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メソロジア~ブラック・ストーム~  作者: 夢科緋辻
第2章 投棄地区騒乱編
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第31話 雷公の咆吼

《高等部二年生 六月》


※ 前回のあらすじ


 うえごうは闘術の火力と速度を生かした怒濤の攻めでしろあきらを追い詰めていく。障害物のない草原にて一気に勝負を決めようとした矢先、御代僚が投擲した球状の物体が破裂して猛烈な光が世界を覆い尽くした。


 一方、とうごうしょうじゅんは『第一校区の秘密』が隠された洞窟の入口で寺嶋家次期当主候補筆頭のてらじまあおと対峙する。圧倒的に不利な状況から動揺を生み出し、遂に妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーを発動する。


----------------------------------------------------------------


命令コード――】


 新緑のような緑色の界力光ラスクが藤郷の全身から迸る。


【――俺に、従え!!】


 パチン、と。

 指の鳴る音が夜の森に響き渡った。


 せいしんじゅつしき妖精の悪戯フェアリー・ウィズパー』。動揺させた対象の脳に、術者の命令を『思い込み』として上書きする界力術だ。父親への復讐、寺嶋家からの投棄地区ゲットーの解放。二つの目的のためにとうごうしょうじゅんが用意した、たった一枚の切り札である。


 こくん、と。

 寺嶋蒼希が顔を伏せた。月明かりを受けて淡く輝く銀の長髪が垂れて、高等部の夏服を着た長身痩躯を覆い隠す。力なく佇むその姿は、まるで命令を待つ機械のようだ。


「(やった、のか……これで俺は、本当に?)」


 息が詰まる沈黙が、口の中から水分が奪っていく。湿った夜風がそっと頬を撫で、目許まで掛かる黒髪を優しく揺らした。持ち上げたままの右手も、不安と興奮に高鳴る鼓動も、まるで他人事のように遠く感じる。


「――ふっ」


 静寂を打ち破ったのは、肩を小さく震わせる銀色の怪物の笑みだった。


「それがキミの策かい? だとしたら拍子抜けだな、全然足りていない」

「そんなはずは……っ!? お前は動揺したはずだ! 俺が告げた情報で、心が乱れて……!!」

「確かに驚きはした、でもそれだけだった」


 妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーは強力な界力術だが、実力カラーに差があれば動揺の度合いによって抵抗される可能性がある。藤郷将潤の実力カラーは緑色で、下から二つ目。不発に終わったという事は、突き付けた情報だけでは威力不足だという事か。


「言っただろ、私に妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーは効かないって。実力カラーの差だけじゃないよ。確信があったんだ、キミが手に入れた情報の程度にね。その程度なら少し踏み込めば誰でも手に入るよ。まあでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「めそ、ろじあ……?」


 知らない言葉だった。

 寺嶋家や柊グループなど界術師の『裏側』にも足を踏み入れて、妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーを使って情報を仕入れてきたのにも関わらず、一度たりとも聞いた事がな――


「(いや、あの時だ。初めてこの森に入った夜に、死にかけたひいらぎグループの戦闘員から俺は聞いたはずだ! でも一体何を意味する言葉なんだ!? それに柊グループで知られている情報なら、どうしてすみ先輩は俺に伝えなかった!?)」


 幾つもの疑問が脳内を駆け巡る。

 狼狽して唇を噛む藤郷に対し、蒼希は罠に落ちて苦しむ獲物を眺めるように微笑んだ。


「これで打ち止めかな。なら、次はこちらが攻める番だ。キミには二つの選択肢が用意されている。柊グループについて知っている事を喋って恩赦を受けるか、このまま口を噤んで殺されるか。キミの人生だ、どちらでも好きな方を選ぶといい」

「……随分と、優しいじゃないですか」

「キミの持っているかもしれない情報は、それだけの価値があるという事さ。だからと言って私と取引しようとは考えないでくれ。これは答え合わせなんだ。新しい事実を知る訳ではないからね、別に何も喋らずに殺してしまっても問題がない。あくまで目的はキミを舞台から下ろす事なんだから」


 どちらを選んでも、その先に待つのは破滅。


 殺されるのは論外であり、恩赦を受けたとしても寺嶋家に飼い殺されるだけ。『リスト』に名前が載って、都合の良い駒として日の当たらない場所で使い潰されるのは火を見るよりも明らかだ。相手の意志を捻じ曲げる妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーの力を借りたい連中はいくらでもいるのだから。

 復讐もできず、ただ劣等感という苦しみに沈んでいくだけの未来。それも無様に首輪を繋がれて、誰かに利用されて、飼い殺されて。


「(ふざけるな! それじゃ昔と何も変わらない、あの男の価値を示す道具としての人生と同じだっ!! 呪縛から解放されて、ようやく自分の足で前に進み始めたのに! 立ち止まらない、こんな途中で終わる物語なんて認めない!!)」


 考えろ。

 まだ活路があると、()()()()


 今まで何人もの意志を捻じ曲げてきたのだ。だったら、自分の意志くらい都合良く変えてみせろ。大切な友達を失い、裏切り者と罵られ、傷だらけになったとしても、正義の味方として生きていく選択をしたのならば、この程度の絶望で下を向く事は許されないのだから。


「(正面から武力で戦って勝てる相手じゃない。妖精の悪戯フェアリー・ウィズパーを使っても効果はなかった。なら、俺に残されたアドバンテージはなんだ? 切り札(ジョーカー)を失った手札からどうカードを切り出せば状況を打破できる!?)」


 それはまるで、部屋の燭台に灯った蝋燭の炎を一つずつ消していく作業だった。

 

 一つ、また一つと。

 考える度に可能性という炎が消えていく。そして最後の炎を消して、真っ暗な室内に立った瞬間、どうしようもなく残酷な現実を理解してしまった。


「(駄目だ……何をしても、勝てない)」


 この状況を切り抜けられる策など、もうどこにも残っていない。

 藤郷将潤では、寺嶋蒼希に勝つ事はできない。


「さあ、そろそろ決断の時間だ。キミの答えを聞こうか」


 死神の手が、命に触れる。

 射殺さんばかりの眼差しは薄れ、紫水晶アメジストの瞳からも光が消えていく。


 そう。

 だから。


「そこまでだマイフレンド、ショーちゃんを解放してもらうぜ」


 その声が聞こえた瞬間、驚愕で心臓が止まりそうになった。

 背後の森に突如として出現した何かの気配。振り返った先には、頭にネコミミを生やした金髪ショートカットの女子生徒が立っていた。


「キャット……?」

「もう大丈夫だぜショーちゃん、あーしが助けにきたにゃ!」


 向日葵ひまわりのように明るく笑ったキャットの口許からキラリと八重歯が覗く。初等部の生徒と見紛う程に小柄な体躯で、着ているのはサイズの合っていない高等部の夏服。荒事など縁遠い格好なのに、その姿を認識すると思わず安堵で崩れ落ちそうになった。


「久しぶりだな、あおニャン。面と向かって会うのは何年ぶりかにゃ?」

「……、」


 てらじまあおの顔から曖昧な笑みが消えた。切れ長の両眼を不快そう細め、眉間に深い谷を刻み込む。ダークブルーの瞳に浮かぶのは錆びた光だった。


「不愉快だな、ここでお前らの干渉を受けるのは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「おっと、お喋りはその辺にしておいてくれよ()()。じゃなきゃ、あーしは色々無視してでもお前を殺さなくちゃいけなくなっちまう」


 ニヤニヤと楽しそうに告げたキャットに対し、蒼希の顔が怒気で膨れ上がった。先ほどまでは仮面の向こうで見えなかった心の裡が、この瞬間ばかりはハッキリ見て取れる。銃口を向け合うような緊張感が空間に走った。


「――止めようか、ここで衝突する事はお互いにとって生産的じゃないな」


 ふっと表情を綻ばした蒼希から、張り詰めた緊張が霧散する。


「それでキャット、キミが介入してきた目的は?」

「ショーちゃんの解放。ここでマイフレンドを殺される訳にはいかないからにゃ」

「なるほど、それがひいらぎの望みなのか。いいよ、そちらの要求を受け入れよう。ただしこちらの条件を飲んでもらうぞ。藤郷将潤、キミは少し知りすぎたからね。このまま第一校区で一般生徒として普通に学園生活を送らせる訳にはいかない」


 再び曖昧な笑みの仮面を貼り付けて、細い指先を藤郷へ向けた。


「キミには第二校区に転校してもらうよ。しきもとはるらいほううえごう、彼らも同様にね。角宮恭介と同じ処分だ、皮肉が利いているだろ? それから二度と第一校区には関わるな、次はこんな生温い展開じゃ済まない」

「……解り、ました」


 ぎこちなく答えながらも、藤郷は内心で安堵の息を吐き出した。

 第二校区への追放メンバーにしろあきらの名前が入っていない。寺嶋家に台本から外れていると判断されている証拠だ。これで予備セカンドプランの条件は揃った。計画シナリオの失敗を想定して御代をアイオライトから脱退させておいて正解だった。あとはこの場から抜け出して、仲間と合流できれば問題は全て解決する。


「行くぜショーちゃん、こんな所に居ても仕方がないしにゃ」

「……ああ、そうしよう」

 

 先に歩き出したキャットを追って、藤郷も体の向きを変えた。最後に一度だけ振り返って洞窟へ視線をやる。


「(いつか、必ずまた……っ!)」


 強い決意を胸に秘めて、その場を後にした。



      ×   ×   ×



 まるで台風の目の真下にいるようだ、としろあきらは思った。


「スマートじゃねぇなクソッタレ! 相性が最悪なんだよ、実力カラーも一色差だし……正面からカチ合って勝てる訳がねぇだろうが!」


 夜に沈んだ深い森の中で、木立にもたれ掛かって荒い呼吸を落ち着ける。

 ゴツゴツとした硬い樹皮が夏服の上から背中を引っ掻いた。頬を滑り落ちた汗が唇を伝って舌に乗る。じんわりと口の中に広がっていく塩味。慌てて首を振るうと、額に浮かんでいた汗が飛び散って足下の黒く柔らかい土に付着した。


「(閃光手榴弾フラッシュ・ボム……まさか中等部二年生の時に造った界力武装カイドアーツを使う事になるとはな。何とかあの場から離脱する事はできたけど、圧倒的に不利って状況は変わってねぇぞ)」


 アクディートを持ち上げて、木目調の装飾が施されたグリップの底から雷の沼(パラライズ・スワンプ)弾倉カートリッジを取り出した。そして()()()()()()()弾倉カートリッジを入れ直し、手の平で押し込む。カチ、とプラスチックが擦れる軽い音が鳴った。


「(障害物のない草原で戦い続ければ間違いなく俺が負けていた。アイツ、いつの間に強くなりやがった? 悔しいが、今の俺じゃ界術師として岩石野郎に遠く及ばねぇ……馬鹿正直に戦っても痛い目を見るだけだ)」


 鉄のように全身を硬くして突っ込んでくる姿を思い出して背筋が冷たくなる。あんな一撃を受ければ無事では済まない。


「(策は仕込んだ、後はそいつが機能するかどうか)」


 頭上で織り重なった葉の隙間から見える夜空へ視線を向ける。ざわざわ、と湿った夜風が木々を揺らした。アクディートに界力を流し込んで、エネルギーを最大限まで溜めておく。灯籠のような柔らかい明かりがアクディートを包み込んだ。


 パキッ、と。

 小枝を踏み抜く音が聞こえたのは、それからしばらく経ってからだった。


「待たせたな、アキラ。わざわざ態勢を整える時間をくれて助かったぜ、おかげでを満タンまで溜める事ができた。それで、どこに逃げ込んだかと思えば森の中か。障害物の多い場所なら俺の機動力を削げるとでも思ったのか?」


 木立の隙間から現れたのは、景色にこびりついた夜闇を塗り潰す橙色の燐光――ニヤニヤと神経を逆撫でる笑みを浮かべたうえごうだった。ほうカン』を発動しているのだろう。反響定位エコーローションのように界力を放射して周囲の状況を把握できるのだ。最初から隠れられているとは思っていなかった。


「なんだ、てっきり背後から奇襲してくると思ってたのに」

「そんな野暮な事はしない。どうせアキラの事だ、解りやすい隙には何か仕込んであるんだろ? 今までに何度戦ってると思ってるんだよ、お前が考えそうな事なんてお見通しさ」


 ぐっと握った拳から橙色の界力光が迸った。激しく燃え盛る業火のように周囲の闇を吹き飛ばし、ゴウキの顔の右側だけを不気味に照らす。


「やっとだ、ようやくお前をぶん殴る事ができる。賭け試合なんてルールに縛られた遊びじゃない、審判のいない本当の戦いでなあ!」


 ゴウキの顔が獲物ターゲットを追い詰めた殺し屋のように歪んでいく。


「ずっと目障りだった。何も知らないくせに我が物顔でショージュンの隣に座って、余計な事を言っては惑わせる!! お前とショージュンにどんな過去があったかは知らない……でも、全部忘れてるくせに何時までも席だけ埋めるなよっ! 俺が隣にいればもっと上手くできた、ショージュンの背中を支えてやれた! 半端者はさっさと退くべきだった、じゃないと障害物にしかならないからな!! アキラさえいなければショージュンは、俺達は、もっと遠くへ行けたのにっ!! こうなったのも全部お前のせいなんだよクソ野郎ッッ!!」

「……滑稽だなゴウキ、そこまで腐ってるとは思わなかった」


 低い声で告げたアキラは、アクディートを握り直す。


「ショージュンが遠くに行けない? 俺が邪魔をしてる? 本気で言ってるんなら重病だぜ。不満があるなら立ち上がれ、文句があるなら拳を握れ! テメェは何かのせいにしてばかりだ、どうして自分の意志で行動しない? 自分の人生くらいテメェで責任持って切り拓けよ! 誰かの指示を待って、決断する事から逃げて……前に進んでる振りだけのテメェが一丁前に被害者面してんじゃねぇっ!!」


 それは自分自身への戒めでもあった。

 記憶の中で燦然と輝く『思い出』に縋り付いて、戦う振りをして現実から目を逸らし、叶わなかった時の言い訳を必死に用意する。確証のない未来さきに進むのは怖いから、きっといつかどうになるなんて存在しない幻想へ手を伸ばす。それがどれだけ無意味で、愚かな行為なのか、立ち上がった今となってはよく解った。


「テメェは『依存』してんだよ、とうごうしょうじゅんという一人のカリスマに。長い物に巻かれるのは安心か? 流れに身を任せるのは楽だよな? ふざけんな、だったら一生ぬるま湯に浸かってろ! 理想を押し付けて勝手に期待したテメェには、自分の意志で何も選択できない愚か者には、望む明日を掴み取る事はできねぇ!! 今を嘆く資格なんてどこにもねぇんだよっ!!」

「黙れッッッ!!」


 ガンッ!! と。

 こうかくで鉄のように硬くした拳を木の幹にぶつけた。細かい樹皮の破片が盛大に飛び散る。極限まで眦を吊り上げたゴウキの顔は、突き刺すような憤怒に染まっていた。


「ショージュンの隣にいるのは俺の意志だ! 今まで流されてきた俺が初めて下した決断なんだよ!! 他の誰の、どんな思惑も、一切関係ない! そこだけは否定させない!! 断じて依存なんかしていないッ!!」

「いいや、テメェは依存している。かつて同じだって俺には痛い程よく解るんだ。立ち上がれなくて、迷ってて、無様に地面に這いつくばって啜った雨水の味を今でも覚えている。だから今度はテメェにも気付かせてやるよ、自分の足で歩き出せない愚か者の弱さってヤツを!」

「やってみろよ、ぶっ飛ばしてやるッ!!」


 ゴウキが姿勢を低くして走り出そうとした――瞬間。


 ばんっっ!! と。

 アキラは身体強化マスクルを使って跳び上がった。頭上にある太い枝を足場にして更に後方へと跳躍する。ガサガサッ!! と折り重なった梢や葉を突き破り、黄色い輝きが星々を鏤めた夜空に舞った。


 上空で一回転して体勢を整えてから、夜に沈んだ森へとアクディートの銃口を向けた。グリップにあるボタンを操作して威力を上昇。狙うのは戦闘が中断している間に木の幹に撃ち込んでおいた雷の沼(パラライズ・スワンプ)の『起点』だ。

 連続して引き金を絞る。螺旋状に回転する黄色い閃光が、立ち込める黒い煙を突き破るように木々の群れへと突き刺さった。『起点』から一定距離に撃ち込めば弾の軌道は自動的に修正されるため、大まかな位置さえ間違えなければ問題はない。追随してアキラも森へ落下する。


 柔らかく湿った土に着地して、すぐさま前を見据えた。


 そこにあるのは、三十メートルほど真っ直ぐに開けた空間。

 木立が乱立する中に偶然生まれた細い一直線の道。左右に生えた木の幹では、地の底に溜まった闇を掻き消す黄色い輝きが幾つも咲き誇っている。『起点』に界力弾が撃ち込まれた事で発動した雷の沼(パラライズ・スワンプ)だ。


「アァァキィィッラァアアああああああああああああああああああああああッッ!!」


 離れた位置から木立の隙間を縫って走ってきたゴウキが直線に入って一気に加速する。全身を覆うのは金属のような光沢。専用術式『とうはい』を使われれば、アクディートの射撃程度の衝撃では足を止められなくなる――ただし、『こうかく』を打ち破るだけの火力を持っていれば話は別だが。


「(今までは相性が悪いと思っていた。でも、よく考えてみれば逆なんだ。走り出したら急には止まれねぇ。射撃を当てるしか攻撃方法のない俺に対して、テメェは真っ直ぐ馬鹿みたいに近づいてきてくれるんだからな!!)」


 左右が黄色い輝きに彩られた死の道。猛烈な速度で迫り来る鉄の塊を、アキラは真正面から迎え撃つ。


「(問題は確実に当てられる状況を作り出すことだった。それさえ担保されればこうかくなんか怖くねぇんだよ岩石野郎! 俺は職人アーティストなんだぜ、自分の界力武装カイドアーツの欠点を克服しない訳がねぇだろうが!! テメェに教えられた欠点を、テメェ自身で乗り越えてやるっ!!)」


 アクディートを両手で握り、正中線に構えた。木目調の装飾が施されたグリップを操作して、『通常弾』から『刻印弾ペイント・バレット』へと設定を変更する。ぶん……っ、と界力がかよって黄色く塗装された弾倉カートリッジが低く震動した。


R.I.P.(リップ)――」


 引き金に指を掛け、鋭く両眼を見開く。


「――幕引きだ岩石野郎、らいこうの怒りをその身に刻み込めッ!!」


 ゴッッバァッッ!! と。

 莫大な光の洪水が一直線に夜を吹き飛ばした。稲妻のように猛然と世界を黄色く塗り潰すのは衝撃の奔流。黒い雨雲を真っ二つに切り裂く白き閃光が、防御のために両腕を挙げたゴウキに直撃する。


 刻印弾(ペイント・バレット)雷公の咆吼(ボルタニカ・バースト)』。

 かつて行われた賭け試合で、井之上のこうかくを撃ち破れなかったために気付いた弱点――火力不足への解答。それがどんな硬い防御だとしても、正面から力尽くで破壊するために考案されたアクディートの主砲である。


「ぐ、ぅ……ッ!!」


 ミシミシィミシィッッ!! と、猛烈な反動で全身が軋んだ。上半身が反り返らないように必死に耐えた途端、行き場をなくした衝撃によって踏ん張っていた両足が十センチほど後退する。普段履きの革靴が柔らかい腐葉土に轍を刻んでいた。


「……どう、だ?」


 両腕でアクディートのグリップを握ったまま、肩で大きく息をする。

 黒い土は大きく抉れ、衝撃に晒された木立の表面は黒く焦げ付いていた。吹き戻しの突風が一本に括った長髪を揺らし、ひらひらと舞い散った緑葉を弄ぶ。静寂と暗闇の中でパチパチと青白い静電気が弾け飛んでいた。


 その先。

 一本の木立の根元で、ゴウキが仰向けに倒れて白目を剥いていた。吹き飛んだ時に激突したのだろう。硬い樹皮の表面が砕け散り、周辺に散らばっていた。


「熱……っ!?」


 アクディートを握っていた右手に炙られたような痛みが走る。しゅー、と黒く無骨な銃身から煙が上がっていた。慌てて引き金から指を離し、グリップの端を握り直す。


「(過剰駆動オーバーヒートか……ぶっつけ本番で加減を間違えたな)」


 中近距離を維持し、罠を張って相手を追い詰めるという運用思想から、アクディートでは雷公の咆吼(ボルタニカ・バースト)のような主砲の使用は想定されていなかった。放熱や冷却といった機構が付いていなければ、焼け付いた銃身の内部が無事だとも思えない。修理するまでアクディートは使えないだろう。


 いつも使用している『通常弾』では、充填用の界力石クォーツに溜められた界力の一部を圧縮させて放つ。これは連続使用に銃身が耐えるための安全機構セーフティであり、調整できる威力の上限も決まっていた。


 だが、雷公の咆吼(ボルタニカ・バースト)はその限界を突破させる。


 充填用の界力石クォーツに溜められた界力を圧縮せず、一点に収束させたまま、銃身が爆発しないギリギリの出力で放ち続ける。それは一発の弾丸というよりも、大地を砕く一条のらいでん。現段階では衝撃が拡散していて威力が落ちているし、出力の調整も甘くて銃身が焼け付いてしまった。すぐには実戦で使えないが、どうやらゴウキの鋼殻を打ち破れるだけの火力は証明できたようだ。


「ショージュンを止めるよ、それが俺の役目だから」


 暗闇から返事はこない。

 だが構わずに、勝者は静かに歩き始めた。


 戦いはまだ、終わっていない。

毎週火、金曜日20:00に最新話を投稿します!

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