第1話
大陸の西の首都であるひときわ賑わう城下町の中に相応しくない男が一人。
ソレはしきりに時間を気にしながら立派な権力の象徴である城を睨み付けている。
「上手くやれよ、勇者」
祈りを込めながら、掌にガラスの玉に握りしめていた。
所代わり、広い通路を堂々と歩き目の前にある巨大な扉を目指して歩く青年が一人。
蒼を基調とした鎧を見に纏い、手には銀色に輝く剣を持ち、いくつもある貴重な装飾品と共に漆黒の髪は揺れるも、アメジストの瞳は決して揺るぐことはなく真っ直ぐ。
その姿はまさに勇者。
彼は巨大な扉の前までたどり着くと、両手を扉に乗せ大きく開け放つ。
「…来たか。待ちかねていたぞ、東の勇者殿」
巨大な扉の先にはこれまた広い空間が表れ、赤い絨毯が続く先にある玉座に座る男がそこにいた。
赤を基調としたきらびやかな服を身に纏い、見事な金色の長髪から覗かせる緑の瞳は獲物を捕らえ、不敵に笑う。
「知っていたか。西の狂王…いや、魔王よ」
「ほう、魔王?…いやはや、確かに勇者とくれば対決するものは荒ぶる竜や災厄、魔王と定番で決まっているがな。我はれっきとした人間。彼の蛮族と一緒にされては困る」
王は勘違いされては困るとばかりにひらひら手を揺らしながら否定する。
「ここは大陸で唯一栄える西の大国。その王たる我を魔王と呼ぶ…。覚悟は出来ているだろうな。いくら勇者とて許しはせぬぞ」
「許して貰わずとも結構だ!魔王とは比喩に過ぎないのだから!貴様は自らの国を栄えさせる為にその他の国から強引な搾取を繰り返し、大地は荒廃させ何万何億という民を苦しめた!私は無念に散った者の思いを果たす!」
王は立て掛けていた剣を取り玉座から立ち上がり鞘を取り払う。
勇者は手に持っていた剣を構え、迷いのない澄んだ瞳で王を見据える。
二人しかいない謁見の間に緊迫した空気が流れ、双方は合図なしに同時に地を蹴り剣を交える。
「はぁっ!!」
先手必勝とばかりに攻撃を繰り出す勇者に、王はその攻撃を剣で受け止め流す。
端から見れば勇者が押しているように見えるが、実際は手応えなど感じず遊ばれているように勇者は思っていた。
(くそっ!何故攻撃が当たらない。相手は安全な場所で玉座に座り、策略を巡らせることしか出来ないはずの王族だぞ。戦場を駆け数多の修羅場を潜り抜けてきた私がまるで赤子のように遊ばれている?このままでは…)
勇者はここに来るまでの道のりで見た光景を思い出す。
荒廃した土地、痩せ細りボロボロの服を着た民、強奪、脅迫、殺人…様々な犯罪が当たり前のように繰り返される現状。
東の国がそうなった全ての元凶である西の国の王が目の前にいるというのに、叶わぬ自身に苛立ちを覚え始めた。
(倒すと誓ったのだ!苦しめられている民を、東の国を救いたいと願い、倒すと。それなのに私は、この男に敵わないというのか…!)
勇者の顔が苦痛で歪められるのを眺めていた王は、いままで受け流していた攻撃を弾き距離を取る。
「ふむ…。真面目で慈悲深いく正義感が強い、か。確かに扱いやすい性格だな。勇者にも色々な者がいるものだ」
「なんだと…?」
離れているせいか、勇者には王の言葉が聞こえなかったようだ。
「いや?…さて、そろそろこの茶番にも飽きてきたからこれで終わりにしよう」
「なにを…」
王は剣で地面にノックするように叩いた。
勇者は咄嗟に攻撃を仕掛けてくると思い身構えるが、…数秒たってもなにも起こることはなかった。
「……」
「…む?」
王は小首を傾げながら再度剣で地面叩くも、何も起こることはなく次第に痺れを切らしたのか段々叩きかたに力が入り始める。
コンコンコン、ゴンゴンゴン!!
「お、おい…?」
「…いい加減に、しろ!!」
そう言うと王は地面に出来た自身の影に向かって手を伸ばす。
気が狂ったのかとその光景を眺めていた勇者は、すぐに信じられないものを目撃する。
王の手が地面に映る影に呑まれたのだ。
そして…
「…ぅきゃあ!!」
影から一人の少女が首根っこを掴まれ引きずり出されたと思ったら、そのまま体勢を整える前に地面に倒れ込んだ。