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1.8 廃ビルの中へ

 それは血痕だった。


 どこからか、カラスの鳴き声が聞こえた。見上げると一羽のカラスが、剥き出しのコンクリートのビル壁から飛び去って行った。

 十二階建てのそのビルは、完成間近で放棄されたもののようだった。ビル壁に塗装はなく、窓となるべき開口部は、ただの空気の通り道となっていた。外から見る限り、人の気配は感じられず、さながら廃墟のようだった。

 アルフは、その廃ビルの入り口付近に血痕が落ちていることに気がつき、驚いた。

 夕暮れ時だったが、注意して見ればはっきり血の跡とわかった。血はまだ、乾ききってはいないようだった。

 不気味だった。治安の良いトキワ市の街中で日常、目にするものではない。誰かがここで怪我をしたのか。そもそも、これは人の血なのか。


 血痕は、廃ビルの中へと続いていた。

 アルフは一瞬、躊躇したが、次の瞬間には建物の敷地内へと足を踏み出していた。


 廃ビルの中は伽藍堂になっていた。約十五メートル四方のワンフロアの大部屋には、仕切りもなければ、デスク一つ、電灯一つさえない。

 薄暗闇の中、埃を被ったコンクリートのフロア上に、血の跡と誰かの足跡が続いていることが見て取れた。アルフよりも少し小さめの足跡だ。年若い少年か少女のものだろうか。

 アルフは恐る恐る、血痕をたどって歩いた。広い室内は音を立てると反響しそうだった。一歩一歩、スニーカーを慎重に地面に下ろしながら進んだ。

 赤黒い血の滴は、ビル内の非常階段を上っていた。アルフは所々で、物陰から前方を窺いながら、その跡を追った。


 四階までの道のりは、運動量としては大したものではなかった。しかし、アルフがその階にたどり着く頃には、緊張による動悸から、肩で息を吐いていた。

 鮮やかな赤い血の斑点が、階段から広い部屋の中へと続いていた。

 アルフは壁際から室内を覗き見た。人影が見える。小さな人影だ。だが、西陽が射して、姿がよく見えない。その何者かは、両手で何かを抱えていた。

 その何かから漂う血生臭いにおいが鼻を突き、アルフは眉をひそめた。

 アルフの額には、冷や汗が噴いて出ていた。その汗の滴が地面に落ちるとき、なぜかアルフは心の中で、しまった、と叫んでいた。


 ぴちゃり


 鼓動が跳ね上がった。

 聞こえないはずの滴の音が、アルフの耳に響いた。それは、その人影が抱えた何かから落ちた血滴の音だったかもしれない。

 まるでその音に導かれるかのように、人影がアルフを振り返った。表情は、陰になって見えない。


 ――あなたが…………やっと、見つけた……


 人影がそんな風に声を発した気がした。

 どさりと、彼女は今の今まで抱えていたモノを地面に落とした。そのモノに既に生命はなく、まだ暖かみを残したただの物質と化していた。それがひどい怪我をした猫の死骸だと気づくまでに、アルフには随分と長い時間が掛かった。

 アルフは口を開いた。だが、喉の奥がねばついて、声の代わりに隙間風のような音を立てるばかりだった。


 気がつけば、少女が目の前にいた。

 アルフより頭ひとつ背の低い少女。血と、夕焼けで全身を真っ赤に染めた彼女は、瞳の色まで紅かった。

 アルフはその場から一歩も動けずに、立ち竦んでいた。


 少女はアルフの利き手を掴んだ。

 アルフは一瞬、抵抗しようと試みた。しかし、少女の力は、その小柄な姿からは想像もできないほどに強かった。


 少女はアルフの手を、少女自身の心臓の位置まで持って行った。


「――私を、殺してくれる……?」


 少女は静かな声で、そう言った。

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