第5話 ここにいる目的
※前回のあらすじ
分家関係者としての権力を振りかざす森下瞬の横暴を止めたのは、またしても霧沢直也だった。クラス中が困惑に包まれる中、上柳高澄はある確信を得ていた。
ラクニル高等部一年の時間割は基本的に六限までとなっている。
金曜日である本日、最終授業の六限は『界力実技』だった。
一年A組全員が体育で使うジャージに着替えて、高等部用の体育館の地下にある界力術訓練場へと集合していた。
とにかく広い。
視界を覆う一面の白。床や壁、天井に敷き詰められた正方形のタイルのせいだ。距離感を失いそうになるその光景は、高等部になって初めてこの訓練場に入った上柳高澄達から言葉を奪うのは容易だった。
「……噂には聞いていたけど、こんなに広いんだね」
目を丸くした実国冬樹が呆然と呟いた。その隣では陣馬梶太が贅肉を蓄えた太い首を回して室内を見渡している。
「専科生の模擬戦もここでやるからな。逆に言えば、これだけのだだっ広い空間を生かせなければ界術師として一人前じゃないってことだよ。障害物とか地形の影響がないから如何に界力術を上手く使うかが重要になってくるし」
「大変だね、専科生の先輩方も。戦闘なんて恐ろしいこと考えたくもないよ」
「左様。何にせよ、まともに界力術を発動させる事もできない拙者達には関係のない悩みでござるな」
「……そう、だな」
上柳は歯切れ悪く答えた。
ふと、片羽翔子と遠江真輝が仲良く喋りながら入場してくるのが目に入った。バカとウィンターに断りを入れてから二人に近づいていく。
「翔子、手は大丈夫なのか?」
「うん! ほらほら」
片羽は包帯を巻いた手の平を、グー、パー、としてみせる。動きにぎこちなさはなかった。どうやら本当に痛みはないらしい。
「……あんまり無理するなよ。翔子は痛くても我慢するから」
「本当に大丈夫だよ。それにいつも無理するのはタカ君の方でしょ。昼休みだって私が止めなかったらまたけんかしてたし」
「だってあれは! ――ってなんだマキ、その含みのある笑みは」
「べっつにー」
ニマニマとからかうように両目を細めて、遠江は上柳を見詰めた。
「翔子のナイト様は随分と心配性なのねって思ったの」
「な、ななないとさま――っ!?」
ぼふっ!! と蒸気を噴き出したように片羽の顔が赤く染まった。
「茶化すなよマキ。そんなんじゃないって、俺はただ……」
「いいのよ、そういうことにしておきましょう。幼馴染みの関係に水を差すつもりはないし」
くすくすと唇に笑みを添えた遠江は勝手に納得するとくるりと身を翻す。ライトブラウンの長髪をさらりと広げながら他の女子グループの輪へと混じっていった。
「ったく、マキはいつも余計なことを……で、翔子」
「は、はいっ!」
「いや、身構えないでもらえますか。まあ大丈夫ならいいよ。でも痛くなったら本当に言ってくれ」
「うん、分かった。でもタカ君も、危ない事はもうやめてね……昔みたいな辛い想いはしたくないよ。見てる事しか、祈る事しかできない私の気持ちも考えて欲しい」
沈痛そうに顔を伏せる。
思い出してしまったのだろう。まだ二人が幼かった頃、事故に巻き込まれそうになった片羽翔子を助けるために界力術を使った上柳高澄が大怪我をした事件を。
「もうタカ君に痛い想いをして欲しくないの……自分のためにも、誰かのためにも、体を張ってなんか欲しくない。病室で寝てる事しかできなくて、辛そうにしてるタカ君を、私はもう見たくないから。やっぱり私は反対だよ、タカ君が専科生を目指すのは」
「……っ、翔子それはっ!」
言い返そうとするが、片羽の強烈な眼差しに気圧されて口を閉じてしまった。大きな瞳に浮かぶのは強情な光。芯が入ったように真っ直ぐな視線が眼鏡の下から放たれる。
こうなった片羽に何を言っても聞いてくれない。長い付き合いから判断した上柳は、舌の先まで出てきていた反論の言葉を飲み込んだ。
「……分かった、気を付けるよ。もう無茶な事はしない、本当だ。もし何かあっても今度は翔子を頼るからさ、そん時は俺を助けてくれ。これだったら翔子も安心だろ?」
「絶対だよ、約束だよ! 破ったら怒るからね!」
念を押すように言うと、片羽は心配そうな視線を残して小走りで遠江の後を追っていった。
遠ざかっていく幼馴染みの後ろ姿を見ていると、ちくりと針が刺さるような痛みが胸に走る。
「(いいのか、俺はこのままで……?)」
上柳が専科生になりたいと、将来的に界術師として仕事に就きたいと、ずっと昔から思い続けているのには理由がある。
夢があったから。
幼い頃は純粋に憧れ、現実を知った今となっては口にするのを躊躇うようになった大きな目標。
「……プロ界術師になる、か」
誰にも聞こえないような小声で呟いた上柳は、自虐的な笑みを滲ませた。
企業によるスポンサーの下で一流の界術師がチームを組み、リーグ優勝を目指して戦う人気スポーツ。イメージとしてはプロ野球に近いか。多くの野球少年が夢破れる事を考えれば、上柳高澄の目標がいかに狭き門の向こう側か想像は付くだろう。
このままではいけない。何とかして変わる必要がある。
そう思ってはいても、なかなか次の一歩を踏み出す事ができない。一般科に進むか、専科生になるか。決断まではすでに残り一年を切っている。答えを出せない現状を目の当たりにして、焦りだけが募っていった。
授業の時間になった。
筋骨隆々で角刈りと如何にもな体育教師の号令に従って整列する。
今日の授業は高等部になって第一回目。前半は今後の方針を踏まえた説明で、後半は遊びの要素を取り入れた実技訓練をやるらしい。
教師の説明中、ふとジャージを着た霧沢直也が視界に入った。
教室では他の生徒と距離が取れるが、整列となればそうはいかない。いまいち距離感を掴みかねているせいもあって、霧沢もその周りのクラスメイトも居心地が悪そうだった。
「タカは随分と霧沢君のことが気になるんだね」
「気になるっていうか、さ……」
ウィンターの問い掛けに対し、うまく言葉を返せない。
昼休みの一件を経て、他のクラスメイトも霧沢に対する見方が少しだけ変わってきていた。腫れ物を扱うような感じではなく、今は単純な困惑の方が大きい。悪感情がなくなった訳ではないが最初の時の突き放すような空気は感じなくなった。
上柳自身も霧沢に対しては恐怖よりも好奇心の方が勝っている。それに霧沢ならば、上柳が抱えている『悩み』を解決してくれるかもしれないという希望があった。
「じゃ、タカとバカ。一緒にやろうか」
「その呼び方さ、韻を踏んでるせいか売れない芸人のコンビ名みたいだから止めてくれない?」
「良いではないか! 覚えてもらいやすいしな!」
数人で一組のグループを作って行えという教師の指示だ。中等部からの付き合いという事もあり、特に打ち合せすることなく三人は集まる。
「(……あれ、そう言えば霧沢はどうするんだ?)」
好きなクラスメイトとペアを組めという指令は、現状の霧沢直也にはかなりキツいのではないか?
案の定、一人で手持ち無沙汰にしている霧沢を見つけた。相手がいなくて困っているのだろう。その顔にはくっきりと焦燥の色が浮かんでいる。
逡巡は一瞬。
気付けば、足が勝手に動いていた。
「タ、タカ殿!?」
「悪い、俺は霧沢とやるよ」
「え、ちょっとタカ……!」
呆然とする二人を後にして上柳は一直線に霧沢を目指す。他のクラスメイトからの視線が突き刺ささる中、込み上がる気恥ずかしさを無視して口を開いた。
「……なあ霧沢、俺とペアになるか?」
「!」
その瞬間。
両目を見開いた霧沢が、ガシッと力強く上柳の肩を掴んだ。
「助かった、上柳……本当に、助かった!」
「そ、それは、よかったよ」
あまりに真に迫った霧沢の剣幕に驚きながらも、上柳は少し可笑しくなった。
分家関係者である森下瞬をあしらった手際の良さや、底の見えない冷たい雰囲気から、どこか霧沢は自分とは違う世界の住人だと思い込んでいた。
だけど、違った。
「なんだ、やっぱり霧沢も高校生なんだな」
「……なにを言ってるんだ?」
眉を顰めた霧沢を見て、上柳はふっと唇を綻ばせた。
× × ×
柔軟をする為に足を伸ばした霧沢の背中を、上柳は徐々に力を込めながら押していく。
「……霧沢、お前すごいな」
「なにが?」
「視線だよ、視線」
全身に突き刺さる針のような視線に思わず首を縮めた。
居心地の悪さに胸がチクチクと刺激される。できることなら今すぐこの場から逃げ出したい。
「こんな気持ち悪い視線にいつも晒されたのか?」
「仕方ないよ、俺は天城家の出身だって言ったんだから。ある程度は覚悟していたさ」
「それはそうだけど……でも、なんでそんな事をしたんだ?」
訊いていいかは微妙なラインだったが、ここまで来て引く訳にもいかない。柔軟をしている霧沢は少しだけ考えるような間を開けてから、
「宣誓みたいなものだよ。俺にはラクニルで成し遂げたい『目標』がある、そのためにはあそこで逃げる訳にはいかなかったんだ」
「目標……って、そりゃあれか? 最初に瞬と戦った時に言ってた、ラクニルに来た理由がどうとか」
「……、」
伸ばしていた体を起こした霧沢に、肩越しに冷たい視線を向けられた。
試すような、品定めするような。
底の知れない深い瞳に、じっと見詰められる。
ぞくりと体が凍り付きそうになる。それでも、固まりそうになる唇を無理やり開けて問い掛けた。
「……教えてくれないか、その理由をさ」
「俺は、変えたいんだ」
「変える? なにを?」
「世界、を」
絶句した。
だがそれは、霧沢直也がちょっと頭が痛い子だと感じた訳ではない。
逆だ。
芯が通ったように真っ直ぐな言葉に、途轍もない程の強い意志を感じたのだ。
「本家とか分家もそうだ。天城家と鎮西家を差別する界術師の世界を変える。『あいつら』を殺したこのふざけた世界を根底から覆す。それが生き残った俺に課せられた使命なんだよ」
「……ぐ、具体的には、どうするつもりなんだ? 世界を変えるって言っても壮大過ぎるぞ」
「何も今すぐ変えられるとは思ってない。まずはあの人と同じ立場を手に入れる。その為にラクニルに来たんだ」
「立場……?」
「風紀委員会に入るんだ」
ラクニルで風紀委員会に所属していたという経歴は、自分が優秀な界術師であると示す為の恰好の謳い文句になる。実際に風紀委員の経験者は将来的に六家界術師連盟や界力省などに就職する場合が多い。本家や分家の連中が風紀委員会に入りたい理由には、何も権力を使って暴れ回りたいという下衆な考えだけではなく、将来の就職を見越しているというものもあるのだ。
「立場のない奴が何を叫んでも無意味だ。それは過去の二家同盟の失敗で証明されてる。過激な方法で対抗して危険なテロリストというレッテルを貼られたんだ、どれだけ正しい主張を叫んでも誰の心にも響かない」
「……、」
「大切なのは声の大きさや届け方じゃない、その声を出している『人間』なんだよ。何かを変えるのは簡単じゃない、ただ感情のままに喚いても効果がないからな。だからまずは状況を作り出す。立場を手に入れて、俺の声に誰もが耳を貸してくれるような状態にする。そのための道筋は示してもらっているんだ、後は忠実に再現するだけだよ」
何かを変えるのは簡単じゃない。
その言葉が、何故か脳の奥にしまい込んだ記憶を刺激した。
森下瞬との関係が。
かつての親友との繋がりが、決定的に壊れてしまったあの瞬間が蘇る。
「交代、次は上柳の番だ」
「あ、ああ」
慌てた様子で頷いた。
霧沢と位置を変えた上柳が座った状態で足の裏の筋を伸ばしながら、
「多分、霧沢が風紀委員会に入るのは無理だと思うぞ」
「俺の出身が天城家だからか?」
「……ああ。あんまりこんな事は言いたくないけど」
風紀委員会には本家や分家の生徒が集まっているのだ。差別するべき対象として教えられてきた天城家出身の界術師を受け入れるとは考えられない。どれだけ試験で高得点を取っても、適当な理由を付けて不合格にしてくるはずだ。第一校区の風紀委員会ならこれくらいは普通にやる。
「なにか策はあるのか?」
「策なんてない。ただ正面から、愚直に、堅い扉をこじ開けてやるさ」
「でも、それじゃあ……!」
「俺を不合格にできないような圧倒的な結果を出してやるよ。入会試験は戦闘形式なんだ。なら、俺は誰にも負けるつもりはない」
きっぱりと言い切る霧沢に対し、上柳は反論の言葉が思い付かなかった。
もしかしたら、霧沢直也なら本当にやってしまうかもしれない。そう思わせるだけの『何か』を霧沢から感じ取ったのだ。
「(一体なにが、こいつをここまで強くしてるんだ……?)」
純粋な戦闘力の高さや、界術師の才能ではない。もっと根本的で、本来なら誰でも手に入れられるもの。目的に対して脇目を振らずに、ただ真っ直ぐ邁進できる強固な意志。
それは、上柳高澄にはなくて、霧沢直也が持っているもの。
知りたい、と思った。
専科生になる、プロ界術師になる、そんな目標ばかりが先行して動き出せない自分自身を変えるために、霧沢直也が持っている強さの正体を見てみたい。
「なあ霧沢、俺もその入会試験についていってもいいか? 確か今日の放課後だよな? 試験を見学できるはずなんだ」
「ああ、構わない」
驚きに目を見開いた霧沢だが、すぐに嬉しそうな顔で頷いた。
「むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ。まだ第一校区に慣れていないからさ、試験会場まで迷わずに行けるか不安だった」
「……校区が広いからな、俺も迷ったことがあるよ」
柔軟を終えた二人は、実技訓練のために場所を移動する。
上柳は教師から訓練道具一式を受け取った。黒い手袋を二組と、ゴムのように弾力のあるボールを二つ。興味深そうに霧沢が教材を見ていた。
「……上柳、これは?」
「『ドッジボール』だよ、知らないのか?」
霧沢は首を縦に振る。
「なんにせよ、説明するよりもやった方が早いか」
訓練場の中を見回してウィンターとバカを探す。
すると、どうやら二人とも霧沢と組んでいる上柳が気になっていたようで、自然と目が合った。手招きで呼んでみると困ったように顔を見合わせつつもこちらに来てくれる。
「悪い、二人とも。霧沢に説明するから『ドッチボール』をやってみてくれないか?」
「……タカ、それはいいけど」
ウィンターがちらりと霧沢を一瞥する。いまだに距離感が掴めていないのだろう。
どうしたものかと悩んでいると、唐突にバカがドシンと一歩踏み出した。
「笑止!! ここまで来て立ち止まるのは愚かな選択なり!」
だるんとした腕を差し出し、力強い笑みを浮かべる。
「拙者は陣馬梶太だ! よろしくな、霧沢殿」
「あ、ああ……」
手を握った霧沢が、眉根を寄せて助けを求めるように上柳を見た。
「なあ上柳、こいつ大丈夫なのか?」
「信じられないかもしれないけど、これがバカの平常運転だ」
「……こいつ大丈夫なのか?」
「二度も言わないでもらえますかねえ霧沢殿!!」
ぶつぶつと文句を言いながらも、バカは差し出された黒い手袋とゴムボールを受け取った。
普段は必要以上に暑苦しいし、夏になればふくよか過ぎる体型のせいで近寄ってくるだけで尋常ではない熱気を放つバカだが、こういう場面でも一切躊躇わないメンタルの強さは紛れもない長所だ。
「……僕は実国冬樹。よろしくね、霧沢君」
「ああ、よろしく」
ぎこちなさは残るが、ウィンターも霧沢のことを受け入れたようだ。手袋とゴムボールを受け取って、バカから五メートルほど離れて対峙する。
「ルールは簡単。界力を使ってゴムボールを操作する。ボールが命中するか、操作ができずに落としたら負け」
「なるほど、あの黒い手袋とゴムボールが界力武装なのか」
手袋を嵌めたバカのウィンターの体から、それぞれ緑色の界力光が溢れ出す。
青、緑、黄、橙、赤、紫、黒、の順で上がっていく実力。ラクニルにおける平均が緑と黄の中間であることを鑑みれば、二人は平均よりも少し低いということになる。
ふわり、と緑色の光に包まれたゴムボールが浮き上がる。
界力武装の機能。手袋に界力を流し込むことで術式を起動させ、自由にゴムボールを操っているのだ。
「行くぞウィンター! 力の差を教えてくれるわ!!」
バカが勢いよく右手を突き出した途端、緑色の光を放ったゴムボールが撃ち出された矢のような速度でウィンターへと飛翔する。だがウィンターは動じない。左手の上でゴムボールを浮かせたまま、空いている右手で飛んでくるゴムボールに干渉。がっちりと空中で動きを止めてみせた。
「端から見てると地味だけど、これ思っているより難しいんだぞ」
上柳は二つのゴムボールを高速で撃ち合う二人を見ながら、
「これは訓練用の界力武装だからな、ボールを撃ち出すにも受け止めるにもかなりしっかりと界力を操作しないといけない。わざと使い勝手を悪くしているってことだよ」
「重りを付けてトレーニングするみたいなものか?」
「そうそう。それに必要以上に界力を流し込んでもボールの操作を失っちまう。暴発の危険性があるから力任せにやればいいってモンでもない。投げ合いが高速になっていくにつれて正確さと速度が要求されるって訳だよ。俺達はボールを二つでやるんだけど、専科生の先輩方は五つも使うらしい。考えただけでもぞっとするよ」
実力も同じで、何度も試合をしてきたからだろう。バカとウィンターの『ドッチボール』はかなりの長期戦になった。だが唐突に終わりを迎える。バカの放った渾身のストレートがウィンターの左肩に直撃したのだ。
「我の勝利だ! どうだウインター!!」
「……くそ、バカの分際で」
「ワハハハ! なんとでも言うがよいわ! 負け犬の遠吠えにしか聞こえんぞ!!」
高笑いを響かせるバカを、ウィンターは悔しそうな表情で睨み付けた。
次は上柳高澄と霧沢直也の番だ。
黒い手袋とゴムボールを受け取り、距離を取って向き合う。
「(……赤、か)」
手袋を嵌めてゴムボールを浮かせた霧沢の体から、赤い界力光が漏れ出していた。森下瞬と同じく、界術師全体で見ても一割以下しか到達できない高実力である。
上柳も黒い手袋に界力を流し込んでゴムボールを浮かせる。ドライヤーでピンポン玉を浮かせている感触に近いだろうか。少しでも界力の出力を誤ればゴムボールの制御を失ってしまいそうだ。
「いいのか上柳、俺とお前とじゃ実力が違うけど」
赤色の界力光を放つ霧沢直也に対し、上柳高澄の実力は黄色。
緑と黄の中間というラクニルの平均よりは少しだけ上。緑色のバカとウィンターよりは一色上で、赤色の霧沢直也とは二色差が付いていることになる。実力の違う相手と勝負をするという事は、最高速度の違うマシーンでレースをするようなもの。一色差ならば機転や相性で差を埋められても、二色も差が離れれば勝利は絶望的である。
「大丈夫だよ霧沢。ドッチボールで大切なのはボールを正確に操るために界力を思ったように制御すること。だから実力の差ってのはあんまり影響しないんだ」
「そうだぞ霧沢殿。それにあまりタカ殿を侮らない方がいい、これでもタカ殿は界力の操作に長けている方よ」
言いながら、バカが審判をするために中央に移動する。
「では、いざ尋常に――始めっ!!」
そして。
上柳高澄は、霧沢直也の埒外の力を思い知る事になる。
毎週月、木、土の18時に最新話を更新します!