59A列車 またいつか・・・。
「まもなく旭川、旭川です。停車時間はわずかです。」
この放送を聞くと、ようやくここまで戻ってきたのかという気持ちになる。旭川で宗谷本線は終わり。最北端からの鉄路はここで終了するのだ。
「ようやっとここまで戻ってきたね。」
「戻ってきたね。でも、グリーン車でいいねぇ。」
萌は納得したようにホントとリラックスした声で答える。
アナウンスが流れてから、後ろにいるお客さんは降りる準備を始めた。停車時間はわずかと言うアナウンスが流れているため、ちゃんと降りれるようにと言う配慮でもあろう。外を見ると旭川駅の屋根が見えてくる。
「ナガシィ、「ライラック」。」
萌はそう言った。
その方向を見ると萌黄色の先頭部をもったステンレスの特急列車が止まっている。側面には宗谷地方や北見地方にゆかりのある観光地などが塗装されている。ちょうど見える編成の塗装は宗谷岬にある「日本最北端の地」のモニュメントとSOYAの文字がロゴの上に入る。
「「ライラック」かぁ。ダイヤ改正で出来た奴だよねぇ・・・。」
僕はそう言った。
「ライラック」の789系0番台は北海道新幹線の開業前「スーパー白鳥」として新青森~函館間を走っていた青函連絡特急だった。しかし、北海道新幹線開業にさいし青函トンネルを通過するすべての旅客列車が新幹線に転換されることに伴い、「スーパー白鳥」は北海道新幹線開業前の3月21日を最後に廃止された。「スーパー白鳥」に使用された青函連絡特急であった789系は1年の期間を経て道央特急に転身、3月4日ダイヤ改正をもって、それまで「スーパーカムイ」として運行されていた列車のほとんどを「ライラック」に変更の上運行を開始した。
「でも、「ライラック」って781系の方だなぁ・・・。」
僕はそう続けた。この発言からも分かるだろう。「ライラック」というのは新愛称ではない。元々道央特急として使用されていた愛称が再び同じ道央特急に復活したのである。
「「スーパーホワイトアロー」と同じぐらいの時の。」
結構懐かしい愛称が出てくるなぁ・・・。
「うん、そのぐらいのね。」
そう話していると「宗谷」は旭川に停車。グリーン車からは僕ら以外の乗客が全員降りてしまった。9席あるグリーン車はわずか2人の乗車になった。
「フィ、フュー。」
甲高いブレーキ音がすると「宗谷」は再び夜の町中へと繰り出していく。ここから札幌までは約1時間30分だ。
旭川を出発すると車掌が車内巡回でまわってきた。この人旭川で変わったわけじゃないんだなぁ・・・。ラッセルの一件から完全に顔見知りになったなぁ・・・。
「本日はどちらから来られたのですか。」
「僕ら、京都から来たんです。」
「京都からですか。ずいぶん遠いところからようこそおいでくださいまして、ありがとうございます。」
「ああ、いえいえ。」
「今回はどのようなご用件で北海道においでになったのですか。」
「ああ。ちょっと稚内まで行こうと思ったんです。JR北海道は去年の12月ぐらいに自社で維持できない路線を発表してたんですけど、それに宗谷本線が入っていたんで・・・。」
それは事実だ。宗谷本線は沿線自治体と鉄道の維持について協議をしなければならない路線となっている区間がある。つまり、そこはバス転換する可能性は十分あり得るのだ。そうなれば当然鉄路で稚内に行くことはかなわなくなる。ならば、廃止になる前に稚内に行くしかないのだ。
「そうなんですね・・・。今は乗客も落ち着いてきているので・・・。」
そうなのか・・・。車掌の話では年末年始に乗車のピークが来て、2月・3月は乗客の数が収まる。そして、ゴールデンウィークに向かって再びピークがやってくるというサイクルがあるらしい。列車で利用者の数を肌で感じている人の感想はとても重みがある。
「この列車もいつ運転しなくなるか・・・。」
その言葉はJR北海道の厳しさを表している。
車掌さんとは深川の手前まで話していた。深川から先グリーン車の乗降は一切無く札幌まで僕らだけの空間となった。
「戻ってきたね。」
「うん。」
札幌22時57分着。復路は定刻通りだ。
「萌、ちょっと3号車行きたいけどいい。」
「いいよ。」
僕は萌にそう言うと3号車に急いだ。車掌室を見るとちょうど車掌さんと目が合った。
「今日はどうもありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとうございます。また北海道にお越しください。」
「はい、またいつか。」
そう、またいつか・・・。
(今度は網走かな・・・。)




