第25話 芽生えた想い
※前回のあらすじ
第一校区の運営に関わる本家や分家の要人を本土から呼んで行われた会議。夏越邦治の提案により、特班設立などを賭けて霧沢直也と今津稜護が戦うことになる。
だが、その結論に納得していない者がいた……
「先輩はバカなんですか!! 本当はすっごいおバカさんなんですよね、ねえ!!」
会議の後。
関係者控え室に戻った霧沢直也を待っていたのは白詰氷華による罵倒の嵐だった。
「そんなに言わなくてもいいだろ。他に選択肢がなかったんだから」
「それでもです! どうしてあんな真正面から勝負を受けたんですか!! もうホントにバカ!!」
白詰が胸ぐらを掴むような勢いで霧沢に詰め寄る。いつもは静かな瞳も激しい怒りの色で大きく波打っていた。
控え室の中には霧沢と白詰の二人しかいない。早乙女京子は寺嶋家の仕事があり、対戦相手の今津稜護は別室にて待機している。
「相手はあの班長なんですよ! どれだけ強いかは知っているでしょ!」
「……それは、」
答えに窮して、白詰の言及から逃げるように視線を泳がした。
もちろん今津稜護が強敵だと言うことは知っている。実力が紫色というだけではない。二度も目の前で界力術を見たのだ。破格の力。一切侮っているつもりはなく、むしろ最大級に警戒していた。
言い訳すら口にしない霧沢を見て、白詰の顔が苛立ちに歪む。
「いいですか、特班を設立したいからと言って班長が手を抜くことはあり得ません。模擬戦は夏越邦治を始め他にも六家連盟の役職者が観戦するんです。非公式の模擬戦とは言え、こんな大舞台で負ければ将来に大きな影響が出ます。ましてや戦うのは天城家の界術師なんです。負けでもしたら夏越家も、今津家も、班長を絶対に許しません。将来の可能性を失うことになるかもしれないんです!」
白詰は更に語気を強めて、
「班長は代表候補生……第一校区トップ五に入る力を持っています。体育祭とか対抗戦とか去年行われた公式戦では何十戦やってたったの一度しか負けていないんですよ。それに先輩だって見たでしょ、班長の力を。どれだけ自分が無謀なことをしているか理解できないんですか!」
「無謀だから意味があるんだよ、確実な勝利じゃ意味がない。誰も文句を言わずに天城家の界術師を認めるには、これくらい派手な成果が必要なんだ」
「で、ですけど……」
力を示せ、と夏越邦治は言ったのだ。
ならば並大抵のことをしても意味がない。
『あの』今津稜護に勝利した。
これくらいの奇跡が起こせなければ、頭の堅い役人は納得させられない。
世界を変えることはできない。
「……怖くは、ないんですか?」
「怖い? どうして」
「だって……負けるかもしれないんですよ。負けたら終わりなんです、どれだけ後悔しても結果は変わってくれない。欲しかったモノが手に入らなくなるかもしれない……それなのに、どうして先輩は堂々としていられるんですか……?」
縋り付くような視線だった。
先ほどまでの気勢が嘘のように弱まった白詰が震える声で訊ねる。
「たった一度の敗北で人生が変わることだってある、大切なモノを失って……ずっと後悔に追い掛けられて、思い出す度に胸を痛めるんです。だって氷華は、今もまだ……なのに、先輩はこんな時でもどうして……?」
「俺はそこまで強い人間じゃないよ。失敗だってするし、周りを恨んだりもする。だけど、後悔だけはしないようにしているんだ」
「……?」
「後悔をしてしまえば、その時の俺を否定することになる。自分一人だけじゃない。そこに至るまでに手に入れた物も失った物も全部を無意味にしてしまう。ふざけるなって思うよ。どうして未来の俺の勝手な事情で、今まで頑張ってきた俺が否定されなきゃいけないんだ」
語りかけように告げる霧沢の言葉を聞いて、白詰氷華は言葉を失ったように固まった。
大きく見開かれた瞳は、光が差し込んだように明るい色を帯びていく。
それはまるで、長年求め続けた答えを手に入れたような――
「理由があったはずだ、葛藤があったはずなんだ。苦しんで、悩んで……やっとの想いで辿り着いた答え。どんな結末を迎えたとしてもそれまでが無価値になるはずがない。俺は迷わない、未来の俺に否定されないように今を生きるんだ。だから少しくらいの絶望で立ち止まる訳にはいかないんだよ」
霧沢直也が全てを失った時だってそうだ。
この結末を手に入れるために数え切れない程の犠牲を払ってきた。無数の願いと想いの果てにようやく辿り着いた傷だらけの希望。この身に宿った想いは自分一人分だけではないのだ。
否定させてたまるか。
あの時の選択と、霧沢直也の代わりに犠牲になった『彼ら』の祈りを。
たとえ、それが未来の自分にだとしても。
「……直也、先輩」
白詰は小さく霧沢の名を呼ぶ。
驚いたような、興奮したような、ぽーっと焦点の合っていないような表情。
頬には昂揚したように朱が差していた。
「白詰?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
飛び跳ねるようにして我に返った白詰が顔を真っ赤にして霧沢を見詰める。どう反応していいのか分からないのか、あたふたと視線を右に左に動かしていた。
「そもそもだけどさ、白詰が本気で勝敗を気にすることはないんじゃないか?」
「……え?」
「だって俺がいなくても特班はできるんだぞ。問題になってるのは俺を風紀委員会に入れるかどうか。あの会議の感じだと俺がいなくなれば特班を設立することはできそうだしさ」
「そ、そうですけど……でもそういうワケじゃなくなったと言うか、ええと、でも……っ!」
白詰は俯きながら口を引き結んだ。
何かを言おうとするが、言葉にならないのか唇が半開きのまま動かない。
「……でも、氷華が困るんですよ。先輩が出て行っちゃったら氷華が……っ!!」
ようやく出てきたのは胸の奥から絞り出したような暖かい声だった。何かを耐えるように白詰の肩が小刻みに震える。
「困る?」
「ええ、困るんですよとっても! だって……だって!」
不意に、白詰は勢いよく顔を上げた。
「――お礼! そう、まだあの時のお礼ができてないんですから!! 銃に撃たれそうになった氷華を先輩は助けてくれたじゃないですか! それにまだ制服だって借りっぱなしのままです!!」
違法薬物の捜査のことだろうか。確かにトラック運転手が最後の力を振り絞って銃弾を撃った時に白詰を救っている。
「あの時、氷華は先輩に命を救われました。だったら氷華はそれ相応のことをしてあげなくちゃいけないんです! ――だから、」
ぐいっ、と白詰は想いの丈をぶつけるように思いっきり詰め寄る。
「いなくなってもらうのは困るんです! ちゃんと特班にいてください!! 特班にいて、氷華を……その、……ああもう、理由なんて何でもいいんです! とにかく出て行かれるのはイヤなんですっ!! 分かりましたかっ!!」
赤く色付いた頬を隠す事なく白詰はただ真っ直ぐに霧沢を見詰めた。湧き出した必死さが強烈な感情の奔流となって瞳に流れ込んでいるかのようで、目を逸らすことができない。
「勝ってください! 負けるなんて氷華が絶対に許しません!!」
無理難題をはっきりと告げた白詰を見て、霧沢は思わず頬が緩んだ。
「ありがとう。まさかこんなに白詰から応援されるとは思わなかったよ」
「――氷華」
「?」
「白詰じゃなくて氷華って呼んでください。いい加減、名字ってのも……変ですし」
「いいのか、前は嫌だったみたいだけど」
「いいんです! それに『あいつ』は名前なんですし、なんか負けた気分になりますし!」
「分かったよ」
表情を引き締めた霧沢は、氷華を安心させるように笑いかける。
「俺は今津先輩に勝って特班に残る。約束するよ、氷華」
「はい、先輩っ!」
白詰氷華は目許を和ませて、弾けるような笑みを咲かせる。
それは霧沢直也が見た中で、少女が浮かべた初めての満面の笑顔だった。
× × ×
通路を歩いて建物の外へ向かう霧沢直也の背中を、白詰陽華は通路の角に隠れて見ていた。
「……まさか、あの子がねぇ」
盗み聞きをするつもりはなかった。
ただ戦いに赴く前の霧沢直也に少し声を掛けようと控え室を訪れれば、室内から何やら声が聞こえてきた。中の声は漏れないような造りになっているはずだが、あれだけ大声を出していれば話は別。白詰氷華との会話はほとんど聞いてしまった。
白詰陽華は控え室の前に移動する。
中には妹が残っているのだろう。少し耳をこらせば「ぎゃァァああああああああっ!! 氷華はなんて事を……なんて事をおっ!!」と何やら悶絶しているような絶叫が聞こえてくる。
「(氷ちゃんも随分と感情豊かになった。もう私が気を遣わなくても大丈夫かな?)」
脳裏に浮かび上がるのは、幼い頃の記憶。滅多に感情を表に出さなかった妹の顔に笑顔を取り戻せた。これは一つの成果と言えるのではないだろうか。
「直也君のこと、追わなくてもいいの?」
通路の奥から聞き慣れた声が飛んでくる。振り返ってみると予想通りの人物がこちらに近づいてきていた。
「ええ、もうその必要はなくなりましたから」
「必要がなくなった、か」
早乙女京子は言葉を繰り返し、難しい事を考えるように眉根を寄せた。
「それは、氷ちゃんのため?」
「はい、私がここにいる理由ですし」
表情一つ変えずに言ってみせる。
しかし早乙女の表情は晴れない。気遣うような視線を向けられたままだった。
早乙女京子とは家の関係で幼い頃からの知り合いだ。白詰家の事情を知っている数少ない部外者の一人でもある。だから早乙女には色々と気付かれているのだろう。昔からそうだ。この人には隠し事をしようとしても見抜かれてしまう。
「陽ちゃんがそれでいいならいいけど、もっと自分を大切にした方がいいわよ。その生き方じゃどこかで綻びが生まれる」
「大丈夫ですよ、これでもその辺りは器用だって自覚はあるんです」
「……別に陽ちゃんが全部を諦めることはないんじゃない? 今からでも陽ちゃんが特班に入ることだって――」
「それは駄目なんですよ、京子さん」
失礼を承知で首を横に振って言葉を遮った。
「それじゃあの子の居場所を奪ってしまう。不器用なあの子には居場所が必要なんです。絶対に裏切らない仲間が集まる家族のような居場所が」
「でも、」
「私はいいんですよ、上手くやれますから。京子さん程じゃないですけどね」
意地でもいつもの曖昧な表情を変えずに強く言い切った。反論は受け付けないという言外の主張。
何か言いたげだった早乙女京子も諦めてくれたのだろう。小さく息をついた後、仕方ないなと言わんばかりに表情を柔らかくした。
「じゃあこれは純粋な興味なんだけど……直也君のことはどれくらい本気だったの?」
「半分くらい……ですよ、さっきまでは。でも、会議で邦治様に啖呵を切って見せた姿を見て、ちょっと本気になりかけました」
白詰陽華は長い睫毛を伏せるように目許を和ませ、
「後輩の隣で見てみたくなったんですよ、世界が変わる瞬間ってやつを。私達のような不幸がなくなった世界には興味がありますから」
× × ×
霧沢直也と今津稜護による模擬戦は闘技場で行われることになった。風紀委員会の入会試験が行われた場所である。
寺嶋メモリアルホールから闘技場までは徒歩で二十分ほどの距離だ。第一校区を貫くように伸びる中央通りを下っていけばいい。他の関係者が車で移動するなか、霧沢直也は徒歩で移動していた。
「でも意外ね、まさか乗り物に弱いなんて」
隣を歩いているのは早乙女京子だ。何かあった時のために一緒に闘技場まで向かっている。
時刻は午後八時を回っていた。辺りには完全に夜の帳が下りており、周囲の森から漏れ出す暗闇は街灯の光では拭い切れていない。とうの昔に完全下校時間は過ぎており、辺りに人の気配は全くなかった。時折吹く冷たい風がざわざわと梢を揺らしている。
「違法薬物の件だけどね」
早乙女は夜風に揺れる前髪を抑えて、
「直也君が捕まえてくれた二人だけど、やっぱりロクな情報を持っていないみたい。組織の中でもかなり下っ端、彼らから黒幕に辿り着くのは無理そうね。だけどこれではっきりしたわ。何者かがラクニルに……正確には第一校区に悪意を向けている。これは対処するべ脅威よ、できることなら特班として立ち向かいたいけど」
「特班として立ち向かいますよ。勿論、俺も一緒に。あのクスリ――界力活性剤が関わっているなら、俺は見て見ぬ振りはできませんから」
「そっか、直也君は天城家の施設にいたんだったわね……」
裏社会では有名な話だ。寺嶋御三家の関係者である早乙女京子であれば、かつて天城家で行われていた人体実験について知っていてもおかしくない。駆逐するべき界術師の闇の一つだ。
森の中に伸びる道を歩いて行く。
ここはかつて上柳高澄と一緒に歩いた道だ。もう少しすれば道の先に石を積み重ねたようなデザインの闘技場が見えてくる。
「相手は稜護君だけど、勝てそう?」
「勝算はありますよ、厳しい戦いになる事は間違いないですけど」
もう隠す必要はないのだ。天城家の『召喚術式』の他に、夏越家の『闘術』が使えることを。
界力術の発動に使われる界力演算領域が常人の三倍あるということは非常に大きなアドバンテージになる。それだけ効率良く大量の界力を扱うことができるのだから。実力の一色差だって十分に覆せるだろう。
二人は闘技場の駐車場までやって来た。
午後八時とは思えないほど車が駐まっている。すでに多くの人が移動を終えているのだろう。暇を潰すために観客用の入口の周りに集まって雑談に花を咲かせていた。
早乙女に案内されて、ぐるりと闘技場を回り込んでいく。
「ん、あれは……?」
関係者用の入口の前。
屋内から漏れ出す明かりに姿を滲ませるように一人の女生徒が立っていた。
寺嶋天乃。
細い腕を組んだ寺嶋本家の長女様が、むすっとした表情でこちらを睨んでいる。
「遅いわよ、おまえ。このわたしを待たせるなんていい度胸じゃない。それともただ世間知らずなだけかしら?」
長い亜麻色の髪の上を月明かりが滑り落ちる。凄むように細められた眼差しは鋭いが、不思議と不快感は全くなかった。鷹揚な声音や仕草も鼻に付かず、むしろ寺嶋天乃という少女にこれ以上なく当て嵌まっているように感じる。
生まれながらの上流階級。
自分の役割と立場を正しく自覚した人間にしか出せない雰囲気だった。
「ど、どうされたんですか、天乃お嬢様!? 護衛も連れずに……っ」
慌てた様子で早乙女が天乃に駆け寄っていく。
「早くお部屋にお戻りください! いくら第一校区とは言えお嬢様を一人で外に出しておくなんて、御当主様に知られたらどうなることか」
「大丈夫よ京子。しっかりとクソ兄貴には伝えてあるから。何かあっても何とかするでしょう。それに、わたしにはどうしても訊かなければならないことがあるの。本当は二人きりが良かったのだけれど……まあ、京子ならいいわ」
「訊かなければ、ならないこと……?」
「ええ。――そこのおまえ」
有無を言わせぬ口調で、天乃は霧沢を呼んだ。
「いつまで突っ立っているつもり? 待っているのだから早くこっちに来なさい」
「……俺、か?」
「他に誰がいるの? 分かりきった事を確認するのは好きじゃないわ」
天乃は琥珀色の瞳を妖しく輝かせるように微笑む。
どうしてか断るという選択肢が思い浮かばなかった。誰かに操られているかのように天乃の前へと移動してしまう。支配者のカリスマ。そんな単語が脳裏に過ぎる。
「霧沢直也。一つだけわたしの質問に答えなさい――おまえ、わたしのために死ねる?」
「は?」
「そ、天乃お嬢様!! それはっ!!」
血相を変えた早乙女が慌てて口を開くが、天乃は素早く一瞥するだけで反論を封殺する。目を白黒させならがも早乙女は渋々引き下がった。
「早く答えて。長く考える必要なんてないでしょう?」
「あんたの、ために……」
死ぬ?
質問の意味が分からない。それこそ考えるまでもなかった。
「無理に決まっているだろ。悪いが、俺があんたの為に死ぬ理由はないよ」
「そう」
天乃はつまらなそうに踵を返した。月明かりの中で淡く輝く亜麻色の長髪が揺れる。肩越しに霧沢に向けた琥珀色の瞳に浮かんでいたのは鈍い失意の光だった。
「おまえも違うのね」
すたすたと闘技場の中へと去って行った。
「何なんだ、あのワガママお嬢様は」
「良かったわ、直也君。正解を口にしないで」
つー、と早乙女の頬には冷や汗が垂れていた。
「あの質問はね、踏み絵なのよ。寺嶋本家の女性に伝わる通過儀礼。正解を口にしたらこんな模擬戦どころの騒ぎじゃなかった。本当に……良かった」
正解を口にしたらどうなっていたのだろうか。
少し気になったが、本気で安堵に胸を撫で下ろしている早乙女に聞くのは憚られた。
「さて、私の案内はここまで」
先ほど天乃が入っていった関係者用の入口の前で早乙女が立ち止まる。
「頑張ってね、霧沢君。期待しているわ」
「はい。案内、ありがとうございました」
霧沢直也は闘技場の中へと入っていく。
戦いの幕が開くのは、もうすぐだ。
× × ×
月が白く輝く夜空を見上げながら、霧沢直也はフィールドへと入場する。
観客席から見るよりもずっと広い。ドーム球場の面積を七割程にした感じか。障害物や特徴的な地形はなく、地面にはグラウンドのような硬い砂が敷き詰められている。闘技場外から夜空へ伸びる巨大なナイター照明が煌々とフィールド全体を白く包んでおり、観客席の端まで見渡せた。
「妙なことになったね直也。まさかこんな形で君と戦うことになるとは考えもしなかったよ」
今津稜護は楽しそうな表情で告げた。
「だけどね、実はオレすごくワクワクしているんだよ。なんでかな……特班とか家の事情とか色々面倒なのに、ただ純粋にこの状況が嬉しいんだよ。それだけこの一戦に、霧沢直也に、オレは期待しているのかもしれない」
「俺のことを随分と買ってくれているんですね」
「当たり前だ。なにせこのオレが認めたんだぜ。そんな相手とこうして大舞台で真剣勝負ができる。界術師なら興奮しないわけがないだろ……!」
今津稜護の声が興奮に押されるように昂ぶった。
ただ、目の前の相手と真剣勝負がしたい。
闘志に燃えるその姿はまるで鎖から解き放たれた獣のようだ。
「オレと模擬戦をするってなるとさ、みんな最初から諦めているか、途中で勝負を捨ててしまうんだよ。張り合いがない連中ばかりで、今みたいに興奮を感じることはなかった。直也、君には期待してるよ。最後まで全力で足掻いてくれ」
「勝つ前提で話を進めているみたいですけど、俺だって負けるつもりはありませんから」
霧沢直也は訓練刀を握り直し、構えを取った。黒く深い瞳に冷たい燐光を滲ませ、敵に相対した侍のように静かに佇む。
「やっぱりいいね、こんなにヒリヒリするのは蒼希と本気で喧嘩した時以来だ」
霧沢直也と今津稜護。
特班の設立。霧沢直也の風紀委員会加入。今津家と八重家の事情。
様々な思惑と感情が込められた一戦が――今、始まる。
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