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中編

 乙女ゲームの世界にトリップしてからの彼女の生活は、まるで夢のようだった。

 自分が好きなキャラクターが自分の事を愛し、お互いを牽制仕合い自分を取り合う。それはまさに、彼女が描いていた夢そのもののシチュエーションだった。

『みんな』に愛されるよう神に願った為にネット小説特有の女子からのイジメも起こらず、乙女ゲームヒロインも自分に陶酔するくらい友好的で、彼女は学校一の人気者になった。その人気は在籍校に留まらず、近在の学校全てに及んだ。万が一自分と同郷のトリッパーが居たところで、今の自分を排除するのは不可能だろう。

 彼女は異世界に連れて来てくれた神の言葉どおり、祈りを続けていた。ご神託の通り部屋に祭壇を設け盛塩と酒を毎日供え、神に向かって祈る。周囲にはベジタリアンを称し、魚や肉などの生臭を口にすることを控える。

 しかし、最初はきちんと行を続けていたものの、彼女はもとより現実が嫌で異世界に逃げ出したような人となりだ。まるで僧のように戒律が多い生活に不満を募らせ、次第に祈りがお座なりになり、間隔も開くようになってきた。


 ある時、彼女は一人のキャラクターに恋をした。恋は人を変えるとはまさにその通りで、モテモテな状況を願っていた筈の彼女は周囲に群がるイケメンにきっちり断りを入れ、好きな人に告白し恋人同士になった。

 彼女は自分より大切な人ができて、自らの欲の為に現世の家族や友人達を棄てたことを後悔した。最後は半ば見捨てられていたとはいえ、彼等は自分のことを心配し大切にしてくれていたのに。彼女は後悔し、もう二度と同じことはすまいと心に誓った。



 それから暫く経ち、彼女の恋人であるキャラクターに『それ』が現れた。

 はじめは、皮膚にフジツボのようないぼが出来ただけだった。しかしそのいぼは、次第に飛び火のように全身へと広がっていった。その時点で彼は皮膚科に行きステロイドを処方されたが、薬を塗っても何ら回復は見られなかった。

 次に、皮膚が黒ずみ固くなってくる。表面が乾燥した大地のようにひび割れると、まるで鱗のようにぽろぽろと剥がれ落ちた。皮膚が剥がれた部分はケロイドのように赤く腫れ上がり、その姿からは彼のかつての美貌は伺い知れなかった。

 大学病院に受診しても、高名な医師に看て貰っても原因不明であったその病は、次第に彼の周囲に感染していった。

 しかしその病は、彼の世話をしている家族や近隣の住人には罹患せず、彼の友人や顔見知りなど思いもよらない人物に感染していった。時には彼が一度も会ったことがない者にまで罹患し、感染経路がわからない原因不明の病に世間は震え上がった。

 国はこの原因不明の病を重く受け止め、対策委員会を設立し大規模な消毒を行った。病院は患者を山中にある感染病棟に隔離し、マスコミは連日騒ぎ立てた。世間に不安が広がり、病を予言していたと謳う新興宗教に大量の一般人が入信した。日本はこの病により、未曽有の混乱状態に陥っていた。

 しかし、唯一彼女だけはその統一性に気がついていた。その原因不明の病に犯されているのは、皆『キャラクター』だったからだ。かつては彼女を愛し取り合った彼等、その者達『だけ』がこの病に感染していた。

 勿論、原作である乙女ゲームにも、それを題材とした星の数ほどあるネット小説にも、このようなエピソードがあるが筈ない。有り得ない事態に混乱し震えあがる彼女の脳裏に、ふとこの世界に連れてきた神様の言葉がよぎった。


”何より大事なのは色を断つことだ。其方は我のフであるのだから、色事などに関わり合うことなど決して許さぬ。努努(ゆめゆめ)忘れるでないぞ”


 あれはどういう意味だったのだろう。何より、彼は一体何者だったのだろう。異世界トリップできると浮かれてそんな事も気にしていなかった彼女は、慌てて彼の言葉をインターネットで検索し、該当記事を読んで息を呑んだ。



 大物主神とは、現在奈良の三輪山に奉られている蛇神で、古事記や日本書記にも記されている日本太古の神々だ。その眷属と言っていた彼の名前はカガチ、カガチとは日本古来の蛇の名称だ。つまり、カガチは神は神でも蛇神であったのだ。

 蛇神信仰は古来から存在し、男根や剣を連想させることから男神だという説もある。そして、カガチが言っていたフとは、()のことだ。

 蛇巫(だふ)とは蛇神に仕える神官のことで、神と床を共にして蛇神の子を産む、つまり蛇神の伴侶だ。実際日本には古来から異類婚の伝承があり、大物主もセヤダタラヒメと結ばれたという伝説がある。


 つまり、彼女は現世で千日祈願をやり遂げた為、蛇神であるカガチに見初められ、彼の伴侶に選ばれたのだ。

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