49A列車 僕たちの最長切符
3月10日。
「この時間の特急って初めて乗るね。」
萌はそう言いながら、野洲の方向を見た。今は野洲方面から回送列車が近づいてきている。その列車は貨物列車ではなくJR京都線の愛称で運行される4ドア車207系だ。
「ここから207系とかもっていくんだねぇ・・・。」
「草津から走らせるのかな・・・。」
走り去っていく207系を見送った。
さて、僕たちが6時台の守山駅にいるのは稚内へ行くため。そして、その旅の最初の列車となる「びわこエクスプレス」に乗るためでもある。「びわこエクスプレス」は早朝と夜にそれぞれ片道運行で設定されている特急列車だ。朝は大阪に向かっていく列車のみ、夜は米原・草津に向かう列車のみが設定されている。その運行形態からも分かる方はいるだろう。「びわこエクスプレス」は通勤用特急列車なのだ。
もちろん、「通勤用」だからと言って普通の人が乗れないわけじゃない。今回「びわこエクスプレス」に1両連結されているグリーン車の切符を取っている。使用車両は683系4000番台、「サンダーバード」と同じ車両だ。
「「更新4000番台」かな。」
「ああ、「更新4000番台」って今どれぐらいいるんだろうねぇ・・・。たぶん更新4000番台」だと思うけど。」
話の中に出てきた更新4000番台とは最近「サンダーバード」に使われる車両に施工されているリニューアル工事を請けた車両のこと。窓周りは黒塗りされ、太いブルーのラインが窓下と先頭のライト下に入った車両のことである。ロゴマークもスピード感のあるものに変わっている。
「早く来ないかな・・・。ちょっと寒いよ。」
「これからもっと寒いところに行くんだよ。そう言っていられないよ。」
「分かってるけどさぁ・・・。」
時間はだんだんと「びわこエクスプレス」の出発時間に近づいていく。ついにその1本前の221系普通が守山のホームから離れていく。
「次に2番乗り場に参ります列車は、6時35分発特急「びわこエクスプレス1号」大阪行きです。列車は9両で到着します。足下「びわこエクスプレス」と書かれました号車札の前でお待ちください。」
と言うアナウンスが流れた。その後に「列車は前から9号車、8号車の順で一番後ろが1号車です。グリーン車は1号車、指定席は2号車と3号車です。自由席は4号車から9号車です。」と流れる。自由席が主体の特急列車は他にもあるが長編成でここまで多いのは「びわこエクスプレス」以外無い。
ふと草津方面のホームを見ると駅員さんがこちらに歩いてきている。誰かに会いに来たのかな・・・。普通に切符をもって入っている僕たちに会いに来たわけじゃないよなぁ・・・何もしてないし。
「まもなく2番乗り場に特急「びわこエクスプレス1号」大阪行きが到着します。」
「失礼いたします。あの本日京都から稚内へ行かれるお客様でありますか。」
さっき見た駅員は僕らにそう話しかけてきた。「なぜ知っている。」と心の中で思ったが、そんなことを思っている場合じゃない。
「はい。そうですが。」
そう答えると、
「あっ、前にお客様に切符を発行した際に・・・。」
と駅員は説明を始めた。僕たちは守山駅で京都市内から札幌市内の往復切符と札幌市内から稚内までの往復切符を発行して貰った。しかし、後で運賃計算をしたところ京都市内から稚内までの往復切符と函館本線の白石から札幌を往復する切符を使った方が7000円以上安くなると言うものだ。最初言っていることはよく分からなかったが、僕らは切符を駅員のもってきた安くなるならと言うことで切符に変えて貰い、「びわこエクスプレス」へと乗り込んだ。
「びわこエクスプレス」のグリーン車はまだほとんど座っていない。僕らと同じ守山駅からもう一人乗車があっただけで、守山駅を離れる。自分たちの席に腰掛けると僕はさっき貰った切符を見てみた。
「何かできちゃったよ。最長切符。」
「私たちの中での最長切符だね。」
「で・・・ああ。白石から札幌を往復してるのね。」
切符には3月10日から2日間有効の白石~札幌の往復切符が入っている。切符をずらしながら、確認していると3月11日から2日間有効の白石~札幌の往復切符も出てきた。
「あっ、なるほど。」
「これって京都~稚内を使って白石から札幌までをこの切符で乗るって事だよね。」
頭の中に僕は札幌近辺の路線図を広げた。札幌へは新千歳空港方面からやってくる千歳線と旭川方面からやってくる函館本線が通っている。これらの線路は札幌の手前白石駅で合流しており、札幌に行って戻る場合でかつ札幌市内で降車する場合、乗車券はいったん札幌市内で切れることになり、札幌から新たな乗車券が発行されることになるのだ。それが前に僕たちが窓口で発行して貰って切符だ。
一方、今日安くなると言うことで貰って切符は京都から稚内までの切符となっている。この切符は前発行して貰った経路と99.9%変わらない。だが、前述の切符との決定的な違いは札幌には行っておらず、函館本線と千歳線が合流する白石駅でこの乗車券は乗り換えをしていることだ。ただ、乗車券は営業上の乗り換えが出来ても今回乗る特急はすべて白石駅を通過するため人間は白石で乗り換えることは出来ない。と言うわけで白石から札幌の往復切符の出番だ。この切符は「スーパー北斗15号」が白石を通過すると同時に発効する。これで人間も営業上の乗り換えが可能になるのだ。
「でも、よかったね。」
「何が。」
「京都から稚内までの切符が手に入って。それに安くもなったんだよ。あっ、後で私の分は返してよね。」
「分かってるよ。」
「びわこエクスプレス」は瀬田を通過する。旅はまだ始まったばかりだ。