わざと負ける
水渕 成分様からレビューいただきました!
感激!!
腕相撲大会はそのまま進行していき、俺は徐々に気づき始めていた。
こいつら、弱い!
初戦の前回覇者に全く手応えを感じなかった時からおかしいと思って、身体強化の魔法を解いたが、それでもこいつらは弱すぎるくらい弱かった。
どういうことなんだ? もしかして彼らは鍛えてもない一般人なのだろうか? でも見た目は筋肉がありそうに見えるんだけどな……。
そのままあれよあれよと勝ち進み、なんやかんやで俺は決勝戦へと進んだ。
「さあさあ、なんという波乱の展開! まさか前回覇者が一回戦で負けると誰が予測したでしょう! 決勝戦は、S級冒険者のルナフレアと、旅人のクオンです!」
よし、ここまでは順調だ。あとは簡単な話だ。負ければいい。そしたら二位でお酒が手に入る。完璧な算段だ。
相手のルナフレアというのは女だった。青い髪を後ろでまとめて縛っている。少しつり目がちだが、鋭い眼光で俺を睨んでいた。闘志全開って感じだな。
それにしても可愛いな。レミも可愛かったが、ルナフレアも相当だ。胸はそんなに大きくないが、とても美しい体つきをしている。
じーっと彼女を見つめていたら、あっちがさらに睨みつけてきた。
「負けない……!」
宣戦布告されたが安心してほしい。君は負けない。何故なら俺は負けたいからだ。
そういえばS級冒険者とか言ってたけど、S級ってつまり強いってことだよな。あまり冒険者の制度は知らないが、レミもA級が云々とか言ってたし、たぶんS級は相当強いはず。これなら負けやすそうだ。
俺たちはテーブルの前について、互いに手を握り合う。
おおー、女の子の手だ! やった! このままずっと握っていたいな。
そんな事を考えていると、
「はじめぇ!!」
勝負が始まった。
さて、ルナフレアといえば頬を思い切り膨らませて顔を真っ赤にして力を入れている。さっきまでクールな感じだったのに、これはこれでギャップがあって可愛いな。
「な、なんで……? う、動かない……!?」
ルナフレアが驚愕している。
あ、見惚れてて負けるの忘れてた。俺の手はスタート地点から微動だにしていない。
それにしても全然力無いなこの子……S級冒険者って言ってたけどきっと魔法特化なんだろうな。
「あ、あり得ない……はぁはぁ」
ルナフレアは息切れをし始めている。
おっとまずい、手の感触を楽しみすぎた。そろそろ負けとくか。そう思って俺は腕をわざと負ける方向へと曲げ始めた。
観客が一気に沸く。よし、あとはこのままの流れで行こう。そう思っていた時、俺の後頭部に観客席から投げられた石ころがぶつかった。
「いてっ! 誰だ今石投げたやつはこら!」
俺は思わず後ろを振り返る。その瞬間、
「勝負あり!」
審判からそう言われた。
「え?」
俺は訳がわからぬまま、前へと向き直ると、負けようと思っていた俺の腕がルナフレアを打ち負かしていることに気づいた。どうやら石投げの犯人に起こった時に、反射的に力を入れてしまったらしい。俺は呆然とする。
おいおい嘘だろ、S級冒険者って強いんじゃないのかよ。なんでどうやったらそれで負けるんだ。だいたいこの大会強いやつ誰もいなかったけどどうなってんだ。最初に前回覇者がオブジェ化した時点でおかしいとは思ってたけどさ。あれはさすがに調子悪かったんだよな? だってじっちゃんもマサルさんも外海には化け物みたいなやつらが沢山いるって言ってたし。いやまあよく考えたら、島で力比べしたら誰かはオブジェ化してたしこんなもんなのかな。俺が運よくオブジェ化しなかっただけだよな。
もし本当にみんながあんな実力だとしたら、俺が強いってことになる。俺が強い? いやいやないないあり得ない。あんだけ島では弱い弱い言われてたんだから。
でもじゃあなんで俺勝てたんだ?
観客たちも俺が買ったことに懐疑的なようだ。俺自身だって懐疑的なんだから仕方ない。
「あのークオン選手?」
「へ?」
「優勝した感想は?」
考えるのに夢中で司会に話しかけられているのに気づいていなかったようだ。
優勝。優勝ね、まあ今はとりあえずごちゃごちゃ考えず優勝したことを喜ぶか。
「あーそうですね。優勝できて光栄です……ん?」
あれ? 優勝? 優勝……いや優勝したらダメじゃん! 俺の目的は二位のお酒じゃん!
一位の賞品なんだっけ。騎士団への推薦状? いらねええ! 燃やすくらいしか使い道ないだろ。
ちょっと待て。どうしようか。
「あのーすいません」俺は司会者に尋ねる。
「なんです?」
「二位のお酒と推薦状交換してもいいすか?」
「は?」
「「「はあ???」」」
選手たちと観客たちがシンクロしてそう言った。
そして一斉にブーイングが始まる。こりゃどうにもならなそうだな。
本人に直接交渉しよう。そうおもって、ルナフレアに話しかける。
「なあルナフレア、でいいんだよな? 推薦状欲しいならあげるからお酒くんない?」
「え……いいの?」
ルナフレアは明らかにうれしそうな顔をしていたのだが、それを許さない者たちがいた。観客や選手たちである。
「ゴラァ! S級冒険者がそんな施し受けるわけねえだろが! ぶっ殺すぞ!」
「どうせ違法魔薬でもやってんだろ! このインチキ野郎!」
「ルナフレアちゃんをバカにすんじゃねえぞ! くそが!」
次々に飛んでくる批判。当のルナフレアと言えば「私は別に……」とか「嫌とは言ってない……」とかぶつぶつと呟いていたのだが、司会者が、
「やはりS級冒険者ともなると敵からの施しは受けませんか! 流石ですね」
と聞いてしまったので、ルナフレアは
「も、もちろん……」
と涙目で答えていた。欲しかったんだな……推薦状。
観客たちはそんな彼女に拍手と激励をする。俺は完全に悪者扱いだ。
S級冒険者って大変なんだな……いや俺も賞品貰えないと困るんだけどさ。
なんやかんやで授賞式は進んでいき、高級酒の正体が明らかになった。『ロルカの口づけ』というワインだった。二位だとしてもいらなかったというわけだ。俺は盛大にため息をつく。
俺も推薦状という名の紙きれをもらった。とはいえ流石に上等な紙を使っているようだが、俺には必要のないものだ。その場でビリビリに破り捨ててやろうかとも思ったが、これ以上目立つのも恥ずかしいのでやめておく。後で捨てよう。
優勝したはずの俺なんかより、明らかにルナフレアの方が拍手を受けていて、俺は皆がそっちに注目している間に、こっそりその場から離れることにしたのだが、誰かに肩を掴まれた。
びっくりして振り返るとそこには高そうな服を身に纏った男がいた。一人で他に仲間はいないようだ。
「やあ、優勝者がどこにいくんだい」
「あんた誰だ?」
「騎士団の一人さ」
まじかよ。甲冑着てないからわからんかった。
厄介なことになりそうだな。
「ちょ、ちょっと用事があるんで」
「まあまあ。折角推薦状をもらったんだ。騎士と話して損は無いだろう」
どうやら逃がしてくれそうにはないらしい。
「なんのようだよ」
「実は偶然近くにいたものでね。優勝者には騎士団の推薦状が与えられるというから見ていたんだが」
そうか。この人はさっき大広場にいたのか。
「S級冒険者のルナフレアちゃんが勝つかと思ったのに、まさか君のような青年が勝つとは思わなかったよ。クオン君だっけ」
「はは、まぐれだよまぐれ」
実際俺だって何で勝てたのかわからないだからまぐれとしか言いようがない。
「ちょうどいい機会だ。騎士の僕がいるんだから騎士団について話そう」
「面倒だ」
「美味しいご飯おごってあげるから」
「少しだけだぞ」
「ここじゃ話しづらいしほら、ついてきて」
こうして俺はまんまとご飯の誘惑に負けて騎士についていくことになった。
ルナフレア(16):身体強化による圧倒的な腕力が持ち味
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