規格外の魔法技術
クラスに入った俺は授業というやつを初めて受けたが、言っている内容はハチャメチャなものだった。特におかしいのは、魔法理論だ。明らかに間違っているのだが、それをおかしいとはだれも思っていないらしい。俺は意見しようとも考えたが、面倒なことになりそうなので黙っておいた。
休み時間になって、先ほどの評価試験を見ていたという生徒たちから茶化されたが、そんなことより俺はレミに興味があったので、彼女に話しかけに行った。
「なあ、ちょっといいか」
「……いいわ」
俺は彼女を連れだして、人がいない階段の踊り場あたりで話をすることにした。
「びっくりしたよ。まさかお前がこの学校に通ってるなんて」
「ええ。私も驚いたわ。まさかこんなところで再会するなんてね」
「この学校に通ってるってことはレミは貴族の家柄だったのか?」
「ええと、それなんだけど……実は私、名前がレミじゃないのよ」
「ええ!? なんで?」
「私が貴族であることをあまり気づかれたくなくて。それに貴族は見知らぬ人にみだりに名前を教えない風習があるから、あの時は咄嗟に嘘をついちゃったの」
「そうだったのか。それじゃ本当の名前は?」
「リリアよ。リリア・レオンハート。嘘をついてごめんなさいクオン。改めてよろしくね」
「ああ、よろしく」
俺とレミ改めリリアは握手を交わした。しかしどうにもおかしい。俺たちの手の上に第三者の手が置かれている。俺は咄嗟に横を見ると、いつまにやらルナフレアが立っていた。
「なんでルナフレアがここに?」俺は動揺しながらもそう尋ねる。
「なんでって、私はクオンについていく。それだけ」
「それだけって、お前な……」
ルナフレアは表情を変えずに淡々と言葉を告げるだけ。
リリアは彼女の登場に驚いていた。
「S級冒険者のルナフレア、さん。クオンと仲がいいの?」
「ルナフレアでいい。別にクオンと仲良くはない。けどついていくと決めた。それだけ」
「そう。リリアよ、よろしくね」
「よろしく」
リリアとルナフレアも握手を交わした。仲良くないってそんなキッパリいうなよ。
「それにしてもさっきの評価試験、災難だったわね」
「リリアも見てたのか。やっぱり俺って弱いのか?」
「弱いというか『変』ね。すべてが基本から外れていて普通じゃない。だから最低点だったのでしょうね。でも内容だけを考えれば規格外だわ」
「どういうことだ?」
「まずゴーレムはあらゆる攻撃を吸収する土属性召喚魔法。水属性の魔法なんかには弱いけど、打撃には無敵。それが常識よ。だけどあなたはそのゴーレムを素手で壊した。これはあり得ないことだわ。みんなは色が変わっていないことを馬鹿にしてたけどね。あれは貴族じゃないものにそんな力があるはずないという先入観が目を曇らせているのよ」
「あり得ない、って言われても普通に殴っただけなんだけどな」
「それに、魔法もおかしいわ。魔方陣を使わず詠唱も唱えず、それでいてマトどころか台座すら燃やし尽くす威力。理屈がわからない。常識外れなのよクオンは」
リリアは困った様子でそう言った。彼女の話を聞いていると、俺が変な気がしてくるが、俺からしたらおかしいのはそっちなんだけどな。
「ルナフレアもそう思うか?」
「ん。リリアに同意」
「そうか。そういえば、リリアも貴族なのになんで先入観とやらはないんだ?」
「ああそれは私に魔法の才能がないからよ。だからそういう風に見られる人の気持ちが分かる」
「才能がない?」
「ええ、魔法が全く発動しないの」
そんなことはあり得ない。なぜなら基本的に人間には必ず魔力があるからだ。魔力の多寡はあるにせよ、魔力がゼロというのはありえない。魔力がないと人は生きていけないとされている。事実無理やり魔力を吸い取られた人物が『魔力欠乏症』という症状になりそのまま死んだ事例があるとじっちゃんが言っていた。だから魔法が発動しない状況はあり得ないのだ。
「そんなことはあり得ない。周りにはなんて言われてるんだ?」
「魔法医師にも診察してもらったけど、先天的に魔力が無いと言われたわ。そういう人はたまにいるらしいの。特に貴族には昔からいて魔無しと呼ばれてた。このクラスには私ほどじゃないけど同じような診断をされた人が沢山いるわ」
「そういえば、ルナフレアも魔法は苦手なんだよな」
「うん」
もしかして……俺はそう思った。
俺は今まで俺の考えがおかしいと考えていたけれど、一旦こいつらが間違っていると仮定して考えてみると、いろいろと見えてくるものがある。
それが真実なのだとしたら、話は全く違うものになってくる。
「わかった。放課後とかって演習場は使えるのか?」
「使えるわ。私たちのクラスの演習場はボロボロだけどね。なんで?」
「それは放課後になったら教えるよ。じゃあ放課後は俺と一緒に演習場に行ってくれ。ルナフレアも」
「まぁいいけど」
「了解」
こうして俺は二人と放課後に会う約束をしてその後も退屈な授業を受けた。
ようやく放課後になり、俺たちは演習場に向かった。
「で? 何するの?」リリアはそう言う。
「お前らの常識をぶち壊す」
俺はそう言った。二人は困惑している。
「とりあえず何も聞かずに俺の指示に従ってくれ」
「まぁ、いいけど。何をすれば?」
「まず、魔法陣は使わない」
「え? でも魔法陣は――」
「まぁまぁ、いいから。魔法陣は使わない。正確に言うと、魔法陣は実際には描かない。そして、詠唱も使わない。その上で魔法を使ってもらう」
「え、詠唱もって……そんなの不可能だわ」
リリアは驚愕の表情をしている。
「リリア、やるだけやるべき。私もやるから」
ルナフレアはどうやらやる気らしい。ワクワクした顔でルナフレアがリリアにそう言うと、リリアもやる気になってくれたようだ。
よし、時間はそんなにない。さっさとやろう。
「今回使うのは火魔法のファイアーボールだ。まず、体の中心に頭の中で火魔法の魔法陣を描くんだ」
「頭の中で……?」
「難しいかもしれないが、まずこれが出来ないといけない。理屈は後だ、やってみて。最初は眼をつぶるといいかもしれない」
そういうと、二人とも目をつぶって集中し始めた。
少し待っていると、二人とも変化を感じたようだ。
「な、なんか変な感じがするわ」
「うん。私も、体が熱い」
「それは身体中に魔力が行き渡っている証拠だ。いいぞ、見立て通りやっぱり二人ともセンスが良かったみたいだ」
この工程は苦手な人はあまりうまくいかない。俺も小さい頃はなかなか苦労したものだ。
よし、次のステップだ。
「じゃあ、次はその熱さを利き手に集中させるイメージを持つんだ。熱さを手へと移動させろ」
「熱さを手に……あっ、駄目だわ。途中で熱さが消えてしまった」
「そしたらやり直しだ」
リリアはあまり上手くいっていないらしい。まあこの作業はさっきのよりも難しいからな。
そう思ってルナフレアを見ると、
「出来た」
平然とそう言っていた。
凄いな。これは元々馬鹿力を出せて魔力伝達が上手いルナフレアには簡単な作業だったか。
「そしたら熱くなっている手のひらに魔法陣を描くイメージを持つ。もちろんここもそうぞうりよくだ。後は心の中でファイアーボールの詠唱を唱えてみろ」
「頭の中で……こう?」
ルナフレアの手のひらから炎が現れた。それは評価試験で見た弱々しいものではなく、まっすぐと標的に向かって飛ぶ勢いのある火球だった。
そのまま火は狙った壁へとぶつかって、壁を少し削ると消滅した。
ルナフレアも、リリアも、その光景を見て唖然としている。言葉が出ないらしい。
「どうだ? 出来ただろ?」
俺が笑いながらそういうと、ルナフレアは全力で首を縦に振って頷いていた。その後楽しくなったのか、ひたすらファイアーボールを放っていた。魔力無くなっても知らないぞ。まぁ魔力多そうだから大丈夫だと思うけど。
後はリリアだけだ。しかし、リリアはそれから魔力伝達の練習をし続けたが、上手くいかなかった。
体力的にもヘトヘトになったリリアは遂に座り込んでしまう。
「はぁはぁ……やっぱり私才能ないのかしら。はぁ……ん? あれ、出来てる! 手に魔力が集まってるわ!」
「そのまま手のひらに魔方陣を描くイメージだ!」
「イ、イメージイメージ……あっ出た! ――ってええ!?」
リリアの手のひらから発生した火球はルナフレアの放ったそれより遥かに大きかった。とはいえ全く制御出来ていないのか、火球はあらぬ方向へと飛んでしまっている。そしてその火球はまるでブーメランのようにリリアの方に戻ってきてしまった。
「避けられないっ……!」
リリアは咄嗟に体を守るように防御の構えをした。とはいえあれがぶつかったら疲弊しているリリアはただじゃすまないだろう。
ということで俺は、リリアにぶつかりそうになる直前に同程度の大きさの水魔法ウォーターボールを放ち、ファイアーボールを消滅させた。一気に火を消したせいで辺りには水蒸気が舞っている。
リリアは自分が助かったことに気づくと、嬉しそうに笑い始めた。
「なんで笑ってんだ? 危なかったってのに」
「だって、ねえ私、魔法使えたんだよ! クオン、ありがとう!」
彼女は笑いながら涙を流し、俺に抱き着いてきた。俺もいつもなら美女に抱き着かれて浮かれているはずだが、今回はそっと頭を撫でたのだった。
物語が徐々に動き出します
作者のやる気はブクマと評価で上がります!
続きが読みたいと思われたら是非よろしくお願いします!!