逆襲の前夜
よくわからん奴らからヤジが飛んでくるなか、俺とルナフレアは教師に言われる通りに試験を行うことになった。ちなみにここまで同行していたアーノルドは用事があるらしくどこかに行ってしまった。
まずは簡単な基礎身体能力からだ。土魔法によって作られたゴーレムを相手に打撃の威力を調査するらしい。ゴーレムは柔らかい土で出来ており衝撃を吸収すると、茶色の土が変化する。茶色、黄色、桃色、赤色の順に攻撃が強いと変化していく。最初に行うのはルナフレアだった。
男子どもからの黄色い声援は無視して、彼女は構え、
「えい」
殴った。鈍い音がした。ゴーレムは苦しそうな顔をしてどんどん色を変えていく。黄色、桃色、赤色、そしてなんと赤色に到達した。場は一斉に静まり返り、教師は口を閉ざした。
凄い! 最高レベルの赤色に到達したぞ。つまりルナフレアは相当な腕力と魔力制御能力を持っているということだ。通常自身の身体能力を上げるには身体強化魔法が一般的だが、もっと基礎的なところで体内の魔力を一点に集める方法がある。これを使えば、制御が上手い人によってはルナフレアのようにバカ力を出すことが出来るのだ。
あれ……? でも俺あいつに腕相撲で勝ってるんだよな……なんでだ? あの時はもしかして緊張で魔力制御出来ていなかったんだろうか。きっとそうだな、俺があげるって言った推薦状を勢いで断るような子だし。
「す、素晴らしい! 流石S級冒険者!」
教師は我を取り戻したらしくルナフレアをべた褒めだ。
もはや俺の事なんてどうでもいいらしい。その後盛り上がりが少し収まってから、やっと俺の番が来た。
「ええと、クオン君は冒険者ではなく、貴族でもないのか。どこの出身?」
教師はそう言った。
なんで都の人は出身を気にするのだろうか。そこまでして田舎差別をしたいのか?
「ニルバーナ島、ですけど……」
俺は田舎出身なのが少し照れ臭いので、控えめにそういった。すると盛り上がっていた演習場が一気に静まり返る。
え? なに? 俺何かおかしいこと言った?
そう思っていたら、
「「「「ぎゃははっはっははっは」」」」
突然皆が一斉に笑い始めた。
なんだ? 何がおかしい。そんな笑うほど田舎なのか!?
「特待生はギャグセンスだけはあるみたいだぜ!」
「ひー腹いてえ」
「ありえないよねー」
「ニ、ニルバーナ島ってお前、今時そんなギャグあるかよ」
どういうことだ?
困惑したまま周りを見ていたら、ルナフレアも驚いていることが分かった。良かった彼女は笑っていない。
「な、なんでみんなこんなに笑ってんの?」
俺は彼女にそう尋ねる。
すると彼女は少し困惑した表情を見せた。
「なんでって……ニルバーナはおとぎ話に出てくる島よ。実在しない島。あなたがそんな突拍子もないことを言ったからみんな笑ったんだと思う……たぶん」
「お、おとぎ話……」
俺の故郷がおとぎ話? これは何の冗談だよ。
でも今のこいつらにそんな反抗しても無駄そうだな。
「ニルバーナ島出身なら伝説の戦闘民族の力を見せてみろよーぎゃはは!」
「そりゃいい! 神話級の魔物も腕一本で倒せるんだろ!」
「外海の海も泳いで渡れるんだってな!」
な、なんだその噂は。伝説の戦闘民族? 聞いたこともない。島には魔物なんて一体も出ないし、外海にはさすがにいかだが無いとたどり着けないだろ……。
「静かに! ごほん……クオン君もあまりふざけないように」
教師は半笑いの顔で俺にそう言ってきた。
一回もふざけてないんだけどな……。
まいいや。気を取り直して、試験に臨むか。茶色に戻ったゴーレムに向かって俺は拳を構える。せめて黄色には変わって欲しい。いくぜ!
「せいっ」
俺は踏み込んで思い切り拳を打ち抜いた。しかしすぐに違和感に気づく。
あれ?
俺の拳は、綺麗にゴーレムの腹を貫通して、反対方向からひょっこりと顔を現わしていた。
ゴーレムの色を見てみると、茶色から変わっていない。
「おいおいおい! 色変わってねえじゃん!」
「茶色のままのやつなんて初めて見たわ!」
「いやでもあれ? ゴーレムの腹に穴が開くのってすごくね?」
「ばーかゴーレムに穴なんて開くわけないだろ。あれは魔法の不具合だよ」
「そ、そうかな……そーだよな!」
再び、嘲笑の声が俺に届いてきた。
やばい、めちゃくちゃ恥ずかしい。今すぐ島に帰りたい。
俺はずーんと落ち込んだまま、教師の方を向く。
「ゴーレムはどんな衝撃も吸収するはず……穴が開くなんて聞いたことないですが、色が変わってないことがすべて! クオン君は最低点ですね」
「マ、マジかよ」
最低点。自分に才能がないのはわかってたが、面と向かって言われるとショックだな。
その次は魔法力のテストだった。用意されたマトに攻撃魔法を当てるというものだ。
ルナフレアが前に出る。彼女は驚くことに空中に魔法陣を描き始めた。ええ!? 魔法陣!?
「ファイアーボール!」
そう言って彼女は炎の球を放った。それは弱々しいものだったが、マトまで辿り着いてちゃんと燃やした。
観客の反応を見ても先ほどと比べ驚く様子はない。つまり至って普通ということだろう。
だけど俺はバリバリ違和感を感じていた!
魔法陣は自分の魔力が極端に少ない人や、子供が補助的に扱うものだ。自然から魔力を拝借し自分の魔力と練り合わせて発動させる。普通の魔力の人が魔法陣など使ったら、体の中で二つの魔力が反発しあってロクな力を出せない。
魔法陣を借りるほど魔力が弱い人など成人ではあまりいないから、ルナフレアはよっぽど魔力が少ないのか!? でもあれだけ身体能力を上げられるのにそんなことがあり得るのか?
俺は数々の疑問符を浮かべていた。
そして俺の番が来る。教師の合図とともに、俺は無詠唱でファイアーボールを放った。
火球は一直線にマトへと向かい、マトを支える台座ごと焼き尽くした。よし、これなら及第点だろう。
「台座が、燃えた……? あれって下位魔法のファイアーボールじゃないのか?」
「でもあいつ魔方陣書いてなかったぞ! 常識も知らねえのか?」
「確かに。初心者がよくやる魔法暴走じゃないのか」
「特待生は初心者レベルってことか!」
いやいや、流石に初心者レベルは抜けられてると思うんだが。
そう思って教師を見たが、あまり良い顔をしていない。
「詠唱を唱えていないのは美しさに欠けますね。それに魔法陣を描いてませんね。それで何故魔法が発動するのかわかりませんが、魔法の基礎もわかっていないようだ。最低点です!」
「ええ!?」
な、何を言っているのかわからない。正気か?
詠唱を唱えている間に少しの隙が生まれるだろう。もちろん古代魔法なんかは詠唱が必要だけどさ。
これが都会の常識なのか? わけがわからない。
俺の言い分は言うだけ言ってみたが聞いてもらえそうもなく、評価試験はそのようにして終わりを告げた。
どうやら俺の意見が聞かれないのには貴族ではないからというのも大きいらしい。ルナフレアにはS級冒険者という肩書きがある。つまり肩書きのない俺には説得力がないという事だ。
「では、ルナフレアさんは最高クラスのAクラスに。クオン君は最低クラスのZクラスです」
最終的にはそんな評価を受けた。
さ、最低クラス……Zってなんだよ。どんだけクラスあんだよ。そんな風に思っていたが、クラスはABCとZの四クラスしかないようだ。嫌な予感がするぞ。
そのまま俺たちは教室に連れて行かれるはずだったのだが、ルナフレアが待ったをかけた。
「私、クオンと同じZクラスを所望するわ」
そう言ったのだ。
教師はわけがわからないと言った顔をしている。
「な、何を言ってるのです。確かに下のクラスに行く事は制度上問題ありませんが、メリットが何もありません。騎士団に入る事も難しくなりますよ!」
「それは嫌、だけどなんとかする。私の勝手」
その後も教師はなんとか説得を試みたがルナフレアは折れず、結局彼女も俺と同じZクラスになった。
何考えてんだろルナフレアは。
そうして俺たちは教室へと連れて行かれた。城みたいなでかい学校なのだから教室も大きいのかと思っていたのだが、予想の斜め下を行くものだった。
まず俺たちZクラスは真新しい城のような建物ではなく、廃墟のようなボロボロの建物だった。敷地の端の方に木々に覆われている廃墟。二階建てのようだが床は今にも抜けそうだ。
こうして辿り着いた俺たちのZクラスには15人程度の生徒たちがいた。俺たちを案内してくれた人はそそくさと出て行ってしまった。
「ようこそ。ドロップアウトな教室へ。少年少女」
担任らしき無精髭を生やした男が、タバコをくわえながらそう言った。あんまり行儀は良くなさそうなクラスだな。俺向きだ。
クラスを見渡した時に、見知った顔があることに気づいた。金髪で美少女。レミだ。ここの生徒だったのか!
「よっ! 久しぶり!」
俺は彼女に遠くからそう呼びかけたが、彼女は恥ずかしそうに俯くだけだった。
ふふ、面白くなってきた。ここに伝説の酒を持った奴がいるのかはわからねーがやってやろうじゃねーか。
俺は心の中でそう誓うのだった。
次話からクオンの逆襲が始まります。
作者のやる気はブクマと評価で上がります!
続きが読みたいと思われたら是非よろしくお願いします!