独占欲
異世界転生者とやらをぶっ飛ばしてお酒を手に入れることを心に決めた俺は、早速リリアに勇者と戦えないかを聞くことにした。
「い、異世界転生者を倒すって……聞いたことないわ。それに戦うなんて無理よ。彼にはクオンと戦う動機がないもの」
「動機、動機か……」
勇者タローが俺と戦わざるを得ない状況ってなんだ……? タローは4人も妾がいることから相当の女好きだってことがわかる。
「そもそもなんでリリアは妾に選ばれたんだ?」
「少し前に貴族向けに勇者タローのお披露目会が開かれたのよ。この国から出た世界の救世主ってことでね。そんなものがあったから勇者様の気をひこうと貴族の娘たちはアピールしまくりよ。私はあまり興味なかったからご飯ばかり食べてたら、それが勇者様には珍しかったらしくて興味を持たれたの。あと顔が好みだったのもあって求婚されたの。父は大喜びよ」
「へえ。気に入られたってことか?」
「不本意なことにね。私の家によく私と話すためにやってくるしね。そもそも妾なのに正式に結婚式なんてするつもりなんだからおかしいでしょ? ほかの妾にはしてないから嫉妬されてるらしいし最悪よ」
勇者はリリアを気に入ってる……これはかなり使える気がする。
話を聞いてるとどうやらタローは独占欲が強いようだ。自分の妾に手を出そうとした男を必要以上に痛めつけた挙句牢屋にぶち込んだらしい。手を出そうとしただけで出してないのにその制裁は独占欲の表れだろう。
つまり俺はあえてそこをつけば、タローを刺激させられるというわけだ。
「決めたぜ。リリア、俺と恋人になってくれ」
「え……えっ?」
俺がまじめな顔でそういうと、リリアは一瞬で顔を真っ赤にして目をぱちくりさせた。
「あ、あのそういうのは……ちゃんと話しあってからじゃないと……そ、それにお父様に話さないと。そもそも今私は別の人に求婚されてるわけで、あっでもクオンが嫌なわけじゃないというか、むしろ命の恩人だし、話してて楽しいし良いというか……」
これは思考が追い付いてなさそうだな。
「リリア、落ち着け。恋人といっても『フリ』だフリ。恋人になったフリをして勇者を嫉妬させるんだよ。そうすれば独占欲の強い勇者は俺と戦ってくれるはずだ」
「え。あ……フリ……あ、あああはは! そうよね、フリよね。わかってるわよもう!」
「な、ならいいんだけど……そうと決まれば善は急げだ! リリアの家にタローが次きそうなのはいつだ?」
「次はたぶん来週の土曜日だと思う」
「そうか。ならその時に勝負を挑むとしよう。それまでは準備だ」
「け、結局勇者に勝たなきゃいけないんでしょ? 勝算はあるの?」
「今の俺じゃあ無理だろうけど……一つ俺に考えがある。それに関しては俺に任せてほしい」
「わかったわ」
「じゃあ始めよう。作戦名は「結婚ぶっ壊し計画」だ」
「そのままじゃない……まあいいけど」
こうして俺たちは結婚ぶっ壊し計画をひそかに実行することになった。
俺はその日から作戦日までの間、密かに王都から少し離れた山の中で、特訓をすることにした。
それはじっちゃんが言っていた、外海の化け物すら通用する奥義『グラビティホール』。暗黒エネルギーが対象を飲み込み、超重力により最終的には小さな球体にまで圧縮してしまうという超絶魔法。俺はこの魔法が習得できなかった。だからこそ外海に出るのはまだ早いと言われていたのだ。
本番までに五割。せめて三割は魔法を使いこなせるようにしなければ、勇者には勝てないだろう。
その日から、俺の地獄の特訓が始まった。
魔力が尽きそうになる限界まで己の身体を追い込んで、魔法の習得を目指す日々。途中現れるクマや狼なんかをあしらいながら、俺は特訓を重ねた。学校に行くたびに傷だらけになっていく俺をリリアとルナフレアは不思議がっていたが、
俺は何も言わなかった。
そして約束の日がやってきた。
俺は家から出て、学校の門の前に行く。するとそこには既にリリアとルナフレアが立っていた。いつのまにかルナフレアも事情を知ったらしく今回の作戦についていくと言い出したのだ。正直いたところで何も変わらないのだが、リリアが許可したので連れていくことにした。
俺たちは王都の貴族たちが住まう区画へと向かった。
正直俺は不安を感じていた。実は魔法の成功率が三割どころか一割に満たないのだ。
これはかなり賭けになってしまうが、リリアの結婚というタイムリミットがある以上引き延ばすわけにもいかない。まあなるようになれだ。
こういう時は他愛ない話をして心を落ち着かせよう。
「そういえばルナフレアってなんでそうまでして騎士になりたいんだ? 確かに騎士は冒険者の憧れらしいけど、S級までたどり着けた人はそのまま冒険者を続けてるほうがお金も貰えるしいいんだろ?」
クラスメイトの誰かがそう言っていた。S級冒険者は騎士になるよりも難しいと。S級冒険者なら立場も騎士と変わらない程度に扱われるようだし。
だからわざわざ騎士を目指す意味といえば、騎士という称号を手に入れることくらしかないらしい。
「もちろん騎士を目指すのには理由があるわ。実は私は小さいころ一度死にかけている。親と出かけたある森の中で迷子になってしまい、私はうろうろと森をさ迷っていたの。そしたら森の中でとても大きい龍を見つけたの」
「りゅ、龍? 存在してるのか……」
魔物の中でも最上級の強さと知恵を持ち、人と話せるという龍族。
じっちゃんは見れることはまずないし、今も生きているのかもわからないと言っていた。
リリアも驚いているので、これは島だけでなくこっちでも常識のようだ。
「龍は眠っていたわ。小さかった私は恐怖より興味が勝ってしまい、龍の身体を触ってしまったの。問題はその時龍の顎の下に生えてる逆鱗に触れてしまったこと。それで龍は飛び起きて、激怒した。私は幼いながら直観したわ。今から死ぬって。でも死ななかった。捜索してくれていた騎士の一人が私を見つけてその場から逃がしてくれたの。その人は女の人だったけど、私を逃がすために顔に深い傷を負ってしまった。その時決めた。騎士になるって」
「そうだったのか。その騎士の人は今も騎士にいるのか?」
「わからない。騎士の情報はあまり明かされてないから。それに名前も知らないし」
「そうか……よし! ルナフレア、お前が俺についてきたのは自分を変えるためだろ?」
「うん」
「みとけ! 絶対無敵の勇者様を田舎者が倒してみせる! 無理なことなんてきっとないさ。その騎士のように誰かのために戦うことはきっと大事だ! その意思が大いなる力を呼ぶんだ……たぶん」
俺は無理やり話をまとめて自分を奮い立たせるためにそう宣言した。
最後のほうは正直適当だが、ようは勇者を倒せばいいのだ。
俺は武者震いしながら、リリアの家に向かったのだった。
グラビティホール効果:相手は死ぬ




