014 / 黎明の予感
《中等部三年生 十二月》
※ 前回のあらすじ
『シルバー』との戦いにて、角宮恭介は見事交渉を成功させる。これで投棄地区に存在する三大勢力の二つがアイオライトに加わることになった。
投棄地区を誰もが自慢できるような『本物の居場所』に変革する。角宮恭介が率いる『アイオライト』の計画は順調に進んでいるように見えたが……
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十二月のとある土曜日の夜。
第一校区の投棄地区にある『倉庫跡』は割れんばかりの歓声に包まれていた。濃い藍色の夜空には一面に輝く満天の星々。キャンプファイヤーの火の粉が笑い声に乗って天へと舞い上がる。今が真冬の夜だという事を忘れそうな熱気が辺りを明るく覆っていた。
「……っ!!」
一本に括った明るい長髪を振り乱しながら、御代僚は高々と宙を舞った。唇を噛み、眉間にキツく皺を寄せている。身体強化を発動しており、全身から淡い黄色の界力光が漏れ出していた。
愛銃の引き金を連続して絞る。
電子音を凝縮した発砲音――螺旋状に回転する黄色い界力弾が夜闇を引き裂くが、そのどれもが狙った相手には命中しない。劣化して岩肌のようにボコボコな表面のアスファルト抉るだけだった。チッ、と露骨な舌打ちと共に固い地面に着地する。
「へいへいノーコン射手! そんな射撃じゃいつまで経っても当たらないぜ!!」
巻き上がった粉塵を突き破るようにして井之上剛毅が飛び出してきた。全身から黄色い光を迸らせ、薄闇に等身大の帯を引きながら一気に加速する。追い付かれてタックルを決められれば、御代の身体強化では耐えられない。
「相性が最悪なんだよ、対戦カードを組んだヤツの悪意を感じるぞクソッタレ!!」
鋭い顔付きを苛立ちに歪めつつも、再び後方へと跳び上がった。宙で一回転しながら青いリストバンドを嵌めた右腕を持ち上げる。細かい狙いを付けず、引き金を連続して絞った。今度は一発だけ射線に捉えていた――が。
ガキンッ!! と硬質な音と共に弾かれた。防御のために井之上が掲げた腕には傷一つ付いていない。冬服の裾から伸びる手の甲では、金属のような光沢が月明かりを反射していた。
直前までアクディートを撃っていたせいで着地の体勢が取れていない。体を痛めないように受け身を取って何度もアスファルトの上を転がり、すぐに立ち上がって跳び退いた。
その場所を。
轟ッ!! と猛烈な破壊力を伴った質量が通り過ぎる。
辛うじて回避した御代は苦々しい表情で井之上を睨み付けた。まるでラグビーのタックルのような姿勢だ。フシューと薄く開いた歯の隙間から長く息を吐き出すその姿は、まさしく鎖から解き放たれた猛獣だった。
「(戦術も作戦も意味を為さねぇ、これだから闘術は嫌いなんだよ!)」
始まりの八家の一つである夏越家。生み出した方式は闘術。
成し遂げた偉業から『世界の記憶』に記録されるに至った英雄達の絶技や生き様を己の肉体で再現する方式である。体内で練った『氣』を消費することで闘術を発動させたり、氣法や歩法と呼ばれる特殊な技術を使ったりして戦う。
井之上剛毅の界力術は『不倒不敗』と呼ばれる闘術だ。
再現するのはアルミス・アダマントという英雄。数千人の敵に対してたった一人で城門を死守した伝説を持つ不屈の男。何人で攻めてきても、どれだけ強力な武器を使ってきても、出血多量で意識が朦朧としても道を開けず、最後には敵を殲滅してしまう。まるで根性を極限まで凝縮したような英雄である。
「(遠くから撃っても意味がねぇ、あの硬い殻に弾かれちまうだけだ)」
先ほどアクディートの界力弾を弾いたのは『鋼殻』と呼ばれる専用術式。全身の皮膚を鋼のように硬くできるらしい。氣を消費し続ける必要があって燃費は悪いが、防御する一瞬だけ硬度を上げられてしまえばお手上げだ。
「(至近距離で顔面に撃ち込みてぇが、迂闊に踏み込めばこっちがやられちまうだけ。相手は闘術使いなんだ、歩法を使われれば俺の身体強化じゃ対応できねぇぞ)」
感覚としては、SF映画に登場する全身機械化した改造人間と戦うのに等しい。こちらの攻撃が通じないだけではなく、鉄のように硬化した拳で殴られるだけで簡単に意識を持って行かれてしまう。移動速度まで向こうが上手となれば、もう為す術はない。何世代も先の技術を使っているのではないかという錯覚にすら陥る。
芳しくない戦況の唇を噛みつつ、アクディートに界力を流し込む。木目調の装飾が施されたグリップの内側に入れてある充填用の界力石が熱を帯び、冬の冷気に凍り付いた両手を革手袋越しに暖めてくれる。界力の残量を示す黄色いラインは七割の部分まで淡い光を放っていた。
「いよいよ勝負も大詰めっスよ! 本日もゴウキ君の勝利で終わるのか!? それともアキラ君が根性を見せるのか!? 賭け金を増やすなら今! もうすぐ入金を締め切るっスよ!!」
「そらそら野郎共、声援が足りないんじゃないかい!! 大枚叩いて賭けた方の背中を押してやれぇ!! 生活費がないとか言われても返金しないぜ?」
パンクな見た目の草薙二郎とお団子頭の狩江美波がメガホン片手に漁港の競りのように観客を煽る。どっと観客のボルテージが沸騰した。何人かの生徒が慌てて紙の切れ端を持って二人の前に駆け寄って行く。両眼を『¥』マークにした二人の汚れた笑みが鈍く輝いていた。
「(クソッタレ、こっちの苦労も知らずに楽しみやがって……っ!)」
観客の殆どが井之上剛毅の勝利だと予想している。
戦績は御代僚の一勝三敗。有効な攻撃手段を持っていないのが負け越しの理由だった。唯一の例外は、すでに役目を終えてホルスターにしまった刻印弾『雷の沼』の弾倉だが、こちらも初戦で使って以降は警戒されて効果を発揮していない。今回だってすでに何ヶ所にも刻印してあるが、それに井之上が引っ掛かる事はないだろう。
「アキラ! がんばってぇーーーっ!!」
ショートカットのクセ毛を振り乱して声援を飛ばすのは敷本小春だ。国際試合で格上の相手に奮闘する自国チームを応援するように声を張り上げている。
「(応援してくれるハルのためにも勝ちてぇが、確証がねぇぞ)」
すでに逆転の手は打ってある。あとはそれが機能するかどうか……
「何だよアキラ、またいつもと同じ展開か?」
ニヤニヤと勝ち誇ったように唇を歪ませた井之上が、挑発の色に染まった眼差しを向けてくる。
井之上がアイオライトに参加したのはつい数週間前の話だ。詳しいことは聞いていないが、どうやら藤郷将潤に直接スカウトされたらしい。面識はないはずだが、何故か事あるごとに突っかかってくる。界術師としての相性とは別に、個人的に苦手……というか嫌いな相手。戦いに負けて精神的な有利を取られたくないという想いもあった。
「このままじゃまた俺が勝っちまうぜ。今度は向こうの森まで吹っ飛ばしてやるよ針金野郎!!」
「ハッ、今の内にほざいてろ岩石野郎! 絶っっっ対その憎たらしい眉間に銃口を突き付けてやるからなっ!!」
御代が切った啖呵に応えるように、全身から黄色の界力光を迸らせた井之上が獰猛に笑って走り出した。闘牛のように迫り来る井之上の姿が、威圧感のせいで何倍にも大きく見えた。
専用術式『不倒不敗』。どんな攻撃にも決して倒れなかったアルミス・アダマントの生き様の再現。発動中は通常ならば足を止めてしまうような衝撃を受けても、ある程度まで無視して走り続ける事ができる。反射的に縮こまろうとする肉体を、闘術が無理やり動かし続けるのだ。恵まれた体格を活かしたタックルを得意とする井之上の加速を止められないのは非常に厄介である。
御代はアクディートの引き金に手を掛けて、銃口を少し離れたアスファルトに向ける。前もって雷の沼の刻印弾を撃ち込んだ場所——刻印術式の『起点』である。
アクディートの引き金を絞り、『起点』に向けて界力弾を射出した。界力弾が一定距離内に近づけば自然と『起点』へと軌道を変える仕様にしてある。黄色いラインが不自然に軌道を曲げて直径数センチの点に命中。術式が起動し、夜闇に沈んだ黒いアスファルトに鮮烈な黄色い花を咲かせる。
バヂィッバヂィッッ!! と凶悪な衝撃に彩られた黄色い花弁を、井之上は平然と身体強化を使って飛び越える。前回までの戦いで何度も見せた手の内であり、驚いた素振りすら見せない。専用術式『鋼殻』で鉄のように硬くした拳を振りかぶり、跳躍の勢いそのまま御代へと飛び掛かった。
「(計算通り!)」
にやりと唇の端を持ち上げる。
アクディートの引き金の下にあるボタンを操作して『通常弾』から『刻印弾』へと変更する。すでに弾倉は新作に交換済みだ。迷わず空中の井之上に向けて引き金を絞った。
電子音を凝縮させた発砲音。外付けHDDを幾つも組み合わせたような歪なデザインの黒い銃身に黄色いラインが走り、一気に銃口から黄色い塊が放出される。
雷の網。
網目状に織り込まれた黄色い界力光が、傘を広げるように展開された。
「――ッ!?」
井之上の顔に驚愕が走り抜けるが、咄嗟の事で対応できない。ばぢぃっ!! と耳を塞ぎたくなる高音が夜闇に弾ける。正面からネットに搦め捕られた井之上が、バランスを崩してアスファルトに落下する。その様子はまさしく空に投げられた網に嵌まった鳥だった。
「R.I.P.――この至近距離だ、テメェの石頭も綺麗に撃ち抜くぜ?」
体を横にズラして衝突を避けた御代は、ボタンを操作して『通常弾』を選択。威力を最大まで引き上げた状態で踞る井之上の眉間へ銃口を突き付けた。網に絡まって藻掻く井之上の顔が、死の口を見て固まった。
「……降参だ、俺の負けだよ」
ゆっくりと両手を挙げる井之上を見て、御代はアクディートを下ろした。
観客から大きな悲鳴が上がる。井之上の勝利に賭けていた連中が頭を抱えているのだろう。いい気味だ、と御代は皮肉げに頬を緩めてやる。
「(何とか勝てたが、やっぱりまだ火力不足な事には変わりねぇ。搦め手で作った隙を突くって戦い方がスマートで好きなんだが、硬い相手でも正面から力押しができるようにするべきか)」
アクディートはグリップのボタンで威力を調整できるようにしてある。だが最大にした所で井ノ上の『鋼殻』は撃ち破れないし、搦め手だって都合良く通じるとも限らない。ゴリ押しの勝負になった時の手札として、火力の強化は必須であるような気がした。
「……、」
井之上から視線を感じる。
雷の網から解放され座り込んだまま、じっと鋭い眼差しでこちらを睨み付けている。ただ賭け試合に負けただけではなく、この敗北には何か他の大きな意味があるとでも言いたそうな顔だ。触れぬ神に祟りなし。ちらりと一瞥しただけで、そそくさと戦場を後にした。
すぐに次の賭けバトルが始まるのか周囲は人で溢れかえっていた。休日の最終帰宅時刻である午後九時をすでに越えているが、誰も帰ろうとしない。毎週土曜日に行われる『集会』の日だけは門限を無視できるよう角宮恭介が学校と交渉してあるからだ。組織としての一体感を得るためには羽目を外すことも必要だ、という大義名分らしい。
「お疲れ、アキラ!」
人垣を抜けると、敷本小春がタタタと小走りで近寄ってきた。中等部の制服の上に淡い白色のトレンチコートを羽織り、赤色の毛色で編まれたマフラーを巻いている。走ってきたせいかマシュマロのように白く柔らかい頬は少しだけ上気していた。
「はい、これ。そのままだと体が冷えちゃうよ?」
敷本が運動部のマネージャ顔負けの手際で差し出したのは御代のダウンコート。折りたためばかなりコンパクトにできるタイプだ。カシャカシャとした肌触りの青いナイロンに腕を通すと、今まで体温を奪っていた真冬の風を感じなくなって暖かさに包まれた。
「悪いな、わざわざ持ってきてもらって」
「ううん、全然平気だよ」
にしし、と敷本は頬にえくぼを浮かべる。
集団の中でも目を惹く垢抜けた容姿に加え、少し背伸びした大人っぽい服装。淡い色の唇に小さな笑みを刻む少女が、高等部の先輩よりも歳上に見えて少しドキリとした。
「で、あっち行こ。ほら早く」
「ハ、ハル……?」
有無を言わせぬ態度の敷本にダウンの裾を掴まれて人垣から遠ざけられる。向かう先は倉庫のトラック搬入口近くに設けられ運転手用の『休憩所』跡。そこには街灯の下でぼーっと満天の夜空を見上げる藤郷将潤の姿があった。
「そんなに急がなくてもいいだろ?」
「ダメだよ。だって、他の女の子がアキラを……」
「他の?」
「な、なんでもないっ!!」
照れ隠しに叫んだ敷本がチラチラと背後を窺う。つられて見てみるが、先ほどまでと同様に好奇な視線を向けられているだけだった。心なしか、男共からは鋭く睨み付けられているような気がする。
「そう言えば、さっきのアレは新しく創ったの?」
「アレ? ……ああ、刻印弾か。そうだよ、認めるのは癪だがあの岩石野郎の対策で開発した弾倉さ。俺は職人だからな、相手に勝つために体を鍛えたり、界力術の訓練をしたり、みたいな汗を掻く事はしねぇんだよ。スマートじゃねぇし」
「すごいね、アキラまだ中等部なのにあんなの作れちゃうんだ」
「前々から構想はあったんだ、それを刻印術式として組み立てるだけだよ」
御代は部活で仲間に頼られたように得意げになって、
「だけどまだ試作段階、改良するべき点は山ほどあるぞ。術式に無駄が多いせいで一発で消費する界力の量が多い。何より面に刻印できる雷の沼と違って対象に直接撃ち出すからで再利用ができねぇんだ。これじゃあ界力弾方式を採用している意味がねぇ、燃費が悪い内は実戦で使えねぇだろうな。それに網が広がる効果範囲だってまだ狭いから当たらない可能性も――」
「うわー始まっちゃった……」
敷本が話の長い教師の雑談に捕まったと言わんばかりに頬を引きつらせた。
「何だよハル、界力武装を使うんだから興味あるだろ?」
「うーん。興味がない訳じゃないけど……難しいことは良く解んないし、ウチはオタクじゃないし。ウチみたいに戦闘メインの歳森家の界術師は、界力武装をどう創り直すかじゃなくて、目の前にある界力武装をどう使うかだから。考え方が違うんだよ、多分」
「考え方?」
「だってほら、生活を便利にするために電化製品の使い方を工夫しても、電化製品自体を改造しようとは思わないでしょ? 改造するための知識がないってのもあるけど、そもそも完成品が手に入るってのが前提にあるし、大抵のことは市販品でできちゃうし。ウチからしたら界力武装も同じなの」
確かにモノレール駅前にある家電量販店で買ってきたパソコンやゲーム機の性能に文句があっても、使い方を工夫することで不満点を補っている。
界力武装によって自分の戦力を如何に補うか。
敷本も身体刻印を使った高速戦闘を補助するために汎用品の界力武装『柄付き銀鎖』を使っていた。戦闘メインの界術師からすれば、界力武装が存在を主張し過ぎて欲しくないのだろう。どれだけ素晴らしいバンド演奏だったとしても、ボーカルの歌声を掻き消してしまっては意味がないのだから。職人とそれ以外で意見が対立するというのは歳森家でよくある構図だった。
「ならさ、俺がハルの固有武装を創るってのはどうだ? これで少しは界力武装に興味が湧くんじゃねぇか?」
「え、いいの?」
「勿論! 実はさ、少し前に投棄地区の奥で偶然『工房』を見つけたんだよ。古くて狭いが、意外と設備は整ってるし、問題なく二人で作業もできるだろうよ」
「……それって、アキラとウチが二人だけになるってこと?」
「そうだけど?」
「ふ、ふーんっ!」
何故か語気を強めた敷本が慌てて視線を逸らした。長い睫毛を伏せて、胸の前でもじもじと細い指を絡めている。垂れ落ちたクセ毛で表情は見えないが、了承したという認識でいいのだろうか。
そうこうしている内にトラック搬入口の端にある休憩所跡に到着した。壊れた自動販売機と長いベンチが二つ、倒れたままの縦長の吸い殻入れ。倉庫が使われていた当時はトラック運転手が一服する場所だったのだろう。荒れた大地のように砕けたアスファルトの隙間には干からびた吸い殻が挟まっている。
すでに背後では次の賭けバトルが行われていて、殆どの生徒がそちらに集中していた。歓声と熱気に包まれた後方とは打って変わり、この辺りは真冬の夜らしい静けさと冷たさが薄暗い景色に深く染み込んでいる。夜空で煌々と輝く満月のおかげで明るさには困らなかった。
「随分とお疲れじゃねぇか、ショージュン」
「……アキラか」
気の抜けたような表情で夜空を眺めていた藤郷が、ゆっくりと視線を落とした。
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