第九話 八幡と木綿
男が土浦城に逗留すること早一週間。
一人無一文のまま世間に放り出される恐れはなくなり、粗末ながらも清潔感ある長屋の一室を貸し与えられる。何も役に立っていないにもかかわらず、客人としての丁重な扱いに罪悪感を抱きつつも、一刻も早く恩を返すべくこの時代に馴染むことから始めていた。
毎日朝から日暮れまで飽きずに読み書きを練習し、この時代の字体に慣れるよう数をこなしつつ、蔵の整理や武具、兵糧の管理の計算と記録という簡単な作業を請け負う。現代の習字の教科書には室町期の字と解説等があり、これを真面目に聞いていた甲斐あってか慣れるまでにそれほどの時間はかからなかった。
「しかし、まだ底冷えする寒さだな……紙をめくる手が震える……」
男は身を震わせながら、囲炉裏に手を当てつつ、隣に置いた文机で孫子等の兵法書や物語、記録書に目を通す。菅谷政貞に多くの経典を読むように勧められたが、これだけは部屋の隅に放置したままである。
(まるでミミズのような文字だな。それでも何となくわかるだけ英語よりはマシだ。それに、このぐらいなら習字の教科書の字と大して変わりゃしない)
「しかしながら……詳細は分からんが、おおよそ同じか……」
男の呟く意味はこうだ。高校で習う以上の知識を歴史好きとして有してはいるが、神話についての詳細までは知らず、知る限りのあらすじを記憶から引っ張り出して文章と照らし合わせるのである。史書もしかり。陰陽術などの記述もあるが、現代で見かける資料と同程度の、科学を知る人間からは紛い物でしかない小話がある程度だった。
「服装やなんかを見ても、文献やら人の名前やらにしても、おそらくの所戦国時代っぽいんだよなぁ」
しかし、そんな彼の最大の懸念は氏治が女であることである。
自分の知る限り、女で戦国大名となった人物は一人もいないはずで、いれば記憶に残らないはずもない。うろ覚えの小田氏治に関する記述も男であったはず。
確かに歴史上女が兵を率いて戦う事例はいくつかあった。男の知る中で、戦に参戦した最初の武将は巴御前、兵を率いたのは大野家に仕えた瀬戸内水軍のごく一部。陸で言えば戦国末期に立花誾千代という女性が関ヶ原の際軍勢を率いて街道を守備した話が有名であろう。関東、いわばご近所で言えば上野国の由良家当主の母親が情けない息子に代わって城を守ったという話を聞いたことがある。
しかし、当主が女というのは鎌倉時代ならいざ知らず、当時の慣習からは考え難い。似た事例で言えば今川家の瑞光院寿桂尼等が女大将と呼称されることはある。
若しくは、唯一可能性があるのは越後の龍、上杉謙信ぐらいである。彼は現代に女説が囁かれ、歴史好きであれば都市伝説的な話として聞いたことぐらいはあった。
「しかしなぁ……小田家だし……ここ。実は謙信なんてことは……ないな!」
もしかしてここが実は上杉家であったら、などとあらぬ妄想に興じてみるが昨日のことを思い出すとすぐ現実へ引き戻される。
「八幡殿、勉学の方は捗っておりますかな?」
「ああ、これは塚原内記殿。おかげさまでどうにか。これからは塚原内記殿に御手間をかけず、実務でお手伝いをしながら学べる域には来たかなと思います」
塚原内記は戸を開けると濃い隈のある目元を擦り、眠そうな目尻で微笑んだ。
左右対称のちょび髭に小さな背丈、やせ形の塚原内記はどことなく頼りなく、今にも倒れそうな見た目と幸の薄そうな印象を受ける人物である。
右籾館という小さな館と周囲の村を所領として持つが、営農武家で己も鍬を持たねばならない小領主であった。ところが鍬嫌いの運動音痴である塚原内記は領内経営を父と甥夫婦に任せ、自らはもっぱら弟と共に小田城で内勤業務を行っていた。
「左様ですか。それは何より。小田家はどうにも記録係りが少なくて困っていたところです。貴方の様に読み書きが得意できちんとした記録が取れる人は大変重宝しますよ」
塚原内記はこれでようやく寝むれると呟きながら、再び眠そうな目を擦る。
小田家には文官が不足しており、それこそ簡単な文章作成や単純な業務は、俗に役人と呼ばれる何らかの役を与えた自営農を基本とする地侍や、村の名主とその子弟が業務を請け負う事が多く徴税なども行った。
こういった業務を代行することを村請とも呼び、武士が直接当地を訪れるよりは、現地の人間が事を行う方が多かった。これは領主側の領地管理や経営の負担を減らし、効率化できる一方で、領民が団結して意見し、団体交渉による要望を通しやすくするという双方に利のある行為でもあった。
しかし、当然不正や数字の間違いが無い様に帳簿をつけ、倉庫に不審や不備が無いよう管理を行い、台所事情を調節するために税収の米を売り買いして銭を蓄える等、内勤業務も決して楽な事ばかりではなかった。
男は様々な事を塚原内記や菅谷政貞から教わる中で知る事となり、現代では容易には知りえない裏事情とその苦労、そしてそれを背負う彼らへの同情で思わず苦笑いがこぼれていた。
そして、ふと耳に入った聞きなれない言葉に首を傾げ、それを訊ねる。
「ありがとうございます。ところで、八幡というのは……?」
「あぁ、黒子の戦いの折りのあなたの弓の腕前、読み書きの息抜きに鍛錬している弓の腕前を見て、誰ともなくそう呼び始めたものでしてな。御嫌ですかな?」
「いえ、特には」
「それならよかった。そろそろあなたも客分から正式に御家来衆の一人に加えられることでしょう。既に菅谷様の推挙があるので十分でしょうが、私からも推挙しておきますよ」
男の名を改め八幡は未だ仕事を何かしらこなしたとはとても言える状況ではなかったが、それでも日々の精進が認められたような気がして喜びを抱いた。
「はい! ありがとうございます!」
「ところで……」
塚原内記は貸し与えられている一室を見渡すと、最低限のものでさえ不足しているような寒々しい光景に若干の同情を覚える。
六畳間の板張り空間と土間から構成される長屋作りであり、六畳間にはそこから飛び出す形で畳の四分の一ほどの広さの開き戸収納、その隣に申し訳程度の床の間と違い棚が設置されている。土間にはかまどと釜、食料を入れる櫃に籠、水瓶が設置されている。
板張りの六畳間上に存在するのは、仕事道具である文机と、この時代では寝具としても使われる畳が一枚あるだけであった。
畳は江戸以降現代までの物は強度を上げるために作りが硬くなったが、この頃は幾分柔らかく、余裕のあるものはこの上に着物をシーツのように重ね置くなどして寝心地を良くして使用していた。
「そうです、ところで何か必要なものはありますかな? 身一つで来られたのでは何かと入り用でしょう。手ごろなものであれば融通もできますがな」
「あ、では木綿の衣類があれば……何分寒くて寒くて……」
「……木綿?」
八幡は替えの下着や服を支給されてはいたが、この時代の主要な素材は絹や紙子、麻、楮、苧等であり、絹は高級素材、紙子は主に軍役の際の使い捨てにする内側に着る防寒具として用いられ、庶民や下級武士の専らの衣類は麻か苧が利用されていた。
しかし、これらは防寒性には優れておらず、何枚も重ね着することで寒さを凌ぐものであった。このため、体が慣れていない現代人には数枚着重ねる程度ではとても寒さに耐えきれるものではなかったのである。
綿は戦国期に軍需を中心として需要が広がり、朝鮮や中国からの輸入では支えきれない分を補う事や殖産興業等の意味合いから生産適地の大名たちが保護育成し、国内産木綿が発達した経緯がある。
一度は三河国の漂流した者から伝来した綿花は伝播せず、その後数回の伝播も実を結ばなかったが、戦国期になると九州北部や近畿地方を中心に広まった。また、これ以前にも木綿の記述はみられるが、絹の真綿の類であると考えられている。
「暖かくてふわふわもこもこの植物ですが……御存じありませんか?」
(木綿って、昔からあった物じゃないのか?)
「どこかで聞いた様な……他の者なら知っているかもしれませんが」
「そうですか……すみません。では、とりあえず暖を取れるように重ねて着られるものを頂ければと……」
「よろしい。私の古着ではありますが、麻のいいものがあります。それをさしあげましょう。では、また後ほど」
「いろいろとお世話になってすみません。ありがとうございます」
八幡が一礼するのを見終えると、塚原内記は手を一振りして退室する。
八幡は一人になったことを確認するように周囲を見渡すと、深く息を吐いてから床に寝そべる。
(恩は返したいが、早晩滅亡する大名家だ。肩入れしすぎは不味いし、鞍替えも考えないとな……とはいえ、次もこううまくいくだろうか? ある程度何らかの行動で功績を残さないと他では足軽扱いとかにされかねないからな……)
八幡は、一旦は腰置きがてら落ち着くものの、結局は滅亡するだろう大名家に仕え続けるという現状は、いつかどうにかする必要があると悩む。
氏治と顔を会わせないこと早六日。遠目で見かけることはあっても徹底的に避けられているようで、普通会話の声量で呼びかけることができる範囲に入る事は一度もなかった。
流石に、これから補佐する当主との関係がぎくしゃくしたままというのもさることながら、小田城を奪われて勢力を削られているにもかかわらず、何の動きもない小田家にも少し焦りを覚えてきた。
「いつか滅亡するとは知ってるが……まさかそれが今日や明日明後日だなんてことは無いよなぁ……?」
このまま仕えるにせよ、鞍替えするにせよ、此処での生活にもっと慣れや経験、生活基盤を作るためにももう少し小田家には存続してもらわなければ困る。そういった事情からも、八幡は僅かに焦りを見せ、どうするべきかとこれまた思い悩む。
そして、部活漬けの毎日だったにもかかわらず急に一週間の休息を経て、すっかり腑抜けた自身を見直して、ひとまずは運動がてらに市街を散策しようと思い立った。
「たく……戦でなんかしらの功をあげようかと思ったのにな……こういうのは内政で足元固めるのがセオリーってか……?」
八幡は肩を竦めながら軽口を叩いて立ち上がり、城内を訪ね歩いて菅谷政貞に会い、城下の散策を願い出る。これは二つ返事で了承され、案内に吉田太兵衛という若武者を付けられた。




