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第五話 アニキ

 裏街でごろつき相手に狩りを繰り広げる直人。結局、彼は見せられた刀ではなくもっと格安の刀を他の武器屋で買っていた。その価格、五百シルト。あの刀の二千分の一だ。一応、日本刀なのでそれなりにはしっくりくる。しかし、直人の頭からあの刀は離れてくれない。


「欲しいなあ……」


 愚痴をこぼすと、直人はふっと息をついた。百万シルトは途方もない大金だ、用意するのにどれだけかかることか。直人はお先真っ暗に思えてならない。しかしかといって、あの刀はあきらめきれるものではない。名刀は直人にとって麻薬に似ている――。戦いに飢えた者は、同時に己の牙たる良い武器にも飢えていた。


 金だ、金が必要だ――。心のどこかにわずかだが、焦りがあった。直人の「狩り」に、先ほどまでより熱が入る。手にした日本刀も幸い、値段相応以上の働きをしてくれてはいた。そのことがさらに狩りを加速させる。


 そうして気がつくと、直人は裏街の若干奥まった場所にいた。裏街にしては高い建物に挟まれた細い路地裏で、ごろつきたちに囲まれている。ごろつきたちの数は五人。彼らはいずれも、余裕たっぷりとばかりに下卑た笑いを見せていた。黄色く歯が乱雑に並ぶ口元から、聞くに堪えない野太い声が漏れている。


「へへ、追いつめたぜ」


「アニキがお前にお話があるそうだ」


 ごろつきたちはスッと道をあけた。その向こうから大柄な男が現れる。周囲のごろつきたちよりも頭一つ大きく、その身体は鋼のように鍛え上げられている。褐色の肌がはちきれそうなほどの盛り上がりを見せていて、着用しているレザージャケットのボタンが千切れそうだ。筋肉の塊――そう呼ぶのがふさわしい。その巨体の上には「無名のアニキ:レベル1」と表示されていた。


「名もなきアニキか……。どっかの世紀末みたいなやつだな」


「せいきまつ? よくわからんがまあいい。お前にはここで死んでもらう!」


 拳が飛んだ。大木のごとき剛腕が唸りを上げる。メリケンサックを嵌めた鉄拳が石畳を打ち砕き、地面が爆ぜた。とっさにその攻撃を回避した直人は、思わず眼を剥く。


「やばい威力だな」


 地面にクレーターよろしく穴が開いていた。大きさはざっとみて人の胴回りほど。裏街の石畳に使われている石は質が良く、造りこそ恐ろしく雑だが、そこらのアスファルトよりよっぽど頑丈にできている。そこにこれほどの穴を開けるとは、どれほどの威力か。直人の目つきが険しくなり、雰囲気が変わる。


「オラオラオラア!!」


 繰り出される暴風のような攻撃、隙だらけだ。しかし、その隙を埋めてしまうほどの気迫と威力がある。まるで暴走列車。とても、人の手で止められるようなものではない。直人は回避に専念する。


 少しずつ、直人の背中に壁が迫ってきた。やがて、煉瓦の継ぎ目がはっきりと見えるようになる。時間がない――直人の頭を緊張が走る。壁に追いつめられれば勝ち目はない。


「そりゃッ!」


 足が地を蹴る。直人の身体が真横に跳ねた。拳が宙を切り、アニキの身体が止まり切れず壁に飛びこむ。直人はすかさずその巨体の後ろへ回り込むと、刀で一気に斬りつける。


 響いた金属音。刀が跳ねた。直人の手に、抑えきれないほどの激しい反動が返ってくる。まるでゴムの塊でも殴ったよう。直人の上体がわずかに仰け反り、眼が驚愕に白く染まる。


「チッ!」


「俺様のマッスルボディーを舐めんなよ!」


 アニキは直人に吠えると、振り向きざまに重い一撃を放った。クリーンヒット――隙が出来ていた直人に、拳がめり込む。身体がボールのように吹き飛び、直人の意識はまたたく間に白に堕ちていった。


 気がつくと、直人は広場に立っていた。ゲーム開始時のあの広場だ。彼は意識を取り戻すと、慌ててステータス画面を確認する。すると所持金と経験値がそれぞれ半分ほどごっそりと減っていた。デスペナルティ――直人はアニキに倒されてしまったようだ。


「クソっ、レベルが足りないのか?」


 刀を筋肉ではじき返すなど、現実では超常現象の領域だ。間違いなくあり得ない。しかしここはゲームの世界。ダメージを与えられないということは、単純にレベル不足か敵に耐性があったということだ。直人はいら立ちを抑えつつ、ここ一時間ほど見ていなかったレベルの欄を確認してみる。


「なんだ、結構上がってるじゃないか……」


 レベルの欄には「13」と表示されていた。一時間前には二桁になったばかりだったので、かなりのハイペースだろう。直人の心がわずかだが落ち着きを取り戻す。自分が弱かったわけではない、アニキが強かったんだ――軽い自己暗示。それが少年の心を安定させる。


 ここで突然、西から鐘の音が響いてきた。街の西端に聳える大聖堂の尖塔より、澄んだ音が街全体に舞い降りてくる。カランカラン――軽快で耳に心地よい音が、全部で七回響き渡った。午後七時の合図だ。


「もうこんな時間かよ……」


 直人はウィンドウを出すと、迷わずログアウトのボタンを押した。すぐさま彼の身体が陽炎のように透けていき、意識が白くぼやける。気がつくと彼は、見慣れた寝室の天井を見上げていた――。







 紅絨毯の上に並べられた数十のテーブル。その奥の窓からは、銀河の中心のような夜景が覗いている。時刻は午後七時過ぎ。直人は食事をとるべく昨日と同じ食堂に来ていた。相も変わらず贅をこらした作りをしている場所であるが、昨日に比べてかなり人がまばらだ。おそらく、まだゲームをやっている者も多いのだろう。


 中央のテーブルに山盛りとなっている料理。直人は大皿から手持ちの皿に何種類かの料理をバランスよく盛ると、隅の方のテーブルに着こうとした。しかしここで、見知った顔が見えた。その顔は直人を確認すると同時に輝きを増し、彼の方へと近づいてくる。


「偶然だな、一人か?」


「もちろん」


「じゃあいっしょに食べないか。私も今日は一人なんだ」


 見知った顔――環はおいでとばかりに手を振る。その手の先にあるテーブルは、すでにテーブルクロスがよく見えないほど料理が並べられている。直人は環の食欲に苦笑しながらも、誘いに乗る。彼は狭いスペースに手持ちの皿を置くと、よっこいしょとばかりに腰かけた。


「今日はどうだった?」


「まあまあってとこだな。ゴブリンがちょっとしたレアアイテムを落としたぐらいか。そっちは?」


「ドロップアイテムとかはとくにない。ただ、レベルが13まで上がった」


「13だと!?」


 テーブルが揺れ、響く衝撃音。環の顔が直人の方にグッと迫った。直人は彼女の剣幕に、思わず椅子を後ろに下げる。


「……どうかしたのか?」


「一日中狩りをしていた私たちでも、レベル9になるのがやっとだったんだぞ。お前、なんでそんな高レベルなんだ?」


 環は疑わしげに眼を細めた。直人はゲームの初心者だ。効率のいい経験値の稼ぎ方など、全く知らないはず。それが、環たち準廃人を追い越すなどとは考えられなかった。しかし、直人は環の疑惑に真っ向から反論する。


「ごろつき相手に戦ってたら、いつの間にかここまで上がってたんだ。嘘じゃない」


「ごろつき? 割のいいモンスターのことか?」


「モンスターとは戦わないって言っただろ。そうじゃなくて……」


 直人は今日のことを順繰りに説明していった。それにしたがって環の顔が、だんだんと変化していく。疑いから呆れへ。直人が気がついたころには、彼女の小さな口は顎が外れそうなほど開かれていた。さらに、どこかぼんやりとした眼は茫然と直人の方を見据えている。


「……お前、ほんとにそんなことしてたのか?」


「ああ、間違いない」


「……ここまでお前が非常識だとは知らなかったぞ」


「非常識とは何だ、非常識とは」


「いや、常識的に考えればNPCとストリートバトルもどきなんてしないだろ。そもそもNPCと戦えるなんて考え、どこから思い付いた?」


 直人は首をひねり、わずかばかり考え込むような動作をした。そして――。


「ただ何となく」


「何となくって……」


 ハアと環の口から大きなため息が漏れる。おそらく、本当に「何となく」なのだろう。直人の眼はまっすぐで純真。環には嘘を言っているようには見えないし、また嘘をつく必要性もない。


 その後、環と直人は話題を変えて楽しく食事をした。そうして食事を終えると、二人は食堂を出て互いの部屋に向かう。絨毯の敷かれた一流ホテルのような造りの廊下を、寄り添うようにして二人は歩いて行く。


「そういえば――」


 思い出したように、環の口が開かれる。直人の視線が、ふっと引き寄せられた。


「八時からテスト初日を記念して、花火が上がるらしい。それで花火が終わる十時に大切な発表とやらがあるそうだ」


「へえ、どこで聞いた?」


「ギルド。お前、ギルドにも行ってないのか?」


「まあな。一日中戦ってたから」


 やれやれ――ため息交じりに両手を上げる環。彼女は疲れたような顔を直人に向ける。


「今日はもう閉まってるだろうが、明日は必ずギルドへ行くんだぞ。重要な連絡とか、ギルドを通じてされることもあるんだからな」


「わかったよ。それじゃあな」


「じゃあまた明日。無理しすぎないようにな。私はお前のことが心配なんだから」


 環の優しげな声に、黙ってうなずく直人。ふわりと、春風のような心地よいものが通り抜ける。二人はそのまま、互いに廊下をはさんで向かい合った扉へと吸い込まれていく。この時、彼らは知らなかった。明日という言葉が、どういう意味を持つのかを――。


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