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002

 森と湖の街ティファール。


 この街が所属する国家の名は、オスラム共和国。嘗て、9年前まではオスラム王国と呼ばれていた国だった。

 しかし当時の国王は、建国以来続いてきた王制を自らの手で廃し、幾つかの試みと共に共和制国家へと転進を図った。

 結果的には、その試みは功を奏したのだろう。

 共和国となったオスラムは、王家が管理していた『雪炎石』を基礎とする魔導技術を、立法と司法による管理方法へと切り替えた上で、国民へと開放する。

 これにより、王家を中心とした北の大国の打倒を目的とする軍事国家は、魔導技術の民生転用に伴う工業と輸出を主軸とする経済国家へと変化し、国民の生活の質は向上した。

 そう、嘗て『貴族』と呼ばれる中に存在した、無為徒食の生活を送っていた一部の者達を除いては……


 だがしかし、貴族達の中にも変化を受け入れ、自らの技能で国家に尽くそうとする者達も居た。その最たる存在が、自ら王制を廃した王を頂点に抱く『王族』と呼ばれた者達だった。

 王族達は、自らの積み上げてきた技能や磨き上げてきた才覚で、国家の被雇用者であり国民への奉仕者である職に、自らを任じる。所謂、公務員である。

 彼らの得た技能や才覚は、諸外国との交渉や、国民の生活の調整に多大な貢献を示すことと為る。

 王族の多くは、外交官として諸国へ旅立つか。若しくは領主となった。

 そう、この領主の役割も、国政の変化に伴って変わったものの一つだ。従来の土地の支配者という存在から、政府によって任じられた行政担当部署の長へと意味合いを変えた。これは土地の所有者が国民であり、領主はその調整役に過ぎない『職務』である事を示す。

 また変化のあったものの一つに、軍の存在がある。嘗て王家直属であった王国軍も、共和国軍として共和国政府により再編された。そしてその一部である『魔導騎士隊』は、政府直属の治安維持部隊として意味を持つ事となった。これは……


【 破損の為、解読不能 】


 ……最後のオスラム王の行ったこの政治実験は、私にとっても大変興味深いものである。願わくば、この実験結果を観測する一研究者でありたいと切に願う。



     ~ 古の賢者(クラントワール) 『風を纏いし者(ハーヴェスティア)』 

           ニーナ・クラン・アトリエーチェ の手記より抜粋 ~




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

   ティファールへようこそ! ~ここは森と湖の街~ 002

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「あはは♪ 本当ほんま、この辺りも随分と色々(いろん)な人達が集まってきたなー」

「はい。随分と活気が満ちて来ました」

 口元に掌を当てつつ笑う、ズボンにシャツと幾分動きやすい服装とカチーフで目立つ髪を纏めた少女と、足首まで隠す長いロングスカートワンピースの作業衣を着込んだ黒縁眼鏡の女性の二人連れが、砂礫混じりの土の上を会話しながら歩いていた。

「うんうん、活気が有るのはええ事やねー」

 仮設とは言え、こんだけ建物が増えるのであれば、公共道路の設備も急がねばならない。外壁の内側に使用されている装飾された石畳では無くとも早急に。以前、この街の政治顧問でもある老魔術師と交わした話が、少女の頭を過ぎった。

 今は乾いている為に歩く事に不自由は無いが、一旦雨が降ればこの道は泥水の溜まり場となるであろう。少女は、足元の小石を軽く蹴りながら、自分や連れの女性(ミルファ)の足元を見た。

 すると少女は自分の足元、女性の足元をきょろきょろと交互に見直し始めた。

「どうかされましたか」

「―――あのなぁ、ミルファ?」

「なんでしょうか、お嬢様」

「―――その服装かっこぉちょい歩きにくーあれへん?今にも裾が土に……」

「問題ありません」

 よくよく見ると、結構な距離を歩いているにも関わらず、スカートの裾には土汚れ一つ付着しているようには見えない。逆に少女の方こそズボンの裾が、土誇りに塗れている。

「若しかして、先生せんせみたいに魔術つこーとるん?」

「違いますよ、お嬢様」

「ほな―――」

 何でなのか、少女は理由を聞こうとするが、既に読まれていたらしく言葉途中でその答えが返ってきた。

「慣れの問題です」

「―――さよか」

 この答えに自分の歩き方が未熟だと、暗に指摘されているような気がして、少女はガックリと肩を落とした。


 現在、二人が歩いているのはティファールの街中ではなく、南門の外側の地域である。

 この場所は嘗て、街の南を東西に走る街道と、貴族達の保養地であったティファールの街との間を繋ぐ馬車道しか無い場所であった。その道以外は、貴族達を狙う盗賊達が隠れる事が出来ないように木々は伐採され、隠れ住む事が出来るのは兎や狐程度しか出来ない草原が、ただただ広がるだけの土地であった。

 その土地に人が集まり始め、仮設の住宅や店舗が増えてきたのは、二ヶ月程前にティファールの街へと訪れた青年商人より齎された情報に端を発する。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「鉄道……ですか?」

「はい。鉄道です」

 領主代行自らが、99%の偶然と、1%の悪戯心で案内した領主の館。

 その中の謁見室―――も兼ねた、執務室―――にて、自らの名をルファードと名乗った青年商人は、領主代行であるエリスと軽い会話の応酬の後、おもむろに彼女へこの話を切り出した。

「そして僕としては、この鉄道の延伸及び駅舎の建設によって、今後この街が東西交通の主要拠点になると考え―――」

「誰よりも早く、この街に商売の拠点を置く許可を貰いに来た―――そういう事ですね」

「お話が早く助かります」

 我が意を得たりと頷く青年と、青年の目を見つめ彼の真意を測るエリス。

「勿論当方としましては、この街へ便宜を図るべく―――」



「本日は突然の来訪にも関わらず応じて頂き、真に有難うございました」

 館の表扉の前で型式通りの礼を述べ去ってゆく若者を見送ると、この領主の館の秘書官でもあるミルファは、主の下へ戻るべく踵を返した。

 その彼女の視線の先に伸びるのは、艶のある光沢を放つ床材だ。それは、幾度と無く布巾で磨かれ続けた歳月を、幾重にも幾重にも重ねた物だけが持つ、輝き。この輝きを見ると、ミルファの心は静謐な水面のように落ち着くのであった。



「お嬢様、戻りました」

「ええよ、入りー」

 主の許可を得てミルファは執務室に入る。

 扉を開けた彼女の眼に始めたに飛び込んだのは、既に豪奢な衣装を脱ぎ捨てシャツとズボンに着替え、ソファーに転がる主の姿。

 更に視線を左へと向けると、そこには棚の硝子瓶からグラスへと注いだ琥珀色の液体の、静かな輝きと華やかな香りを楽しむ、老魔術師の姿があった。

 この館の住人の事を知らない者がこの光景を見れば、きっと頭が痛くなるに違いない。

 更に、先程までの貴婦人と老紳士の姿を見たものであれば、世の儚さを嘆き窓の外に見える湖へ身を投げる者も出て来るかもしれない。

 それ程の差異が、この部屋にはあった。

 ―――はぁ……まぁ、いつもの事ですが。

 心の中で嘆息と共に呟やくミルファ。

 しかし彼女はそんな心のうちを、決して表に出すような事はしない。

 そんな事をするのは、自らの職務に誇りの無いものだけ。というのが彼女の持論だから。

 だからあくまでも、表情と口調はにこやかに。

「あら、もう姫様の出で立ち(ひめさまモード)は、お仕舞いですか」

「そうやー。にゃんこさんはもう仕舞いやー」

 そう、どんなに主がの仕草が可愛らしくとも、崩してはいけない。

「ごろごろやー」

 そう、誇りに

「背伸びなんかもしたろうかー」

 賭けて。

 ―――あぁ、でもなんて可愛いらしぃの…

「―――ッ。な、何をニヤニヤ笑っておいでですか、ジェイク殿」

 心のうちで、誇りと母性が五分一本勝負を繰り広げている中、ミルファは老魔術師がこちらを見つめて薄く笑っている事に気付いた。

 口元を巧みにグラスで隠しているが、間違いない。

 ミルファは、確信を以って老魔術師に詰問する。

 最初は目前の女性の質問に恍けようとしたが、ミルファの視線の攻勢に白旗を掲げる事にしたらしい。

 既に琥珀色の液体が半分ほどに減った左手のグラスを、老魔術師は口元から離す。

「いや、特段笑ってはいないが―――」

「『いないが―――』、なんです?」

「―――秘書殿も大変だな、とな」

「―――ッ!」

 老魔術師の台詞に言葉を失うミルファ。

 このまま雰囲気が悪い方向へ流れるか、という刹那のタイミング。

 空気を入れ替え、その場の雰囲気を守ったのは、二人の主であった。

「ほな、ミルファも帰ってきた事やし、打ち合わせを始めよか」

「―――コホンッ!……仰せのままに」

「―――そうじゃな。時は金なりじゃ」

 少女の言葉に、咳一つで有能な秘書としての姿に戻るミルファと、顧問魔術師としての態度に戻るジェイク。

 エリスは寝転がっていたソファから身を起こし、正面に大窓を見て左側に位置する執務机に着く。

 その表情は既に、先程までのそれと異なり、領主代行としてのものだ。

 そして、老魔術師は机の左側へ。

 続いて、秘書は机の右側へ。

 どの様な紆余曲折があろうとも、この位置に三人が着いたときが、この街の運営方針を定める政策会議が始まる合図であった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「さて、先程の話を二人はどう思う?」

 領主代行は、二人に意見を促した。

 先ず周囲の意見を聞くのか、彼女のやり方だ。

「では僭越ながら私から」

「鉄道の敷設については、古くからある噂話です。と言いましても共和国東部地域の願望に近いものですが……」

 この国の鉄道政策の歴史は、それ程新しいものではない。

 国の領土の西端にある海と港湾都市ニューベルク

 港から内陸方向にある首都オスラム

 北西部に位置する『魔の領域』への最前線である城塞都市コラダ

 ある意味この国を一番表す存在である工業都市キファ。

 この四都市を繋ぐのが、この国の鉄道計画の根幹であり、意義の全てである。

 人員と物資の大量輸送を目的としているのだから。

「ただ、ルファード氏からの情報が事実であるとすれば、実現は間違い無いじゃろうな」

 そう、あの青年商人であるルファードが持ってきた情報は、鉄道敷設の噂なるものではなかった。

 先日、嘗ての王都であった首都オスラムで交わされた条約についてである。

 彼が手土産として持ってきたのは、その条約の条文の一部であった。


 ―――東の大森林地帯を負けず(・・・)国交を活性化させるべく―――


 重要なのは、この『負けず(・・・)』の箇所である。

 この国の国交の手段は、基本的に船舶を用いた国交である。

 その理由は北南西と人外の領域に囲まれている事に起因する。

 よって東の皇国との窓口も、昔から港湾都市ニューベルグであった。

 仮に計画が旧来通りの国交であれば、このような一文を記す必要は無い。

「それで『鉄道敷設』を読んだんかー」



「あの若いの。どこからどうやって情報を入手してきたか判らんが、良い度胸をしておるな」

「はい。それは私も同感です。国家間で交わされた情報については、本来は機密文書扱いですから」

 執務机の左右に立つミルファとジェイクも、ルファードの度胸と情報収集能力に感嘆していた。

 しかもそれを領主代行に打ち明けると言う事は

「つまり、ルファード氏はうちらを巻き込む気や、ってことやね―――」

「はい、私も同感です」

 政府の行動について諜報活動していたなんてばれたら、国家反逆罪で逮捕されても仕方ない事である。

 それが利権関係の生ずる可能性がある領主の行動であるとすれば、どうなることか。

 火を見るより明らかだ。

「であれば、お主はどうする」

 ジェイクがエリスに問う。

 するとエリスは、おもむろに座椅子から立ち上がると、大窓に立ち向かい、外の景色に視線を向けた。

 彼女の視線の先には、ルファードが感嘆した庭園と陽光に煌く湖面、そして天竜アムスの山々が頂に雪を冠り聳え立っている。

 その雄大な光景を見ながら、エリスは扉の前で悩んでいたルファードの顔を思い出していた。

 実のところ、ルファードが領主の館の反応を確かめていたように、エリスも去った様に見せかけた上で、隠れて彼の反応を確かめていたのだ。

 商売の常識に照らし合わせれば、あの場は引くのもまた正解だった。

 領主から不興を買う可能性とてあるのだから。

 しかし、ルファードはデメリットよりメリットを選んだ。それはつまり―――

「不興を買っても挽回出来る理由があるか、若しくは不興を買う事を恐れないか、やね」

 この二つは似ているようで、全く異なる。

 前者は、あくまでも裏づけに基づいて行動する者。

 後者は、兎に角にも前進する事で道を切り開こうとする者。

「まぁどちらにしたって、この話を聞いた以上、うちらも進むか引くかしか無いんや。だったら」

 エリスは、窓の向こうから二人へ視線を戻し告げる。

「前へ進むのみや!」

「―――御心のままに」

「ほっほっほ。若者はそれ位で丁度良い。為したいように為せぃ!」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 それから半月、三人は情報収集や都市計画に時間を費やしていた。

 周辺の地形の再調査、街の増設に伴う公共設備インフラの整備と予算計上、人材や資材の調達方法、等々である。

 そして最も気を使わねばならないのが、理由付けである。

 事前に情報を得ていたのではないか等と政府に勘ぐられたら―――そしてこちらは実際に、脇に痛いところを持つ身である―――、それどころではない。

 そんな頃の出来事だった。

 あの事件が起こったのは。




「誰かっ、助けて下さいっ!『雪炎病カウフラメント』の患者がいるんです、誰かっ!」




 日が天に差し掛かる少し前―――

 魔導騎兵隊準隊士の二人が守衛する開け放たれた西の門へ―――

 白馬と共に乗り込んで来た年若い娘が―――

 街の住人へと助けを求めたのは―――




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