006 / アイオライト
《中等部三年生 十月》
※ 前回のあらすじ
投棄地区に足を踏み入れた御代僚は『ブロンズ』と呼ばれる不良生徒の集団に拉致されてしまう。風紀委員会にエサとして献上される事を防ぐために脱出を試みた。
藤郷将潤の協力を得て、見張りの最後の一人であるツンツン頭の上級生を無力化したのも束の間、ブロンズのリーダーが乱入して事態は急変する。実力が赤色の界術師を相手に手も足も出ない。絶体絶命の窮地に現れたのは、角宮恭介と名乗る高等部の上級生だった。
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秋晴れの青空の下に緊迫した空気が流れていた。
痛みに堪えながら、御代僚は突然の乱入者へと視線を向ける。
がっしりとした体格で、整髪剤を使ってビッシリとオールバックに決めた高等部の男子生徒。鋭い両目に野性味のある顔立ち。筋肉で盛り上がった右腕には青いリストバンドが嵌められていた。
確か、角宮恭介……と名乗ったか?
「あ、あなたは……?」
「もう大丈夫だぜ、お前は俺達が守ってやる」
「……俺達?」
「二郎、お前はこいつの怪我を診てやってくれ! 美波はショージュンを頼む!」
「あいさー、頼まれた!!」
「了解っス、アニキ!!」
駐車場の敷地を区切る金網の向こうから、ガサッと茂木を突き破って二人の男女が登場した。二人とも高等部の上級生。男子生徒からは橙色の界力光が溢れ出している。身体強化を発動し、女子生徒を抱えて勢いよく金網を飛び越えてきた。アスファルトに着地した男子生徒は、女子生徒を下ろすとそのままこちらへ近づいて来る。
「そこの君、大丈夫っスか?」
何というか、パンクな見た目をした上級生だ。
赤くメッシュの入った短髪に、幼さが色濃く残った顔立ち。背丈が小さく細身のせいもあって、遠目では中等部の生徒に見えなくもない。夏を前にしてすでに日焼けしたように焦げ茶色の肌。非常に申し訳ないが、その突飛な容姿からは売れないバンドマンか芸人を想起してしまった。
「草薙二郎っス。君は?」
「……御代、僚」
「ならアキラ君、どこが痛むっスか?」
「お、大きな怪我はしてません……打撲と、擦り傷くらいです」
草薙の手を借りて起き上がった御代はふらつきながらも立ち上がる。岩肌のようにゴツゴツとしたアスファルトに激突させた箇所がズキズキと痛むが、歩けない程ではない。今回は愛銃も離さず持ったままだ。
「大丈夫そうっスね。――姐さん、ショージュン君はどうっスか?」
「ええと、ショーちゃんは気を失っ……およ、起きてるし」
「……来るのが遅いですよ、狩江先輩」
咳き込みながらも藤郷将潤がぎこちなく起き上がる。先ほどまで気を失っていたとは思えないほどしっかりした足取りだ。ギロリと恨みがましい眼差しを向けるも、狩江と呼ばれた女子生徒は朗らかに笑って誤魔化すだけだった。
すらりとした美人だった。
印象としてはサバサバとした近所のお姉さんといった感じか。黒髪はアップに纏められており、頭上で団子状に結ばれている。高等部の夏服から覗く白い首元。目許に薄く浮かぶソバカスが大人びた顔立ちに可愛らしさを添えていた。少女と呼ぶか、女性と呼ぶか、は服装によって変わりそうだ。
「……あの人は?」
「狩江美波、あっしらの姐さんっス。ショージュン君はあっしらの仲間なんスよ」
「仲間……?」
「そうっス。事情があって『ブロンズ』に潜入してもらったいたんスよ、あっしらに情報を流して『この日』を作り出すために。むしろアキラ君こそ、ショージュン君の知り合いっスか?」
「いえ、俺はさっき会ったばかりですけど。……もしかしてショージュンは、このイザコザに巻き込まないために俺だけ逃がそうとした?」
状況を飲み込めないまま藤郷へ視線を向ける。すると、にやりと疲労を滲ませた笑みを返してきた。
「おいおい、ふざけんなよテメェらさあ!!」
角宮恭介の前に立つブロンズのリーダーの三白眼に力が入る。服装を変えれば、本土の繁華街の裏路地を威張り散らして闊歩していてもおかしくない強面が憤怒に歪んだ。
「そいつはエサなんだ、勝手な事をされたら困るんだよ! そいつがいなかったら……今度は俺達の誰かを風紀委員会のエサにしないといけなくなっちまうだろうがあっ!」
ブロンズのリーダーから赤色の界力光が迸る。夕焼けのように周囲の景色を赤く染め上げた体が残像と共に搔き消えた。一直線に突撃し、身体強化を使った拳を角宮恭介へと放――
「だから、そういうのはもう要らねぇんだよ」
バッ!! と。
鮮烈な紫色が炸裂した。
まるで小さな爆発だった。
膨れ上がった紫色の界力光が衝撃となってブロンズのリーダーを勢い良く吹っ飛ばす。砲弾のように放物線を描いて、駐車場の入口付近で固まっていた不良生徒の集団へと飛び込んでいった。
氣法『衝放波』。
闘術を使う界術師だけが習得できる技術である。
「(む、紫だって……っ!?)」
青、緑、黄、橙、赤、紫、黒で上昇していく界術師の実力。
中でも紫色まで到達する界術師は数は本当に珍しい。界術師全体の3%以下。年齢と共に上昇していく実力の性質上、中等部に紫色の生徒はいない。こんなにも近くで見るのは初めてだった。
「ほう、あれを受け流すか」
感心したような調子で呟いた角宮は、不良生徒の集団へ吹っ飛んだブロンズのリーダーを鋭い眼差しで見詰めた。数人の手を借りて立ち上がる強面な上級生。体からは赤い界力光が靄のように漏れ出している。
「その身体強化の使い方……お前、ただの不良生徒じゃねぇな」
「テメェ……絶対にぶっ殺してやる!」
「おっと、やる気満々なところ申し訳ねぇけどこっちにはもう戦う意志はねぇんだ。俺はお前らと話をしに来たんだからよ。さっきの一発だけは許してくれ、最低限の力を示さねぇとテメェらは話すら聞いてくれねぇだろ?」
「知るか!! こっちはそれじゃあ収まらねぇよ!」
身体強化を発動して、突風のように走り出す。雄叫びと共に振り上げられた拳は――あっさりと彫りの深い角宮恭介の顔面に突き刺さった。
「お前……どうして躱さない!?」
「言っただろ、お前と戦う意志はねぇって」
つー、と角宮の口許から赤い血が流れ出す。だが、眼光から鋭さは失われていなかった。
「俺を殴って気が済むなら好きなだけやればいい、一切抵抗はしねぇからよ」
「ふざけるな……なんなんだよ、お前は」
信じられないと首を振る強面のリーダーがゆっくり後退していく。
口許を拭った後、角宮恭介は真剣な表情を浮かべた。
「さて、話をしようかブロンズのリーダー。俺達は分かり合えるはずだぜ?」
「分かり合えるはずなんかないだろ……俺の絶望をお前なんか想像できるはずがない! 偉そうに上から見下すなよ、お前に俺の何が解る!!」
「解るよ、事情を察するくらいの事はできる。大方、界力術系の部活動で本家か分家関係者の踏み台にでもされたんだろ。アンタの身体強化は喧嘩よりも競技用って感じがしたからな」
角宮の試すような口調に対し、強面の上級生は目を見開いて驚いた。
「どれだけ努力しても意味がねぇ……それを知っちまったお前はもう部活には居られなくなったはずた。その後、悪い連中に関わって『リスト』に名前が載っちまった。違うか?」
「(……リスト?)」
噂で聞いたことがあった。
成績を誤魔化す、罪を揉み消す、金を工面する……そういう学校との取引に応じたり、何か弱みを握られたりした生徒は、『リスト』と呼ばれる一覧に名前が載る。表にはできないような『要求』に応える都合の良い兵士としてラクニルの裏側に登録されるのだ。
「だったら、なんだって言うんだよ……っ!」
俯いたブロンズのリーダーは、強く奥歯を噛む。
「ああそうだよ、全部テメェの言う通りだクソッタレ! 部活で界術師のふざけた世界に絶望して、自棄になって危ない橋を渡ってみれば『リスト』に名前が載っちまった! 教室に居場所を失って、誰にも助けてもらえなくなって、最終的に行き着いたのが投棄地区だ……何の価値もない掃き溜めみたいな場所さ! 風紀委員会に媚びを売って、仲間の誰かをエサにして、何の生産性もない現状維持に満足した振りをする……ハッ、結局ここでも俺を待っていたのは理不尽だけだったんだ! 楽しいことなんか何一つない、どこに行っても希望なんかなかった!!」
「……、」
「諦めれば良かったのか!? 下を向いて、納得しないまま、悔しい想いを飲み込めば良かったっていうのか!? そんなのできる訳ないだろうが!! 俺が望んでいた青春はもっと明るくて、綺麗で、楽しいものだったはずだ! 俺は……俺達はどうすれば良かったんだよおっ!! どうすれば思い描いていた理想が手に入ったってんだよなあっ!!」
咆吼だった。
溜め込んでいた熱い感情が爆発したような叫びだった。
しかし、思いの丈を全てぶつけられても、角宮の表情はピクリとも動かなかった
「俺が、お前の絶望を本当の意味で解ってやることはできねぇ。それはお前だけのモンだ、誰かと共有する事自体が間違っている。それでも、お前の気持ちは解ってやれる。このふざけた世界で下を向くしかなかった悔しさは、苦しさは、俺達だって共有しているはずなんだ」
「黙れよ、何も知らないお前が解ったような口を利いて——」
「よく知ってるんだよ、俺だって始まりは同じだからな。どうしようもねぇ理不尽に負けて、ラクニルの底辺まで落ちた……投棄地区なんか生温いくらいの地獄さ。だけどそこで気付いたんだ。俺に世界を変える事はできねぇ……でも、世界を創る事はできるんだってな」
「どういう、意味だ……?」
「俺達は、投棄地区を変革してやるつもりだ」
低く響くような声で告げた。
「投棄地区は学校生活で行き場を失った不良生徒の溜まり場……何も知らねぇ連中は偉そうに正論を語るかもしれねぇな。けど俺はそうは思わねぇよ。誰もこんな場所に来たくて来てる訳じゃねぇんだ。誰にも言えねぇ悩みがあって、解決できねぇ理不尽があって、眠れなくなる程苦しんで……最終的にここに辿り着く。それ以外に居場所がないからだ。——だが、それの何が悪い? 投棄地区を居場所にすることに何か問題はあるか? 実態のない偏見に怯えて、勝手な劣等感に苦しんでるだけなんじゃねぇのかよ。変えられるはずだぜ、俺達が立ち上がれば!」
「……そんなのは、綺麗事だ!!」
ブロンズのリーダーが鋭い口調で反論した。歯軋りするように俯いて、込み上げる悔しさを吐き出す。
「何度も……何度も、何度も、俺は夢を見てきた! 立ち上がれば変えられるかもしれないって……前を向けば道が拓けるかもしれないって。でも現実はどうだよ!? 他の生徒からは危険な問題児ってレッテルを貼られ、投棄地区は学園の底辺だって思われてる! 生き残るために風紀委員会の言いなりじゃないか!! 聞き心地の良い言葉で惑わすのはやめてくれ!! 俺はもう、そういう明るい未来を妄想するのはやめたんだ……っ、もう諦めたんだよおっ!!」
「安心したよブロンズのリーダー、テメェにはまだ変わる資格が残っている」
すっ、と角宮が鍛えられた腕で何かを放り投げた。
それは腕章――『風紀委員会』と刺繍された赤い腕章だった。無理やり制服の袖から引き千切ってきたのか、高級そうな肌触りの布はズタズタに裂けている。
「これ、は……?」
「言っただろ? 投棄地区を変革するって」
「まさか……奪ったのか? 風紀委員を殴り倒して、無理やり引き千切ったって言うのか!? 正気かアンタ! そんな事をすればどんな報復が待っているのか解るだろ!! 取締点数のためにエサになるだけじゃ済まないぞ!!」
「望むところだよ、やれるモンならやってみろ。逆に返り討ちにしてやるだけだ」
力強く言い切ると、角宮恭介はブロンズのリーダーに向き直った。
「元々、風紀委員会に正義はないんだ。取締点数を違法に稼ぐために立場の弱い生徒の罪をでっち上げる? ふざけんな、そんな連中の主張が正しいはずがねぇだろ。明かな暴走を止めようとする俺達には十分な大義名分があるはずだ」
「……風紀委員会に逆らうのか?」
「当たり前だ、あんな間違った連中に支配される理由はねぇからな。認められねぇ現実をただ受け入れるのは愚か者のすることだぜ」
角宮の言葉を噛み締めるように、強面のリーダーの顔に悔しさが浮かぶ。
「誇りを持って進め、じゃなきゃテメェの歩みに価値はねぇ」
「……?」
「俺達に世界を変える力はねぇ、でも世界を創ることはできるんだ。だったら創っちまえばいいじゃねぇか、俺達が望んでいた世界を! 投棄地区から一切の理不尽を排除して、どんな相手にも胸を張って自慢できるような空間にしてやればいい! 劣等感なんか感じさせねぇ、投棄地区に落ちて良かったって思えるような……楽しくて、毎日来たくなるような場所にするんだよ、俺達の手で!!」
「……何者なんだ、アンタ達は」
わなわな、とブロンズのリーダーは唇を震わせて問い掛ける。
「第一校区で風紀委員会に逆らおうなんて頭のおかしいヤツはいない。それでも反逆するアンタ達は一体……っ」
「アイオライト」
右手に嵌めた青いリストバンドに触れながら、角宮恭介はそう告げた。
「俺達の目的は投棄地区を変革すること。誰にでも胸を張って自慢できるような居場所に創り変える。俺達が楽しむために、そしてこれ以上、理不尽の被害者が絶望しなくても済むように、投棄地区を『本物の居場所』にする」
その大きな手をブロンズのリーダーに差し出した。
「そのためにはお前達の力が必要なんだ。その絶望も、苦悩も、悔しさも、一ミリたりとも無駄にはしねぇ。明るい未来のために、テメェらの青春を俺に預けちゃくれねぇか?」
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