど、少しだけ寂しい気持ちもある。カバンと共に取り残されたゾンビの私。切ない。
まぁ、くよくよしても仕方ない。とにかく今はスマホだ! 気を取り直して保健室に入り、ドアを閉めた。そして頑張って前屈みになって、震えながらカバンを手に取った。まるで腰痛を患っているおじさんみたい。健康な身体って凄いんだなと実感する。
床に置いてあるものを取るのもこんなに大変なんだから、座るのも絶対大変だよね。結構頑張ったからそろそろ休憩したいのに。あ、そうだ! 椅子なら楽かも。奥には保健の先生の机と椅子がある。この椅子なら、コロもついてるし移動もしやすい。一回ここで作戦を練ろう。
私は、机にカバンを置いてから、机に掴まり、倒れないようにゆっくりと椅子に座った。
良かったと思ったのも束の間、次の壁にぶち当たった。カバンをうまく開けられないのだ。
いやいや、別にこれ複雑なカバンじゃないよ。ただのチャックだから。だけどそのチャックが掴めないのだ。
あー、もう。引っ張って無理やり開けたくなるなるけど、中身を落としたら拾うのが絶対大変だ。それにカバンはこの先持ち歩きたいし、チャックくらい開けられるようにならないと。ゆっくり、ゆっくり、よし、掴めた。このまま、引っ張って……、よし、開いた!
なんとかカバンを開けると、待望のスマホと対面できた。
良かったー! これで人とコミュニケーションが取れる。これは生き延びるための大きな第一歩だ。だけどもうぬか喜びはしない。スマホを使うにはまだまだチェックポイントがある。
タッチパネルは反応してくれるかな。というか、先に顔認証か。顔の形は変わってないから大丈夫だと思うけど。
傾けると顔認証画面になり、すぐにロックが解除になった。そして右手の人差し指で画面をスライドさせる。良かった、スマホは問題なく使えそう。カバンみたいにてこずったらどうしようかと思ったけど、人間だった頃のようにきちんと反応してくれて一安心だ。
ええと、バッテリーは70%か。いくつかのアプリに通知マークがあって気になったけど、それは後だ。バッテリーが先。70%なら全然余裕だけど今は非常事態だし、念のため充電しながら使おう。モバイルバッテリーは家で充電してまだ使ってないから、スマホだけで大丈夫だよね。学校でのスマホの充電は本来は禁止されてるけど、今は仕方ない。非常事態だもん。幸い机にコンセントがあったので、ここで充電できそうだ。
あれ? 嘘、また?
カバンから充電ケーブルを取り出し、スマホに挿そうとしたけど、うまく挿さらない。嘘でしょ、こんなことで無駄な時間食ってる場合じゃないんだけど!
何度か試してようやく入り、そしてコンセントの方でも同じような苦戦を強いられてしまった。このゾンビの身体は、小さいものを掴んだり、小さいものに何かを入れたりするのが難しいみたいだ。身体が自由に動かないってホント困る。
生き延びるためには、歩く以外にもたくさんリハビリが必要ってことか。前途多難だなぁ。