夢の中
頭を軽くしてお読みください。
昼寝をしてから目が覚めて、わたしの眼球に映える世界は停止していた。サッカーをしている子供たちのサッカーボールは宙に浮いたまま停止して、はじけるはずのしゃぼん玉はガラスのように輝いてとまっていた。
すべてが一度に停止している。異様な光景だった。
今日のわたしの服装は清涼感のある白いワンピースとつばが広い白い帽子だ。ワンピースのすそは風もないのに揺れていた。おそらくわたしが歩いているからだろう。太陽の光を脳天からあびているはずなのに、暑いとは感じなかった。なぜだろう。
歩いているうちに色んな人を見かけた。最初に見かけたのはクラスメイトの桑原さんだった。彼女はアイスキャンディを友達と食べながら固まっていた。つん、と桑原さんの頬をつついたが、彼女の頬は石のように硬かった。
そのまま陽気な気持ちで、るんるんと鼻歌をうたいながらスキップして、大きなデパートに入った。自動ドアは幸いなことに最初から開いていて、わたしを容易に入れてくれた。わたしが行く場所はもう決まっていた。本屋である。
本屋では店員が営業スマイルをうかべたままマネキン人形のように停止していた。触感は桑原さんのときと同じく、固かった。
わたしはざっと本屋の新刊売り場をまわって、今月中に何が刊行されたのかをたしかめる。毎日たしかめていることだが、今日は好きな出版社の新刊が出ていた。購入しようと思ったが、お金をもっていないし、時間が停止しているいまでは、お金があっても買うことはできないだろう。そもそもわたしはちゃんと普通の世界に帰られるのだろうか。
デパートのてかてかに磨かれた廊下を歩いているうちにふと疑問が解決した。わたしがいまいるこの世界は夢なのだ。現実に起こっていることではないのだ、と。完璧に自己完結だった。
夢だ、夢なのだ、と念じたところで現実にもどれるようなことはない。仕方がないので、この時間がとまった世界を精一杯満喫することにした。
* * *
「非常に残念ですが、美雪さんは脳死状態です。」
「先生、なんとかなりませんか?」
「美雪さんが次に目を覚ますときを待つしかないでしょう。ただし目を覚ましたとしても、美雪さんがもとの美雪さんだとは保証できません。」
「それは、どういうことですか?」
「小さいですが、美雪さんの脳に衝撃がかかっていたのです。もしかしたら記憶障害になっているかもしれません。」
「では先生。美雪はいまいったい、どうしているんですか。ねむっているのですか?」
「そうですね、おっしゃるとおりの状態です。美雪さんは現在、夢の中にいます。」