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小田天庵記  (旧題:戦国アイドル小田天庵)  作者: 山城ノ守
奉公先は名門”おだ”家
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第十七話 委任されるということ

 翌朝。小普請二日目である。約束通り集まった滞在者や河原者、極楽寺の武僧を含めて九十近い人員になった。八幡は作業速度を上げるため、予め用意された木材を加工して長屋建築組と、土塁造成組に分かれる事とした。

 太兵衛が連れてきた番匠四人を中心に、番兵二十人を付けて建築を始める。この際、八幡が番匠に出した注文は、資材を一定の寸法で規格化し、製材を組み合わせて同じ作業で何棟もの長屋が建てられるようにするというものであった。


「悪いな、専門の職人に注文を付けて」


「いやぁ、この位なら別にかまいませんがね。ただ、学びたいって言うこの何人かに簡単な作業を教えながらやるってのは少し骨ですぜ?」


「まぁ、こいつらも農村の二男や三男坊らしくてな。田畑も広いものじゃなくて相続は自分の食い扶持ぶんくらいしか見込めそうにないらしいんだ。だから、手に職付けたいみたいでな」


 八幡はそういうと、怪訝そうな顔をする四人の番匠の内、一番近場の者に麻袋を手渡す。

 番匠は中身をチラリと一瞬だけ覗くと、目を丸くし、周囲の番匠三人に視線を合わせて頷き合う。


「まぁ、一朝一夕で身に付くわけじゃありませんが……いいでしょう。私らも最近忙しくて仕方ねぇ。職人が増えて賦役が減ってくれるかもしれないし、教えてみますかね」


八幡(はぢまん)様! ありがどうございます!」


「まぁ、もし俺が万一出世すれば、お前らもまとめて雇ってやるから励んでくれよ。まぁ、きちんと技能習得してればだけどな」


「おう!」


 八幡は製材要員に番匠三人、その手伝いに番兵九人を付け、残りの番匠一人が中心となって十一人の番兵を指揮して組み立て作業を開始した。

 八幡はそれを見届けると、次は滞在者をそれぞれ四人に、河原者は七人に組みを分け、過不足の場所に僧兵を入れて調整して、見た目で同程度の能力の組を六つずつ作る。そして、河原者組は堀、滞在者組は土塁を造る作業へと分けた上で、一定区画を割り振り、早く完成した組から順に日当とは別の報奨金を出すとした。


 元々やる気のあるものが多かったそれぞれの組は、上乗せの報奨金により一層のやる気を見せ、高い士気が維持されるまま仕事に励み、作業はみるみる進む。

 そこへ、配下の兵を連れた信太外記が足を踏み鳴らす様に土ぼこりを上げてその姿を現した。


「貴様! 先日の話をもう忘れたか!!」


 信太外記は積み上げられ固められた、造成途中の土塁の上から、堀の中の一段低い位置にいる八幡を見下ろしながら怒鳴り散らす。


「おや、これは外記様。こんな朝早くから何事ですかな?」


 激高する信太外記をよそに、八幡はとぼけ顔で返すと意外にも無視せずに「もう昼時だわい」とどうでもよい返しを受けて笑いを溢す。肩をいからせる外記の側には身形の整った武士が三人控えており、どうやら事の次第では刀を抜く事も頭の片隅に置くような挙動であった。

 八幡は小さく「どうやら刀傷沙汰も無い話ではないというのは本当らしいな」と呟きながら、若干の緊張と手に汗を握りながらも毅然とした態度を示す。この展開は想定済みで、都合がいいとばかりに自分の周りにも僧兵を侍らせたことで保身はきっちりと図っており、それ故にある程度の冷静さが保てる面もあった。

 この地域の武僧と言えば極楽寺で、大名でさえこの勢力との揉め事は避けるのに信太外記程度が刀を抜ける訳も無く、八幡はまんまと訳が分からず信太外記を見上げている僧兵の威を借りていたのだ。虎ならぬ寺の威を借る狐である。


「何事ではないわ! 貴様、先日穢れの者は城内に入れぬと約したばかりであろうが! にも拘らず舌の根も乾かぬうちに何をしとるかァ!」


「おや、これは異なことを仰る。その約束事なら守っているではありませんか?」


「なにぃ?」


「この者たちは今、堀を掘っているのです。この堀は城外に在って城内とは申しますまい」


 八幡の堂々とした返しは道理と言えば道理であり、煽るような言葉は「そんな返しがあるのか」と、周囲の笑いを誘う。

 信太外記は一層の怒りを露わにし、力強く握りしめた拳を振り上げ、何もない虚空を殴りつけるように振り下ろされる。


「何を、詭弁を弄しおって! ふざけるな!」


 しかし、怒りが頂点に達した信太外記に対し、八幡は今までの腰の低い態度、今の剽軽な態度とは一変し、外記を厳しい目つきで睨みつけ、胸を張るように毅然とした態度で見上げると、張り裂けんばかりの声で怒鳴り返した。


「どちらがふざけておいでなのかよくお考えめされよ! 貴殿はこうも言ったはずだ。生活する空間が穢れるのが嫌なのだと。では再度問いましょう。貴殿はこの堀の中で生活することがあろうと? ならばこちらに降りてここで寝起きをされるとよい! 私はすぐさまこの地面に額を擦り付けて謝りましょう!」


 八幡は挑発的な罵声を浴びせかけるが、信太外記は当然堀へと降りること無く、これに返す言葉も思いつかずに口籠り、苛立ちと八幡の一変した態度に肝を冷やしてたじたじとするばかりである。

 護衛の郎党はそれを見て動揺し、周囲の作業する者たちは作業の手を止めてそれを眺め、楽しげに笑う。


「加えて申せば城の境は柵であると心得るなら、堀は外というにも道理がありましょう。堀は敵の落ちる場所なれば、敵が穢れ困るのみ。それに何の不都合がありましょうや!」


「な、んぐ、も、もう良い! わしは禅問答をしに来たのではない! 貴様らと違いわしらは忙しいのだ、付き合いきれるか!」


 信太外記は捨て台詞を残すと、愚痴を溢す様に語り続けながらその場を後にした。

 土塁の上の作業を指揮していた太兵衛は、一連の事が終わると、堀へと降りて八幡へ歩み寄り、感心した様子で語りかけた。


「おぉ……八幡様、今はじめてすごいと見直しました……」


「失礼だなオイ」


「いやぁ、がっごよがっだっぺな。」

「あいづいげすがねぇど思っでだだぁ」

「惚れ惚れするねぇ、やるじゃあないか」


 番兵、滞在者の農民、芸能一座の男などが感心した様子で近寄り、楽しげに八幡の肩や背を叩き、あるいは肩を組むようにしながら語りかける。

 元々親しみやすい性格と空気感から八幡と一同との間に壁などはなかったが、この一件もあり一層親しみを持ちつつ、一定の敬意を周囲に抱かせることにも繋がる。そして指揮も執り易くなり、一層の作業速度向上が見て取れた。


 また、河原者に対しても悪し様に言われるままを認めるような形になったことを一人一人に詫びて回り、河原者は「なぜお武家さまがここまで親身になるのか」と不思議がりながらも、八幡の反論に胸のすく思いをしたと感謝の言葉を返し、一層身を入れて作業に取り組み始めた。



 そして夜。

 堀の外では夜を感じさせない喧噪がそこにはあった。


「八幡様、本当に勘定は大丈夫なんですね……?」


「あぁ、大丈夫だって。これだけあればどうにでもなる。まぁ任せておけ」


 思いがけずに褒められ、皆の歓心を買えた八幡は気を良くしたのか、そのままの流れで「今夜は宴会だ!」と宣言する。太兵衛は盛り上がる一同を止めるに止められず、滞在者の中にいた行商人と僧兵を数名引き連れ、町から酒を調達してきたのである。

 太兵衛は言われるまま酒を八斗買付け、酒屋は目を丸くしながら、この日は店じまいにして手代総出で運び込む有様であった。総額は一貫である。


 余りの大盤振る舞いに不安と違和感を覚えた太兵衛は、心配そうに八幡へと視線を向ける。


「八幡様、今内訳はどうなってるんですか?」


「まず、賃金は別に分けてあるから問題ない。これが十七貫。釘や鋸なんかを買い付けた代金と、例の新しい道具の製作費すべて合わせて五貫。配給する十日分の食費が米、味噌や塩合わせて四貫。他褒賞や雑費で四貫くらいとして……まだ半分近くあるし、全然余裕だな!」


「そ、それならいいんですが……なんか違和感が……」


 太兵衛の心配をよそに、八幡は煽られるままに酒を呷り、一同は歌って踊りのどんちゃん騒ぎである。身分や年齢、出自や立場に生業や生き方も雑多な顔ぶれがこのようにして一同に会することは珍しく、思い思いに語らい、その日の宴は大盛況のうちに終わった。



 後日、八幡は情けなくも二日酔いで、午前中は一切微動だにせず青い顔のまま藁の床に横たわっていた。初の酒で強引な呑み方をしたため、宴会の締めくくりとばかりに盛大に嘔吐し、そのまま意識が薄れて眠りにつき、周囲はそれを見て大笑いするうちにお開きとなったためである。


 しかし、各組は朝起きるのが僅かに遅れたくらいで、その後は組ごとに分かれ、八幡の監視や指示が無いにもかかわらず、誰一人としてサボらずに真剣に作業を進めた。

 午後になり、八幡は体を起こして水を飲みながら何度も顔を洗い、水面に浮かぶ虚ろな自分の顔を見て飲酒は控えようと誓うのである。


(どうせなら、時代を先どって侘び茶にでも慣れよう……)


 八幡は周囲に気遣われながら作業に参加し、よろめきながらもゆっくりと土を掘り下げていく。

 そしてしばらくするうちに、職人通りからの使いという若い男が、三本の農具を持参して八幡の前で布を広げた。


「おぉ! そう、これだ!」


 八幡は思わず叫び、腹の底から込み上げる何かを感じ、すぐに口を塞ぐ。腹の底から込み上がるそれは、欲しいものを手にした喜びや感動かと思われたが、その実、昨日食べた焼き結びと味噌汁である。


「まぁ、所々拙い所や、耐久性の心配とかもあるが、概ねこれでいいさ。今はとりあえず使えればいい。道具も不足して作業にならなかったからな」


 八幡は喜色を浮かべてそう語りながら、職人見習いの若い男に事細かな修正点を伝える。

 そして、八幡は二つのスコップを長屋建築組に渡すと、それを手にした番匠と番兵の二人が驚きの声を上げる。


「こりゃぁいいな。掘立の穴を掘るには実に都合がいい」


「あぜ(みぢ)水路作(づぐ)るにも使(づが)いそうでえがっぺなぁ~」


 そして、その日も順調に作業を進め、三日目にして僅かながら曲輪らしい形が見え始める。


 さらに明くる四日目。

 初め、八幡と太兵衛には、長屋を半分にする形で一室ずつ与えられ、それとは別に同面積で四分割した形状の長屋が二棟と井戸程度しかなかった敷地だが、長屋が一棟と造りかけが二つでき、順調に居住スペースが増えてゆく。

 土塁の方も順調に進み、早い組は既に目標深度まで掘り下げ、周囲を削りながら穴を広げるだけとなりつつあった。


 が、しかし。ここでさらなる問題が八幡を襲う。


「……資材が足りません」


「え?」


 ここへきて、割り振っていた資材が不足したのである。

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