巻き戻ったその後は
断罪されて逆行したお話。
ありし日を偲ぶ。殿下の婚約者を探すパーティーで、私は婚約者として選ばれた。殿下の一目惚れだったらしい。眉目秀麗、文武両道。理想の殿方に告白されてのぼせ上がった私はその話を前のめりで引き受けた。
今なら断言する。
絶対苦労するからやめておけ、と。
私は広大な領地を連綿と受け継ぐ、歴史ある名家の出である。鉱山資源もあり、有数の港も保持しているため周辺国との貿易も盛んだ。この国でも片手の指に入るくらい裕福でもある。ナルシストみたいで気が引けるが、一目惚れされるくらいだから容姿も悪くはない。勉強も嫌いではないので王太子妃教育も無難にこなした。
だが、我が家は伯爵家なのである。
殿下の婚約者を探すパーティーは、主に公爵家や侯爵家の娘が集められた。伯爵家にも招待状は届けられたが参加は任意だった。私の本来の役割は壁際の花だった。
ところがどっこい王太子殿下は壁際の花を見初めてしまった。彼はまだ政治がわかっていなかった。政治を理解するには若過ぎたのだ。
王家も混乱したに違いない。それでも悪い家柄ではなかった。時世が合えば王妃も出たこともあったし、王女が降嫁したこともあった。ただ時世が悪かった。
王太子妃教育をするにはお金が掛かりすぎるから負担になる、と告げるには伯爵家は裕福過ぎた。
素行がそぐわない家だからと却下するには、人柄が良過ぎた。
名も知られぬ伯爵家だからと言い訳するには、貿易で業績を上げ過ぎていた。
最良ではないが、悪手ではない。ここで却下されればよかったのだろう。そうすれば悲劇は生まれなかった。
私に明らかな瑕疵はなかった。両親は真っ当な領主だった。
致命的な欠点は綺麗すぎたことだろう。容姿の話ではない。御伽話過ぎたのだ。
王太子殿下に見初められ、その後に相思相愛。美男美女であり、お似合いの2人。努力の末に結ばれる。平民には(王太子妃をとして選ばれる位として平均よりは)低い身分からのシンデレラストーリーとして美化された。
これで知能が足りてなければ王太子妃に別の高位令嬢を据えて、側妃に置けばよかった。
そうすれば高位貴族の面目は保たれた。選ばれず傷付けられたプライドは、未熟な王太子の我儘を温かい目で見守ってやるという形で鷹揚に許されるはずだった。
王妃は当初はそう考えていたはずだ。今考えれば王太子妃教育は最初から異常に厳しかった。幼子にいきなり専門家の高等教育を受けさせるようなものだった。おそらくそこで私に音を上げさせて諦めさせようとしたのだろう。
「頭脳が足りないから王妃は無理です。望むのであれば結婚して数年後に側妃として召しあげなさい」
そう告げたら少しは抵抗するだろうが王太子はきっと納得したはずだ。
それなのに私は喰らい付いてしまった。喰らい付いて喰らい付いて全てをモノにしてしまったのだ。
ど根性を発揮した私を王妃は認めてしまった。あの教育に苦しんだ過去を持つ王妃は認めざるを得なかった。
私は伏魔殿で生き残るには陰湿さが足りなかった。
だから姦通罪で毒杯を賜ることになった。結婚式を控えた3ヶ月前の出来事だった。私は女と高位貴族のプライドの戦いに負けたのだ。
私の罪は綺麗な一直線上に描かれていた。おそらく味方はたくさんいたのだろう。敵の敵は味方だ。証拠もさぞかし美しかったに違いない。
横領や素行不良を訴えるには私は身綺麗で、平民人気が高過ぎた。貿易が盛んな領地に罪を着せることも考えたはずだが隣国トラブルを考えれば頷けない。たかが伯爵家、されど伯爵家である。冤罪で嵌めるならリスキー。なれば実際に罪を犯させて仕舞えばいい。
私"だけ"を綺麗に貶めるにはもってこいの罪だった。晩餐会で媚薬を盛られて、気がついた時には牢屋の中だった。抵抗する間も無く医師に"診察"され、王家に嫁ぐ資格を喪っていると告げられた。不幸中の幸いは私に記憶がなかったことだろうか。いや、そんなことはないだろうな。
理解が追いつく前に、王太子殿下には罵られた。初めて見る目だった。
そこからの記憶は曖昧であるが、毒杯を賜って意識を失ったのが最期である。
ここで、目が覚めた。
壮大なる夢を見ていた気分であるが、夢と一蹴するには生々し過ぎた。あんな苛烈な教育と社交と向けられた憎悪が夢であってたまるか。
我が国には建国の救世主でこんな逸話が残っている。国を滅ぼされそうになって舞い戻ってきた王弟が国を救って英雄となり、自分の王朝を建てた、と。
ただの夢物語として伝わっているそのフレーズが本当の出来事だと知ったのは王妃教育に入ってからだった。
どのくらい先の未来かは分からないが、きっとこの国は滅んだのだろう。
両親は私個人の罪で、連座を免れたに違いない。情けをかけて許してやるから口をつぐめ、と。高位貴族が束になって掛かってきているのだから反論の糸口すらない。頭を押さえつけるようなやり方だった。
愛情のない家庭なら"あり"だったのだろう。政略結婚が当たり前で、隠れて愛人を囲うことが日常な高位貴族であれば助かったとすら思ったかもしれない。でも私は愛されていた。両親にも親戚にも領民にもたくさんの愛を受けて育った。
ここからは仮定でしかないが的外れではないだろう。
両親は爵位を返上して隣国に移った。父を信頼して交易を始めた周辺国はこれ幸いと目立たないように兵糧攻めを開始した。景気が段々と悪化していき、我が領を始めとしたいくつかの領地が蜂起した。
王太子だって冷静になれば気付いたはずだ。私が貶められたことを。愛していた私が"完全に罪を犯した"から信じられなくて罵倒して拒絶したが、その後のストーリーの綺麗さに、滞りのなさに気付かないはずがない。
甘い考えのあの人でも現実を知った時、為政者として膿を排除するだろう。
内乱でガタガタになったあの国は、隣国から攻められてなるべくして滅んだ。
だから戻ってきた。次は上手くやるようにと記憶を残して。神様からの思し召しだ。
なるほど、そうか。
逃げよう。
私は逃亡を決意した。帰ってきたのが婚約者パーティーの前だったのが幸いした。伯爵家の参加は任意だった。私が何をするまでもなく王太子の意志で婚約者は決定する。婚約の打診が来れば断れない。それならば参加しなければ、ある程度は解決だろう。
盲目の愛から醒めた私は、以前よりは現実を見れるようになった。熟せるかは別として物事の裏を読むことは可能だろう。
ただ私がそれをやる必要はあるのだろうか。
私が追い落とされたのは必然だった。王妃として不足があったからだ。王宮を生き抜くのに相応しくなかった。政治で敗北した。
それならば出来る人がやればいい。
高位貴族の中で選ばれればやんごとなき人々はある程度は納得するだろう。愛が芽生えるかは別として、愛がなくても国は動く。
その愛だって醒めるのだ。身も心もしくしくと痛む中で医師に辱めを受けて、追い打ちをかけるように愛する者から罵倒される。王太子には情状酌量の余地はあるだろう。彼も被害者だ。
ただ、愛が壊れるには十分過ぎた。
もう頑張れない。頑張らない。私たちの未来は交差しない。
「お父さま、お願いがございます」
この国は壊れなかった。滅びもせず、過剰な繁栄もしない。平民からの過剰な熱もなければ、飢饉も蜂起もない。
ただ、劇的なひとつの愛が形にならないだけであった。
高台から栄える港を見下ろす。
「ここが領地の一番の景色よ」
子供達は歓声を上げた。真っ青な海に晴れ渡る空。大小様々な船が汽笛を鳴らしながら行き交う。色々な人種の混ざり合った風景は国境付近ならではだろうか。
私の原点はここだった。
あの日戻ってきてから父に願ったのはただひとつ。私が領地を継ぐのに適した婚約者だった。今思えば私は一人娘だったのだからパーティーに参加してはいけなかった。中央で生きるのではなく、大切な領地を守る為に必要な婚姻を望んだ。父は、学園時代の友人の息子を連れて来た。辺境伯の次男であった彼は運命ではないがとても信頼のおける青年だった。
きっとこれが正しかった。
物語としてはつまらないだろう。本屋の片隅に埃をかぶってる陳腐な本にも及ばない。
ただ平穏な日々はここにあった。
親愛なる神様へ。戻してくれてありがとう。
王太子殿下は無難な婚約者を選び、無難な政治をして、無難な愛人を囲います。記憶はないです。
神様「想定とは違うが…国が滅びなかったしまあいいか」




