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二話:『影』





 ロードがロロに仕え始め、早一年。

 王都に再び雪が積もった。

 ロロの言いつけ通り、王都一番のパン屋に朝方から並んで買ったバケットいっぱいのパンと、おそらく追加で入るであろうベリージャムを抱えて、現在雪の中を帰宅中だ。

 一歩踏み出すごとに靴は完全に埋まって、余計な労力を費やすはめになった。


 この年、王都では多くの浮浪児をみかけた。

 世界規模で魔物が活性化が起こり、外交が不安定になった所為か、各国の財政も不安定になっている。おまけにこのノクス大陸中央に広がる魔領からの魔物の侵攻が激化し追い討ちをかけている。


 魔領とは、未だ人類の手がほとんど入っていない魔の領域。その最奥には神話の英傑達が挑んだという魔王がいるとされるが、実際のところ不明だ。

 たびたびその魔領から魔物が群れを成して外側に侵攻を開始する。それが悩みの種であり、防ぎきれば大量の魔物の素材が手に入るので賑わう。

そして目の上の瘤であると同時に、抑止力でもある。


 魔領からの侵攻があるお陰といっては何だが、国同士での戦争はあまり起きない。

 いつ魔物の侵攻が起きるのか分からない状態で戦力を割くわけにはいかないし、大陸中央にでかでかと広がる魔領は不可侵の国境だ。隣国と小競り合いが起こる程度で、それなりの平和が続いている。


 ただ、侵攻の被害も馬鹿には出来ない。

 戦死者の親族への扶養費などでも馬鹿にはならないし、最前線防衛都市の設備の整備費には頭を悩まされている。


 おそらくこの浮浪児達は、防衛時に親を亡くしたか、口減らしに捨てられたかのどちらかだ。

 じっとこちらを見つめる(正確に言うとロードが持っているバケットの中身)物欲しげな視線がまとわりつく。


 執事服のポケットに入っていた銀貨一枚を弾くと、喜び勇んでどこかに行ってしまう。あれだけで一日分の食費にはなるだろう。

 為にもならない情けをかけて聖人気取り。

 溜息をつきたくなりながら、帰路についた。





     ◇◆◇◆◇





 王都郊外に屋敷を構えるテルトリア家の更に端に、ロロの別邸はある。その前に、見覚えのある馬車がとまっていた。

 珍しいなと思いつつ扉を開け茶室に向かうと、予想通りの人物がロロと椅子を並べてお茶を楽しんでいた。


「あら、ロードじゃない。久しぶりね、元気にしてた?」


「はい。ラフィール様もお元気そうで何よりでございます」


 ラフィール・テルトリア。

 身体の弱い長女に代わって政治的な場面に出ることの多いテルトリア家の次女、そしてロロの姉だ。父方の血を濃く受け継いだのか、鴉の濡れ羽のような艶のある黒髪が特徴的だ。


 彼女に軽くお辞儀をしながら、ロロの脇に立つ。


「お嬢様、エトワールのパンでございます」


「ジャムは?」


「どうぞ」


 予想的中といったところか。ロロがパンを食べるときは老舗エトワールで売っているベリージャムを必ずと言っていいほど塗る。この一年の賜物だ。

 ビンの蓋を開け、厨房から持ってきたスプーンを二つ添える。


「なんだかロード、ウォルターに似てきたわね。こう、なんと言うか、気持ちが悪いほど気が利くっていうか」


 びくり、とロードの肩が跳ねる。

 笑みを貼り付けたまま冷や汗を垂れ流す顔がラフィールに向けられる。


「気持ちが、悪いでしょうか……?」


「そ、そんなことないわよ? うん、女の子としてはね、うん、このくらい気を利かせてくれるほうが嬉しいわ! ね、ね!? ロロ?」


 ロードの顔があまりに悲壮だったのか、ラフィールが焦りに焦りまくる。

 話を振られたロロは紅茶を口に含みつつ、涼しい顔で、


「そうですね。気が利かないよりは、幾分かマシでしょう」


「だ、だよねー! ほ、ほらロードも落ち込まないで、ね?」


「ありがとうございますラフィール様」


 深く一礼。ラフィールは苦笑い気味にローヂに視線を向けた。ロロは涼しい顔で紅茶を口に含んでいる。


「それでお姉様、本日はどのようなご用件でいらっしゃったので?」


「ん? いや、別に用はないんだけど。強いて言うなら、妹とお茶をするためかなぁ? ロードの顔も見てみたかったし」


「僕ですか?」


 急に話を振られて内心驚いたが、表面に出さないようにぐっと堪える。

何があろうとも取り乱さない。ウォルターから教えられた執事としての大前提だ。

 ロードの質問に対して、ラフィールは悩むような素振りを見せながら、


「貴族のお坊ちゃんたちと違って、ロードはちゃんとした男の子だからね。目の保養よ、ほよー」


「は、はぁ」


 何を言いたいのか良く分からないが、とりあえず恐縮そうに見える態度を取っておく。

 ロード自身、誰にでも受け入れられるような好青年の顔立ちだが、貴族の貴公子などはまるで彫像にそのまま命を吹き込んだかのような完璧な殿方もいる。自分が目の保養になるはずもない。


「それはそうと、ロロ? また家庭教師を追い出したらしいわね?」


 空気を切り替えつつ、ラフィールが口を開く。


「あと二年であなたも魔法学院か騎士学校に入学しなくちゃいけないんだから、最低限のことは出来るようにならないと」


 そう。つい先日、たったの二日で家庭教師はこの屋敷を去って行った。それも追い出したのではなく、自主的な辞職だ。ロロ自体は辞めろとは言っていないが、その苛烈な物言いについに辞めてしまったのだ。

 これで何度目になるか、と思い数えてみるが、両の手で数えられなくなった時点で諦めた。


 ラフィールが言ったことに対して何の反応も見せないロロ。

 あたふたしそうになるのを必死に抑えながら、ロードはロロの隣にじっと立ち続ける。

 やがて仕方がないとでも言うように溜息を吐き、なぜかロードに視線を向ける。


「じゃあ、ロードに教えてもらうっていうのはどう?」


 ロロの肩がぴくりと反応する。


「……申し訳ございませんがラフィール様、僕には魔法は教えられません」


「理由を聞いてもいいかしら?」


「僕には下級以上の魔法は使えません。こればかりは才能の問題でして努力はしましたが、どうにも……」


「『魔力線』の問題?」


 ラフィールの言葉に、「はい」と頷く。


『魔力線』とは、魔力を流すために身体中にあると言われる仮想の管だ。

 魔法を発動するためには、体内にある魔力を魔力線を通して体外に放出するのが一般的だ。その過程で詠唱などで魔力線を縫うように編み合わせ、下級以上の魔法を発動することが出来る。

 一般的に、魔力線が多ければ多いほど使える魔法の階級も上がると言われている。


 しかしロードの場合、


「僕の場合、魔力線の数が少なく、一本一本が極端に太いらしいのです。威力自体は上下出来るのですが、それでお嬢様に対し教鞭を取らせていただくわけには」


「それじゃぁ無理ね……。んー、まだ少しは時間あるし、先延ばしにしようかな」


 ラフィールはパンにジャムを塗りたくって口に放り込み何度か咀嚼すると、紅茶で一気に流し込む。そして立ち上がって、


「んく、今日はご馳走様。また来るからその時じっくりお話しましょ?」


 ロロは立ち上がり、ロードと二人で軽く一礼。

 にこやかな笑みを残しながらその場を立ち去ろうとしていたラフィールだったが、途中で翻ると、


「あ、ちょっとロード。玄関まで送ってくれない?」


 一瞬視線をロロに下ろすと、彼女は目線で「行け」と答えた。

 ロードは小走り気味に、ラフィールの斜め前に駆けた。





 玄関に着くと、ラフィールは頭一つ高いロードに向き直る。


「ありがとうね、ロード。あなたが来てからあの子、大分おとなしくなったわ」


「もったいなきお言葉です」


 賛辞だと受け取り深くお辞儀をするロード。その言葉をありがたく受け取りながら、しかしこれは前置きであろうことは薄々察しがついていた。

 その予想通りと言っていいか、ラフィールはにこりと微笑むと、


「毎度のことなんだけど、ロード。あなた、本家の方に仕えるつもりはない? 私直属の執事になってくれるなら、今よりずっといい待遇で雇ってあげられるわ」


 そう。彼女は来るたびにこうやってロードを引き抜こうとしてくる。

 そのたびに、毎度のことながらではあるが、


「申し訳ございません。仕えるべき主の隣を離れるわけにはいきませんので」


 ロードの言っていることはお門違いにも程があることだ。ロードに払われている給金はロロから支払われているが、大元を辿ればそれは彼女の父親、ラスベリア公爵に辿りつく。その意見の代弁者とも言えるラフィールの言葉を断れる権限などロードにはない。

 しかし、それを彼は臆面もせず言い切った。


「……こんなに忠誠心をみせてる相手から引き離したって、同じようには働いてくれないわよねぇ」


「はい。心身とも、お嬢様に捧げておりますので」


「いいなぁ、ロロが羨ましいなぁ、私も欲しいなぁ、完璧な執事」


「またまたご冗談を。僕などまだまだでございます。執事長マスターウォルターには遠く及びません」


 そう称されたことに若干の嬉しさ、気恥ずかしさを感じ、それを隠すためにはにかむロード。

 その気が緩んだ隙に入り込むように、ラフィールはロードに囁いた。


「……だったら、気を付けなさい」


 ラフィールは鮮やかに魔法を組み立てると、周囲とロードとの空間を断絶した。おそらく、話が漏れることを恐れてのことだろう。

 ロードはいつも通り微笑みながら彼女の言葉に耳を傾けた。


「そろそろ痺れを切らして、動きがあると思うわ」


「それは……」


「安心して、父様と母様ではないわ。二人はロロに冷たくしてるように見えるけど、実はとても愛してるのよ。信じられないかもしれないけれど、ね。一番大切な時期に一緒にいられなかったって悔やんで、今でもロロとの距離感が掴めないでいるの」


 初耳だった。もし彼女が言っていることが本当であれば、きっといつかは、親子仲良く暮らせる日が来ることだろう。

 あの厳格そうな父親と母親、仏頂面のロロが微笑みながら机を囲む光景を想像して、本物の笑みが不意に出てしまう。


「諜報班の報告は、一番本家グラディウスと血縁関係が近い、分家ノワークラあたりが近々動くというものよ」


 テルトリア家はロロたち本家本元から分家までかなり広がっている。

 三公に与えられた、剣、盾、鎧の紋章の内、テルトリア家は剣の紋章を与えられている。それをもっともよく表しているグラディウスを本家が名乗るしきたりとなっている。

 ロロを例に挙げて正確に名前を言うならば、彼女は、

 ロロ・グラディウス・ラスベリア・テルトリアである。


「それは、直接的に狙うものなのでしょうか?」


「さあ? 精々嫌がらせ程度じゃない? 多分、あちらもこちらに情報が筒抜けになってることなんて分かってるだろうし、それが分かっていてなおも直接的に命を狙ってくるような気概がノワークラにあるとは思えないわね。まあ、その場合は一家郎党打ち滅ぼすまでなんだけどね」


「では、少々警備を強化し、僕がお嬢様のお側から離れなければどうということもない、ということでよろしいでしょうか?」


「そ、そうね。普通は出来そうにもないけど、ろ、ロードなら出来る気がするわ、うん」


「承知しました」


 若干引いているラフィールには気づかないロード。彼の頭の中では既にどうやって警備を張ろうかということでいっぱいだ。

 そんなロードに苦笑いすると、ラフィールは魔法を解除する。


「じゃ、これからもよろしくね? きっとロードがいなくなったら、今度こそあの子は、終わってしまうと思うから」


「承知しました」


 頼まれなくとも既に心に決めていることだ。これを手放すことは一生無いだろう。

 劇的な出会いをしたわけでも、忠誠を誓うような魅力があるわけでもない。理由など最初からあまり無い。

 あの誓いを再び心に誓いながら、ロードは深く礼をする。


 ロードは雪の中を疾駆する馬車の陰が見えなくなるまで見送ると、玄関を閉めた。





 お茶室に戻ると、行く前と変わらぬ様子で紅茶を口に含んでいるロロがいた。

 ロードが戻ってきたことに気づいたのか、不機嫌そうな視線を向ける。


「お姉様と何を話していたのかしら?」


「これからも全身全霊をもってお嬢様にお仕えするようにと」


「そう」


 嘘は言っていない。ただ誇張表現が過ぎるだけだ。

 しばしの沈黙が続く。

 ふと気づいたのだが、ロロはまるでパンに手を付けようとしない。ただ紅茶を啜るだけだ。


「お嬢様、何かお気に召しませんでしたか?」


 我慢が出来なくなって、ロードは尋ねる。

 いつもなら二人前ぐらいならば食べるはずなのだが、一口も食べようともしないのは珍しいどころの話ではない。ロードが知っているロロの数少ない好きな物の一つ(嫌いな物は多い)が、今減少の危機に陥ろうとしていた。


 そんなロロの焦りも素知らぬ顔で、


「冷たい」


 ただ一言、彼女は呟いた。

 言葉が少なすぎたが、しかしロードには理解できた。


「これは失礼しました。すぐ温めますので」


 ロードはパンが載った皿を持つと、火の魔法で両面を軽く炙る。少しするとバターが練りこまれた生地のいい匂いが鼻腔をくすぐる。


「お待たせいたしました」


 皿を机の上に置くと、ロロは適当なパンを一つ手にとってジャムを塗り、さくっという香ばしい音ともに噛り付いた。


「おいしいわ」


「それは重畳でございます」


「ねえ、ロード」


「はい」


「……ありがとう」


「……はい」


 二人の頬が、若干赤くなっている。

 吐く息が白い。

 部屋が寒いのだろうか?

 真偽のほどは、問うまでもない愚問。



 これは、しがない執事と小さな城に閉じこもる少女の物語。

 むかしむかし、どこかの世界の、物語である。






日本語がおかしいです。助けてください。


ご感想やご批判など、皆様の貴重なご意見をお待ちしております。

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