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一話:『決心』





 ロロの注文は一言で言い表せる。

 理不尽。ただその一言だ。

 庭にある池に鍵を落としたから潜って取って来いだとか、狐追いに飽きたからロード追いをすると言って猛犬に追われただとか、王都中の誰にも乗りこなせなかった暴れ馬を乗りこなせだとか、散々だ。


 しかし、冒険者として過ごした日々に比べれば、随分と楽だ。

 運良く腕っ節に自身のある仲間に恵まれたので日々の糧には困ることは無かったが、命のやり取りは確実に精神をすり減らしていたのも事実。


 その日も、ロロの理不尽な言いつけに従い、身体に生傷を作っていた。


「かわいそうに」


 それは、このテルトリア家に使える従者の面々に傷の治療をしてもらっているときに発せられた言葉だ。


「あのおてんばお嬢様のお付きは今までに何人もいたけど、みんなすぐにやめちまうのさ。中には骨を折って使いモンにならないからって捨てられたやつもいるって話さ」


 ロロは、孤独な少女だった。

 ラスベリアを治める公爵テルトリア家の三女にして、生来の暴君。

 気に喰わない者があれば壊し、排斥しのやりたい放題。


 上二人の姉はそんな彼女を愛おしく思っているようだが、両親は違っていた。

 常に二人の姉と比べ、蔑み、彼女の前でこそ言わないが、出来損ないだと罵っている。


 屋敷全体が彼女を腫れ物として扱い、意識して遠ざけていた。


 もちろん、理由はある。

 彼女には両親からの愛が注がれていなかった。

 姉たちには無償の愛が注がれているのにもかかわらず、彼女には大量の物が代替物となっていた。


 姉たちは彼女を愛している。

 しかし、ロロは彼女らを疎んでいる。

 何で自分は違うのか。愚痴を零しているのをちらと聞いたことがある。


 それもそうだろう。愛されている姉方が愛されていない自分を愛でるのだ。心の中で何か企んでいるのかもしれない、ぐらいのことは十歳の少女でも感じることだ。


 テルトリア家の邸宅は広い。

 そんな中で、ロロは別荘を与えられている。

 広い家で、彼女は閉じ込められていた。


 もっとも多感な時期に、物によって愛を示された彼女は、他者を圧倒することで自分の存在価値を見出そうとしていた。


 そんな扱いを受ける彼女が、暴君として歪むのも致し方が無いことなのだろう。


「あんたも気をつけなよ。お嬢様の機嫌を損ねたら、どうなるか分かったもんじゃないからね」


 広い広い家。冷たさだけを宿す石像。遠ざかる使用人。

 信頼できる仲間とともに魔が跋扈する迷宮を渡り歩く。

 ロードという小間使いを引き連れて屋敷という名の迷宮を冒険する。

 あの過酷な日々に、ここは似ていた。





 その日は、数年に一度、大気に溜まった風属性の魔力によって引き起こされる嵐の日だった。

 何度か経験しているので慣れてはいたが、この家に仕えてからは初めてのことだ。


 理不尽な注文を終え、疲れた身体を癒すために床につき、意識が夢と現の狭間にある心地良いときだった。

 蹴破るかのごとき勢いで部屋の扉が押し開けられ、何者かが部屋に侵入してきた。


 誰かと思いきや、お気に入りの熊にも猫にも見える人形を抱えたロロだった。


「お、起きなさいクロード」


「何でしょうか、お嬢様。夜更かしはお肌によろしくないですよ」


「いいから来なさい!」


 布団を引っぺがして怒鳴るロロに呼応するかのように、空に雷鳴が轟いた。かなり近い。

 窓を風が叩き、騒音が耳についた。外では横薙ぎの雨が降っている。

 この嵐は豊作の兆しとも言われており、これだけ荒れれば今年の収穫祭はさぞや盛り上がることだろう。


 そんなことを考えながらロロに視線を戻すと、しゃがみこんで丸まっていた。


「何をしているんですか?」


 自分でも意地の悪い質問をしたと思う。

 しかし、いつものイメージと違いすぎて思わず口をついて出てしまったのだ。

 ロロはキッとロードを睨みつけると、震える身体を奮い立たせ立ち上がった。


「何もしてないわよ! 私が雷を怖がるとでも!?」


「いえ。勇猛果敢なお嬢様に限って、そのようなことはないと」


「わ、分かってるならいいわ! ほら、さっさと来なさい!」


 涙が目尻に溜まっているので説得力は皆無だったが、あえて何も言わないでおこう。

 ロードは彼女に手を引かれるままついて行った。

 雷が鳴るたびに、ロロの肩がびくんと跳ね、足がもたつき、握った手を乱暴に握り締めてきた。


 着いた場所は、ロロの自室。

 大方の察しはついたが、ここは何も言わないほうが良いだろう。基本、こちらから口を挟むと平手が飛んでくる。数ヶ月ほどだが大体読めた。


「そこに座りなさい」


 ベッドの横の椅子に座らせられると、ロロはベッドに潜り込んで、


「いいこと? 嵐が止むまでそこにいなさい。けど、何も聞いてはいけないし、何も見てはいけない、寝てもいけないわ。いいわね?」


 無茶苦茶だ、とも思ったが、いつも通りだった。慣れつつある自分が恨めしい。


「承知しました」


 首肯すると、ロロはぎゅっと目を瞑る。

 機を見計らったかのように、外で稲光がぴしゃんと音を立てて光った。光ってから音が響くまでの間隔が短い。ちょうど屋敷の真上辺りに雷雲が立ち込めているのだろう。


 ひぃっ、と悲鳴を上げて飛び起きるロロ。

 不意に、目が合う。


「……な、何よぉ」


「子守唄でも、歌いましょうか?」


「余計なお世話よッ!」


 今度は布団を頭まで被って寝ようとしたロロだったが、布団から頭だけひょこりと出して、


「……手を握りなさい」


「承知しました」


 そっと手を差し出すと、彼女はそれを引っつかむように握り締める。

 また、ぴしゃんと雷鳴。手を握る彼女の指先にぎゅっと力が込められる。

 ただ、誰かと触れ合って少しは安心しているのか、徐々に指先から力が抜け、まどろみの中に落ちて行く様子が目に見えた。もう言いつけは守っていないが、もはやどうでもいいだろう。


 時折鳴る雷に、額に汗を滲ませながらうなされ、小さな手が自分の指を握り締める。

 こんなに小さな手、小さな身体で虚勢を張り続けるのは、どれだけ辛いことなのか。誰も味方と信じられない日々は、少女にどんな影響を与えたのか。


「……たしか、混乱を鎮める魔法が」


 一番下、下級の魔法だが、気分的には落ち着くだろう。

 手を翳し、魔力を込めていると、


「な、何をしているのよ?」


 魔力の発動光に目を覚ましたのか、何か焦った様子で起き上がるロロ。

 あまり魔法などは馴染みが無いのだろうか。貴族は魔力が高い者が多いと耳に挟んだことがあるが。

 ロロの姉二人が魔法を行使しているところを見たことがあるが、そこらへんの魔法士よりもよく出来ていたと思ったが、それともロロの魔力が少ないのか。


「いえ、混乱を鎮める魔法をと思いまして」


「お前、魔法が使えるの!?」


「は、はい。一応冒険者でしたので」


 思わぬ食いつきに、ロードは若干仰け反った。


「そ、そうよね」


「お嬢様は、魔法を習っておられないので?」


「続かないのよ」


 愚問だったか。

 続かないのはロロの方なのか、それとも教師の方なのか。

 しかし、才能や金がある子供は、最高でも十五歳ぐらいには魔法学院や騎士学校に、箔をつけるために行くはずだ。


 このままでは、学校で集団行動など夢のまた夢、どころか一瞬で退学処分だろう。


「そうだわ、お前、冒険者だったころのことを話しなさい」


「……聞いても面白くありませんよ?」


「そうでしょうね。けど、そうじゃないかもしれない。いいから黙って話せばいいのよ」


「承知、しました」


 ロードは語った。

 自分は落ち零れで、十二歳のとき宮廷魔法士の採用試験を落ちて冒険者になったこと。

 冒険者になり仲間に出会ったこと。

 初めて依頼をこなし、報酬で宴会を開いたらすっからかんになったこと。

 竜との死闘、迷宮の探索、人魚の賛歌、硝子の蝶が舞う森――数え切れない、冒険。

 辛く厳しい日々だった。何度も命を落としそうになった。

 しかし、今思えば、そのどれもが失われることの無い輝きを放ちながら、ロードの心に宿っていた。

 その輝きが、胸を抉る。

 得体の知れない痛みを、しかしロードはおくびにも出さず語り続けた。


 ロロにしては珍しく、分からないような単語が出てきた場合のみにしか口を挟まなかった。

 一通り話が終わる頃、嵐も静まり、雲一つ無い空は白み始めていた。


「そう。お前は、自由だったのね」


「どうでしょうか。自由だと感じたことはほとんどありませんよ。何をするにしても、金が必要でしたからね。まあ、行こうと思えばどこへでも行けますが。一概には言えませんよ」


「……一つ、聞いていいかしら?」


「何でしょう?」


 ロロの方が許可を求めるなど珍しいこともあるものだ。ロードは変なところで感心しながら応対する。


「――なぜ、あの日お前はあそこで野たれ死にそうになっていたのかしら? それに、紅い髪の少女って?」


 ぴしり、という音が聞こえた気がした。幻聴だろう。だが、罅が入った。ロロの前で被っている、笑顔の仮面に。

 彼女は聡い。そのことに気づいたのだろう、訝るような視線をロードに向ける。


「油断しまして、街中に潜んでいた魔物に後ろから襲われたのですよ。紅い髪の少女は、たまたま偶然その場に居合わせていた少女でして、無事を確認したかったのです」


「……そういうことに、しておこうかしら」


 私は寝る、出て行って。

 承知しました。


 これだけのやり取りでこの場はお開きとなった。

 ロード十五歳。テルトリア家、ロロ・テルトリアに仕えて、三ヶ月が経とうとしていた。

 徐々に、彼の心は変わりだす。





     ◇◆◇◆◇





 もう青空を仰ぎ見るのは何度目になるか。両手で数えても足りないだろう。

 身体を起こし泥を払い除け、剣を握り締めながら自分をひっくり返した素手の老紳士に視線を向ける。


「ロードと言いましたかな」


 ロードは息切れ汗だく泥まみれといった散々な状態。かたや自分の三倍は歳を取っているであろう老紳士は執事服についた小さな塵を気にする余裕まである。

 悔しいが、これが現状だ。


「踏み込みは鋭い。足捌きも上々。体術は荒削りながら中々。下級ながら魔法を織り交ぜた戦闘術は並みの冒険者では手に負えそうもない」


 ロードは話の途中の老紳士に切りかかる。しかしあわや当たる直前になって剣は空を切る。そして気づけばまた大の字になって青空を仰ぎ見ていた。それも全身で。


「しかし、それは守る戦いではない」


 言いつつ、ロードの手から剣を取り上げる老紳士。


「切っ先を鋭く突き出すための踏み込みは、しかし後ろががら空きに。足捌きは避ける為、あっさりと抜かれる。自らを省みない攻撃的な体術は、自らがいないことによって誰が危険に陥るのかを想定していない。魔法を織り交ぜての戦闘は及第点といったところでしょう」


 老紳士は片眼鏡をハンカチで拭きながら、ロードを見下ろす。


「とてもではありませんが、お嬢様の護衛を任せるには至りません」


 大の字で息を切らしながら胸を上下させるロードに、老紳士は容赦ない言葉を浴びせた。

 老紳士の名を、ウォルター。公爵家の身の回りの世話を任されている執事、つまりロードの上司にあたる人物だ。

 齢五十は超えているだろう。しかし、一切の衰えを感じさせない鍛え上げられた身体は数年間命のやり取りの場に身を置いていたロードを寄せ付けなかった。


 何故、そのウォルターにロードが何度も転がされているのかというと、ロードから戦闘の指南を頼み込んだのだ。

 まだまだ未熟とはいえ、戦場に身を置いたロードにとって、彼が計り知れないものを持っているということに感づくのはそう難しいことではなかった。


 しかし、彼は元冒険者とはいえ、今はしがない小間使い。ロロの命令に従ってさえいればいい小間使いだ。強くなりたいと思うなど、それこそお門違い。

 理由は簡単だった。


「あなたから、ロロお嬢様を守る術を教えてくれ、と頼み込んできたのは、私の聞き間違いだったのでしょうか?」


「間違いじゃ、ありません。彼女を、守りたい、守りたいです」


 肩で息をしながら、ロードは立ち上がった。

 彼は自分の手を見た。

 背伸びをする小さな少女の手は、これより小さかった。

 虚勢を張り続ける少女の手は、これを握った。

 誰一人頼りになるものがいない少女の小さな小さな手は、この手を握ってくれた。


 ――守りたい。


 嵐の夜、ロードは決心した。

 あの暴君を支えよう。張りぼての城で叫び続けるお姫様の隣で、彼女を守れる存在になろう。

 そのためには、今の自分では駄目だと自覚していた。


「お願いします」


 ロードは立ち上がった膝を再び折り、両の手と額を地面に擦り付けながら嘆願した。


「もう二度と失いたくないんです。この手から何も、零したくないんです。握ったこの手を離さない力を、僕に、俺に教えてください」


「……顔を上げてください」


 言われたとおり、頭を上げる。


「ロロお嬢様を狙う者は、外敵だけではありません」


「それは……」


 まず出た言葉に、ロードは口ごもる。

 それは薄々感づいていたことだ。

 ロロは暴君。狙うのはむしろ、内側の存在だ。

 彼女を外に出すのを良しとしない――つまり、親族が彼女を狙っている可能性がある。


 彼女は第三公女。上二人に比べ、随分と防備が薄いのは確かなことだ。付け入る隙は幾らでもあるだろう。目的はそれぞれ違うかもしれない。テルトリアの分家が本家に歯向かうための神輿として、あるいは婚姻を迫り内部に侵入、あるいは命を。

 とにかく彼女は外部からも内部からも、あらゆる意味においてテルトリア家に、しいては王家に付け入る手段になりかねない。


「ロロお嬢様の味方になるということは、彼女以外の全てを敵に回す可能性すら秘めております。そのお覚悟がおありか?」


「……命を拾われたときから、この心身はお嬢様のものですので」


「よろしい。ならば、暇を見つけて私のところに来なさい。戦い方と、ついでに身の回りの世話の仕方までお教えしましょう」


「あ、ありがとうございます」


 深く、深く礼をする。

 強く、何よりも強くなろう。

 あの小さな手を、決して握り損ねないように。






一話あたり、区切りがよさそうなところで切ろうとすると、短くなるのが悩みです。


ご感想やご批判など、様々な意見をお待ちしております。

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