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メソロジア~ブラック・ストーム~  作者: 夢科緋辻
第1章 入学編
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第18話 秘密

 ※前回のあらすじ


 じゅうに乗って一人で違法薬物輸入に関わるトラックを追い掛けていったきりさわなおに、何とかしらづめひょうは追い付くことができた。しかしそこにいたのは黒い戦闘装束を着た界術師。遅れて駆け付けた白詰は二人の界術師を相手にすることなってしまう。


 初めての『実戦』で片方の男を無力化することに成功。だが安心するのも束の間、闘術使いの女の脅威が白詰氷華へと迫る。

 長槍の先端が鈍く月明かりを反射する。

 直後、大きく踏み込んだ闘術使いの女によって横薙ぎの一閃が繰り出された。


 三日月のような軌道を描いて長槍の刃が白詰氷華へと直撃する。


 パキン!! と氷を砕くような音。

 白詰氷華の体が金属バットで打たれたボールのように宙を舞った。


「――ごはぁッ!!」


 道路を転がる白詰の口から苦悶が迸る。

 だが即座に体勢を立て直して闘術使いの女を睨み付ける。その瞳から戦意は消えていない。乱れた前髪を乱暴に直しつつ上がった呼吸を落ち着けた。


 何とか氷を形成することができたおかげで長槍の刃が体を切り裂くことだけは避けられた。だが形成時間が不十分。振り回された棍棒に殴られるような衝撃は余すことなく体を貫いた。

 ジンジンと鈍い痺れが直撃した右腕で暴れている。折れてはいないだろうが、帯びている不自然な熱が激しく心を揺さぶった。額から冷や汗が流れ落ちる。歯を食い縛って痛みに耐えた。


 闘術使いの女の全身から莫大な界力光ラクスが溢れ出した。

 光が夜の闇を遠ざけ、『構え』を取った女の周囲の景色を橙色に染め上げる。


 とうじゅつ

 記憶次元に保管されるまでに至った伝説の戦士の逸話の再現。人間では到底再現が不可能な絶技。文字通り――必殺技である。


 激しく燃えるような界力光ラクスに包まれた長槍を、女は胸を反らすようにして振りかぶる。溜め込んだ力を解放して大気を穿つように夜空へ投擲した。


 撃ち出された矢のような速度で空へと翔ける橙色オレンジの閃光。

 その軌跡が唐突に鋭角に折れ曲がり、一条の流星となって白詰氷華へと迫り来る。


「――っ!?」


 明らかに物理法則を無視した軌道。

 闘術による何らかの補助を受けているとしか考えられない。

 

 正攻法では回避不可能と判断し、慌てて足下から氷柱を生み出した。


 そして、激突する。


 橙色の閃光が氷柱に突き刺さるが止まらない。推進力を得ているように勢いを弱めず迫ってくる。ギシィッ!! と氷柱が音を立てて軋んだ。


「(『放てば必ず相手に命中する』系の術式。術式自体は珍しいものじゃない)」


 闘術だけではなく他の方式でも同じような術式は多く存在する。あらゆる障害を無視したり時間差で対象に命中したりと効果は千差万別である。


 この手の術式の相手をする時に最も重要なのは、術式の中で『過程』と『結果』のどちらに重きを置いているかを見極めること。


 おそらく、氷柱に突き刺さる闘術は『過程』が重視されている。

 仮に『結果』を重視した闘術であれば氷柱に突き刺さらない。障害物をすり抜ける、突き刺さった衝撃だけを対象に与える、対象の動きを封じる……というように物理的な手段では対抗のしようがないからだ。


 氷柱が盾として機能している時点で『過程』重視の闘術。どれだけ距離を取っても、高速で回避しても、闘術の効果が切れるまでは追い掛けてくるのだろう。だが物理的な方法で凌ぐことができる分まだ対処は容易と言えた。


 ただし、それが闘術のみなら。


 氷柱を盾にして身を守る白詰氷華へ、闘術使いの女が地面を蹴って走り出す。歩法『しんきゃく』ではなく身体強化マスクルの使用のみ。の残量を慮っての選択か。

 実力カラーが橙色ならば氣の生成量も決して多いという訳ではない。闘術を発動して氣を多量に消費したばかりだ。女にも余裕がある訳ではないのだろう。


 一気に懐へ入り込んだ女は鋭い蹴りを繰り出した。


 白詰は近接戦闘が得意ではないため器用に躱すことなどできない。咄嗟に薄氷を生み出して直撃を避けるので精一杯だった。思いっきり蹴り飛ばされて何度も路上を転がる。


「……げほっ、身体強化マスクルは得意じゃないのに……これだからのうきん術式はっ!!」


 片膝を付くように起き上がった。口の中に広がる鉄の味に歯噛みしつつ、再び迫り来る戦闘装束の女を睨み付ける。


 走りながら女は手を掲げた。

 その瞬間、氷柱に突き刺さっていた長槍が意思を持ったかのように動く。闘術で投擲した場合のみ可能な長槍の回収方法。遠隔操作されたように女が掲げた手にすっぽりと吸い込まれたのだ。


「(――やっぱり)」


 白詰は確信する。


 勝ち筋は見えた。

 にやりと興奮気味に頬を持ち上げながら、首に嵌めた赤い革製のチョーカーを外す。


 象徴物グランオーリング――『赤い鎖』。


 儀式術式は条件や手順などを満たすことで神話や伝承を再現する方式だ。術式構築で最も重要となるのが『供物』。ニクスの涙の場合は雪と冷気。白詰氷華は特殊な界力武装カイドアーツである髪飾りで供物を捧げている。


 だが、神話や伝承には様々な『見解』がある。

 一方から見れば破壊だとしても、他方からすれば創造であるように。術者の数だけ無限に解釈は存在している。象徴物グランオーリングには解釈を一つに限定する役割があった。供物と象徴物グランオーリングを正しく組み合わせることで、儀式術式は初めて界力術として成立するのである。


 象徴物グランオーリング『赤い鎖』とは伝承の中で村人がニクスを閉じ込めた『封印』を意味している。二本の革紐を交互に編み込んだようなデザインは鎖を表現していた。よってチョーカーを外すという行為は、ニクスが自力で封印を解いという伝承の再現になる。


 途端、キィンッ!! と猛烈な冷気が全身を襲った。


 村人に裏切られて激怒したニクスは、与えられた役割を逸脱する大きな力を使う。そして過ぎた力を制御できずに自身の氷に飲み込まれるという最期を迎えた。


 全身に襲い掛かる強烈な冷気は代償。

 全体的な能力向上と過ぎた力――とある術式を使う白詰氷華に世界の記憶(メモリア)が課したかせである。


 術式『過去への祈り(ロスト・メモリー)』。


 過去を願い、時間を凍結させたニクスの悲痛な嘆き。

 世界の構造にすら干渉した『雪の神』としての本領。


 白詰氷華は右手を道路に付き、界力術を発動する。ピキピキピキィッ!! と周囲の道路を氷で覆い尽くした。


 全速力で走って来る女の体から大量の界力光ラクスが業火のように溢れ出した。闘術を発動したのだろう。軸足を道路に突き立て、力の全てを長槍に集約して投擲する。


 一直線に空間を貫く必殺の槍。

 どんな方法を使っても物理的な回避は不可能なそれを、白詰氷華はわずかに体を捻るだけで躱してみせた。


 世界の構造にすら干渉した伝承を元にして発動する術式――過去への祈り(ロスト・メモリー)

 術式領域内に存在する他の術式を凍結させて著しく効力を低下させることができる。商業地区マーケットの事務所で刻印術式を発動不可能にした時もこの術式を使用していた。対象を追尾するという闘術の効果を低下させたため、長槍は回避した白詰へ照準を合わせることなくそのまま後方へと飛んでいったのだ。


 驚愕によって女の挙動がわずかに強張る。

 その隙に、白詰は身体強化マスクルを使って一気に女の懐へと入り込んだ。


 勝負に出たと判断したのだろう。

 対処するために女は慌てて手を掲げ、長槍を手元に引き寄せ――られなかった。


 過去への祈り(ロスト・メモリー)によって闘術の効果を低下させた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 冷徹な表情で白詰は地面を踏み付ける。


 直後に勝負が決した。

 猛烈な勢いで夜空へと屹立した複数の氷柱が女の体に直撃する。盛大に打ち上げられた女はそのまま道路に落ちて動かなくなった。


 何度か深呼吸を繰り返してドクンと大きく脈打つ心臓を落ち着かせる。

 白い吐息を漏らしながら震える指で赤いチョーカーを嵌めていく。その途中で体が震えているのは術式の代償のせいだけではないことに気付いた。


 我ながら、思い切ったことをしたものだ。


 女が使っていた長槍はラクニルの模擬戦で使うような刃のない偽物ではない。相手の命を容易く奪える本物の凶器だ。呪言術式を使う男だって、地面を操れればどれだけでも残酷に命を奪うことができるだろう。


「(だけど、通じた……っ!)」


 弾むような嬉しさに歓喜する。

 もっとこの感覚が欲しい。模擬戦では感じられない緊張と興奮を知りたい。 


 まだ戦いは終わっていない。

 五人の相手と戦っている霧沢直也に助力するため、白詰は視線を――


 銃口。

 冷たく、真っ黒な、死の瞳が向けられていた。


「――え」


 空白。

 視界に入ってくる情報が理解できない。


「……テメェらが、いたからだ……」


 横転したトラックの運転席から男は身を乗り出してオートマチックを構える。額からは真っ赤な血が溢れ出しており、意識が朦朧としているのか銃口も定まっていない。


 それでも、瞳に宿る狂気だけは鮮烈。

 血走った両目には憤怒の光がぎらついていた。


「テメェらがいたから、俺達は失敗しちまったんだよお……ッ!!」


 動け。


 脳内に言葉は響く。

 でも、凍り付いたように全身が強張っている。


 刹那、白詰氷華は悟った。


 見込みが甘かったのだ。

 界術師同士の戦いならまだ心を誤魔化せた。強い言葉で着飾ることができた。


 でも、死を意識してしまえばもう無理だった。

 これが、本物。

 命のやり取りという狂気の沙汰。


「――あ、」


 掠れた声。

 血の気が引いていくような感覚の中で、男が引き金を絞ろうとしているのが分かった。


 パン!! と。

 渇いた銃声が夜闇に響き渡る。


「……?」


 だが、いつまで経っても激痛や衝撃は襲ってこなかった。


 代わりにやって来たのは、浮遊感。

 誰かに抱きかかえられて空を飛んでいるような感覚。


「白詰、もう大丈夫だ」


 顔を上げる。


 霧沢直也。

 赤い界力光ラクスを放つ彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……せ、先輩? これって――」

身体強化マスクルじゃ間に合わなかった。だから使うしかなかったんだ」


 言い訳を口にしながら、霧沢は赤い光芒を撒き散らして道路に着地する。


 先ほど発砲した男はすでに気を失ってしまったようだ。横転したトラックの運転席からぐったりと体を出したまま動かなくなっている。


「ほら」

「わぶっ!?」


 ばさり、と。

 呆然と座り込んでいると何かが頭から体を覆った。一気に視界が暗闇に覆われる。


「な、なにするんですか! こんな時にふざ――」


 第一校区高等部のブレザー。

 自分を覆っているものが霧沢直也のブレザーだと気付いて、言葉を失った。

 

「人の制服を落とすなよ。ちゃんと洗濯して返してくれ、それまでは貸してやるからさ」

「……あ、えと……っ」


 感情が昂ぶって、頭が真っ白に染まる。

 あわあわと動くだけの唇も、急速に熱を帯びていく頬も、実感を伴って体を駆け巡る安堵も、全てが白詰の許容量を遙かに凌駕していた。気を抜けば色々と溢れ出して来そうだ。


 どうすることもできない。

 ただ暖かさを求めるように、ぎゅっと霧沢直也のブレザーを掴んで目を逸らした。


「一応さ、言っておこうと思うんだ。変に勘ぐられても誤解を招きそうだから」

「……?」

「白詰も気になっているんだろ? 天城家出身で方式が召喚術式の俺が、どうして闘術の歩法『チュウシュウキャク』を使えるのかって」


 はっとした。

 

 そうだ。

 これは本来ならばあり得ない現象なのだ。


 一人の界術師が使える方式は一つだけと決まっている。これは精神内にある『保管領域アーカイブ』の容量による制限。仮に二種類目の方式を習得できたとしても、今度は『構築領域ファクトリー』の容量不足で術式をロクに構築できなくなるだろう。二種類目の方式を習得して運用するためには、そもそも界力演算領域インカイドの処理能力が足りていないのだ。


 ならば。

 どうして霧沢直也は召喚術式と闘術という二つの方式を使えるのだ?


「昔、俺は無理やり界力演算領域インカイドを拡張されたんだ」

「……無理、やり?」

「そう。だから――」


 両目を鋭く細め、霧沢直也は憎しみを込めて告げた。


「――俺は普通の界術師の()()()()()()()()()()()()()()()()()()



      ×   ×   ×



 三倍の界力演算領域インカイドを持っている。

 そう聞いた白詰氷華は言葉を失ったように愕然としていた。


 仕方ないことだ、と霧沢直也は思った。


 先ほどまで戦っていた黒い戦闘装束の連中も闘術を使い始めた途端に動きが悪くなった。まさか二つの方式を使う界術師がいるとは思わなかったのだろう。フルフェイスのヘルメットを被っていてもその動揺がはっきりと見て取れた。


 本土の裏社会で戦っている連中ですらこの有様なのだ。

 表の住人である白詰氷華が言葉に詰まるのは普通の反応だと言える。


 不意に、猛烈なエンジン音が夜闇を貫いた。

 一台の車が道路の向こうから猛烈な速度で近づいてきている。ヘッドライトの強烈な明かりが瞳に突き刺さった。


「今更増援か。さっさと片を付けよう」

「いや、君が戦う必要はないよ」


 後方から聞こえてきた男の声。先ほど白詰が乗ってきたセダンからだ。

 慌てて振り返った視線の先には、男子生徒とスーツを着た女性。


「……いまりょう!?」

「先輩を付けろよ新入生ルーキー。上下関係を疎かにする組織にロクなものはないんだ」


 すました顔で言う今津稜護。癖毛で緩くうねった前髪が掛かる両目には好戦的な光が滲んでいた。


「それで稜護君、先生はどうすればいい?」

「手はず通りに。方法はお任せします」

「了解」


 スーツを着た女性の全身から赤色の界力光ラクスが溢れ出した。


 歳は二十代後半くらいだろうか。長身で引き締まった細身の体。顎のラインの鋭い面長だが、大きめの丸目が柔らかい印象を添えていた。緩くウェーブの掛かった長めの髪は一房に結われて首元からサイドに流れている。その洗練された雰囲気はまるで一切の無駄を感じさせないクラシック音楽のようだ。

 胸元にフリルが施された白いシャツに、体のラインを際立たせるような黒いタイトスカート。落ち着いた中にも色香を感じさせるその服装は、まさしく男子生徒の注目を集める女性教師といったところか。


「……誰だ、あの人。先生?」

みや先生です。早乙女さおとめみや。特班の顧問になってくれる予定の人ですよ」


 早乙女京子の視線の先で針のように鋭い光が高速で舞い始めた。直径二メートルほどの円形の領域が夜闇に浮き出して、その中に幾何学的な模様が描かれていく。みるみる内にファンタジーに登場する魔方陣のような光の絵画が完成した。


 始まりの八家の一つであるてらじま。生み出した方式はじん

 界力数学カイドリズムと呼ばれる独自の理論で界力術的現象を精神内にて方程式で表現。それらの情報をじんという形式で現実次元に投影し、術者が界力を流し込むことで世界の記憶(メモリア)を引き出す方式だ。


 早乙女の目の前に出現したのは直径二メートルほどの界術陣。それが三枚ほど立体的に重なっている。


 身体強化マスクルを発動した早乙女は、地面を蹴ると同時に界術陣の中を通過。

 途端、爆発的に加速した。

 撃ち出された弾丸のように道路を疾走して迫り来る車へ接近する。距離を詰めたところで今度は車の進路に界術陣を投影した。


 開花の様子を早送りするように、道路の表面に浮かび上がるさんじゅうじん


 猛烈な速度で車がその上を走り去ろうとした――瞬間。

 ふわり、と。

 ジャンプ台から飛び立つスキー選手のように、黒塗りのセダンが夜空へと浮かび上がった。


「稜護君、そっちに行ったわよ!!」

「任されました!」


 振り向きざまに叫んだ早乙女に対し、どっしりと重心を落として『構え』を取った今津稜護は鋭く吼えた。


 放物線を描いて夜空を駆ける黒塗りのセダン。

 落下地点に立つ今津稜護の全身から栓を抜いたように紫色の界力光ラクスが溢れ出す。


 闘術・ようさいよろい


 硬く拳を握り締めて弓を引くように胸を張る。ぼごッと隆起する胸筋。漲る全ての力を右手に集約して、今津稜護はただ真っ直ぐに目の前に拳を放った。


 たった。

 それだけで。

 莫大な衝撃が全てを吹き飛ばした。


 霧沢と白詰は揃って腕で顔を守る。巨大な扇子を振り回したような暴風が吹き荒れて前髪が激しく揺らされた。


 人間から放たれたとは到底思えないエネルギーの奔流が夜空を突き破る。巻き込まれた黒塗りのセダンは為す術なく飛ばされ、独楽コマのようにぐるぐると回転しながら道路へ落下していく。


 だがアスファルトに激突する直前、黒塗りのセダンを覆うように五重界術陣が展開された。途端に回転が止まり、羽ばたいたかのようにふんわりと着地する。


「……すごいな、あの先生」


 思わずと言った様子で霧沢は呟いた。


「組み上げる術式が正確過ぎる。あの速さでこのレベルのじんを展開できる界術師なんて数えるくらいしかいないぞ」

みや先生はてらじまさん出身。本土で界術師をやっても十分通用しますし、正直どうして先生をやっているのか分からないです」


 早乙女は平然とした様子で道路で静止するセダンを覗き込む。一応、敵の反撃を警戒したのだろう。だが遊園地の絶叫マシーンを何倍にも凝縮したような慣性に振り回されたのだ。意識を保てているはずがなかった。


「うん、敵の無力化を確認。稜護君、この後は?」

「寺嶋家に連絡してください。ここから先は彼らの領分です、オレが出しゃばるとあおもいい顔をしませんから」

「了解、後片付けもお願いしておくわね」


 慣れた様子で携帯端末を取り出して連絡を取る早乙女京子と、澄ました顔で現場を見回す今津稜護。とても普通の教師と生徒には見えない。明らかに裏側の現場で何度も場数を踏んでいる。


 辺りに夜の静寂が戻ってくる。


 背後で道路に座り込んだ白詰が安堵したように息を吐き出していたが、霧沢は警戒を解くことができなかった。


 いまりょう

 第一校区風紀委員会副会長。

 霧沢直也の風紀委員会入りを実力行使で拒絶した上級生。


 白詰氷華が乗ってきたセダンを運転していたのが早乙女京子ならば、今津稜護もその車に乗っていたことになる。今回は手を貸してくれたようだが、素直に信頼するべきかどうかの判断は付かない。


「そんなに睨むなよ直也。これからお前の上司になるんだからさ」

「……上司?」

「特殊任務遂行班。班長はこのオレさ」

「なに――!?」


 唐突な宣告に、霧沢は驚きを隠せなかった。


 班長――つまり特班の設立を誰よりも望んでいる人物ということになる。

 そんな彼が、どうして霧沢直也の風紀委員の入会試験を妨害した?


 特班は風紀委員会の組織体系の中に新たに設立される部隊だ。メンバーは全て風紀委員。よって入会できなければ特班には所属できないはず。


 両目を丸くしている霧沢に対し、今津稜護は愉快そうに告げる。


「予想以上だよ。嬉しい誤算だ、正直これ程までとは思っていなかった。君はオレが与えた課題の全てを跳ね除けてみせたんだからな」

「課題……? まさか入会試験の時から俺を試してたって言うんですか?」

「そうだ。オレの力を使っても君を正攻法で風紀委員会に入れるのは無理だった。だからあの場では身を引いてもらうしかなかったんだ。その後、しらづめようを使って君を特班へと誘導したのさ。……氷華には悪いことをしたね」


 ぺたんと路上に座り込んでいた白詰の表情が露骨に曇った。やはり特班の設立にしらづめようが絡んでいることが気に食わないのだろう。


「入会試験の時、君はオレの闘術を受け流した。言っただろ、()()()()()()()()()()。あれに対応できる生徒はほとんどいない。君の情報をもらった時は半信半疑だったが、そこでオレは確信した。君は試すべき価値のある人間だってね」

「だったら、さっきの黒い連中も違法薬物も先輩の課題だって言うんですか?」

「いや、それは純粋な敵の反撃さ。違法薬物に関する事件は実際にラクニルでくすぶっている火種の一つだよ。実際にかなり危ない段階だったんだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。大きな事件になる前に未然に防げて良かったというべきだろう。まあ、これから色々分かってく中で更にきな臭くなっていきそうだけど」

「……誰が、黒幕なんですか?」

「調査中だよ、詳しくは特班が設立されてからになるだろう。だがそれよりも、今は君に試験の結果を告げなければならない。とは言え、もったいぶる必要はなさそうだ」


 すっ、と。

 今津稜護はその大きな手を霧沢直也に差し出した。


「合格だ、ようこそ特班へ。オレは君を歓迎しよう、霧沢直也」


 鋭い表情を浮かべた霧沢が手を握り返す。

 力強く頷いた今津稜護は、興奮した様子で宣言した。


「役者は揃った。十分な実績も作った。あとは統括議会セントラルにいる頭の堅い大人に認めさせるだけだ」

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