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メソロジア~ブラック・ストーム~  作者: 夢科緋辻
第3章 オカルティック・サマーバケイション編
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第12話 不器用な同類

 花火の準備がある。


 その告知を聞いたのは、ホテル一階にある宴会場で夕食を取っている最中だった。どうやらホテルが厚意で大量の手持ち花火を用意してくれたらしい。元々、夏休みに入ってなかなか会えなくなる友人との思い出を作りに来ていたのだ。ここぞとばかりに多くの生徒が砂浜へと走り出して行った。


 だが、その波に乗れない生徒も存在する。

 とおもその一人だった。


「ふぅー」


 遠江は『女湯』と書かれた赤い暖簾を押しのけて、ホテルの廊下へと出た。

 着ているのは部屋に置かれていたホテルの浴衣だ。せいがい模様が印刷された丈の長い衣装に、赤色の羽織。移動や団体行動で気付かない内に疲れが溜まっていたのだろう。お風呂から上がって部屋着になった途端、心地良い疲労が全身を満たしてきた。


「にしても贅沢よね。あんなに広いお風呂をオープン前だから私達で独占できるんですもの」

「だねー」


 同じくホテルの浴衣を着たかたばねしょうがぽわぽわと気の抜けた返事をする。ふわーっと小さな口を開けて欠伸をしているあたり限界は近そうだ。


「マキちゃん、花火に行かなくて良かったの? こういうの好きだったよね?」

「……今日は、ちょっとね」


 ラクニルを出発した後よりはマシになってきたが、やはりまだテンションは上がり切っていない。それにホテルの部屋で片羽に言われた事もある。夜の砂浜に行って花火を楽しめるほどの元気は残っていなかった。


「そういう翔子は? たかすみ君達はいの一番に向かって行ったけど」

「タカ君は意外と子どもっぽい所があるからねー」


 ふふっ、とやんちゃな子どもを眺める母親のように小さな笑みを零した。


「私は大丈夫だよ、今日はちょっと考えたいこともあるし」

「……それって、夕食前にしてた事と関係してる?」

「うん。少し気になる事があってさ、できる範囲で調べてたの。ほら、博物館ですごい突風に襲われたでしょ? あれから何かずっとモヤモヤが晴れてくれないんだ」


 確かに、異常な風だった。

 四階建ての建築物が揺れるほどの破壊力。それが突発的に、正確に博物館だけを目掛けて吹いてくるとは考えにくい。


「(あれは自然の風じゃない。明確な意図を感じた——それも攻撃的な)」


 何らかの界力術が発動した気配。

 あの場で自分と同じ違和感を覚えたのは、警戒するように周囲を見渡していたきりさわなおだけだと思っていた。界力術の気配を感じ取るには、それなりの経験と技術が必要となる。ラクニルに通う一般生徒が見よう見真似で実行できる芸当ではない。だが、片羽も何か感じ取ったのだろうか。高い精度を持つ『嫌な予感』によって。


「もう明日の夕方には島を出発しなくちゃいけない……だから、その前に真相を確かめないと。じゃないと『あの子』を助けられない」

「あの子……?」


 訊ねる前に、廊下の角から二人の女子生徒が歩いて来るのに気付いた。ぶつからないように道を譲る。これから温泉に行くのか、二人ともホテルの浴衣を着ている。

 だが、何故か初等部の生徒だと言われても信じられそうなほど小柄な少女に睨み付けられた。


「(あれ、この子……)」


 青雪色アリスブルーのショートカットに、雪の結晶を模した髪飾り。凪いだ湖面のように静謐な瞳がじっとこちらに向いている。鋭い眼差しに浮かんでいるのは、完全なる敵意だった。


ひょうは、負けません……っ」


 フン、と顎を逸らすように正面を向くと、小柄な女子生徒はスタスタと廊下を進んで行った。隣にいた長身でシャープな印象の女子生徒は軽く会釈をしてから後ろを追い掛ける。


「(何か面倒な相手に勘違いされてるっぽいなー)」


 放置しておけば面倒な事態に発展しそうだが、あの手の勘違いは言葉で釈明したとしても無意味だろう。疑いを晴らすためには途轍もない労力が必要なはずだ。


 うーん、と頭を悩ましていると、ふと隣から片羽の姿が消えている事に気が付いた。何故か後方で立ち止まって両目を見開いている。


「翔子?」

「周波数が、合った……っ!」


 唐突に踵を返して走り始めた。そちらはホテルのフロントではなく、駐車場に直接通じる裏口のある方だ。


「ごめんマキちゃん、先に部屋に戻ってて! 用事ができたから!」

「よ、用事ってこんな時間に!? ちょっと翔子!」


 しかし片羽は止まらない。制止を振り切って一目散に走り去ってしまった。


「なんか今日の翔子、へんっ」


 突っ立っていても仕方がない。

 遠江は一人で廊下を歩き始める。目的地は部屋ではなくて、フロントにあった売店。風呂で乾いた喉を潤すためにドリンクを買いに行くのだ。


 まだホテル近くの浜辺で花火が続いているのだろう。フロントには殆ど人の気配がなかった。精々、売店に数人の生徒がいる程度だ。


「……あ、」


 コンビニにあるガラス張りの冷蔵庫の前でドリンクを悩んでいると、近くから聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。


「なんだ、遠江も花火に参加してなかったのか」


 ホテルの浴衣を着たきりさわなおが、意外そうな声音で話し掛けてきた。



       ×   ×   ×

 


 売店横にあるベンチに腰を掛けたとおは、通話アプリでかみやなぎたかすみにメッセージを飛ばす。内容は突然走り出してしまったかたばねしょうについてだ。


「(何もないとは思うけど、念のため)」


 携帯端末を膝の上に置き、代わりにペットボトルを持ち上げた。悩んだ末に選んだのは無糖の紅茶。ここ最近のお気に入りである。


「昼間、船の甲板デッキでも飲んでたよな」


 何故かベンチの隣に座ってきたきりさわなおに話し掛けられる。咄嗟に答えられず、ただ怪訝そうに見詰め返してしまう。


「その紅茶だよ。好きなのか?」

「まあ、割と……あ、もうあげないわよ!」


 ぐいっと腰を捻ってペットボトルを隠した。


「あの時は助かったよ、でも今は大丈夫だ」


 どこ吹く風といった様子の霧沢は、手に持った緑茶のペットボトルを振ってみせた。多分この天然はこっちの葛藤など一ミリも察していないのだ。考えるのも馬鹿らしくなり、溜息と共に怒りの矛が丸くなっていく。


「(……やっぱり、よく分からない。あのいまりょうを打ち負かすだけの力を持っているのに、どうしてこんなに腑抜けているの? 私を油断させるための演技? でも、どんな理由があって?)」


 ――狭い世界で安心している内は、勝手な偏見で視界を曇らせている間は、多分ずっと怖いままだと思うよ


 ふと、思い出したのはホテルの部屋でかたばねしょうが口にした言葉。


「(今なら、踏み込める)」


 まだ花火が続いているのか、売店にもホテルのフロントにも生徒はいない。まばらな通行人にしたって、一直線に大浴場に向かうためこちらに意識を向けはしないだろう。


「……ねえ、霧沢君」


 躊躇は、わずか。

 痺れそうになる唇を動かして、言葉を紡ぐ。


「私はまだ貴方の事が信用できない。何かを隠していて、私が守るべき日常に『裏側』を持ち込むんじゃないかって思ってる」

「……遠、江?」

「私ね、こっそり隠れて見てたのよ。霧沢君が、特班の設立を賭けて行った風紀委員会副委員長――いまりょうとの模擬戦を」

「な……っ!?」


 どうして、とでも訊きたそうな眼差しを向けてくるが無視した。あのふざけた金髪ネコミミ少女との関係を伝えるべきではない。


「召喚術式、闘術、刻印術式――三つの方式を使える界術師なんて初めて見た。それに()()今津稜護に勝ってしまう力を持ってるし、実力カラーだって赤から紫に引き上げられる。正直すごく怖くなった……ああ、まだ私の知らない世界がこんなにも身近にあったんだって」


 伸ばした足の先でつま先から落ちそうになったスリッパを、もう片方の足で器用に直しながら、


「それだけの力を持っている霧沢君が、明らかに不自然な動き方をしている。一見すればする必要のない寄り道、回り道。だけどそこに理由があるとしたら? それには、何か私が推し量れない『闇』が関わってるんじゃないの?」


 両足のスリッパを床に着き、居住まいを正してから霧沢に向き直る。状況が飲み込めずに固まる黒い瞳を、正面から覗き込んだ。


「私だって『裏側』を経験して来たから分かるの。あの地獄は、ただ力が強いだけで生き残れる甘い場所じゃない。何度も死んでコースを覚える横スクロールのアクションゲームを、残機ゼロから始めて初見クリアし続けなくちゃいけない理不尽な場所。だから無駄な行動なんて一つもない、全ての行為に何らかの理由がある」


 違和感や疑問の先には、必ず見落としがある。

 それが致命的な物である可能性だって、充分に。


「何か、あるんじゃないの?」


 弱点である部位に刃を刺し入れていくように、ゆっくりと告げる。


「私達に言えないような真実を隠してない? 誰かを巻き込むような事情を抱えてない? それを否定できない限り、私は貴方を信用に足る仲間だとは思えない」

「……、」


 返答はなかった。

 口を半開きにしたまま、両目を見開いている。その後、悲しそうに顔を伏せた。


「……参ったな、遠江にそんな風に思われてたのか」


 痛い箇所を突かれたと言わんばかりに表情が曇っていく。


「昔、オッサンにも似たような事を言われたよ。俺はさ、一人じゃ何もできないんだ。いつだって誰かに支えられてきた。ここに居るのだって、こんな俺のために道を切り拓いてくれたアイツらがいるからなんだ」


 それは。

 何か苦い物を口に含んだような声音だった。


「ラクニルに来て、一人になってみて初めて実感した。目の前に道が存在しない恐怖。深い霧の中に取り残された気分だよ。目的地は分かってるのに、道も、方角も、それを確かめる手段すら存在しない。今まで俺がどれだけアイツらに頼ってきたのか痛い程に理解した……情けない事にな」


 霧沢は自虐的に頬を緩める。


「だから安心してくれ、遠江が心配するような特別な事情は一切ないよ。俺の動き方を不自然に感じたのなら、それは俺の考えが足りてないだけさ」

「……本当に?」

「ああ。俺が考えてるのは、効率とか、最短距離とか、そういう小難しい事じゃないんだ。自分が何をするべきなのか、どうしたら後悔しない結末に辿り着けるのか、ただそれだけなんだよ」


 上柳には目的に向かって真っ直ぐ進める強さだって言われたな、と嬉しそうに付け加える。


「俺の目的はただ一つ――このふざけた界術師の世界を変えること。俺の命を繋いでくれたアイツらの想いを無駄にしないために。俺の背負ってる人生は、自分一人分じゃないんだよ。だから結構ショックだったんだぞ、信用できないって言われて。俺は遠江と協力していきたいって思ったんだから」

「私と……?」

「俺は異常な環境で育ってきたからさ、どうしても『当たり前』の常識や感覚とはズレがある。花火を断ったのだって、テンションを無理やり合わせるのに疲れたからだしな。だからこそ、遠江との繋がりは貴重なんだ。境遇が似ている俺達は対等な立場にいる。困った時に事情を隠さず相談できて、同じ目線で物事を考えられる相手ってのは大切だって思うんだよ」


 対等。

 同じ目線。


「(……もしかして、霧沢君も)」


 同じ、なのか?

 そもそも、どうして今までそう考えないようにしていた?


 慣れない普通の学校生活。

 欠伸あくびが出るほど平和な空気。


 感覚の違いや、常識のズレに対する困惑は良く分かる。地獄から抜け出して二年が経った今でも時折首を傾げる事があるのだから。今年からラクニルに転入してきた霧沢なら尚更のはずだ。


「(ああ、なんだ……そういう事なんだ)」


 不思議と。

 霧沢の言葉を聞いて、腑に落ちている自分がいた。


 分からないから、知らないから。

 踏み込むのは怖いから、自分にとって都合の良い理解を積み重ねて、結論を曖昧なままで保留してきた。そのせいで勝手に比較して、羨んで、存在しない敵を生み出して怯えていたのだ。


 けれど、知ってしまえばこの程度。


 降り積もった綿雪が冬の朝日に照らされたように、殺伐としていた心がゆっくりと解けていく。猛烈な勢いで込み上げてくる脱力感。気付けば、強張っていた唇が自然と綻んでいた。


「どうしたんだ、急に笑い出して」

「別に。ただ、見事にひとり相撲をしていた事に気付いた馬鹿らしくなったの」


 要するに、霧沢直也はただただ要領が悪いのだ。


 戦闘や『裏側』の現場といった特定の場面で能力を発揮できても、その他の場面では途端に使い物にならなくなる。おそらく培ってきた経験値に偏りがあるのだろう。しくは、悪意を持った大人達に意図的に偏りを生み出されたのか。


 だから、目的のためなら犠牲も手段も問わない『裏側』の大人達とは違う。慣れない学校生活に戸惑って、どれだけ回り道をする事になっても目的のために進み続ける一人の男の子でしかないのだ。


「ごめんなさい、霧沢君。撤回するわ、貴方を信用してないって言った事を」

「本当か?」

「警戒する必要なんてないって分かったもの。だって、ただ不器用なだけなんだから」


 不、器用……? と顔を顰めた霧沢を見て、くすくすとからかうような笑みを唇に乗せる。


 完全に理解した訳でも、底が見えた訳でもない。

 それでも、敵意や悪意が存在しない事だけは確かめられた。理屈ではなく、直感。本当に大切な時に信じる感覚が、そう告げている。


「ホント、良く今まで生きてこられたわね。それだけ周りにいた人達が優秀だったって事かしら?」

「……なあ、やっぱり俺の事を馬鹿にしてるよな?」

「信用していないよりマシでしょ、軽口を叩けるくらいには気を許してあげるって言ってるんだから」


 んーっ、と両手を高く掲げて伸びをする。


「でも、少しだけ分かった気がする。どうして界術師の世界を変えるなんて言い放ったのか、それも夏越家現当主に向かって。周りで偉い人達が慌ててたわよ」

「荒唐無稽だって思うか?」

「……難しいでしょうね、時間も掛かるし。私には方法すら思い浮かばない。だけど、そういう大きな目標を掲げられる事が霧沢君の強さなのかもしれない。普通はどうせ無理だってやる前から諦めてしまうんだし」


 ペットボトルを持って、ベンチから立ち上がる。

 時間的にもそろそろ花火を終えた生徒がホテルに戻ってくる頃だろう。隠れて内緒話もできないし、二人でいる所を見られるのも何となく恥ずかしい。一人で走り出してしまった片羽翔子も心配だし、この辺りが頃合いだろう。


「じゃあね、霧沢君。また明日の――」


 ピリッ、と。

 小さな違和感があった。


 治療用の電極から送り込まれる低周波に似ていた。極小の針で突かれるような痺れが眉間の奥にあるすいたいを刺激する。


 紛れもなく、近くで界力術が使われた気配。


 界力術とは界力を使って超常現象を発生させる技術だ。となれば、その余波は大気に混じるわずかな界力に伝わり、波紋のように周囲に拡散していく。高実力(カラー)の界術師のすいたいは、その気のせいとも取れる『乱れ』を、ある程度の精度で検知する事ができるのだ。


 ベンチに座ったまま、霧沢が鋭い視線を左右に走らせる。その顔にはハッキリと焦燥の色が浮かんでいた。


「遠江、これは……っ」

「昼間に博物館で突風を浴びた時と同じ感覚!」

読んでいただいて誠にありがとうございます!

毎週火、金曜日20:00に最新話を投稿します!

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