018 / 春一番
《高等部一年生 四月》
※ 前回のあらすじ
御代僚は倉庫跡にて日曜日に密会する藤郷将潤と佳純を目撃する。何やら不穏な空気を感じてしまい、少しだけ胸がざわついた。
その後、待ち合わせをしていた敷本小春と合流して、偶然にも投棄地区で見つけた工房へと移動した。諦めずに前に進もうとする敷本を応援するために、汎用品の界力武装『柄付き銀鎖』を改造して、固有武装『ヴィントーク』を完成させたのだった。
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四月になった。
第一校区高等部の入学式を終えた御代僚は、晴れやかな気持ちで花曇りの空を見上げていた。
ここは投棄地区の『合宿場跡』。つい先月まで『ゴールド』が占領していた施設だ。
元々は部活やリーダー研修の際に宿泊施設として使われていたのだろう。本土の小学校に通っていた頃に宿泊研修で行った青少年自然の家を思い出すような建物。白い外壁は黒ずんでいるが、それでもゴールドの連中が使っていたおかげで廃墟感は一切ない。電気や水道も全て生きているため、もう少し夜が暖かくなれば普通に生活できそうだ。
正面玄関前の広場は下午の賑やかな空気に満ちていた。アイオライトの集会が開かれるため、多くの不良生徒が集まっているのだ。全員の右手首には青いリストバンドが嵌められている。アイオライトのメンバーの証。始めの頃は抵抗を示す生徒もいたが、今では全員が当たり前のように嵌めていた。
国旗を掲揚するポールの下にある花壇。この合宿場が使われていた頃は利用者を歓迎するために季節の花が咲いていたここも、今では雑草が元気よく生い茂っているだけ。ヒビ割れた赤茶色の煉瓦に腰を下ろした御代は、気の抜けた声で、
「いやー、全員が無事に進学できて良かったな」
「本当だねー」
和やかな声で返したのは、同じく新品の制服を着た敷本小春である。
「心配だったのはショージュンとライちゃんだよ。あの二人、全然授業に行ってなかったんでしょ? なんか二人して投棄地区でコソコソやってるみたいだし……ウチは詳しく知らないけど」
「コソコソ?」
「うん。アキラも知ってるでしょ、ここから少し離れた所に小屋があるじゃん。二階建てで古くさくて、誰も行かないような建物。そこに二人で行ってるみたいだよ」
「二人っきりで、誰も来ない小屋に行く、ね……あの二人、意外とやる事はやってんのか?」
「も、もう! そういう言い方しないでよ、せっかくオブラートに包んだのに!!」
教室に来ない生徒――不良生徒。この言葉の定義通り、藤郷将潤と雷峰芽衣子は昨年度の後期は一度も学校に通っていなかった。
「まあでも、授業に行ってなかったとしても、学校側も面倒だから留年なんかさせねぇんだろ? 追試とか特別課題をやらせて無理やり進級させるって話を聞いたことがあるぜ」
「大半の生徒はね。でも発現した術式が珍しくて価値があったり、何か特殊な能力を持っている生徒だと話が変わるんだ。アキラも噂くらい聞いたことがあるでしょ? 学校に弱みを握られた生徒は『リスト』に名前が載って、都合の良い消耗品としてラクニルに使い潰されるって」
長い睫毛を伏せた敷本の顔に、クセ毛の前髪が掛かる。
「この指令を達成できれば、学校の力を使って問題を揉み消してやる……こうやって言われちゃうとね、やっぱり命令に従っちゃうんだ。どうにかしなくちゃって強く思うから、倫理観のハードルが一気に下がるの。最初はちょっと罪悪感が痛むくらいの軽い指令、でも次第に要求がエスカレートしていって後に引けなくなる。普通の生活に戻れなくなって、逃げ出すしかなくなっちゃう」
まるで経験があるような言い方だった。恨みがましい声音には、生々しい程の現実味が滲んでいる。
「(もしかしたら、ハルも……?)」
そう思いかけて、慌てて首を振った。
考えるべきことではない。真実がどうであれ、これは赤の他人が踏み入ってもいい領域ではなかった。沈んだ空気を変えるためにも、御代は少し明るめの声で、
「まあでも、心配してたのは俺達だけだったけどな。当の本人達は全く気にも掛けてねぇって感じだったし……実際に問題はなかった訳だが。ショージュンは鬼のように頭がいいからな、高等部への進学試験で総合一位を取って教師陣を黙らせたらしいぜ。音楽とか美術みたいな芸術科目でも成績上位常連らしいし、いよいよ本当にどうして投棄地区で不良生徒をやってんのか解らなくなってきやがった。それにライメイだって……」
「うん、本当にビックリした……ライちゃんが鎮西家の出身だったなんて」
始まりの八家の一つ鎮西家。生み出した方式は『結界術式』。十数年前、天城家と共に二家界術師同盟を結成し、過激な方法で主張を繰り返した家だ。世間から危険なテロリストとして恐れられ、その差別意識は現在も色濃く残っている。
「ライちゃん、実技試験ですごい成績を取って、それで無理やり進学したって聞いた。……なんか、微妙な感じ。ライちゃんも言ってくれれば良かったのに、今更『鎮西家』出身だって知っても差別なんかしないよ」
「そんな簡単に割り切れる話じゃないんだろ、ライメイを責めるのは酷だぜ。もしかしたら、その辺りの事情がショージュンにべったり惚れてる理由なのかもしれねぇな」
高等部への進学試験の中には界力術の実技試験もある。学校が指定した術式を基準を満たして発動するだけという内容。実戦的な要素は一切ないため、直立した状態で何秒掛けても問題はない。ここで赤点を取ったとしても春休みに行われる補習を受ければ良いだけだ。
ふと、玄関前広場に集まった生徒の中に藤郷将潤の姿が視界に入った。
「(……あれ、一緒に喋っているのはゴールドとシルバーだった連中か?)」
楽しそうな笑みを浮かべながら、藤郷はゴールドやシルバーに属していた先輩と喋っている。ゴールドがアイオライトに加わったのはつい二週間前の話だ。色々と消化できていない感情もあるだろうが、こうして仲良く交流している姿を見ると争っていた頃が嘘のように思えた。
「ゴールドの連中さ、案外あっさりと仲間になってくれたよな。寺嶋家との交渉がかなり難航していたし、もう少し手こずるって思ってたけど」
「それだけ角宮先輩の説得が心に響いたってことでしょ? 戦力的にだってこっちが勝っていたんだし、あのまま戦っていても一方的に負けるだけって気付いたのかもしれないけど」
人数面での有利ではない。ゴールドとアイオライトの決戦に備えて、学校側から大量の界力武装が支給されたのだ。どれもこれも量産された粗悪な汎用品で、しかも型落ち品。明かな在庫処分であり、御代は触りもしなかったが、他の不良生徒からすれば天からの施しだったのだろう。飛び跳ねるように喜び、各々が思うがままに界力武装を手にしていった。
武力で脅すような形から交渉が始まりはしたが、最終的にはゴールドのリーダーが角宮恭介の交渉に応じる形で争いは決着した。こうして、昨年十月から始まった三大勢力の統一は約六ヶ月で成し遂げられたのだ。
「すごいねショージュン、もう他の勢力の先輩達と仲良くなってる。ウチも交流しなくちゃーってのは解ってるんだけど、なんか入りずらくて……」
「内輪の空気ってやつだろ? 俺も感じてるよ。アイオライトって一つの勢力に纏まるってなっても、やっぱりこういう繋がりは簡単に消えてくれない。無理やり入れない訳でもねぇけど、あんまりやりすぎると煙たがられるだけだしさ」
「そういう微妙な空気をなくすために、今日の集会の後に懇親会をするんでしょ? 狩江先輩と草薙先輩が張り切って準備してた。これから一緒に活動していく訳だし、やっぱり他の勢力だった人達とも仲良くなっておくべきだよ」
「急には難しいだろうな、過去の遺恨とかあるし。きっかけ……というか、お互いを許してもいいと思えるような『理由』を用意してやる必要がある。例えば、みんなが参加できるイベントを企画して一緒に遊ぶとかな」
例えば……、と視線を上向けた御代が、得意げな顔になってパチンと指を鳴らした。
「もう少し夜が暖かくなったらこの合宿場で天体観測するとかどうだ? グラウンドがあるんだからスポーツ大会だってできるな。夏にはバーベキューだってしてみたいし、宿泊施設を掃除して合宿をやってもいい。施設は整っているんだ、あとは俺達のやる気次第で何だってできるはずだぜ」
「いいね、そういうの! すっごく楽しそう!!」
ぱあと顔を明るくした敷本が、週末に家族と出掛ける事を告げられた少女のように大きく頷いた。
「なんかもう、普通の仲良しグループみたいになってきたね。勢力の統一とか、風紀委員会の干渉とか、寺嶋家との交渉とか、そういう物騒なことで悩んでた先月までが嘘みたい」
「そういう段階に到達したって事だよ。もう苦しい時間は終わったんだ、これからは楽しむことに全力を尽くせってことさ。アイオライトを本物の居場所にするための戦いは終わらねぇ、むしろこれからが本番だ」
投棄地区は変わっていく。アイオライトが変えていく。
これからの課題は、その急激な変化をコントロールすることだ。角宮恭介が理想として掲げ、御代僚が憧れた未来。アイオライトという居場所を、全員が胸を張って自慢できるような『本物の居場所』にするためには、まだ歩みを止める訳にはいかない。
「あ、そう言えばさ、アキラは聞いた? 戦闘訓練の話」
「……いや、なんだそれ?」
単語から不穏な響きを感じて、少しだけ表情が強張った。
「ほら、ゴールドと戦った時に寺嶋家から界力武装が支給されたでしょ? あれを使って、ウチらを対象とした実戦訓練をやるみたいだよ。寺嶋家から専門の教官も派遣されるんだって」
「なんで、そんな事を?」
「専科生向けの授業内容を確認するためって言ってた。効率良く授業をするためには先生達にも練習が必要ってことなんだと思うよ」
「理屈は解るけどよ……界力武装って言っても、どれも量産された汎用品だろ? だったらアクディートを持ってる俺には関係ねぇ話だし、そもそも実戦自体に興味がねぇかな」
「ウチも同じ。せっかく投棄地区が平和な方向に変わってきてるのに危ない事に関わりたくない……それにアキラに作ってもらったヴィントークだってあるし、もう他の界力武装を使う気になんかなれないよ」
目許を和ませた敷本が、腰に装着した二本の銀鎖に優しく触れる。自分が作った界力武装を大切に扱ってくれているのを見て、職人として誇らしい気持ちになった。
「ここにいたか、アキラ」
宿泊施設の玄関から出てきた角宮恭介に声を掛けられた。
高等部の制服の上からでも解る筋骨隆々とした体付き。実直さを感じさせる両目は細く鋭い。整髪剤でパリっと決めたオールバックのせいもあり、普通に高校生活を送っているだけでは身につかない野性的な凄みを感じさせた。
「恭介さん、集会の準備はいいんですか?」
「ああ、後は二郎と美波に任せてきたよ」
背後の宿泊施設を指した角宮が楽しそうに言った。明るい表情を見る限りでは、どうやら準備は順調に進んでいるようだ。
「恭介さん。俺はさっきハルから聞いたんですけど、寺嶋家が言ってきてる実戦訓練の話って知っていますか?」
「ああ。俺は反対したんだがな、寺嶋家からの強い要望で断り切れなかったんだ。昔から投棄地区にいる連中ってのは考え方が野蛮だろ? ようやく物騒な事が終わって投棄地区全体の雰囲気が変わりつつあったし、まずはその辺りの意識を変えねぇとって思ってた矢先だってのによ」
「でも変な話ですよね。専科生の授業内容の確認って話ですけど、俺達で試して意味があるんですかね? まともに界力術を使える生徒なんて数えるくらいしかいないですし、先生達も練習にならないと思いますけど」
「確かにそうだ。そもそも汎用品とは言え大量の界力武装を不良生徒に支給するってのもおかしい。これじゃあまるで俺達に戦う事を促してるみたいじゃねぇか、三大勢力を統一して管理しろとか言っておきながらさ。いや、まさか……」
唐突に顔に険を浮かべて、角宮は考え込む。
「……恭介さん?」
「すまねぇ、後で考えるよ。それよりも、実は集会の前にアキラに話しておきたいことがあったんだ。本当は二人で話したかったが、まあハルなら大丈夫か」
「……?」
不思議そうに首を傾げる御代を尻目に、角宮はゆっくりとした足取りで雑草が生える花壇の隣まで歩み寄ってくる。集会のために宿泊施設前に集まったアイオライトのメンバーを見渡してから、真剣な表情で口を開いた。
「来年……俺がラクニルを卒業した後の話だ。俺はアキラに、アイオライトのリーダーを任せたいと思っている」
「……は?」
たっぷり十秒近く呆然とした後、御代は一本に括った長髪を左右に揺らしながらブンブンと勢い良く首を横に振る。
「しょ、正気ですか恭介さんっ!! 俺がリーダーなんて……そ、そんなのできないですって!!」
「そうか? 俺はアキラが適任だと思うけどな」
ニカッ、と角宮は快活に頬を持ち上げる。
見る人を安心させる無邪気で人懐っこい微笑み。毒気を抜かれかけるが、胸の奥から噴水のように溢れ出す驚愕と困惑を押し止めることはできなかった。
「か、考え直してください、俺はまだ一年なんですよ! 普通に考えて他の先輩がやるべきですって! 俺が出しゃばっても反発を喰らうだけですから!!」
「その点に関しちゃ卒業する前に何とかしてやる。せっかく学校公認の団体になれたってのに、跡継ぎがいなくて空中分解なんて悲しいだろ? 俺はさ、アイオライトをずっと残したいんだ。せっかく変えた投棄地区を元に戻しなくないんだよ。そのためには俺と同じ理想を持ったヤツが先頭に立たなくちゃいけねぇのさ」
「だ、だとしても! 俺よりもショージュンの方が適任でしょ! 今までだって恭介さん達と一緒にアイオライトの運営に関わっているんです。他のみんなだってショージュンならリーダーになっても納得するはずです!」
「それは考えた……でも、躊躇っちまったんだ」
ゴールドの先輩達と楽しげに雑談する藤郷を見た角宮は、複雑そうな眼差しを浮かべた。
「ショージュンの素質は申し分ねぇ、俺だってあいつに頼っている部分がある。だけどショージュンは上に立つには頭が良過ぎるんだ。見えなくてもいい事までアイツの瞳には映っちまう」
「……どういう意味ですか?」
「ショージュンは優秀だ、誰よりも早く正解を導き出せる。だけど他の人間も同じだとは限らねぇだろ? ショージュンはずっと先頭に立ってたきた、俺の隣でアイオライトを俯瞰してきた。だから、大局的な視点を持っていても、下の人間の気持ちになって考えらねぇはずなんだ。足並みが乱れれば、アイツは容赦なく下を切り捨てる……そんな気がしてならねぇ」
「……ウチ、何となくそれ解ります」
黙って話を聞いていた敷本が、沈んだ表情で言いにくそうに口を開いた。
「ショージュン、偶に何か冷たい時があるんです。上手く言えないんですけど……その、ウチを見ていないっていうか。誰でもいいって思われてるみたいな気分になる……まるで換えが利くゲームの駒みたいに」
「ハル……?」
「ウチはアキラにリーダーをやって欲しい。上手く言葉にできないけど、そっちの方が暖かい居場所になる気がするの」
「だってよアキラ、俺以外にも推薦人がいるようだぜ」
「きょ、恭介さん……でも、急にそんな事を言われても。それにショージュンだって何て言うか」
「安心しろ、ショージュンを蔑ろにするつもりはねぇよ」
顔を引き締めた角宮が、真っ直ぐに狼狽する御代を見詰める。
「あいつの能力は財産だよ、アイオライトにとってのな。だけど使い方を間違えれば自分の首を締める毒にもなる。何も今すぐ結論を出せって訳じゃねぇんだ。俺が卒業するまでまだ一年ある、ゆっくり考えて答えを聞かせてくれ。強制はしねぇが、前向きな答えを期待してるよ」
「……解り、ました」
釈然としない部分もあるが、ぎこちなく頷いた。
角宮恭介の跡を継ぐアイオライトのリーダー。
考えてみてもピンとこないというのが正直な感想だ。大勢の前に立って導いている自分の姿を想像できない。
「(……ショージュン、お前はどうなんだ?)」
助けを求めるように視線を向ける。
それでも、知らない先輩達と楽しそうに話す藤郷将潤がこちらに気付くことはなかった。
春一番が、前髪を乱暴に揺らした。
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