表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/17

1.9 「私を殺して」

 アルフにとって長い、しかし、たった数秒ほどの時間が経った。

 名も知らぬ少女は、アルフの右拳を自身の心臓に突き立て、まるで自身を貫くかのように力を込めた。

「……ぅぐぁっ」

 アルフは呻いた。少女の爪が腕に突き刺さり、右拳からめりめりと骨が軋む音がする。

 相応の痛みを味わっているはずなのに、少女は眉ひとつ動かさなかった。


 自失していたアルフは、痛みでようやく正気に返った。アルフは夢中で上向きに力を込め、体重を掛けて少女を思いっきり突き飛ばした。

 力こそ強い少女だったが、体重は見た目と変わらず、軽かった。少女は部屋の中央部に尻餅をついて倒れた。

 げほっげほっと、少女はむせ返った。

 アルフは左手で右手首を握った。ジンジンと痛む。もう少しで、骨が折れたのではないかと思った。


「――君は、いったい何者なの……?」

 アルフは右手を庇いながら、訊ねた。

「……びを」

「え?」

 呼吸を整えながら、少女が途切れ途切れの言葉を放つ。

「……滅びの魔法を、早く……。あなたは、アグロス=ナベルの末裔……」

 アルフは耳を疑った。なぜ、初対面の少女が自分の出自を知っているのか。


 日は徐々に落ちようとしていた。

 黄昏色の空は、ゆっくりと濃い紫色に変わりつつあった。

 アルフは少女の外見上の特徴を、だんだんと判別できるようになってきた。

 ボロボロの着衣を纏った少女は全身が汚れていたが、元は白い肌のようだった。ゆるくウェーブの掛かった金髪は胸まで達し、その波の上流では両の耳の先端が突き出していた。人形のように無垢な顔立ちをした一方で、大きな真紅の双眸は、まるで彼女を人外の魔物のようにも感じさせた。


「滅びの、魔法……?」

 アルフは、呪文のようなその言葉を口の中で繰り返した。

 少年のその反応に、彼女の表情は歪んだ。眉根を寄せ、悲痛そうに。

「……知らない、の……?」

 その表情を見て、アルフもまた胸が締めつけられるような痛みを感じながら、首を横に振った。ひょっとしたらそれは、俗に『アグロス=ナベルの魔法』と呼ばれるものの正体なのかもしれない。

 そう、と少女は言って、落胆したかのように視線を落とした。

 数拍の沈黙の後、アルフは別の質問を投げかけた。

「なぜ、僕のことを知っているの?」

 ジュホウを使ったから、と少女は答えた。呪法――呪われた魔法ということらしい。

「代償として、私は『眠り』を失った。これからも気が狂いそうになる時間を、眠らずに過ごさなければいけない」

 彼女は淡々と呟きながら、両手で自身の肩を抱いていた。

 アルフにわかったのは、彼女は睡眠を取らないらしいということだけだった。眠らずに生きていけたら、人の倍の時間を有効に使えるのではないか。少年は束の間、そんな夢想を抱いた。

「アグロス=ナベルの子孫が生きてるってことは、感覚でわかった。でもまさか、こんな極西の島国にいるなんて思わなかった。復活して最初の二年は、ローマニラ中を当てもなく探し回ったわ」

 話が見えてこなかった。彼女は何を言ってるんだろう。

 だが、その次に彼女が発した言葉は、アルフを驚愕させた。


「私はトゥルーバニランよ。あなた達が殺戮した、最後の生き残り」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ