二日後の私に「一昨日来やがれ」と言われて来たらしい。
――――いやいやいやいや。
ちょっと言っている意味が分からない。
青い魔導ローブを羽織った、銀髪ボブの美青年が頬を染めて俯いた。はらりと垂れた長い前髪を耳にかける仕草は…………なんかエロい。
「……大急ぎで来ましたよ?」
「おん」
「結婚、してくれるんですよね?」
更に顔を赤くして、空色の瞳を少し上目遣いにして見つめてくる。
――――いやいやいやいやいや?
『一昨日来やがれ、ってエルヴィ殿下に言われたので、逢いに来ました』
そんなこと言われても、信じられるわけがない。
一昨日? ってことは、明後日から来たという意味? 転移? 時空を操作して転移出来るほどの魔道士なんてこの世界に…………いるわね。いたわね。いやがったわね、わが国に。
あり得ないほどの魔力量で、あらゆる高難易度の魔法を使いこなし、数多の魔導具を開発している天才魔道士コンスタンティン。
「……………………あー……訓練の時間だから、もう行くわね?」
訓練は、本当である。
いくら王族とはいえ、第五王女ともなると、身の振り方が問われてくる。
国内の貴族に嫁ぐにも政治的問題から目ぼしい家も相手もおらず、近隣国には既に姉様たちが嫁いでしまっているので、王女二人が同国にというのも避けたい。
結果、騎士団に入隊して女近衛騎士として、国王であるお父様の護衛を務めたりしていた。
交代制なので、護衛の任務がないときは、王女としての公務や訓練をしているのだ。
早足で訓練場に進んでいると、部下であるジュリから小声で話しかけられた。
「エルヴィ様、よかったんですか?」
「なにが?」
「あのコンスタンティン様ですよ?」
コンスタンティンだからなんだというのだろうかと思ったら、興味が出たら延々と止まらないことでも有名らしい。
「まぁ、なんとかなるでしょ」
…………なんとか、ならなかった。
訓練中、私の邪魔にならない距離を保ちつつ、ずっとこっちをガン見。少し離れようと移動しても、直ぐに近くまで来て、ジーッと見てくる。
訓練を終えた直後、コンスタンティンが目の前に現れて、ティーカップに何かを淹れて渡してきた。
他人が用意したものは飲まない。そう言うと、コンスタンティンが首を傾げて、銀細工のように美しい髪をサラリと揺らした。
「俺の魔法で生成したので、安全ですよ」
「…………どこが安全なのよ。何を混入されているか分かったものではない」
呆れ混じりにそう伝えると、コンスタンティンが眉根を寄せた。
「なるほど。では、俺が一口飲めば問題ない?」
コンスタンティンが優雅な仕草で、ティーカップに薄桃色の唇をふわりと触れさせた。
カップの中身を一口飲み込み、にこりと笑って平気ですよと言いながらカップを差し出してきた。
「いや、なぜお前が口をつけたものを私が飲むと思ったの」
「…………あ」
私の指摘に、一瞬で顔を朱色に染めたコンスタンティン。
なぜこいつはこんなに艶っぽい反応をするのか。
コンスタンティンは、そこらの令嬢たちより美しい。
人離れした美しさ、とでも言えばいいのだろうか? とにかく、全ての動作が優艶なのだ。
「失礼する」
部下に目配せをし、早急に訓練場から立ち去ろうとしていた。
「エルヴィ様、待ってください」
「……まだ何か用があるの?」
立ち止まって振り向くと、コンスタンティンが思いのほか近くにいて、こちらに手を伸ばしてきた。
左の二の腕に、白磁器のような手が触れる。
私の腕とコンスタンティンの手の隙間から白銀の光が漏れ出た。
一瞬、カッと熱を持った二の腕。
「……は?」
さっきの訓練で木剣が当たり、痛めていた二の腕。
ズクリズクリと地味な痛みが続いていた。それが一瞬で消え去った。
「治癒……魔法、ですって?」
治癒魔法は本来であれば、神殿の神官しか使えない神聖魔法属性のもの。
そして、神殿に所属していない者が使うことは禁じられている。
使った者は、異端審問官に捕らえられる。
なぜ、使える。
なぜ、使った。
「未所属の者が治癒魔法を使う意味を、貴方は分かっているの?」
「分かっていますよ。神殿長の許可は得ています」
神殿長の許可を得ている? 特例が出た場合、王族に知らせが来るはずだ。そして、特例の者だと分かるよう徽章が渡されているはずだ。
だが、コンスタンティンを見る限り、それを付けている様子はない。
そもそも、治癒魔法を得るには普通の魔法を得るような、閃きや経験、得意属性などは関係ない。ただ、神殿で毎日祈ることを十年間近く続けないと得ることが出来ないのだ。
「証拠は?」
「未来から来たので、徽章はありません」
なるほど、徽章の存在は知っている。だが、持ってはいないということか。
「……すまないが、異端審問官を呼ぶ」
「はい」
コンスタンティンが、なぜか恍惚と微笑んでいる。
正直、ちょっと気持ち悪い。
「なぜ笑う」
「……エルヴィ様のその真面目さが愛おしくて」
「なんだそれは。かなり気持ち悪いわよ?」
「ふふっ。はい。すみません」
謝っているのに、なぜ更に嬉しそうにしているのか。このときの私には理解が出来なかった。
異端審問に連れて行かれたはずのコンスタンティンは、三時間ほどで目の前に現れた。
ローブの胸元に『徽章』を付けて。
少し気まずくて、おめでとうとだけ言ってその場を立ち去った。
翌朝、部下たちと騎士団舎の食堂て朝食を摂っていると、コンスタンティンが現れた。両手に握られたプレートには、ロールパンが一つとスープのみが乗っていた。
「ご一緒しても?」
首を傾げ、サラリと揺らしながらコンスタンティンが現れた。
「駄――」
「「ぜひ! どうぞ!」」
部下たちが言う事を聞かない……。
食事をしながら、部下たちがなぜ私に求婚しているのかとか、根掘り葉掘り聞き出そうとしていた。
コンスタンティンは困ったように笑いながら、大好きだから……と言った。
高い位置で一つに結ばれた真っ赤な髪が美しいとか、スラリと伸びた手足や鍛え上げられた身体に見惚れるとか、張りのある少し低めの声が好きだとか……誰のことを言っているんだ。聞いていられない。
あと、部下全員が黄色い叫び声を上げてうるさかった。
その日の昼も、夜もコンスタンティンは現れた。
朝と同様、パンとスープのみ。
それだけで足りているのかと聞くと、あまり食欲がないと言われた。詳しい理由は言わなかったが、食事風景を見ている限り、食べることに興味がなさそうだった。
コンスタンティンは時々姿を消すものの、直ぐに戻って来るし、ずーっと側にいた。
コンスタンティンが目の前に現れて三日目。
今日は王城庭園で大がかりなお茶会があるので、近衛騎士たちは陛下たちの警備のために、朝から会場の見回りなどおおわらわだった。
流石に、今日は私たちの邪魔をしないようにしているのだろう。
庭園の端でこちらをジッと見ているコンスタンティン。とても懐かしそうな、郷愁に駆られているような表情で。
昼が少し過ぎたところから、お茶会が開始された。
コンスタンティンは、お茶会の参加者だったらしく、魔道ローブ姿ではあるものの、白い式典用のローブに着替えていた。
なんというか、とても煌いている。眩しい。
「……というか、本当に光を放っていないか!?」
「です、ね? え? え!? まずくないですか!? 極大魔法発動してません!?」
「そんなはずは――」
極大魔法なんてもの、発動できるはずがないのだ。
なぜなら、国王や国の重鎮たちが集まる場では魔法使用量の制限をかける魔道具が置かれ…………しまった。
その魔道具を作ったのは、コンスタンティン。
製作者ならどうとでも出来る。
「コンスタンティン! キサマ――――」
魔法を発動させながら、ゆっくりとこちらに向かってくるコンスタンティン。
ドロリとした妙な魔力が辺りに漂い、ゾワリと全身の毛が逆立つような感覚に陥った。
「総員! 陛下を守れぇぇぇ!!」
国王陛下の前に立ち、コンスタンティンに向けて剣を向けた瞬間だった。
胸が焼けるような熱さに違和感を覚え、視線を下ろす。
「……ゴフッ」
口から血が溢れ出した。
胸に、拳大の穴が空いている。
振り返ると、陛下は白銀に輝くヴェールに覆われ、守られていた。
いつの間にか真横にいたコンスタンティンを見ると、彼の手には鳩くらいの大きさの真っ赤な竜が握られていた。既に息はないようだった。
そうか、アレが紛れ込んでいて、暴れたのをコンスタンティンは止めてくれたのか。
魔獣はたまに出る。
野山が多いが、町中にも紛れ込むことも。
竜種は非常に希少で、人生で一度見るかどうかくらいのもの。移動速度は音の早さとも、光の速さとも言われていて、現れたらその国は滅亡すると言われていた。
まだ子どもの竜だったのだろう。
コンスタンティンが陛下を守ってくれた。国を救ってくれた。
ホッとした。
膝から崩れ落ちる直前、コンスタンティンに抱きしめられた。
「みなは……ぶじ?」
「うん。エルヴィ殿下、大丈夫だよ。助けるから」
「…………むり、だ」
自分で自分の状態くらい分かる。
心臓は免れたが、肺が潰れ、血で満たされつつある。息ができない。私はもうすぐ死ぬ。
コンスタンティンが白銀に輝き出した。
ありえないほどの魔力が消費される気配。コンスタンティンから治癒魔法が発動されていく。
「何年も何年も何年も何年も何年も、ずっとこの瞬間を見た。今度こそ、助ける。エルヴィ殿下はもう殺させない」
何かを覚悟したような、泣きそうな顔のコンスタンティン。
彼はなぜ、こんなにも私を助けようとしているのだろうか。
彼はなぜ、服が汚れることも厭わず、私を愛おしそうに抱きしめるのか。
「エルヴィ殿下が俺を助けてくれたから」
身体に治癒の光が降り注ぐ。
痛みが徐々に和らいでいる。
「逆、じゃない」
「今はね。でも、数え切れないほど前の今日、貴女は俺を助けてくれたから」
「…………意味が、わからない」
「うん。いいんだ。ただ、俺は貴女を愛してる。告白したら、一昨日来やがれって言われたけど、それでも愛してるんだ……うん。終わったよ」
晴れ渡る空のような瞳から、透明な雫が落ちた。
あまりにも綺麗だった。だからつい、手を伸ばしてコンスタンティンの濡れた頬を拭った。
「エルヴィ殿下、愛してます。結婚して」
ゆっくりと重なる唇。
気付いたら、コンスタンティンの頬を拳で殴っていた。
「許可なしにするやつがあるか! 一昨日来やがれぇ――――あ」
「っふふふ。大丈夫、もう一昨日には行きませんから」
青い瞳をとろりと溶かして「結婚式は明日でいい?」と笑うコンスタンティンは、ちょっと本気で気持ち悪かった。
◇◇◇
何度目か分からない転移。
別に身体ごと移動するわけではなく、魂を昔の自分に飛ばすような感覚なので、身体への負担はない。
このときのために、自分は魔法を極めていたのだろうなと思う。
エルヴィ殿下との出逢いは、王城庭園での茶会だった。
クソほど小さい竜種が庭園茶会に入り込み、全てがめちゃくちゃになった。
大量の死人が出た。
俺もその一人になる直前、国王の遺体の側で呆然としていたはずのエルヴィ殿下が、瞬時に動いて竜と戦い、深手を負いながらも竜を串刺しにした。
怒りに燃えた赤い髪と赤い瞳。
美しかった。
その場に崩れ落ちたエルヴィ殿下に感謝と謝罪を伝えると、別にお前を助けようとしたわけじゃないと言われた。
なんでかゾクゾクとした。
「…………私は……もう死ぬ。私より、周囲の怪我人の手当てを…………しろ」
ゾクゾクとした理由が分かった。
この人は高潔とかそんなものではない。
あまりにも美しい魂を、こんなしょうもないことで失うのが悔しかった。
俺の力を私利私欲に使おうとしたり、勝手に恐れ閉じ込めようとする権力者たちは大嫌いだったが、この王女殿下は好きだ。
「好き。結婚して」
自然と漏れ出た言葉。
なんで結婚してなんだ? と自分でも不思議に思っていたら、エルヴィ殿下に鼻で笑われた。
「…………馬鹿者が。一昨日来やがれ」
「王女殿下のセリフとしては随分と荒々しいですね?」
「死にゆくものにかける……言葉選びを…………間違うやつに言われたくない」
「一昨日、エルヴィ殿下に逢いに行ったら、俺と結婚してくれるの?」
「…………ばぁか」
そこでエルヴィ殿下が死んだ。
微笑んでいた。
彼女に明日は来ない。
もう二度と、彼女と話せない。
だから、俺は一昨日に行くことにした。
だって、彼女が一昨日なら逢いに来ていいって言ったから。
一度目は彼女が死んで直ぐ。その場で時空転移魔法を構築して。魂を過去に飛ばして定着させる。今の世界がどうなろうと知らない。彼女がいない世界は存在する意味がない。
一昨日に会いに行って、二日後の庭園茶会で……エルヴィ殿下は再び死んだ。
何度も何度も一昨日に逢いに行くのに、事前に竜種を殺しても、何をしても、彼女はあの日あの時間に死んでしまう。
二十回を過ぎたころ、治癒魔法が自分にも使えるのだと気が付いた。
エルヴィ殿下が死んだあと、直ぐに転移をせず、十年間神殿で祈り続けた。
そこから更に十年の祈りを経て、死をも覆せる最上位の治癒魔法を取得した。
時間経過のみが習得方法という、なんとも非現実的な神聖魔法。
――――やっと逢える。
待っていて、きっと助けるから。
結婚、してね?
―― fin ――
読んでいただき、ありがとうございます!
こちらのタイトルは神田義一さんからいただきましたヽ(=´▽`=)ノ
神田さんは『持久走の嘘代表「一緒にゴールしようぜ」と言ってきた男子が、そのまま私の人生全部の隣にいた話』
(https://ncode.syosetu.com/n7006ma/)
とかとか、こう……なんか面白そう!ってついついボタンを押したくなるタイトルを作るのが上手い!
そして、エモエモの話を書くのも上手い!
エッセイはどえらいネタの宝庫でございます。ぜひ読みに行ってみて!
あっ、こちらの作品でもなんでも全部でも←
ブクマとか評価とかしてくださいますと、笛路が大喜びして小躍りしますです(*´艸`*)むふふ




