汚れたおもちゃ
俺はリリアの家に着いていた。
当たり前だが貴族の家なので高そうというかなんというか……。
まぁとにかく俺たちはリリアと共に家の中に入った。
「ただいま帰りました」
リリアはそう言って、親がいるリビングへと向かう。
そこには、少し太り気味の父親と優しそうな美人の母親がいた。
「お帰りリリア。ん? そちらの方々は?」
父親は俺たちを見てそう言った。
「私の学友です。クオンに、ルナフレア」
紹介された俺たちは適当に挨拶をした。
父親の方も俺達にはさほど興味がなかったようで、少しだけ世間話をして話を切り替えた。
「お友達には悪いんだが、今日はお引き取り願いたい。実はタロー殿が今日いらしていてね」
「いいよ、お義父さん。リリアの友達なんだろう? 一緒に話そうじゃないか」
奥の部屋からそう言って現れたのは黒髪で、さえない顔をした男だった。前に広場で見たから間違いない、彼が勇者タローだ。見たところ背丈も俺と変わらないし、筋肉質でもない。じっちゃんのような威圧感もないのでぱっと見では強さが測れない。まあそういうところも含めて強者ってことか……。
さていきなり先制の攻撃を仕掛けてもいいんだが、それだとリリアの親父は俺が勝っても納得しないだろう。つまり正々堂々と決闘を申し込んだ上でやつを叩きのめさなきゃならない。とりあえずは奴の性格を知る上でも雑談でもして様子を見るか。
俺はタローの言葉に甘えて、椅子に腰を掛けた。
「さてあなたはルナフレアだったかな。あなたもリリアに負けず美しいね」
タローはそんなきざなセリフを言う。全く俺の方を見ないことからも、どうやら彼は俺に興味はないらしいことがわかる。
「どうも。それで異世界転生者、タロー。あなたはどうやってこの世界にやってきたの?」
ルナフレアはお世辞などには興味がないらしくそう尋ねた。確かにそれは気になっていた。
この世界ではないどこかの異世界からやってくる異世界転生者。百年に一度だったり十年に一度だったり、その頻度はわからないが、突如現れるというのが通説だ。そして圧倒的な力を持って、世に暗黒をもたらす魔王を倒す存在だと言われている、らしい。らしいというのも俺はそんなもの知らなかったからだ。
俺のニルバーナ島は何故かおとぎ話扱いされているが、同じような話の異世界転生者は現実のものだと認識されている。どうやら異世界転生者は50年ほど前まで生きて存在していたらしい。つまり爺さんとかで生きてる異世界転生者を見たことある人がいるのだ。俺だってここに存在してるのに変な話だ。
「ああ、本当は話しちゃいけないんだが、リリアの友人ならいいか。実はね異世界転生者は王族によって召喚されるんだよ」
「王族に……!?」
「ああ。俺は日本という別世界から来た。いきなり訳の分からない魔方陣が現れたかと思えば、次に目の前にいたのはこの国の王様だったよ。俺を呼び出したのは王様だ」
人一人を別世界とやらから召喚する魔法だと……そんな途方もない魔力を消費しそうな魔法を、王は扱えるというのか。
正直信じられないが、本人が言ってるんだから、何らかの方法があるんだろうな。
「それで、異世界転生者は世界を救えるほどの力を持つというのは本当?」
「S級の魔物、冒険者や騎士と戦ったが今まで負けたことは一度もないね。俺の魔法レベルは正直言ってチートだから」
「ちーと?」
「ま、強すぎるってことだよ」
やはりとんでもない実力を持っているようだ。
「タローは元居た世界に帰りたくないの?」
「最初のころは俺も日本に帰りたいと思ってたが、今じゃそんなことは思わない。ここじゃ俺は最強だからね。欲しいものは何でも手に入る」
「ふーん。なんでも手に入るんだ」
「よければどう? ルナフレアも俺のことを支える一人になってはくれないか? なんでも買ってあげるし欲しいものは全部手に入るぞ」
「それって愛人になれってこと?」
空気などくそくらえ。ド直球なルナフレアの発言。彼女はやはり大事な何かをどこかに置き忘れてしまっているよね。
でも俺はそういうところがとても好きだ。
「あ、愛人というわけじゃ……みんな俺の大事な人さ」
「ふーん。でもタローは愛人が多いって聞いたけど。だってリリアもその一人でしょ? リリアは愛人の中で何番目なの?」
ルナフレアは無表情でとんでもないことをぶち込んでくるな……。
リリアの両親も固まって何も言い出せていない。タローすら少し焦っているようだ。
「あ、あはは。ルナフレアは面白いね。俺は皆を平等に愛しているさ。とはいえここだけの話、一番はリリアさ。他の子たちはその次にすぎない。一番はリリア、お前だよ」
タローはそう言って、リリアの方を見つめた。リリアは引きつった笑いをしている。彼女の父親は嬉しそうだが。
なんだか不穏な空気になっているような……。
「一番はリリアなのね。へえ、けど残念だったわね、タロー」
「……? 何がだい?」
「そのリリアはそこにいるクオンと付き合っているわ。今日はそのことを報告しにきたの。面倒だから私が言ってしまったけどよかったかしら」
な、何いいいい! まさかルナフレアが開戦ののろしを上げるとは……。
先ほどまで涼しい顔をしていたタローだったが、みるみるうちに崩れていった。
「な、何を馬鹿な」
「本当。もうそれはあんなことからこんなことまでやってるとリリアから聞いた」
「あ、あんなことからこんなことまでだとぉ?」
「ええ。なんなら本人に聞いてみれば」
ルナフレアにそう言われたタローは顔を引きつったまま、リリアの方を見る。
「リ、リリア……今の話は本当なのか?」
「私の方からは何も言えません……」
リリアはしゅんとした様子で俺の方をちらりと見た。あ、あれは演技だ……!
さも俺と何かの関係があるかのような巧妙な演技だ! お、恐ろしいルナフレアの振りをアドリブであそこまで完璧にこなしてしまうとは。
さて、ここからは俺の番だ。上手いこと二人は俺に繋いでくれた。
こっちを見ているタローの顔は今にも爆発しそうなくらいプルプル震えている。
「お、おいて、てめえ。なんつったっけ」
「クオンだけど」
「そう、そうだおいクオン。全くふざけてやがるぜ、なあ? おい。なんでこの俺が野郎なんかと話さなきゃいけねえんだよ。ずっと視界から消してたってのによお!」
こいつ俺の事視界から消してたのかよ。通りで目が合わねえと思ったぜ。
「よう、い、一応聞いといてやる。てめえまさかとは思うが、俺のリリアに手だしてねえよな? ああ? 俺がてめえを消す前にさっさと答えろよ。おい」
プルプルと震えているタローの顔を見ていると、ふざけてはいけない状況だとわかってはいるのに、何故か俺は吹き出してしまった。
「あっはっはっは!」
「おい何笑ってんだよ。早く答えろよ」
「くくく。そうだな、だったら答えてやるよ。ああその通りだ、俺とリリアはもうお前が想像つくような事は全てやり尽くしてるぜ! だったらどうするんだよ、ああ?」
「ぶ……ぶっ殺すっ!!」
奴が俺に掴みかかってきそうだったので、俺はそれを避ける。
「こんなところでおっぱじめる気か? やるなら『決闘』だ。外に出ろ」
俺はそう言って、家から出た。
もはやリリアの父親なんかは泡吹いて倒れてしまった。母親の方は割と落ち着いているが、俺たちに口を出す気はないらしい。
決闘については事前にリリアから話を聞いていた。貴族にある風習で、お互いの譲れないものを決闘で奪い合うというものだ。誇りだったり女だったりとその時によってそれは違うみたいだが。
タローの奴も外に出てきた。リリアの家の庭は広い。大魔法でも使わない限りは周りを破壊する事はないだろう。
「この勇者に! 決闘を挑むなんて馬鹿なのか? お前は。まぁいい、決闘だろうがなんだろうが受けてやるよ。勝ったらてめえを殺してリリアを貰う」
「ああ、いいぜ。俺が勝ったらお前はリリアと関わるのをやめろ」
「くく、馬鹿め。俺が勝ってもリリアにはもう関わらねえよ。汚れた女なんていらない! その場で切り捨ててやる」
おいおいおい、まじかよ。こいつ思ったよりもやべえ奴じゃねえか。
万が一にも負けられなくなった。まぁ元々負ける気なんてねえけど。
「さて、お気に入りのおもちゃを壊したんだ。楽には殺さないぞ」
そう言ってタローは邪悪な笑みを浮かべた。
じっちゃん「異世界転生者…懐かしいの」




