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1.16 二人の少女

 翌朝のサクラは、自分の目を何度か疑うことになった。


 その日――一月十六日の朝も、彼女は自動運転バスが来るバス停の前で、幼馴染のアルフがやって来るのを待っていた。左手首の腕時計を見る。時刻は、七時三三分だった。

 間もなく、アルフはやって来た。

(あの女の子は……?)

 サクラは訝しんだ。その朝のアルフは、一人ではなかった。背の低い少女が、彼の隣に連れ立って歩いていた。歩きながら、二人は会話をしている様子だった。少女が何かを指差して言葉を発し、アルフがそれに対して応えていた。

 サクラに気がつくと、アルフは片手を上げて挨拶した。

「おはよう、アルフ」

「ああ、おはよう。サクラ」

 挨拶を交わした後、アルフはサクラに、一緒に歩いて来た少女を紹介した。

「紹介するよ。この子はユーリー」

 ユーリーという名の少女は、無言でサクラを見つめていた。「この子はサクラだ」と、アルフはユーリーにも、サクラを紹介した。

「サクラ=ミズチよ。よろしく、ユーリー」

 サクラは笑顔で言った。

「ええ。こちらこそ、よろしく」

 ユーリーは、丁寧に会釈をして応じた。


「いったい、どこで見つけて来たの? こんなかわいい女の子」

 自動運転バスの中で、三人はユーリー、アルフ、サクラの順で並んで立っていた。サクラは、アルフに当然の疑問を投げかけた。

「親戚の子なんだ。昨夜、ヒノモト国に着いたんだよ」

 アルフはそう説明した。それは、ユーリーに高校見学をさせるために、ミナコが今朝考えた架空の設定だった。

 「後でちゃんと話すよ」と、アルフはサクラに耳打ちした。その言葉は、ふつうの人間より聴覚が優れたユーリーの耳にも、しっかりと聞こえていた。

 ユーリーはこの日、ミナコの服を借りていた。愛らしいファレンス国の人形のような容姿をした彼女は、周囲からやや浮いていた。自然、同乗している通勤客や学生の注目を集めていた。

(おや……?)

 サクラは、あることに気がついた。そんなユーリーに対して、アルフが妙に落ち着かない態度で、ちらちらと視線を送っていた。これは、ひょっとして――。

 いや、アルフに限ってそんなことはないだろう。と、サクラは一瞬、頭によぎった考えを打ち消した。

 そのとき、止まっていたバスが動き出し、加速度で車内が少し揺れた。手すりに掴まっていなかったユーリーはバランスを崩し、アルフの方によろけた。

 アルフはタイミングよく、ユーリーの肩に手を添えた。

「ありがとう」

 少女はアルフを見上げ、礼を言った。アルフは首を振った。

「気をつけて」

 何気ないやりとりにも映ったが、それを見ていたサクラの中で、先ほど脳裏をよぎった考えは、確信に変わった。

 幼馴染の少年は、ユーリーという少女をはっきりと「異性」として意識していた。もっとも、本人にその自覚があるのかまではわからなかったが。それは、サクラが知る限り、彼の人生で初めての出来事だった。

 ――そうかそうか。こういう子が良いのね。

 サクラは寂しいというよりは、不思議と嬉しい気分になっていた。筋金入りの朴念仁で、思春期とは無縁の存在と思っていた幼馴染も、やはり健全な一男子だったようだ。であれば、サクラがいつからかずっと胸の内に秘めている、少年に対する淡い思慕の念にも、いつか気づいてもらえる日が来るのかもしれない。

 そのやりとりからしばらくの間、アルフの耳の後ろは真っ赤に染まっていた。


 アルフの様子が、平常時と少し変わったことに、ユーリーも気づいた。

「……どうかしたの?」

 平静を装っていたつもりのアルフは、慌てた。

「え? な、何が?」

「鼓動と呼吸が、いつもより速いわ。急に、体温も上がった。昨夜もそうだった」

 ユーリーは、冷静に少年の身体的な変化を指摘した。

 普段のアルフなら、そんな自分の変化を冷静に客観視できたかもしれない。が、そのときの彼には、とにかくその場をごまかして切り抜けること以外、頭に浮かばなかった。

「そ、そうかな? たぶん、すぐに収まると思うよ」

「そう? 不思議な人ね」

 君が言うセリフじゃないけど。と、アルフは返すべきところだったが、このときは二の句が継げなかった。

 ともあれ、ユーリーは、その言葉に納得した様子だったので、アルフはほっと胸を撫で下ろした。


 自動運転バスは、車内の少年少女の心の機微などどこ吹く風で、いつものようにスムーズに走り続けた。

 読んでいただき、ありがとうございます。

 再度、バスの登場です。

 ユーリーとサクラという二人の少女の出会いは、こんな感じですね。

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