序話:『出会い』
しがない話を書き始めました。
しがない駄作者ですが、よろしくお願いします。
冷たさが熱さに転換する。
白雪が全身を覆って、熱いのに体温を奪っていった。
このままでは死ぬ。それだけが現実として突きつけられていた。しかし、抗おうにももはやその力さえ失われていた。
少年に積もる白雪が、じわりと赤く染まった。
全身を苛む斬傷から血が滂沱のごとく流れ出す。
ここで終わるのかと思えば、それもそれでいいような気がした。
もう自分には、何も残っていないのだから。
少年は意識を閉じようと、濁った氷のような目を瞑る。
聞こえるはずのない雪が降りしきる音と、都会の地面に積もった雪を踏みしめる音だけが、耳に入ってくる。
誰も自分を助けようとはしない。悲しいとは思わない。むしろ、情けをかけられるより随分とマシに思えた。
「おい」
少年が潔くその命を散らそうとしたとき、無粋な声が脇から入った。
閉じた目蓋を開き、ゆるゆると顔を上げる。
「反応が遅い」
何が気に食わなかったのか、声の主は少年の頭を踏みつけ雪に埋もれさせた。
普段ならば怒りに任せて殴りかかっていただろうが、今はその気力さえ沸かない。
今度は声の主――おそらく少女――のお気に召すように、さっと顔を上げた。
そこにいたのは、天使と見紛うばかりの美しい少女だった。年の頃は十二ほどか。
清流のような金髪が雪とともに舞い、気位の高そうな緑瞳が少年をきっと睨みつける。
「私が声をかけた、迅速に反応するのが下賎な庶民であるお前の役目だ」
随分と理不尽な注文だ。多分、いいところのお嬢様なのだろう。自分とは真逆の存在だ。
そんないいところのお嬢様が、死に掛け冒険者の自分に、何の用があるというのか。
「お前、死ぬのか」
わざわざ確認しなくても、見てくれれば分かるだろう。
言いたかったが、喉が凍りつき言の葉は堰き止められた。仕方が無く首肯をもって答えとする。
「では、これからお前は私の召使いだ。おい! この男の子を馬車に乗せなさい!」
少女の声に慌てて駆寄ってきた老齢な紳士が一礼した後、
「しかし、本日は姉上様方の誕生日を祝う」
「いいのよ別に、どうせ私がいなくても変わらないでしょう。さっさと馬車に運べ」
「承知しました」
何が何だか分からない内に、全身を覆っていた雪は払い除けられ、冷たい地面から抱え上げられた。
馬車の中に押し込められると、張り詰めていた意識が音も立てずに切れる。
耳元で誰かが何かを言っているような気がしたが、少年の意識は遥か遠くへと旅立っていた。
◇◆◇◆◇
意識が戻ると、全身を包み込むのは冷たい雪ではなく、暖かな羽毛布団だった。
意識が徐々に覚醒していくとともに、身体の各所に焼き鏝を当てられたかのような痛みが襲ってきた。
痛みに悶える少年に追い討ちをかけるかのように、顔面に塗れた布がぶつけられた。
「目が覚めたかしら?」
当の本人はというと、腕を組んで偉そうに少年を見下ろしていた。
「今日からお前は私のもの。分かる?」
首を横に振ると更にもう一枚塗れた布を顔面にぶつけられた。
「分かる?」
どうやら、抵抗は出来ないらしい。冗談も通じそうにない。冗談を言えば今度は平手、いや拳骨が飛んでくる可能性すらある。
首を縦に振ると、少女は前髪を横に流しながら満足そうに鼻を鳴らす。
「私の名前はロロ、お前は?」
「ロー、ド」
どうやら喉がしわがれてしまっているらしい。三十は歳を取ったかのような掠れた声が自分の口から発せられた。
平手でも飛んでくるかと思ったら、水を汲んだコップを差し出してくる。
礼を言って、それを受け取ろうとしたが、あまりの激痛に腕を上げるのも億劫になった。
「仕方が無いわね」
ロロと名乗った少女は水を口に含むと、ロードの唇に自身の唇を当てた。
――は?
強引に水を喉の奥に流し込まれ、こくこくと喉を鳴らして飲み干すしかない。
それはキスというにはあまりにも作業的で、甘美なものなどなかった。
五秒ほどのそれは、瞬く間に終わり、ロロはロードの唇から顔を離した。
「君、は……」
「何を動揺しているの?」
恥じらいの欠片もないロロの態度に、ロードの心も徐々に静まる。
小耳に挟んだことだが、貴族社会で庶民はモノとして見なされ、従者などは情事の最中でも傍らに控えさせているとか何とか。後半はただの噂だが、前半はあながち嘘ではないらしい。
呆れたように息を漏らすと、ロロは不満げに鼻を鳴らす。
「何か不満かしら?」
「いえ……」
ロードは首を横に振る。
そう、とロロは言うと、奇妙な沈黙が二人の間に落ちた。
しかし、それも長くは続かない。
十二歳ほどの少女はなるべく大人らしく振舞おうと無い胸を張り、ふんぞり返りながら沈黙を破った。
「これからお前は私のものだ。私のどんな無茶な要求も呑み、自らのことは全て私の二の次に、食事中も就寝中も湯浴みをしている時だって、お前は私のもの。いいわね?」
一瞬だけ拒絶する感情が出た。しかし、それはすぐに霧散する。
どうせ諦めた命、また別の生き方をするのもいいだろう。
――しかし、
「一つ、質問しても?」
「許可するわ」
「……紅い髪の少女を、見ませんでしたか?」
「見ていないわ。それだけかしら?」
「……はい」
脳裏にちらつく紅い影が、この身に刻まれた痛みとともに去来する。
憎悪なのか、憤怒なのか、悲哀なのか、それは分からない。
もしかすると、一生あれとは合間見えることなどないのかもしれない。
――それも、いいだろう。
「俺……いえ、僕は、ロロ様にこの身を捧げる事を、ここに――」
この身はすでに、目の前の小さな少女のもの。
憎悪も、憤怒も、悲哀も、全て押し隠そう。
全てを押し隠すための笑顔の仮面を被ろう。
「――誓います」
日本語がちょいちょいおかしいんですけど、自分ではいい表現が見つかりません。
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