024 / 初めての友達
※ 前回のあらすじ
父親への復讐を決意した藤郷将潤は、半端な能力しか持たない状態で界術師として成功するために裏側を利用する事にした。入口として選択した投棄地区において、見込みの甘さに足下を掬われてしまう。窮地を救ってくれたのは、明るい長髪を一本に括った中等部二年生――御代僚だった。
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御代僚と名乗った中等部の男子生徒の招き入れられたのは、界力武装を製造するための設備が整った工房だった。
木材を日曜大工で積み上げただけの小屋は窮屈だ。ぱっと見た印象は、時計や革靴を修理する職人の仕事場。技術の授業でしか見た事のない工具や部品が木製の棚に整然と片付けられているが、門外漢の藤郷将潤では名前すら解らない。
面積の殆どを占めるのは大きな作業台で、使い古されているせいで端部がささくれていた。天井からは裸電球が吊されているが、スイッチを操作しても光らない。採光用の天窓から差し込む午後の陽射しは梢に遮られており、古い室内の薄暗さは拭えていなかった。
御代は窓を開けて、十年以上前に発売されたと思われる扇風機のスイッチを入れて首を回す。古いホームドラマで田舎のお祖母ちゃんの家にあるようなモデルだ。じめっとした蒸し暑い空気が撹拌されて少しだけ気温が下がった。
「最初に言っておくが、俺は不良生徒じゃねぇからな。この工房を利用するためだけに投棄地区に出入りしてる善良な一般生徒だ。キナ臭い話には一切首を突っ込んでねぇから安心してくれ」
「いや、それだったらわざわざ投棄地区に来なくても、校区にある共同の工房を利用すればいいだろ」
「あそこは一般生徒が気軽に利用できる場所じゃねぇんだ。使用申請をしても受領されるのは何週間も後。本家や分家関係者が優先されるからな。いくら設備が整っていても使えないのなら意味はねぇよ」
喋りながら、御代は作業台の下から木製の椅子を引っ張り出して座る。
「自由に使える工房を探していたら、ここの噂を聞いたんだ。投棄地区って聞いて最初はビビってたけどよ、入ってみたら案外悪い場所でもなかったぜ。棄てられたはずの工房なのに設備は整ってるし、専用工具や界力石だって残っている。文句なく宝の山さ。それに投棄地区だって作法さえ守れば危険も少ないしな」
「作法……?」
「近づいたら駄目な場所、出会ったらすぐに逃げ出すべき連中。ここは特殊な常識と暗黙の了解に支配された社会なんだ、法律にさえ従っちまえば怖い上級生に関わらなくてもいいって事だよ」
御代の真似をして、藤郷も木製の椅子に腰を下ろした。お手製と思われる背もたれのない円椅子だ。藤郷は試験中に解けない問題に出会って手を止めたような顔になって、
「その法律について確認したい。投棄地区の現状については俺なりに一通り調べてきたつもりだ。ブロンズ、シルバー、ゴールドと呼ばれる三大勢力が鎬を削っていて、存在を黙認してもらうために風紀委員会にエサを提供している……こんな感じだったか? 実際、不良生徒の集団ってのはどこまで学校の『裏側』に関わっているんだ?」
「裏側……って、お前キナ臭い事に関わりたいタイプか?」
深い溜息をついた御代は、呆れ混じりに頭を振った。
「悪いことは言わねぇから止めておけ。一定数はいるんだよ、そうやって自分から危ない事に踏み込もうとするヤツが。解りやすい暴力を振えるなら話は別だが、たった一人の不良生徒すらまともに相手にできないようじゃ何も得られずに消えていくだけだぜ?」
「……随分と、詳しいんだな」
「そりゃあ、こんな場所にずっと通ってるからな。関わらないようにしてても感覚くらいは身に付くよ」
実際にそういう現場も見た事あるしな、と苦虫を噛み潰したような顔で付け加える。
「投棄地区の不良生徒なんか十分に表側さ。連中に関わりたいってなら止めはしねぇけどよ、多分ショージュンが求めてるようなモンは手に入らねぇと思うぞ?」
「だったら、商業地区の裏側や『リスト』に手を伸ばすしか……っ」
「やめておけ。特に商業地区の暗部は絶対に駄目だ、間違っても裏通りに入っていくんじゃねぇぞ。発展途上国のスラム街って言えばイメージが伝わるか? 相手にするのは本土の裏社会で活動している怖いお兄さんなんだ、一般生徒が迷い込んだら無事に出てこられる保証なんてねぇよ」
「そんなの、間違って一般生徒が入っていくことだってあるだろ?」
「大丈夫だよ、街の構造的に歩いているだけじゃ絶対に入れないようになってるから。立入禁止の看板を立てたり、意図的に汚くしたり、街灯を壊れたままにしたり、心理的に入りにくくしてあるんだよ。逆にきな臭い事に関わりたい連中はそういう場所に好んで入り込んで行くんだけどな、まさしくショージュンみたいに」
御代は作業台の上に転がっていた半田鏝のような器具を持って、先端を藤郷に向けた。
「『リスト』だって裏側に入り込める訳じゃねぇよ。名前が登録されたとしても一山いくらの消耗品として使い捨てられるだけだ。チェスで駒が打ち手に反逆できねぇのと同じだよ、命が数字としてカウントされている内は高級椅子にふんぞり変える黒幕に辿り着けない。まあ何にせよ、リスクに合った見返りなんて手に入らねぇだろうな。普通の日常に帰った方が何倍も有意義な人生を過ごせるはずだぜ」
確かに、御代の言う通りなのだろう。
そもそも裏側に関われる見込みはない。運よく関われたとしても、たった一人の不良生徒を相手にできないようでは話にならない。顔も知らない誰かに使い捨てられて、少年院にでも送られるのが関の山だ。
「だけど、それでも……っ!」
顔を伏せた藤郷は、首を横に振って拳を握った。
「俺は諦める訳にはいかないんだよ。誰の力も借りず界術師として成り上がって、あの男を見返えさないと、心を締め付ける劣等感は消えてくれない! 何をしても満たされる事のない人生なんて認められる訳がないだろうが!!」
「変なヤツだな、何をそんなに拘ってるんだ?」
「アキラには解らないよ、この気持ちは! どれだけ辛くても一人で耐えてきた俺の想いが解って堪るか!!」
「そうかい……でも、そこまで言うなら提案があるぜ」
立ち上がると、様々な工具や部品が整然と収められた棚へ歩いて行った。一番下の段からプラスチックの衣装ケースを取り出して、ドンと作業台の上に乗せる。
「……これは?」
「俺が今までにここで作った界力武装だ。調整段階や失敗作も混じってるけどな」
衣装ケースの中にはゴチャゴチャと様々な形状の界力武装が適当に収められていた。短刀、手裏剣、手袋……ぱっと見ただけでも何種類も確認できる。まるで整理ができない子どものオモチャ箱だ。
「俺さ、ラクニルを卒業したら本土で職人になるのが夢なんだ。それを実現させるために、自由に使える工房も手に入れた。だけど、大きな問題に直面した」
がさがさ、と箱の中を漁りながら、
「自分で作った界力武装を実戦で試すことができない。ラクニルじゃ界力実技が精一杯で実戦向きの授業は行われねぇからな。投棄地区で不良生徒の揉め事に首を突っ込む訳にもいかねぇだろ? その結果、いざ界力武装を創ったはいいが、こうして棚の肥やしにするしかなかった——お、あった」
取り出したのは球状の物体だった。パイナップルのようにデコボコした表面に、天辺から伸びる金属製の安全レバー。先ほど上級生から逃げる時に使った煙の出る手榴弾だ。
「この煙幕弾だってそうだ。煙の広がり方、投擲武器として最適な重量、内部機構の配置と重心の関係……さっき使ってみて初めて改善点が見つかった。やっぱり机の上と現場は違う。本当に良い物を作ろうと思ったら試すしかねぇんだ。そんでもって、今日ショージュンを助けて思い付いた」
両手を作業台に付き、ぐいっと上半身を前のめりにして訊ねた。
「なあ、俺の実験に付き合ってみないか? ショージュンみたいに不良生徒に捕まりそうな生徒を助けるんだよ。俺は界力武装の試し撃ちができるし、ショージュンは投棄地区や不良生徒を調べられる。更に人助もできるってなれば一石三鳥だ。どうだ、悪い話じゃねぇだろ?」
「いいのか、そんな事をしても……? 不良生徒に喧嘩を売るって意味だぞ」
「正面から戦いを挑む訳じゃねぇよ。一撃離脱の繰り返し、今日みたいにやばくなる前に逃げ出せばいい。連中がどの時間、どの場所で網を張っているか知ってるからこっちが先手を取れる。十分に勝算はあると思うけど」
「確かに、そうだが……」
心に引っ掛かる事がある。
父親から異常な英才教育を受けている間も、ラクニルに通い始めてからも、誰の力も借りずにここまで進んできた。本当の意味であの憎い男に復讐するためには、一人で成功者になるしかないと思っていたからだ。
「一人で抱え込んで何になるんだよ」
にかっと人懐っこい笑みを浮かべた御代が、ぽんと軽く藤郷の肩に手を当てた。
「一人じゃできない事でも、二人ならできるかもしれないだろ? 意固地になって孤独を選んで欲しい物は手に入るのか? いいんだよ、頼れるヤツには頼っちまえば。俺だってお前の事を頼る気マンマンだぜ? そっちの方が効率的だからな」
「……、」
思わず言葉を失ってしまった。
誰かを心の底から信頼した事のない藤郷にとって、その言葉はとても新鮮で、眩しくて、強く心を揺さぶってきた。
「効率的か……悪くない言葉だ」
協力する、頼る、という表現が気に入らないのなら利用すると考えればいい。投棄地区初心者の藤郷では雲行きが怪しかったのだ。意固地になり続ける理由は見当たらなかった。
「解ったよ、アキラの提案に乗ってやる」
「本当か!? 宜しくなショージュン、今日から俺達はコンビだ」
利用価値がなくなったらすぐに捨ててやる。所詮はそれまでの付き合いだ。
× × ×
藤郷将潤は全速力で昼下がりの森を疾走していた。
一二月になってから太陽の力が一層弱くなったように感じる。こうして全力疾走を続けていても指や耳は切れそうな程に冷え切っていた。
中等部の冬服の表面を薄い木漏れ日が流れていく。劣化して岩肌のようになったアスファルトの道路の先に見えてきたのは、木材を日曜大工で積み上げた手作り感満載の工房だ。入口では切羽詰まった表情の御代僚が必死に手招きしている。追手の有無を確認してから工房の中に飛び込んだ。
「無事だったかショージュン、心配したぜ!」
引き戸を閉めた御代が大きく息を吐き出してその場に座り込んだ。床に仰向けで倒れ込んだ藤郷は荒い呼吸を繰り返して、
「すまない……少し、深追いし過ぎた……でも役に立ったよ、アキラがくれた界力武装。閃光手榴弾だったか? あれがなかったら、逃げ切れなかっただろうな」
バン、と右手の指を勢いよく開いてみせる。
「でも閃光が炸裂するまでの時間に個体差があるぞ。カチッて音が鳴るには鳴るけど、どのタイミングで光るのか確定してないから使っている俺まで視界を灼かれる」
「やっぱりかー、界力を充填する界力石に差がある以上どうしようもねぇ部分があるんだよ。術式でカバーするっても限界があるしなぁ……本当は『音』も混ぜて相手の三半規管まで滅茶苦茶にしてやりたいんだけどよ」
立ち上がると、部屋の面積の殆どを占める作業台の下から背もたれのない丸椅子を取り出して腰を下ろした。電池式の電気スタンドのスイッチを入れ、鉛筆で何やらコピー紙に文字を書き込んでいる。先ほど告げた閃光手榴弾の問題点を纏めているのだろう。
呼吸が落ち着いた藤郷もゆっくり立ち上がった。冬服に付いた土汚れを払ってから、お手製の丸椅子に腰を下ろす。電気ストーブの駆動音が低く空気を揺らす中、何となく作業台に広げられた専用工具や部品を見ていた。
「……ん? それは新作か?」
作業台の上で、採光用の天窓から差し込む冬の陽射しに照らされている画用紙には黒い拳銃がスケッチされていた。空いたスペースには何やら小さい文字でメモが記されている。
「ああ。まだ構想中なんだけどな、オリジナルで銃型界力武装を創ろうって思ってる。色んな機能を一つに詰め込んだ万能型さ……まあ、目標が高すぎて今の俺の腕じゃ難しいんだけどさ」
手元に引き寄せた画用紙を見せてくれる。拳銃にしては銃身が大きくて頭でっかちだ。木目調の装飾が施されたグリップにも細かいボタンが付いており、操作に慣れるまで時間が掛かりそうだと感じた。
「そうだ。ショージュン、ちょっと名前を付けてみてくれよ。俺の固有武装になる訳だから名前を付ける必要があるんだが、良い言葉が思い付かなくてさ。ほら、お前は頭が良いから色々と知ってそうだし」
「勝手な事を言うなよ、設計思想とか職人の拘りを知らないまま名前なんて思い付かな……」
文句を口にしながらも、一つの単語が頭に浮かんできた。気恥ずかしさを感じたが、思い付いたアイデアを隠しておくのも変な気分になる。置いてあったペンで画用紙に書き込んだ。
「Acdeate」
「あく……なんだ、それ?」
「明峰家の方式『儀式術式』、その伝承の中に出てくる悪魔の名前さ。元々は普通の人間だった彼は、自分を裏切った相手を殺すために悪魔に堕ちる。力を得て復讐を果たすものの、人間には戻れずに全てを失ってしまった」
「……なんか、悲しい話だな。でも、どうしてその悪魔の名前を?」
「彼が使っていた武器が銃なんだ、正確にはマスケット銃だがな。狙撃の名手だった彼は復讐する相手の眉間を撃ち抜いて殺している。冥界の復讐者……銃型《 タイプ》界力武装にはピッタリだろ?」
得意げな視線を送ると、御代は感心したように頷いて、
「よくそんな話を知ってたな。自分が使わない方式の知識なんて普通は持ってねぇぞ。ましてや儀式術式の伝承なんて、明峰家の界術師だって全て把握してねぇのによ」
「前に調べた事があるんだ、界力術について勉強するために。その時に偶然見つけたんだよ」
力を得て復讐を果たすものの、人間には戻れずに全てを失う。その伝承の結末が、まるで自分の未来を予言しているように思えた。だから、何となく記憶に残っていたのだろうか。
「……アクディート、か」
言葉の響きを味わっているのか、御代は何度も小さく呟いた。何か思い付いたのか、黒い拳銃がスケッチされた画用紙に鉛筆で文字を書き足していく。
「なあ、ショージュン」
しばらく無言で作業を続けた後、御代は手を止めて窺うような表情で藤郷を見詰めた。
「今日さ、お前が無理をしたのって妖精の悪戯を使って不良生徒から投棄地区の情報を聞き出そうとしたからだよな? その……『裏側』に関わるために」
「……だったら?」
「ちょっと焦り過ぎじゃねぇか? やり方が雑になってるぞ。そりゃお前が親父さんを恨んでる事とか、復讐したいって思ってる事とか、全部聞いたけどよ……自分自身の安全を天秤に乗っけてまでやり遂げる事じゃねぇだろ。連中に関わるのは止めねぇけどよ、今のままじゃいつか絶対に痛い目に遭うぜ」
藤郷は反論ができず、唇を噤んだ。二ヶ月近く投棄地区で聞き込みを続けているが、一向に進展がない状況に焦りを感じていた。そのせいで無茶をしている自覚もある。
「アキラの言う通りだな、だけど無理をした甲斐があったのも事実なんだよ。面白い情報を手に入れたんだ、アキラだって無視できないような」
紫水晶の瞳に妖しい光を浮かべ、今晩の献立を子どもに教える母親のように告げた。
「なあ、投棄地区の神隠しって噂は知っているか?」
× × ×
とある平日の深夜。
藤郷将潤は御代僚と共に投棄地区の真っ暗な森の中を歩いていた。
「……寒い、すっごく寒い!!」
ナイロン製のダウンコートを着込んだ御代が鼻を赤くしていた。時刻は午前一時。十二月でこの時間となれば冗談ではなく命の危険に関わる。藤郷も黒いロングコートを着て、背中にカイロを貼っているが、骨の芯まで軋むような寒さを完全に打ち消せてはいなかった。感覚としては業務用の巨大な冷凍庫と大差ない。
「やっぱ頭オカシいって、こんな時間に来るなんて! 自殺しに来てるようなモンじゃねぇか!! 寒すぎて普通に死ぬッッ!! あと怖い! 歌とか口ずさんでねぇと心が持たねぇ!!」
「だったら来なければ良かっただろ?」
「ふざけんな、あんな話を聞かせておいて! 手伝わせる気満々だっただろうが!!」
「そりゃあ、こんな暗闇の森を一人で探検する気にはなれないからな」
藤郷は懐中電灯で足下の劣化したアスファルトを照らしながら、
「だけど本当に暗いな、懐中電灯がなかったら何も見えないぞ」
「……電池が切れたりしねぇよな?」
「やめろアキラ、そういうのをフラグって言うんだ」
夜の森はまるで時間が停止してしまったようだった。
景色に染み込んでいるのは全く動きのない濃密な黒。音を立てている自分達が異物だと言わんばかり。今は気を張っているおかげで何とか平常心を保ててはいるが、時間の経過と共に感情の外装はガリガリと削られていく。心が剥き出しになれば即座に恐怖という死神の餌食になってしまうだろう。
「神隠しか……そんなの本当にあるのか?」
御代は亀裂の入ったアスファルトに躓きつつも、
「噂に尾ひれが付いて勝手に歩き回ってるだけなんじゃねぇの? 情報源は不良生徒なんだろ? そんな曖昧な根拠で動き出すなんてどうかしてるよ」
「それが一人から聞き出した情報だったら俺だって無視したさ。でも何人からも同じ話を聞いたんだ、しかも細部は違っても大筋は同じ。何かが起きていると考える方が普通だろ?」
寒さを紛らわせるために藤郷は両肩を摩りながら、
「投棄地区の境目に行った生徒がどうしてか行方不明になる。隣にある第二校区の不良生徒に拉致されたとか、見たらいけないモノを見てしまったとか、原因は好き放題言われてるよ。どれも推測の域を出ないけどな」
「でもよ、連中は好きで投棄地区に来てたんだろ? だったらさ、ただ単に来なくなっただけなんじゃねぇの? そもそも投棄地区に来てること自体が校則違反なんだぜ」
「勿論その可能性だってある。これが噂話なら、また地味な聞き込み調査に戻るだけだよ。でもこれが何かの異常事態だったら? 何も手掛かりがない状況でようやく見つけた裏側への糸口なんだ、見逃すつもりはないよ」
いくら不良生徒とは言え、彼らの大半は学校生活から落ちこぼれただけの問題児。投棄地区なら何か手掛かりがあると踏んで始めた御代との人助けだったが、見込みが甘かったのかもしれない。そう思い始めた時に舞い込んできたチャンスだった。
「アキラ、頼んでおいた界力武装は持ってきてくれたか?」
「一応な。閃光手榴弾に手裏剣、あとは煙幕弾……でも、こいつを頼りにして先に進むのはナシだぜ。これは逃走用に持ってきた最後の手段。こいつらが必要になるって思ったら無理やりにでも連れて帰る。実力は俺の方が一色上だって事を忘れるな」
「解ってるよ、俺だってここで死ぬつもりはない」
御代から界力武装を受け取り、黒いロングコートの内ポケットに入れた。
濃密な暗闇を懐中電灯で搔き消しながら二人は進んでいく。そして十分後、森が途切れて開けた広場に辿り着いた。
神社の境内のような神秘性を感じさせる空間だった。
冷たい夜風に波打っているのは一面に広がる草原。膝下まで丈のある草々は燦々と降り注ぐ月明かりを受けて黄金に濡れていた。広場の中央には樹齢百年を超えそうな節くれた老木がある。夜を纏ったその姿は息を飲むほど神秘的だった。全身に伝播した躊躇いを振り払い、草を搔き分けて踏み入っていく。サク、サク、と二人の足音が夜風に攫われていった。
「ここが投棄地区の端か、初めて来たよ。でも、なんか不思議な場所だよな。静かで、厳かで……何というか、空気が重い?」
「雰囲気に飲まれるなよ。ただでさえ恐怖で心が弱っているんだ、少しでも気を緩めれば平常心なんか一瞬で吹っ飛ぶぞ」
「大丈夫だよ、さっきまで暗い森の中を歩い……おいショージュン、あれって!」
御代が指差したのは投棄地区の境界線。横一面に視界を区切る高さ二メートル程の金網が、重機を持ち出したように突き破られていた。余程大きな衝撃を加えたのだろう。紙製かと疑いたくなるほど盛大にこちら側から拉げていた。
「誰が、こんな事を……界力術を使うにしても、あんな事できるのは本家か分家の怪物くらいだぞ」
「やっぱり何かあるんだよ、あの先に!」
「って、おいショージュン!」
迷いなく歩き始めると、慌てた様子で御代に肩を掴まれた。
「落ち着けって、明かにおかしいだろうが! それに金網を越えたら第一校区から出るって事になるんだぞ! 投棄地区に来るのとは訳が違う、本当に冗談じゃ済まなくなっちまう!!」
「だったらアキラはそこで待っていてくれ、俺一人で行ってくる」
「ショージュン!!」
「安心しろよ、無理をする気はないから。そもそも、ここで帰ったら骨折り損だろ? こんな真夜中にアキラを付き合わせた分の情報くらいは手に入れてやらないとな」
まだ何か言いたそうな顔をした御代の腕を無理やり振り払い、突き破られた金網へと向かった。
金網の向こう側に広がるのは第二校区との緩衝地帯である森。何かが潜んでいるとしたら懐中電灯の光は目立ち過ぎる。光を消して、月明かりを全身に浴びた。
「ああもう、クソッタレ!」
逡巡を振り切った御代が小走りで近づいてくる。どうやら好奇心が理性を打ち負かしたらしい。
穴の開いた金網を通り抜け、二人は壁のような暗闇へと沈んでいく。
毎週火、金曜日20:00に最新話を投稿します!




