幻惑の月
ふと思いついたストーリーを短編にしてみました。
幻惑を映す月・・・。儚い世界を照らし、闇夜を彩る。幻惑に囚われた俺は、夜ごと家を抜け出し、月光をその身に浴びる・・・。
「ふぅ・・・」
照り付ける太陽とは違い、月の光は優しい・・・。ため息は、安堵の証だ。
そんな折、俺は廃墟となったビルの屋上にいた。別に気分が優れないとか、家族・友人・知人と折り合いが悪い訳でも無い。ほぼ無意識に、気が付けばこの場所に居たのだ。
「満月だなぁ・・・」
独り言に、返事が返って来る筈など無い・・・。
「綺麗だよね・・・」
何故だか、宙を漂う筈の独り言に、返事が返って来た。
「誰?」
問いかけた言葉は、屋上の貯水槽で拾われた。
「あなたこそ、誰?」
「さぁ。強いて言えば、月に誘われた孤独な男って奴かな?」
おどけたように発した言葉を、また拾う−−−
「なら、私も月に誘われた、孤独な女・・・かな?」
雲に隠れて見えない姿。彼女もまた、同じようにおどけて答える。
「名前は、聞かないよ。どうしてここにいるの?」
今度は彼女が問い掛ける。
「わかんない。キミは?」
「私も、わかんない」
似ているのか?彼女と俺は・・・
「似てるかな?キミと私」
「さぁ?」
心を見透かしたように、彼女は再び問いかけた。無論わかる訳でも無く、たった二文字の返事。その時−−−
「「あ・・・」」
隠れた月は、雲の横からゆっくり顔を出し、俺達を照らした・・・。
銀色の長い髪、紅い瞳。月明かりに照らされて、青白く肌が浮かび上がる。
「幻?」
「かもね・・・」
完全に雲から抜け出した月が、明々と彼女を照らした。顔半分を銀髪で隠し、月明かりを背負った俺の影が、貯水槽の柱に伸びた。
「キミの顔が見えない」
「見たって得などないさ」
「キミには、私の姿が見えるでしょ?」
「見えるさ。キミは月を背負っていない」
「不公平!」
ハッキリ映る表情が、抗議の色を浮かべている。
「ちょっと待ってて」
立ち上がり、足を進める。向かう先は、貯水槽−−−。
「よっ・・・と」
梯子を昇り、このビルで1番高い場所・・・貯水槽にたどり着く。
「今度は、キミが月を背負って見えない」
「月にお互い、向かい合うと良いんだよ!」
おそらく笑顔なのだろうが、影は思ったより暗く、その表情が読み取れない。見えざる表情のまま、彼女は俺の手を取り、並んで月に向かい合う・・・。
「これで、お互いの顔が見えるでしょ?」
「公平に?」
「公平に!」
おっきくて、まんまるな月・・・。手を伸ばせば届きそうな−−−。
「綺麗だ・・・」
「そうだね」
自然と口にした言葉は、月を言ったのか、それとも月明かりに照らされた彼女の姿を言ったのか−−−
「もう、こんな時間・・・」
「本当だ」
腕時計は、日付を変える二分前・・・。
「帰らないの?」
「もう少しだけ。キミは?」
「私も、もう少しだけ・・・」
もう少し・・・その時間は、とても長く感じ、とても短く感じた。
どれくらい月を眺めていたのだろうか、先に腰を上げたのは彼女のほうだった。
「もう一度、会えるかな?」
「先の事なんて、わかんない」
投げ掛けられた言葉に、先の見えない答えを返す。
「冷たいね・・・」
「未来なんて、わからないものさ」
「それを言われると・・・」
「俺は未来に期待しない。ただ・・・」
「ただ?」
「俺はキミの名前も知らないけど、キミを忘れる事は無いと思う」
「その感情は、次に会う時に聞きたい」
「それは約束?」
「かもね。でも、私達はまた出会うよ」
根拠無い言葉だが、その紅い瞳は自信に溢れていた。何も言わない俺から離れ、階段ヘ続くドアに手をかけた彼女は、振り返って小さく笑う・・・。
「私達は、また出会う・・・」
残された、俺一人。満月がいつの間に頭上まで昇っていた。さっきまでいた彼女の幻影を月に映し、耳に残るは、都会の喧騒−−−
目が覚めると、見慣れた天井。着替えを済ませ、学校ヘ−−−
「転校生が、来るらしい」
「マジ?この季節に?」
今は7月。夏休みを控え、毎日が、つまらぬ授業の睡眠薬。友人の言葉も、所詮は噂と聞き流す。
ガラガラーッ
始業5分前に担任が教室ヘ入る。また今日も、つまらぬ授業と格闘だ。
「突然だが、今日からこのクラスに新しいクラスメイトが来る。みんな仲良くしろよ!」
あながち、噂もたまには当たるらしい。クラス中が、ザワザワしだした。
「失礼します・・・」
聞き慣れた声・・・しかもつい最近聞いたような−−−
「「あ・・・」」
銀色・・・いや、プラチナブロンドだろう。白い肌はそのままに、紅い瞳も変わらない。
「森イリアです。よろしくお願いします!!」
淡々と挨拶を済ませ、俺の前の席に座る彼女。辺りからは、好奇の視線が集中していた。
ホームルームも終わり、好奇心に負けた女子達が彼女の元に駆け寄る。
「よろしく」だの
「わからない事があったら聞いてね!」だの。ごく当たり前な言葉が交錯し、彼女も笑顔で対応していた。
これといった言葉も交わさず、睡眠作用を含んだ授業も終わりを迎え、今は放課後。気が付いた時、辺りにクラスメイトは居なかった。
「おはよう」
頭上から降って来た声は、新しいクラスメイトのもの。
「どれくらい眠ってた?」
「2時間くらいかな」
「その間、キミは何してた?」
「寝顔を見てた」
「物好き・・・」
「よく言われる」
時計は午後の6時過ぎ。慌てるわけでも無く、机に下がるカバンを手に取る。
「ねぇ」
「何?」
「やっぱり出会ったでしょ!」
さも当たり前のように言ってのける彼女。
「私の勘は、よく当たるの!」
これもまた、当然とばかりに言ってのける。
「帰る」
「ねぇ」
「何?」
立ち上がった俺を呼び止め、動かず座ったままの彼女に視線を落とす。
「私はキミの名前を知らない」
「カバンに書いてある」
カバンに付けられたストラップには、しっかり『刈羽』と名前が書いてある。
「キミの口から聞きたい」
「刈羽。刈羽龍一郎」
「よろしく、刈羽くん」
差し出された左手・・・。
「何?」
「握手」
「あぁ・・・」
納得して、握手を交わす。
「刈羽くんの手、冷たいね」
「昔からさ」
「手が冷たい人は、心が暖かいのよ」
「迷信さ」
「かもね。なら、予言するわ」
「予言?」
コクリと首を縦に振り、彼女は俺にこう言った。
「刈羽くんは、今日もあのビルヘ来るわ」
「馬鹿馬鹿しい。俺が意地悪して、来ないかもしれないじゃないか」
フフッと笑い、彼女は言葉を付け加えた。
「必ず来るわ。私にはわかる!」
「根拠は?」
「女の勘よ」
これ以上付き合いきれず、俺は彼女を教室に残し、自宅ヘ帰った。
何故だ・・・よくわからない。カーテンから覗く月明かりが、俺の眠りを妨げる。
「予言か・・・」
時計は11時を過ぎたくらい。眠る事が出来ず、俺はしばし考えた。
「行ってみるか・・・」
服を着替え、寝静まった両親を起こさないように静かに家を出る。
「やっぱり来たね」
ドアを開け、月明かり差し込む屋上に着いた俺の頭上に降ってきた声。
「ね、私の予言は当たるでしょ?」
「否定はしないよ」
精一杯の反論も、この現実には敵わない。
「刈羽くんの言う通り、わざと来ない方法だってあったはず。どうして来たの?」
「それを俺に言わせたい?」
「勿論!」
俺は貯水槽に昇り、彼女の隣に座る。
「好きになったから・・・かな?」
「疑問は要らない」
「惚れたから」
「引力よ・・・」
「え?」
不可思議な答えが返って来た。
「刈羽くんは、月が好き?」
「好きだけど」
「私も同じ。月が好き・・・」
「それは答え?」
「最後まで聞いて」
霞のかかった朧月。満月が少し欠けていたけど、充分明るい。
「月の光に誘われたのは、刈羽くんだけじゃない。私もそう。月の引力が私たちを引き合わせた」
「単なる偶然じゃないの?」
「偶然なら、こんな事は話さない。私も、刈羽くんが好き・・・一目惚れよ」
「じゃあ・・・」
「月が私たちを引き合わせた。ロマンチックでしょ!?」
霞みが消えた。さっきより明るい月光が、彼女の肌を照らす。
「森さん・・・」
「イリアって呼んで」
「イリア・・・」
「何?」
「キス、してもいい?」
「それは黙ってするものよ・・・」
言いながら、彼女の唇が俺の唇に触れていた。
「大胆」
「月のせいよ・・・」
「月のせい、ね・・・」
微笑みを浮かべ、紅い瞳は俺を捉えて離さない。
「龍の番よ」
「では・・・」
紅い瞳は瞼の奥・・・。距離が無くなるその瞬間、俺は彼女に囁いた・・・。
「月夜の同士に口づけを・・・」
たまに、夜遅く家に帰る途中、ふと空を見上げる時がありました。まんまるの月や、三日月。不思議だなぁって思うのは、浮かび上がる月の光に暑さを感じない事。でも月って、地球にはなくてはならないもの・・・関係ないかもしれないけど、そんな意味を込めて書いた作品です。