そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.1
その日、マルコとロドニーは射撃場にいた。
人型が描かれたボードには十発分の銃痕。そのうち三発が人型に命中。しかしいずれも体表を掠める程度で、この傷で標的を行動不能にすることは不可能である。
「ん~……やっぱ、基礎訓練無しだとこんなもんか……」
「ライフルとは勝手が違いすぎて、どうにも……現状、見様見真似で構えているようなものでして……」
「じゃ、まずはそこから直そう。ちょっと構えてみ?」
「はい」
標的に向かって構えるマルコ。
ロドニーはマルコの周りをピョコピョコと動き回り、問題点を探る。
「え~と……うん。基本的には、だいだい良さそうなんだよな。なんでこれで当たらねえんだろ? 本人的には、何が一番違うと思う?」
「武器のサイズと重量でしょうか。ライフルの重さを支えるつもりで構えてしまうので、こう、左肩が前に出てしまって……」
マルコはライフル用の構えを見せる。
支部で愛用していたのは火薬式の大型ライフル。一メートルを超える大型武器と片手持ちの短銃とでは、構えの基本が違いすぎる。
「あ、そっか。ライフルだと上体はナナメになるもんな。その状態で構える癖がついちまってるのか……」
「はい。射撃場では真正面で構えることもできますが、咄嗟に構えると、どうしてもこちらの構えに引きずられてしまって……」
「てことは、アレかな? もっと重くても大丈夫なら……」
ロドニーはアタッチメントパーツのケースを開け、サイレンサーとレーザー照準器を取り出す。
「これつけて、もう一回撃ってみ?」
「この近距離でレーザー照準を?」
「ああ。それでライフル用の構えに近づけて、ポインターだけ見て引き金を引く、と」
「あ、なるほど。それなら照門を覗かずに撃てますね!」
照準器と一緒に手渡されたサイレンサーの意味は聞かずとも理解できる。重量バランスをライフル銃に近づけるためだ。
言われたとおりにアタッチメントを装着し、マルコはもう一度構える。
先ほどよりも自然に、自分にとって楽な姿勢で。
そしてポインターの赤い点をボードの中央、人型の心臓に合わせて引き金を引くと――。
「……あ! 当たりました!」
「だな! やっぱり慣れた姿勢に近いほうが命中率上がるな!」
「しかし、常にこの状態で携帯するわけにもいきませんね」
「ああ、ちょっと大きすぎるよな。開発部のほうに相談してみようぜ」
「開発部?」
「あれ? まだ行ったことないか? 別棟にあるんだぜ。武器とか防具とか、色々作ってくれるトコ」
「ロドニーさんの剣もそちらで?」
「ああ。隊長の銃とかゴヤのナイフとか、全部な。俺、隊長室と開発部に連絡入れるからさ。その間にその辺片付けといてくれよ」
「分かりました」
二人は手分けして段取りを整え、開発部へと向かった。
王立騎士団・開発部。そこは騎士団に数ある部署の中でも、特に風変わりな部署である。
武具・防具・その他装備品の研究開発を行う部署であるため、職員の大多数が大卒一般採用。学歴も入団方法も一般騎士団員とはまるで異なる。そのため王立高校出身者の『同期飲み』や『交流会』に呼ばれることは無く、情報部以上に分厚い謎のベールで覆われている。
そんな開発部を訪れたマルコは、ラボ入室から五秒でこの部署の特異性を悟る。
「銃火器開発担当、ジョリー・ラグー・フィッシャーマンと申します。お話は窺っております。レーザー照準器付きの魔導式短銃でしたら、以前、別の方にオーダーされた際の試作品がこちらに……」
そう言って短銃を差し出す男。この男に漫画的な擬音をつけるとしたら、『ヌヴァアァ……』か『ニタアァ……』になるだろうか。ガリガリに痩せ細っているくせに、頭皮も顔も異様に脂ぎっている。油汚れでベタベタに曇った眼鏡を無駄にクイクイ直しながら、男は得意気に話し始めた。
「魔導式短銃『インヴィンシブル』。重量は4.5kgと少々重めですが、片手持ちの短銃でありながら最大射程距離1000mを実現いたしました。照準補正性能は10m以内ではx軸5cm、y軸15cm。最大射程時ではy軸15mまで補正実証済み。超小型魔導変性原子炉を搭載したことにより、理論上は銃本体が壊れるまでの無限連射も可能です。開発中にオーダー主が殉職したため、現状、誰の癖にも合わせていない『素の状態』で研究が止まっております。ですので、この銃は王子のデータを読み込むことにより、さらに性能を引き上げることも可能でして……」
だから早く試し撃ちを!
さあ早く!
さあ、さあ、さあ!
という言葉が聞こえるはずはないのだが、マルコの視界に映るジョリーは、顔の周りに大量の文字列を出現させている。
この現象は一体なんだ?
そんな思いを顔いっぱいに表すマルコに、ロドニーがそっと耳打ちする。
「お前にも見えたか? 研究者ってのはな、ある程度の域に達すると謎のオーラが出るんだ」
「謎のオーラ、ですか?」
「ああ。レベルが上がるほど一般人にも見えるようになるんだ。素人の俺たちにも見えるくらいだから、ジョリーの研究力は、どれだけ少なく見積もっても53万……」
「ご、ごじゅうさんまん……っ!?」
その数字が何を意味するのかは不明だが、なんとなく凄そうなニュアンスは伝わった。二人はジョリーに案内され、開発部内の射撃場に足を踏み入れる。
と、そこで予想外の顔を見た。
「あれ? ゴヤ、なんでここにいるんだ?」
「あ、先輩、マルちゃん! どーも!」
「ゴヤッチも武器の調整ですか?」
「そーなんスよ。この間ので無茶な撃ち方しちゃったんで、メンテナンスに……」
そう答えるゴヤに続き、ジョリーが解説を入れる。
ゴヤは霊的能力者であるため、対霊戦闘専用魔弾、《サンスクリプター》を使わずとも霊と接触できる。しかし、そのせいで魔導式短銃には余計な負荷がかかってしまう。銃本体に《サンスクリプター》が二重に作用したような状態になり、内部回路が焼き切れてしまうのだ。
今回は軽い焦げ付き程度で済んだものの、もしも戦闘中に焼き切れていたら――。
ジョリーの話が一区切りついたところで、ロドニーが言う。
「な? 魔導式短銃が壊れることもあるんだぜ? お前も無茶な戦い方すんなよ?」
「はい、気をつけます……」
マルコは先日のゴーレムとの戦いを思い出し、心底反省した。あのときマルコは《銀の鎧》を使ってわざと捕まったが、あのタイミングで魔導式短銃が故障していたら、何もできないまま握りつぶされていたかもしれないのだ。
シュンとするマルコに、ゴヤは明るい笑顔を向ける。
「大丈夫ッスよ! 俺たちが多少無茶してもなんとかなるように、ジョリーが研究頑張ってくれてんスから! ね!」
「ええ、今は魔導整流器と変圧器の長寿命化も兼ねて、ゴヤさんの霊的能力を活かす方向で研究中です。この研究が進めば、ハドソンさんの魔力もそのまま『風属性の魔弾』として発射できるようになるかもしれません」
「マジかよ! 普通に撃つだけで風属性上乗せできるのか?」
「はい。変換・変圧の際に生じるエネルギーの損失も大幅に抑えられるので、一発ごとの火力は格段に上がるはずです。せっかくですから、ハドソンさんも計測していかれますか?」
「もちろん!」
「では、こちらのセンサーを……」
三人は全身に計測用センサーを取り付け、それぞれのブースに入った。
「準備はいいですか? 最初は固定された標的です。心臓を狙って五発撃ってください」
指示通り、三人は真正面の的を撃ち抜く。
五発の弾が全く同じ弾道を描くゴヤ。
おおよそ似たような場所に着弾するロドニー。
一応は狙った的のどこかに当たっているマルコ。
ここで見ているのは射撃精度ではない。全身の筋肉の動きや魔力の使い方のほうだ。ジョリーはモニターに表示される身体データを見て、軽く首をかしげて見せる。
「次はこちらに向かってくる標的を撃ち抜いてください。弾数と狙う場所に制限はありません。標的が目の前で止まるまで撃ち続けてください。五、四、三、二、一……はじめ!」
この標的に人型は描かれていない。接近速度は一般人の小走り程度。一定速度でまっすぐ迫ってくる敵と言えば、田畑を荒らすイノシシだ。マルコはそのつもりで的の中央を狙った。
しかし、ゴヤとロドニーは別の敵を想定したらしい。
狙いを定めず高速連射し続け、的全体を蜂の巣にするゴヤ。
弾数を減らしてでも、下半分だけを正確に狙うロドニー。
それぞれ思い浮かべていたのはゾンビとドラッグ中毒者である。ゴヤは『撃っても死なないモノ』を弾幕で食い止めるつもりで、ロドニーは『治療が必要な中毒患者』を保護するつもりで撃ったのだ。日常的に割り振られる任務が、各員の動作に違いを生じさせている。
「次は動く標的です。ランダムに飛び出します。赤、青、黄色の順で危険性の高い敵だと思ってください」
出現した的は小さな風船だった。下から出現した風船はヘリウムガスでフワフワ浮上していき、上から出現した風船は普通の空気を注入されているのか、ゆっくりふわりと落ちていく。
そして同時に送風機が起動し、射撃場内に風速五メートルほどの風が送り込まれた。
風は突然吹いたかと思うと、次の瞬間にはピタリと止まる。そしてまた不規則に吹き始め、何の予兆も無く止まる。
風船は風の影響を受け、上下左右に立体的に揺れ動いている。
素早く狙いを定め、赤い風船だけを正確に撃ち抜くゴヤ。
得点競争ではないので、ゴヤとかち合わないよう青を狙うロドニー。
風と風船の動きを意識しすぎて、射撃精度そのものが落ちてしまうマルコ。
三者三様の反応に、ジョリーはまたも首をかしげた。
「次は、今と同じ風船チャレンジを一人ずつお願いします。まずはゴヤさん」
「あ、はい」
ゴヤはもう一度、正確な射撃テクニックで赤い風船を撃ち抜く。
赤、青、黄色の順で危険性が高いと説明されたので、その順ですべての風船を落とした。無駄撃ちはない。
「ゴヤさん、照準補正はオンですか?」
「いえ、今はオフの状態ッスけど?」
「なるほど。ゴヤさんの場合、照準補正装置そのものを取り除いて、空いたスペースに予備バッテリーを組み込んだほうがいいかもしれませんね。魔導式短銃の長時間使用はきついでしょう?」
「はい。俺、キャパ少なめなんで。みんなより魔力切れ早いッス」
「では、ゴヤさんは照準補正削除、バッテリー追加……と。ありがとうございます。次はハドソンさん、お願いします」
「おう!」
先ほどはゴヤとの競合を避けたが、今は一人でのチャレンジだ。ロドニーは撃ち方を変え、狙えそうな風船から片っ端から撃ち抜いた。
優先度を無視した分、順番に撃ち抜いたゴヤより終了までの時間は短い。
ジョリーはそんなロドニーの攻撃法を冷静に観察し、しばし考えたのち、こう問いかけた。
「三人同時のチャレンジでは、ゴヤさんとの競合を避けていましたよね?」
「ああ。赤いのを多く落としたほうが勝ちとか、そういうルールじゃなかったからな」
「今はゴヤさんのチャレンジを踏まえたうえで、ミッション終了までの時間を最優先としたのでしょうか?」
「一応な」
「標的の優先度を無視した分、わずかではありますが、危険性の高い敵がフリーになる時間が長くなりました。実際の戦闘では攻撃を受ける可能性が高まると思われます。その場合の対処は?」
「射撃精度じゃ負けるけど、それ以外はだいたいゴヤより上だぜ。よほどの攻撃でなけりゃあ、避けるか防ぐかできるはずだ」
「ハドソンさんも、照準補正はオフですよね?」
「ああ、最初からずっと切ってるぜ?」
「であれば、ハドソンさんの銃も照準補正装置を外しましょう。空いたスペースに非常用の《防御結界符》を組み込むのはいかがでしょう?」
「いや、防御呪符はコートのほうにも入ってるから、これ以上はいい。火力アップの方向で行けないか?」
「ハドソンさんの銃は最初から火力重視の設計です。銃本体が負荷に耐えられなくなりますよ」
「となると、どうしようか? 無駄に空けとくのもなぁ?」
「でしたら、魔導整流器を二つ入れて並列処理させてみましょうか? これまでの半分の時間で撃てるように」
「えっ!? そんなことできんの!?」
「はい。ハドソンさんなら現物をご覧になったこともあるかと思いますが、情報部のターコイズさんの『ヘヴィーゲイジ』は魔導整流器が二十四連になっています。二十四連並列回路を使用することにより、魔力の変換に要する時間を理論上最短の0.1秒にまで圧縮できるため、体感的にはチャージ時間ゼロでの高速連射が可能となっています」
「あー……あのクレイジーガトリング、そんな仕組みだったんだー……」
「さすがに二十四連は組み込めませんが、短銃でも二連までならカスタム可能ですが?」
「じゃあそれで頼むわ! チャージ時間は短いほうが便利だもんな!」
「では、ハドソンさんの銃は照準補正削除、並列回路への換装……と。少々お待ちください。今、仕様書を記入しますので……えーと、このコンデンサはデフォルトパーツの流用で、ここで分岐させてパスコンに……あ、これは別注かな? 追加発注かけるのはこれと、これと……ん? いや、こうなると、間に耐熱樹脂を挟む余地は……まあ、何とかすればいいか。それよりもバッテリーの位置ごと変えたほうが……? いや、しかし、それでも配線が交差することになるな……。全体的にレイアウトを考え直したほうがいいか……」
なにやらブツブツ呟く研究者の姿に、マルコは恐怖にも似た謎の感情を抱いていた。
たったあれだけの時間で、それぞれの特性を見抜けるものなのか――?
魔力量が少ないゴヤと違い、ロドニーに予備バッテリーは必要ない。魔力の消耗が激しくなろうとも、素早くチャージ出来たほうが戦いを有利に進められる。マルコにもそれは理解できた。だが、その理解はこれまでの会話を聞いたうえでのことだ。
さすがはその道の専門家と言うべきか、ジョリーはモニター上に表示される無数の数列から二人の能力特性を見抜き、最適なカスタムプランを提示してみせた。
狙いも悪く連射も苦手な自分は、この男に何を提案されるのか?
なんとも表現しがたい緊張に身をこわばらせ、ジョリーの作業を待つマルコ。
そんなマルコの様子に気付き、緊張するな、落ち着いていけと励ますロドニーとゴヤ。
ジョリーは自分のペースで仕様書を書き終えると、顔を上げて言った。
「では、マルコ王子。お願いします」
「は、はいっ!」
ブースに入り、銃を構える。
ジョリーの合図で一斉に現れる風船たち。
レーザーポインターを目安に次々と標的を撃ち抜いていくマルコだが、どうしても無駄撃ちが目立つ。照準補正装置は正常に作動しているのに、それでも外れてしまうのだ。
ロドニーの倍の時間をかけてもすべての風船を落とすことはできず、ジョリーのコールでチャレンジは中断された。
「ありがとうございます、十分なデータが取れました」
「そうですか……ちっとも落とせませんでしたが……」
「いえ、これはこれで面白いデータだと思います。マルコ王子は、これまで火薬式のライフルを装備されていましたよね?」
「はい。農村での戦闘といえば、相手はイノシシでしたから」
「結論から言います。マルコ王子には、魔導整流器と変圧器は不要です」
「え? いえ、あの、ええと……? 整流器と変圧器が無ければ、注ぎ込んだ魔力を『魔弾』として発射することはできませんよね?」
「はい。人体から発生する魔力は周波数が不安定で圧も低いため、通常でしたら、十分なチャージが行えないことになります」
「私には、それがいらない?」
「ええ、まったく必要ありません」
「理由をお聞かせ願えますか?」
困惑顔のマルコに、ジョリーは当然のことを告げる口ぶりで答える。
「単純な話です。マルコ王子の魔力は非常に安定していて、圧も高い。変換せずともそのまま発射可能です。ゴヤさんやハドソンさんのように、魔導整流器と変圧器を稼働させる必要がありません。照準補正機能をオンにしているのに思ったように命中しないのは、元々高い魔力圧が変圧器で過圧状態にされてしまい、設計時の想定を超えた高出力になったためです」
「過圧状態、ですか。あの、根本的な部分から確認させていただきたいのですが、魔弾装填時に発生するチキチキという音は、それらの装置から発生する音ですよね?」
「はい。発射に必要な魔力を蓄えている段階ですね」
「その装置が不要ということは、装填時間はどうなります?」
「ゼロです」
「先ほど話題に上がった『理論上最短』の方よりも短いということですか?」
「そういう事になります。フフ……クフフフフ……いや、失礼。このような魔力特性の方に出会えるなんて、私は研究者として、最高に恵まれています。マルコ王子、ぜひ、貴方に試していただきたい銃があります。どうぞそのままお待ちください」
「あ、はい……?」
ジョリーは謎の笑みを顔いっぱいに貼り付け、ヌルヌルとした不思議な動きで別室へと消えていった。
その姿を何とも言えない表情で見送った三人は、小声で話し合う。
「なあ、どうでもいい話だけどよ。研究者ってのは、なんでみんなああいう動きになるのかな……?」
「摺り足のくせに、妙に移動が早いんスよね……」
「靴底の減りが早そうですね……」
圧倒的運動不足によって作り上げられたインドア派特有の動きなのだが、幼少期から武術や剣術を教えられてきた貴族や士族に、研究者の筋肉事情は分からない。
しばらくすると、ジョリーは出て行った時と同じく、妙にヌルヌルとした摺り足で戻ってきた。ギラついた目で眼鏡をしつこいほどにクイクイ直しながら、薄汚れたケースをズイッと差し出す。
ケースの中に収められていたのは三丁の銃とアタッチメントパーツ。ケースの内側にも外側にも赤いステッカーが貼られ、誰が見ても『普通の魔導式短銃ではない』と分かる警告文が躍る。
ジョリーは今にも歌いだしそうな声色で、嬉々として話しはじめる。
「魔導式短銃『ネイキッド・デザイア』、『ホットリミット』、『マーメイド』。いずれも制作途中で適合者が殉職してしまい、未完のまま眠っていた銃です。マルコ王子! 貴方の魔力特性であれば、これらの銃を使いこなすことも可能なはずです! この三丁が完成すれば、暴発事故と過労と心筋梗塞で死んだ前任者たちも、地獄の底からお祝いに駆けつけてくれることでしょう!」
だから早く試射をお願いします!
さあ! 早く! 早くやりましょう!
さあ、さあ、さあ……っ!
そんな文字列がジョリーの周囲に浮かんで見えるが、マルコは別のことが気になっていた。
(適合者三人が殉職していて、その開発者も三名死亡……。大丈夫なのか? 本当に、これは、その……大丈夫……なのか??)
言語化できない謎の不安に駆られつつも、マルコはケースに収められた三丁のうち、一番小さな銃を手に取った。
「これは?」
「ホットリミットです。特別小柄で標準装備の短銃でも重すぎる特務部隊員がいたため、例外的に制作が進められたとの記録が残されています。小型・軽量化目的で整流器と変圧器を抜いたものの、出力制御が難しく、開発作業は難航。完成する前に対象者が殉職してしまったそうです」
「では、隣の銃は……」
「マーメイドです。標準装備の短銃から整流器と変圧器を抜いただけですから、三丁の中では一番シンプルな構造と言えます。やはり出力調整がうまくいかず、試射段階から幾度も暴発していました。ですが、まあ、そういう『じゃじゃ馬』が適合者の好みだったようで、不完全な試作品のまま愛用し続けていたそうですが。最終的には暴発で適合者が殉職し、その後の検証作業中にもう一度暴発。その際開発担当者が死亡し、それ以来封印状態です」
「で、では、この巨大な銃は……」
「ネイキッド・デザイアです。アタッチメントパーツでライフルのような形状にも変化させられます。マルコ王子の体格でしたら、難なく構えられるかと」
「この銃は、暴発しませんよね……?」
「はい。これまでに暴発したという記録はありません」
「では、この銃を試させていただきます」
同じケースに収められていたアタッチメントパーツを取り付けると、銃の形状は愛用していたライフルと驚くほどよく似ていた。同じ騎士団の装備品なのだから、デザインコンセプトが似ているのは当然と言えば当然なのだが――。
(これは……なんだろう? なにか、しっくり馴染みすぎるというか……?)
マルコはブースに入り、自然に構えた。
標的の中心を狙い、呼吸を整え、引き金を引く。
発砲音はない。
的に当たった衝突音も無い
全く無音のまま、的の中心に直径10cmの大穴が開いた。
「……この銃は、いったい何の目的で開発された物でしょうか……?」
「暗殺用です。オーダー主は情報部所属の方でしたから。とにかく静かで、遠くから狙えて、分解した状態で運搬できて、一発で確実に仕留められる破壊力を……という開発コンセプトだったようですが?」
「もしやその方は、情報部に異動する以前、東部治安維持部隊に所属されていたのでは?」
「ええと……すみません、こちらの記録ではそこまでは確認できませんが、何かお心当たりが?」
「私が支部で愛用していたライフルも、以前勤めていたどなたかのために特注された銃でした。支部の予算でオーダーした武器であったため、異動の際、自身の装備品として持ち出すことができなかったライフルだと聞いています。この銃は、そのライフルと全く同じ使用感です」
「と、すると、こちらに記録が残されているかもしれませんね。武器の名称や登録番号は覚えておいでですか?」
「正式名称かどうかは分かりませんが、銃身に『ムーンシャインダンス』という刻印がありました」
「検索してみます。ええと……ムーンシャインダンス……と……」
データ計測に使用していた端末で、開発部に登録されている武器の名称を検索するジョリー。しばらくすると、ジョリーは「あっ!」と声を上げ、身振りだけで画面を見るよう促してきた。
ジョリーの肩越しに画面を見た三人は、全員そろって目を丸くしてしまった。
「これは……同一人物ですよね!?」
「体重とか体脂肪率は多少変わってても、それ以外は……ぽいッスね!?」
「マジかよ!? 同じ人間が使ってた武器なのか!?」
画面に表示されているのは二人分の身体データである。一方は火薬式ライフル『ムーンシャインダンス』の制作時に登録された東部治安維持部隊員で、もう一方は魔導式短銃『ネイキッド・デザイア』の使用者として登録された情報部員。写真は無く、名前も伏せられているが、武器の制作に必要な身長、手足の長さ、手のひらのサイズ、種族特性などのデータが完全に一致していた。
ジョリーはこの『二人分』のデータとマルコのデータを比較し、発狂したように笑いだした。
「クッ、ククッ、クハハハハハッ! 最高だ! 傑作だ! いや、大傑作だ! 何かの奇跡か!? 運命の悪戯か!? そんなことがあり得るのか!? 私にこれを仕上げろと!? 神よ! いるなら答えてくれ! これは何のご褒美だ!?」
テンションの上がった研究者は恐るべき速度で端末を操作し、関連資料を表示させていく。
「マルコ王子! この武器は貴方が使うべき武器です! 身体的特徴も魔力特性も、何もかもが元の適合者とほぼ同じ! 貴方なら、この情報部員の使っていたその他の装備品もすべてそのまま、微調整も無しに使用可能です!! さあ、どうぞ! 開発部に残されているこれらの装備品は、王子ならば使いこなせるはずのものばかりです!!」
画面に表示される特注装備品の数々。その数なんと百以上。特務部隊長のベイカーですら十数個しか無いのに、この数は異常だった。
「いや、つーか、おい。誰なんだよ、この情報部員って。なんでここまで特別扱いされてるんだ……?」
「特注品が百超えてるって、いくら何でも凄すぎッスよね……?」
「どのような方だったのでしょう……」
「装備品開発のために録画した映像が残されているようです。見ますか?」
「もちろん!!」
一も二も無く頷く三人。ジョリーはデータベースに保存された映像を再生する。
そこにいるのは二人の男だった。
一人はマルコとよく似た背格好の情報部員で、もう一人はやけに背が高い特務部隊員だ。
二人はそれぞれ計測用センサーを取り付けた状態で向かい合っている。
「では、始めてください」
研究者のものと思われる声。
次の瞬間、二人の立ち位置は入れ替わっていた。
「んっ!?」
「なんだ!?」
「全然見えなかったッスよ!?」
踏み込む瞬間までは見えていた。
すれ違いざまに攻撃したことも分かる。
問題は、その攻撃が『何か』ということだ。
「なんだ、この速さ……てゆーかこの大男の持ってるナイフ、ゴヤのと似てねえか?」
「あ、はい。たぶん同型……いや……これ、同じッスよ……? オリジナルモデルがあったとは聞いたことあるんスけど、まさか、これッスかね!?」
「こちらの方の銃は、『ネイキッド・デザイア』ですよね?」
「だよな? アタッチメントパーツが、ちょっと違うみてえだけど……?」
画面の中の二人の男は、二度、三度と立ち位置を入れ替えている。その都度何らかの攻撃動作が取られているのは間違いないのだが、どうしても視認できない。踏み込み、攻撃前の予備動作、アタックの瞬間、打ち込まれた後の防御からカウンターへの体捌き。すべてが桁外れの速さで、何一つ目視で追うことができないのだ。
情報部員はネイキッド・デザイアのグリップと銃身のパーツを付け替え、ガンソードとして使用している。接近戦でのモーションデータを取る目的なのか、この武器を『銃』として使う気配はない。あくまでも『剣』か『打撃武器』としての攻撃モーションを維持している。
幾度とも知れぬ攻撃の応酬。その間、映像には研究者の「セレストは防御中心で!」「次は逆!」「ディオ君左手使えないつもりで戦ってみて!」「セレスト、後ろに誰か庇ってるつもりで!」などの声が録音されている。
「セレスト? 情報部員だし、コードネームかな?」
「色の名前ッスよね? ってことは、コード・ブルーの所属だったんスかね?」
「あ、セレストって青なのか? どんな色だ、それ」
「ん~? どんなって聞かれると、ええと……?」
「よく晴れた日の、天頂付近の深い空色のことです。『神住まう至高の蒼天』という意味を持つ色名と記憶しています」
「マジか。マルコ物知りだな。まあ確かにこいつの動き、神懸ってるし……」
「名前負けしてねえッスね!」
「この方が、以前の使用者ですか……」
魔力特性と身体データはほぼ同じでも、戦闘能力に違いがありすぎた。使いこなせるはずと言われても、見れば見るほど不可能と思えてくる。
画面の中ではしばらく接近戦が続いていたが、研究者の呼びかけで二人はいったん離れた。どうやら『ディオ君』のほうは、武器を持ち換えるらしい。
「ん? あれ? なんだ? ネイキッド・デザイアが二丁?」
「え? あ、ホントだ! 『ディオ君』も同じの持ってる……?」
アタッチメントパーツまでそっくり同じ。試作品として幾つも作られていたのか、予備パーツで組んだ間に合わせの品か、はたまた同じ外見の別物か。この映像から詳細を知ることはできないが、二人がしようとしていることは明白だった。
白衣の男たちがせわしなく動き回り、二人の身体に何重にも防御魔法をかける。
実験室内にも、これでもかというほど強固な結界を構築していく。
同じ武器同士で、無制限勝負をするつもりだ。
改めて向かい合い、合図を待つ二人。
研究者の「はじめ!」という声と同時に、二人は魔弾を撃つ。
弾の種類は《ブラッドギル》。攻撃性の高い淡水魚の挙動を模した、散弾型の魔弾だ。防御魔法を貫通するほどの威力は無いため、次の攻撃の予備動作として使われたのだろう。
セレストは前進し、ディオはその場を動かない。
真正面からぶつかり合う単純な打撃の応酬。ただし、恐ろしく速くて強い。打撃のみを行っているにもかかわらず、まるで《衝撃波》の魔法でも使っているような、爆音にも似た衝突音が連続する。
この銃は接近戦に対応する強度で設計されているらしい。二人は当たり前のように銃身で殴り合い、時にはアタッチメントパーツやストラップを利用して、トンファーやヌンチャクのような変則的な攻撃動作を織り込んでいる。
マルコは手元の銃のグリップ部分を操作し、トンファーのような持ち手が引き出せることを確認した。
これは短銃、ライフル、銃剣、打撃武器へのトランスフォームが可能な『暗殺用狙撃銃』という、非常に難解な武器であるらしい。
「つーかよ、なんだ? このディオってヤツ、さっきから全く動いてねえぞ?」
「そういう条件でやってるんスかね? 一方的にボコられてるような……?」
「いえ、それにしては何か……あっ!」
「なんだ今の!?」
「魔弾!?」
セレストの攻撃は確かに速くて強いのだが、最高速度のまま動き続けられる人間はいない。呼吸をするため、わずかに手が止まる瞬間がある。ディオはその一瞬の隙を衝き、セレストの腹に何らかの魔弾を撃ち込んでいた。
使用された魔弾は貫通力のある《ティガーファング》でも、破壊力のある《デスロール》でもない。かといって先ほどの《ブラッドギル》とも違う。ほんの一瞬画面に奔った赤い閃光は、呪詛毒の追加効果を持つ魔弾、《レッドスティングレイ》であると推測された。
ディオはこの一瞬を掴むため、あえて攻撃を受け続けていたようだ。
魔弾の直撃を受けたセレストは十メートル近く吹き飛ばされながらも、驚異的な身体能力で体勢を整え、着地と同時にネイキッド・デザイアを構えている。
近距離、遮蔽物のない空間での銃撃戦。
双方、防御魔法を複数展開しながら高速連射を続ける。
「あー……なるほど。防御は魔法で、攻撃は銃でって割り切ってんのか……」
「でもこれ、魔力の消耗激しいッスよ?」
「どちらが先に魔力切れになるか、といったところでしょうか……?」
「おう、そうだな……って、あれ? いや、待て? ディオのほう、片手撃ちだな?」
「あ、そうッスね。何か仕掛けるつもりかな……?」
セレストの体格はマルコとほぼ同じ。ということは、セレストより頭一つ分以上大きいディオの身長は、どれだけ小さめに見積もっても二メートル以上ということになる。
同じ武器に同じアタッチメントをつけていても、腕の長さと筋肉量が違う。ディオは総重量10kgを超えるネイキッド・デザイアを片手で構え、もう一方の手でサイドアームを取り出していた。
「あ! これ、ケースの中のソレじゃないッスか!?」
「確かに! これは『マーメイド』ですね!!」
「マジかよ! ここに来てまさかの二丁拳銃!?」
装填時間ゼロでの超高速連続射撃。これにより、勝負の流れはディオのものとなった。
左手でネイキッド・デザイアの《レッドスティングレイ》。
右手でマーメイドの《ブラッドギル》。
呪詛毒の追加効果を持つ一点突破攻撃と、逃げ場のない散弾攻撃の合わせ技である。セレストは高速射撃と防御魔法で凌いではいるが、すでに《レッドスティングレイ》の直撃を受けている。徐々に体がぐらつきだし、十数秒後、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
勝負はディオの勝ち。研究者たちはセレストに駆け寄り、呪詛毒の解毒魔法を施す。
映像はそこで終了した。
三人はあり得ないモノを見たような顔で、それぞれ視線を交わし合う。
「ヤバいッスよ、セレストって人。《レッドスティングレイ》って、撃ち込まれたらその場でひっくり返るレベルの呪詛毒なのに……」
「二分近くそのまま戦ってたな……。てゆーか、アレだ。あの出力で二丁拳銃ぶっ放し続けて、防御魔法も何度も張り直して、それでも平然としてるディオって奴も……」
「あの、もしかして、このディオという方が『マーメイド』の暴発で殉職された方なのでは……?」
「え? ……あ! そうか!」
「そう……ッスよね!? 殉職したあとの検証作業で研究者も事故死して、それ以来封印状態なんスから……そうッスよね、ジョリーさん!?」
ゴヤはジョリーに話を振るが、ジョリーの脳内はそれどころではない。
ロドニーが『研究力53万』と評したジョリーは、手元の端末を超高速操作して何らかの計算式を完成させようとしていた。
自分の世界にどっぷり浸り、ブツブツと何かを呟き続けるジョリー。今のジョリーに、外界の音声は届いていない。
「近接戦闘に特化した暗殺用狙撃銃ということは、ステルス性能とサイレンサーに内部機構の大半を費やしているはずだ。王子に暗殺任務が割り振られるはずはないのだから、その部分を丸ごと取り外し、代わりに防御結界の構築用呪符を仕込んで……いや、それだけの空間があれば、魔導変性原子炉を導入する余地もある。永久機関による攻略不能の無敵結界の中から一方的に攻撃し続けられるとすれば……クク……クハハハハハハ! 『インヴィンシブル』を超える史上最強の銃が、遠近両用多用途兵器とは! 面白い! ここに私が開発した『インヴィンシブル』の照準装置を組み込めれば、前任者たちの設計コンセプトをはるかに凌駕する至高の魔導式短銃が誕生する!! マルコ王子!!」
「はいっ!」
「脱いでください!!」
「はいっ!?」
「下着も靴下も全て脱いで、全裸になってください! 全身の筋肉にシール式のセンサーを取り付けて、貴方の基本モーションデータを取らせていただきます!!」
「あ、あの、モーションデータを取るということは、今見た映像のような、実戦形式で……?」
「はい! 基本的には同じですが! 現在では当時より高性能な計測機器が多数開発されておりまして!! 素肌にシール式のセンサーを貼り付けることにより、筋力、血流量、魔力量、無意識的に構築する微弱な障壁・防壁の類まで、全身の正確かつ詳細なデータを取得することが可能です!!」
「そ、そうですか……。その……」
ロドニーに救いを求める視線を向けるが、彼は渋い顔をして首を横に振っている。
あきらめろ。俺もマッパにされたぜ。
そんなロドニーの心の声が、なぜかマルコにはハッキリと聞こえた。
マルコはゴヤに視線を移す。彼は両手で口元を押さえ、肩を震わせていた。
「ええと……もしやゴヤッチも、全裸でデータ計測を……?」
「あ、はい。レインとの対戦で計測したんスけど、フルチンでバク転したことなんてなかったから、遠心力ってすごいなぁって思ったりして……ププ……プフッ……」
「……えんしんりょく……」
その絵面を想像するだけで、酷く残念な気持ちになるのはなぜだろう。
せめて下着一枚くらいは残してもらえないものだろうか。
マルコはジョリーにそう言おうとしたのだが――。
「わはははは! どういう話の流れなのかは分からんが、途中からなんとなく聞かせてもらったぞ! 実戦形式でデータを取るなら、対戦相手が必要だよな!?」
ズダーンッと勢いよく扉を開けて入ってきたのは、特務部隊長、サイト・ベイカーである。
三人がなかなか戻ってこないので、気になって様子を見に来たようだ。
隊長ならば、『おパンツ残留交渉』も可能なのでは!?
ベイカーの登場に一筋の光明を見出したマルコだったが、残念ながら、それは希望や救いの光ではなかった。
「ジョリー、マルコの対戦相手は俺でも問題ないか?」
「はい! 基本モーションのデータ計測ですので、全裸でお願いします!!」
「分かった。俺も、以前計測してから五年も経っているからな。そろそろ計測が必要だと思っていたところだ!」
そう言いながら、何のためらいも無くポンポンと服を脱ぎ捨てていくベイカー。
当たり前のようにせっせとセンサーを貼り付けていくジョリー。
笑いをこらえきれず、後ろを向いてしゃがみこむゴヤ。
生ぬるい笑顔で「がーんばーれよー」と棒読みしているロドニー。
この場に羞恥心という概念は無いのか。
必死に表情筋を引き締めようとするマルコだが、耳に残るゴヤのセリフ、「遠心力ってすごい」が全てを薙ぎ払う。
後日、マルコとベイカーはこの日のことを振り返り、こう発言している。
「どうしても内股気味になってしまいました。あれで正しいモーションデータが取れたかどうかは、非常に疑わしいと言わざるを得ません……」
「やはり動きを妨げる物が何もない状態はいいな! 一番正確なデータが計測できたと思う!」
同じ状況に置かれて、どうしてこうも正反対の感想になるのだろう。
マルコはこの一件から、『ベイカーにだけは絶対に勝てない』という確信を得た。そこに含まれる感情は尊敬や畏敬の念とははるかに遠くかけ離れたものではあるのだが、ベイカーに対してはこう伝えている。
「さすがは隊長です。今の私では、隊長には遠く及ばないと痛感致しました」
嘘は言っていない。
しかし、ベイカーのようになりたいとも言っていない。
言葉の内外に多分に含まれた様々なアレコレがベイカーに伝わっているかは不明だが、例え伝わったところで、ベイカーの最強メンタルが何のダメージも受けないことは確実であった。
兎にも角にも、そんなデータ計測から一週間後のことである。
マルコはネイキッド・デザイアの最終調整のため、開発部の射撃場で風船チャレンジをしていた。射撃ブースの外にはデータ画面とにらめっこ中のジョリーがいる。マルコは何気ない会話を振るような口調で、ジョリーに根本的な疑問をぶつけてみる。
「ところで、銃やナイフの名称はどのような基準で決定されるのでしょう? なにか法則のようなものが?」
「いえ、特にありませんよ。たいていは開発者か使用者の好みで決められます。過去に一度も登録されていない、もしくは武器本体が失われていて名称の重複が発生しないのであれば、どのような文字列でも登録可能です」
「変更は可能でしょうか?」
「できません。一度登録された名称は、持ち主が変わってもそのまま使われ続けます。しかし、まあ、カスタムチューンモデルということで、ネイキッド・デザイアのあとにマルコ王子のお名前を追加することならば可能ですが?」
「私の名前を?」
「『欲望全開・王子砲』なんていかがでしょう? 強そうですよ?」
「やめてください」
「いや、全体的な出力が引き上げられているのだから、もっとインパクトのある名称もアリかもしれないな。となると、魔導変性原子炉の存在も、もっと大きくアピールすべきか……?」
「あの、ジョリーさん? ジョリーさん、聞いてますか? ジョリーさぁ~ん!?」
「永久機関の特性を表現し、なおかつ高い火力であることを伝える名称は……インフィニティ……? インフィニティ・ファイアか! 新名称は『欲望全開・無限発射王子砲』! うん! これだ! これしかない!」
「いやいやいや! 全然『これだ!』ではありませんよ!? 本当にやめてください! お願いですから! その名前、なにか方向性がおかしいと思いませんか!? ジョリーさん!? 聞いてます!? あの、ちょ、え……ジョリーさん!? それ、まさか武器名称の登録画面では……えっ!? 登録完了って……ジョリーさあああぁぁぁーんっ!?」
自分の世界に入り込んでしまった研究者に、外界の声は届かない。
斯くしてマルコの銃は『欲望全開・無限発射王子砲』に改名された。
この名称は騎士団長判断で即日『第一級国家機密』に指定され、以降、歴史の表舞台から姿を消す。
その理由を理解できなかったのは、勝手に登録作業を行ったジョリー・ラグー・フィッシャーマン、ただ一人であったという。




